第3話

「お、あんたひょっとしてアルダか、手配書に載ってるようなやつがまたなんでこんなところにいるんだ」


ガルムはその女性のことを知っているようだったが、手配書という不穏なワードがクロウを不安にさせる。助かってはないのではないかという考えが浮かんでくる。


「私も依頼を受けたの、禁止された薬物の取引があるだろうから潰してくれって、依頼主は明かせないよ」

「悪役がいっちょ前に善行か」

「悪役が悪行を働くよりはましでしょ」

「じゃあ俺がいまあんたを倒して騎士団につきだせば、おれが英雄ってことだな」

「いいね、そういう分かりやすいの好きだよ」


クロウは自分が首を突っ込んだ話がどういったものかを理解した、そしてそれがただ事ではないことも。


 クロウが見ていた二人はその手に剣を持ってぶつかった、金属どうしの激しい音を何度も立てた。粗野に見えて、何度も繰り返された動きは一種の洗練さを感じる、アルダの剣筋にクロウは目を奪われていた。振り下ろされるアルダの大剣に、ガルムは一方的に押されていた。ガルムも武器を振るいながら、その合間に魔法を撃っていたが、それでもアルダの方が手数が多い。アルダは魔法も同様に切り落としながらガルムに応戦していた、誰の目から見てもガルムが劣勢なのは明らかだった。


「おいクロウ、加勢しろ、そしたらなんとかして俺が本部に話をつけてやる」


 ガルムは自身が押されているのを察してクロウに助けを求めた、アルダはまだ魔法も使っていない、クロウが考えるまでもなく力量さは圧倒的だった、そのまま戦えばアルダと呼ばれた女性が勝つだろう、そこまで考えて、次にクロウの頭の中に浮かんだのはそれまでのプロキシでの仕事の内容、さっきまでのアルダとガルムの会話、そして最後によぎったのは依頼主の顔だった。その陽だまりのような世界にクロウは一瞬だけ迷って、クロウは決めた。


「たとえこの後に殺されるとしても、もうあんたたちとはやりたくない」


 プロキシで勤め続けていれば、その笑顔が崩れていくのをクロウは何となく感じた、行きつく先は裏を牛耳るような人間ではないだろうか、そう思うと、足を震わせながらも自分が敵わない相手に、それでも自分の意思を貫くための一歩をクロウは踏み出すことが出来た。


「そうか、裏切者め。お前は契約終了だ。お前にはもう帰る場所もない事を知れ、プロキシにさえ捨てられたそんなお前に、もう居場所はない」


 ガルムは戦いながらもクロウを罵倒した、どうにかしてクロウを動かせないものかと言葉を繰り返したが、ガルムの目にはクロウが消沈している姿しか映らなかった。ガルムが考えていた以上に、その一言がクロウに深い傷をつけていた、奮い立つものだと考えていたのはガルムの誤算だった。


「そっか、ここもダメなんだ、次なんてあるのかな」


クロウの呟きはガルムとアルダの戦いの音にかき消されていた。


「なんだあいつ、あんたの同僚か何か」


アルダがクロウとアルダの会話に入ってきたが、クロウにはその声がすでに届いていなかった。


「いや、もうあいつはただの裏切り者だ、この仕事を片付けたら本部に連絡する、裏を知ったんだ、もう街に居場所はないだろう、元からなかったようだがな」

「でもあんたも負けたら居場所ってやつ、無くなるんじゃないの」

「俺も怪しいけどな、まあおれは上から信用されてるんだ、そう簡単に切り捨てられたりはしねえよ、俺も捨てられたら困るしな」



「そうなの、じゃああたしがあいつ貰っても構わないわね」

「貰うって何がだ」

「あんたには関係のない話よ、それにもう飽きてきた、あんたは強いけど、それは普通の人に比べたらってことよ」


そういうとアルダの剣に重みが加わったように見えた、それまでが準備運動だったかのように一振り一振りに腰の入った威力が加わり、その速度もまたグンと上がっていた。


「本気じゃ、なかったのかよ」


アルダの振りにだんだんガルムが追い付けなくなっていく


「プロキシの人間は強いって聞いてたから、少しだけ期待してたんだけど、期待外れね」

「なんだと」


アルダはガルムの守りと一緒に、ガルムが築き上げてきた自信を砕き始めた。


「全然ダメ、魔法も弱い、剣も弱い、これで一流、鼻で笑わせるんじゃないよ、あと10年は訓練して出直してきなさい、まあそのころには」

「くそがああああああああああ」

「あの子の方が強くなってそうだけど」


とうとう受け止めることができなくなったアルダの大剣が、ガルムの腹部に当たり、支給されていただろうプロキシの防具を砕く。そのままアルダはガルムを遠くへと弾き飛ばした。濛々と舞い上がる埃が晴れると、壁に沿って横たえたガルムがそこにいた。


