クロウはあの日夢見た場所を追い求める
@ie_kaze
第1話
学生服を着た集団がクロウの周りに立っていた、アレイス魔法学園の制服はその服に袖を通すこと自体が、栄誉あるものとされている。その学園に通うためにクロウが積んできた努力もまた並大抵のものではなかった、それらはひとえに幼少のころの出来事が全てであり、幼いころからの鍛錬がその実を結んだ結果でもあった。
クロウの周りにその制服を着た男たちが群がって、クロウに向かって指をさしながら何かを言っていた。クロウは何を言われているのかがうまく聞き取れなかった、ただ直感的にあまりいいことは言われていないだろうということだけはわかる。雰囲気が歓迎されているものではない、拒絶の悪意を感じ取っていたが、それはクロウにとっては既に慣れたものだった。これまでの経験からその手の人間は相手にしない、そして流すのが一番だとクロウは知っていた。過ぎ去るのをじっと耐えて待とうとして、その時になってクロウはおかしなことに気づいた、男たちの表情がよくわからない。何より目が合わない、あるはずの場所も暗く陰になっていた、そのことを不穏に思ったクロウが今度は目を細めてよく見てみると、男たちの顔は陰で黒くなっていたわけではなく、黒い色で上から塗り潰されていた。
その得体のしれなさに、反射的にその場から逃げるようあとずさったクロウが、今度はその後ろで誰かとぶつかる。クロウがぶつかった方に振り返ってみるとそこに立っていたのは幼馴染の女性だった。女性は他の少年たちと違いその顔をはっきりと確認することができる。クロウが幼いころに二人はよく遊んだ記憶があったが、そのころより少しだけ年を取って、端正な顔立ちになって、特徴的な頭の飾りがひと際目立つ。そしていろんな意味で有名になってしまった、そんな女の子。その顔は他の青年たちと違って黒塗りされていなかったが、そこに浮かんでいた表情はクロウが余り見たくないと思わせるような、悲しい目つきだった。
「嘘つき」
クロウが勢いよく顔を上げて辺りを見渡したが、それまでいた黒い顔の青年たちも幼馴染の姿も見当たらなかった。静まり返った室内で時間を刻む針の音を聞きながら、見慣れた職場に汗が引いていく。それまでの光景が全て夢だとわかるとほっと一息ついて、そして他の職員が皆出払っていたのを確認してほっと心を撫でおろした、クロウの奇行を見た者はいなかった、室内にいるのはクロウだけだった。
時計を見てみるとまだ休憩時間ではあったがクロウは仕事に戻った。嫌な夢で、嫌なことを思い出させられて、そのまま休んでいるというくらいならまだ仕事をして、頭の中を他の事でいっぱいにすることの方が楽だと思ったからだった。久しく見なかったと思っていた夢だけに、何故また見たのだろうかとクロウは考えたが、忘れたころに見るその夢に意味を見出すことは出来なかった。
『失せ物探しから魔道具修理、警護の仕事や用心棒まで、何でも承ります、プロキシまで』
店の看板に掛けられたその謡い文句は、この街リーファルに住む人間ならば知らないものはいないと言われるほど有名な何でも屋だった。仕事の内容も多岐にわたり、子供のお使いを見守るといった誰にでも簡単にできるものから、専門的な知識を必要とする魔道具の修理や整備といった物まで、その多様性に富んだ内容からか、国民から重宝されていた。
クロウがプロキシに雇われたのは偶然だった、途方に暮れ街を歩いているところに声をかけられる。どこに行っても受け入れてもらえないクロウは、それまでの経緯を正直に話すと痛く気に入られ、いつの間にかプロキシ入りが決定していたのだった。どこも受け入れてもらえなかったクロウは、その拾ってもらった恩に応えようと、いまいる街はずれの支部で頑張っていた。