 ガルムを吹き飛ばしたアルダが周りを見渡すと、既にフードの集団も取引をしようとしていた男たち二人もいなくなっていた。二人が戦っている間に逃げてしまったのか跡形もなく消えてしまっていた。


「あっちゃあ、逃がしちゃったか」

「あの、助かりました」

「ん、ああそう」


悔しそうにぼやくアルダにクロウは声をかけたが、アルダはそっけない返事を返した、クロウから見るとあまり変わらない年のように見える。自分より少し上くらいかなとクロウが思ったが、その年で既に違う世界で生きる人間の強さの様なものを感じた。


「ね、ねえ、その子、大丈夫なの」


アルダが慌てたように指を差した方を見ると。その指先にライと呼ばれた少女がいた。アルダのその目に力が入るのをクロウは感じる、さっきまでガルムに向けられたものよりも、より強い意志を感じた。ライは青白く、血の気が通っていないように見える、見る人が見れば死体にしか見えない。


「違う、違うんだ勘違いしないでくれ、もし自分が殺されたとしてもこの子が生き残れるようにと、仮死状態に偽装してたんだ、ほら」


そう言いながらクロウが魔法を解くと、呼吸一つしていなく青白くなっていた少女の顔に徐々に生気が戻り、顔に赤みが戻ってくると、それまでしていなかったように見えた穏やかな寝息を立て始めた。


「へー、お見事ね。わたしは魔法ってのがあまり得意じゃないからよくわからない、でもこれがすごい事ってのはわかる」


 褒められたことが分かると今度はクロウの顔が赤くなるのを感じた、素直に褒められたことなんでいつ以来だろうかと思うと自分で制御できなかった、素直にうれしく感じていた。


「さて、あんたに聞きたいことがある、あんたはあれの仲間なの」


次にアルダが指で差した方向には気絶させられたガルムがいた、そしてクロウを見下ろすその目は、また鋭いまなざしになっていた。


「確かに同じ職員だけど、子供たちから依頼を受けてこの子を助けに来たんだ」


クロウは説明した、この場所が少年少女たちの秘密基地となっていた事、その少年たちが友人がいないということでプロキシの支部にやってきたこと、そしてその依頼でここに来たということを。


「確かプロキシって、こういう依頼だとかなり高いお金とるんじゃなかったっけ」

「自分で勝手に受けた依頼です」


じっと向き合い、目を見つめながらクロウがそういうと、じっと見つめてくるアルダの目がふっと柔らかくなった。


「そっか、わたしの早とちりか、ごめんごめん」


 砕けた物言いになったことにクロウは呆気にとられたが、先ほどまでともはや別人のように感じる印象は、近所に住んでいる知り合いのような親しさを感じた。それまでの気迫に紛れていたアルダの素顔を見たようで、クロウは少しうれしくなった。クロウの全身にまとわりつく重圧の様なものは無くなっていた。

 アルダは周囲を暫く調べていたが、怪しい連中の痕跡を見つけることができないとわかると悔しそうに独り言を言った


「これで依頼は完了したことになるのかしら」


 クロウはこれからどうすればいいのかを考えた、目の前にいるのは指名手配犯、だがその実力は絶対にかなわない。それどころか自分を助けてくれたその女性がとても悪人だと思えなかった、クロウにはその相手を憎むことさえできなくなっていた。ここでの出来事には載せないで、じゃあ支部に戻って報告書を書こうかと思い、そこでガルムの罵声がクロウの頭の中で蘇った、そうだ、もう帰る場所はないんだと。クロウは誰の目に見えても消沈していた、その姿は人生が終わったかのようにも映っていたのかもしれない。


「この子はこのままで大丈夫かな」

「今はちょっと気絶してるだけで、少ししたら目を覚ますと思います、じきに人も来ると思いますから、ここへ来るときに呼んでおいたので」


クロウの目に少しだけ力が戻った、自分が飛び出したからこの子は助かったのだと、だけど自分が飛び出さなくてもアルダが助けたのではないのか、その可能性を考えると一度は燃えた火が、また少し小さくなった。


「あたしさ、ちょっとあんたのことが気になってるんだよね」


アルダの言っている意味がよく分からない、ひょっとすると告白なのかと一瞬だけ頭をよぎったが、そんなわけはないとすぐに振り払った、だが顔の熱さはごまかせない。


「わたしって、あんまり難しいことを考えるのが苦手でさ、だからちょっと試したいことがあるんだけど、いいかな」


アルダが突然そんなことを言いだしたとき、クロウはその意図が分からなかったが、助けてもらった恩を返すつもりなら何でも、できる限り応えようと考えた。


「それで、自分は、何をすれば」

「じゃあ、武器構えて」

「はい」


 そう言われてクロウは構えた。左手に短剣を逆手に持ち、その手に右手を添えるように、そしてアルダの意図をクロウは全くもって測りかねていた。武器の構えを見たかったのだろうか、だが自分は地面に横たえていただけで、何もできていないという。それとも怪我をしていないか見たりしてくれるんだろうか、だったら元の構えを知らなければ意味がないのではないのか。クロウがそんなことを考えながら指示に従っていたからか、アルダの次の一言を聞き流してしまった。