入ってすぐのクロウがする仕事は、届けられた依頼書や書類の整理、簡単な依頼を受けたりするといった内容で、それらは新人が必ず通る道であると先輩職員から聞いていた。ある者はその仕事をふるい落としと呼んでいた、退屈な仕事を永遠に繰り返させられるというのをそう比喩したらしく、事実そこで辞める人間もいなかったわけではなかったそうだった。またある先輩職員は拷問とも表現している、簡単な依頼は来るが基本的に研修に回ってくることが少ないと。実際のところクロウが受けた仕事は、依頼よりも圧倒的に書類整理の方が多く、そう表現した職員のいう事もまた一理あると思ったこともあった。そうするとクロウも類に漏れず仕事を退屈に思うだろう、他の職員はそういった目を向けた、だがクロウ違った。クロウの中にもその燻りを見せていたが、一度簡単な、本当に簡単な誰にでもできる依頼が回ってきた、その依頼を完了したときの依頼主の笑顔を見たときから、書類の先にあるであろう、その笑顔を意識するようになった。どんな簡単な依頼でも困って助けを求めているのだとわかると、その一つ一つを丁寧に扱わなければならないという考えがそのころには芽生えていた。プロキシの中でも『拷問を楽しく受ける変なやつ』として名が広がりつつあったことを、クロウ本人は知らなかったが、そんなクロウにとっては大して退屈でも拷問でもなかった研修期間は、あと数日と終わりを迎えようとしていた。
クロウが休憩時間中に仕事を進めていると、店の入口の扉の近くで子供が話しあう声が聞こえてきた、簡単な依頼も受け付けていたことからも、子供が依頼をしに来ること自体は何もおかしなことではない、ただその声が慌ただしく聞こえてきたクロウは、扉のすぐ近くまで歩み寄ることにした。
時計を見てもまだ営業まで時間があった、お使いを頼まれ店に来たが時間を間違えていた、そういったところだろうかとクロウは思っていた。突然扉が軋むような音が聞こえてきた、外の少年たちが押したのだろう。扉にその時鍵はかかっていなかったが開くことはなかった。
「おい、これ、あかねーぞ、ほんとうにここであってんのかよ」
「う、うんここのはずだよ、おかしいな、まだ空いてないのかな」
「時間がねえんだよ、ここ以外にどうにかできる場所ってねえのかよ」
「でも、困ったらここってお父さんもよく言ってたし」
店の扉は大きく重く、クロウのいる支部に至っては立て付けが悪かったのか、小さな子供の力では開けるのが難しかった。普段であれば悪戯の類を考えることもあったが、その言いあう様子がクロウには引っかかった、クロウが扉を開くとその先には小さい男の子が二人ほど向き合って立っていたが、扉が開くと一斉にクロウの方を向いた。
「いらっしゃい、どうし」
「あ、あの、助けてください」
クロウが少年たちに声をかけようとすると、その声に被せるように声が帰ってくる。その表情を見るよりも、クロウの目に留まったのは少年のうちの一人に、その頬に濡れた跡が見えることだった。嫌な予感がしたクロウは少年たちを店の中に案内して話を聞くことにした。
「普段遊びに行く場所に変な集団がいるってことでいいのかな」
「うん、そうなんだ、なんか真っ黒な布を頭から被ってて、顔もなんかお面みたいなの被ってた、僕たちがいつも遊んでる場所に行こうとしたら止められたんだ、大事な用事があるからこの先は駄目だよって」
「じゃあしょうがないから、別の日にしたらいいんじゃないか」
「それじゃダメなんだ、ライがいないんだ」
「ライって誰だい」
「俺らの友達なんだけどよ、俺らいつも3人で遊んでるんだその場所で。いつもライだけは俺らよりも先についてるから、もしかしたら秘密基地の中にいるかもしれねえんだ。あいつんちに行ってみたらさ、あいつのかあちゃんもうライは遊びに出かけたって言ってたし」
少年たちの話を聞いてクロウは大方の話を理解した、つまり彼らの友人であるライという少年が、何かしらの事件に巻き込まれたのではないかという事だろう。だけど親に話さずにプロキシに来たという事は、その遊び場も恐らくは立ち入り禁止か何かされている場所で、そのせいで親にも伝えられなかった、それでも心配で何とかしなければいけないと考えた結果ここに来たという事だろう。
クロウは考えた、ただの迷子探しならそれほど問題はない、いま職員が出払っているから自分が出ればいいのだろう。店はしばらく閉めておかなければならなくなるが、急を要する依頼を抱えた者もまずこの支部には来ない、いずれ他の職員も戻ってくることだろう。プロキシは受けられる依頼が場所で異なる、町はずれのこの支部は、誰にでもできる依頼を任せられている場所だと言っても良かったが、逆に言えばそれ以上の依頼をここで受けることは出来ない規則になっていた。