「今から一発入れるから、かわすなり受け止めるなりして」

「はい……はい」


一度返事をして、その言葉の真意を確認するように繰り返した、返事の代わりに返ってきたのはアルダの頭上からの一振りだった。アルダの背の大剣がぶれたように見えると、次の瞬間にはクロウの頭上から、片腕で振り下ろされようとする大剣が目に入った。さっきまで戦っていた時よりも早く、鋭く、それまでが本気ではなかったのだとわかるほどの速さにクロウは何も考えられなかったが、その時点で身体強化もしていなかったクロウは、その攻撃を避けるのは瞬時に無理だと感じた。


 クロウは毎日繰り返してきた動きをその場でなぞる様に実行した、剣の刀身でアルダの剣筋を逸らすように滑らせながら、その一刀をその場で横に受け流そうとした。クロウの誤算は自分の想像よりもはるかに技量が高く、強い相手を前にしたことで、その現実が僅かに勝ったことだった。受け流す途中で剣ははじかれる、剣先こそずらすことが出来ていたが、手にあったはずの剣は遠く遠くへとはじかれ、木箱の一つに突き刺さった。アルダが振り下ろされた大剣は硬いはずの地面をその衝撃で深く抉った。

 その次にクロウの目に映ったのは、アルダが手を握って開いてを繰り返す行為、それが先ほどの一撃を味わっているように見えたのは、それが会心の一撃のようにクロウにも映ったからだった。


「な、な、なにするんですか」


 夢から戻ってきたような気分でクロウがそういったが、アルダからの返事はなかった。突然の攻撃とその応戦をすると、クロウはそれまで息ができていなかったかのように、ようやく深い一息つくことができた。それほどにアルダの一振りは洗練されたもので、ガルムに向けて振り下ろされていたものとは別種の一振りにクロウは体の芯まで疲れていた。


「嘘でしょ」


アルダが小さくつぶやいた言葉はクロウには聞こえなかった、誰に聞かせるわけでもなかったアルダの独り言を、今のクロウに聞き取るだけの余裕はなかった。


「あんたさ、これからどうするの、どこか行く当てでもある」


 クロウはガルムが戦っている最中にもそんなことを言っていたことを思い出した、信じたくなくても目の目で起こった光景は全て事実で、その光景が今度はガルムの言った言葉の真実味を強くしていた、クロウがプロキシに帰れば、自分は本部の人間に消される。さっきまでの取引が、その生々しい光景が、ガルムの言葉を現実にするような予感がしていた。


「たぶん、ないかな」


 クロウの頭の中にいろんな場所が頭に思い浮かんでは消えていく、実家、学園、そしてさっきまでいた職場、最後に幼馴染の顔が浮かんだ、浮かんだ場所はどこも戻れない、そして最後に浮かんだ場所は一番頼れない場所だとクロウがより一層に頭を振ると、その動きを否定に受け取られたのか、アルダの話は勝手に進んでいった。


「よし決まり、じゃあちょっと我慢してね」


そういうとクロウは首に衝撃を感じた、その動きにクロウは反応できなかった。その動きは大剣が振られた時よりもさらに早く、最短距離で、一切の無駄を省いた動きだった。意識が途切れようとするクロウは、段々と暗くなる意識の中、目に入ったそれに向かって呟いた。


「無事で、よかっ」


クロウの呟きは最後まで続かなかった、少女が規則正しい呼吸を繰り返している姿を見ながら気を失ったからだった。そんなクロウを見下ろしながらアルダは呟いた


「最後まで人の心配、変わった人ね」


アルダはクロウを抱えながら何処かへと連れていこうとしていた


「しかし、こいつはどこから入ってきたのか」


 薬物の取引をアルダは屋根から監視していた、事実を確認したのちに突撃しようと周囲に注意を払っていたからでこそ、周囲に潜伏していたフード姿の男たちはいち早く発見できたが、少女を空中で捕まえるまで、最後まで見つけられなかったクロウに対して強い好奇心を抱いていた、だからでこそクロウを試したのだった。


「ひょっとするととんでもないものを拾ってしまったかもしれないわね」


 アルダはクロウを抱えてどこかへと合図をすると、目の前に突然暗い闇が現れた。アルダはその中へクロウを抱えたまま入って行く。闇が消えたときにはクロウの姿もアルダの姿も消えていた。

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