クロウは自分が出て行っても問題はない簡単な依頼だろうかと考え、すぐにその可能性を振り切った。状況が違えば依頼はその難易度が変わってくる。少年たちの話ではその集団は黒い布、もといフードを被っていて顔を仮面で隠しているということ。つまり自分たちの正体を隠している時点でまっとうな集団ではないだろうことが伺えた。恐らくだが実力行使も厭わないような集団だろう。この少年たちが無事だったのは偏に子供だったから、もしくはいらない騒動は起こしたくない、そういった思惑をクロウはまだ見ぬ組織から感じ取った。
そしてそんな集団が一区画を隔離しながらもする大事なこととは何か、クロウは考えられるものを浮かべても、その中にろくな想像は浮かばなかった。その時点で、クロウはこの依頼がここで受けられるものではないだろうと悟った。本部の優秀な職員が受けるべき案件なのだろう。
「それはいつ頃の話かな」
「すぐ、さっきだよ、お願いだよ、助けてよ」
果たして本部を待っている時間があるのだろうか、クロウにはこの話自体が偶然見つかったもののように思えた。仮に本部に持っていってもすぐにその依頼を受け入れてもらえるわけではない。最低でも数日は調査に時間を使われる。それをお金という手段で突破することは出来るが、クロウには目の前にいた少年たちがそんな金額を出せるようには見えなかった。クロウの頭の中でいろんな推測が飛び交った、規則を破った場合の罰則、もし自分が助けなかった場合の最悪の想定、そして自分が行った場合の成功確率。諦めるという選択肢は最初からなかった。
「わかった、この兄ちゃんに任せな」
クロウは安心させるためにそう言った、ひょっとすると自分ではどうにもできない事件かもしれないという考えが浮かび、似たような気持ちのせいで失敗をした苦い過去がふと頭を過ぎった。そうならないために自分は強くなろうとしたのではないのか、クロウがそう考えると、その不安は胸に収まるものとなっていた。クロウの返事を聞いて、少年たちの顔から一瞬だけ緊張が解けたように見えたが、そのうちの一人が今度は険しい表情になった
「あの、お金はこれしかなくて、足りなかったら何でもするから、だから」
その手に握られた硬貨は、金額にすれば微々たるものだった。子供のお小遣いを二人合わせるとそのくらいだろうか、むしろそれよりも少し多いくらいかとクロウが考えると、そのお金が少年二人の持っていた全財産なのだろうと悟った。クロウはその手を上から握って閉じさせ、そのまま少年の胸に押し戻す
「あの、お金、これじゃ足りないってことですか」
「受けないってわけじゃないんだけど……そうだな、じゃあ一つ約束をしよう、それを守るってことで依頼を受けるってことにする」
「な、何でも言ってよ、僕何でも守るから」
「じゃあ、いますぐに、おうちの人に今回の事を話すこと。一応兄ちゃんがその場所に向かいはするけど、人は多いほうが助かるからね、いま他の職員もいないから保険をかけておきたいんだ」
クロウは自分の実力をあまり高いものだと思っていなかった、学園でのテストも、それを証明するかのように結果が出ていた記憶がクロウの中で蘇っていた。少年たちの顔が一瞬だけ曇る、親に怒られることを想像したのだろうとクロウは思った。だがそれを考えたうえで二人は顔を合わせ、二人は同時に頷いていた。言葉を交わさなくとも少年たちの意思は統一されていた。
「そのお金はそうだな、ライ君と一緒に何か買うといい、おやつでも何でもね」
「本当にいいの」
「その代わり、いますぐに親御さんに言ってくること、いいね」
「は、はい」
「ほら、行った行った」
「お、お願いします」
「任せな」
クロウが少年に発破をかけると、一目散に少年たちは走り始めた、二人の表情は来た時より少しだけ柔らかくなっていて、走り出すその姿を確認するとクロウは建物の中に入って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます