第13話

 護衛最後の日、クロウたちはそれまでの監視体制を変え、一人を護衛に、巡回を二人にすることで万全の体制を敷くことにした。


 クロウはこれまで経験したことのない護衛任務に心躍るのが半分、疲弊するのが半分だった二日間だったが、やっていることは草の根をかき分けるようなもので、かっこいいわけでもなく、ただただ地道な作業の繰り返しだった。それでもやってこれたのはデミトラという男を知り、その中に死なせてはいけないという使命にも似た感情が湧いたからだったが、どんな心持であったとしても、そんな日が二日と続くとクロウの神経もだいぶすり減っていた。

 

 それでもその日のクロウがきびきびと動けたのには理由があった。


 一つは、もし襲撃する日の本命が今日だと分かっている事、その情報が敵からのものだということを、そのままうのみにする危うさこそ感じていたが、少女が嘘を言っているようには見えなかったからの理由でもある。


 そしてもう一つが少女を捕らえるという目的があることだった。その表情にはどこか影を落とすような雰囲気も感じていたが、それでもクロウには少女が人殺しのようには見えなかった、そして何よりルトラから聞いた少女の色をクロウは信じた。


 もしかするとその情報だって騙されているという可能性も考えられたが、これを信じなかったらいったい何を信じるのだというくらいの気持ちでもあった、半ば暴走気味だと戒められ、一度冷静になるための時間はもらったが、それでもクロウの中にあった考えは消えてはいかなかった。


――――――


 人員の配置はよく話し合った結果、ニールが護衛につき、クロウとルトラが巡回につくことになった。ルトラは唯一遠目からでも少女を見つけられるということで巡回には外せないということ。そしてクロウは少女の顔を知っているということから決まった。何も知らないニールが出向くよりはましということで巡回する側に決まった。


 デミトラを匿う部屋は入り口が一か所だけの部屋であり、侵入経路が一つとなると一人で守るのはそう難しいものではないという考えもあった。その入り口を通らなければ部屋に入ることができないと護衛を一人だけ置く、それはもしも二人が見逃してしまった場合の保険でもあった。


 その采配にニールは不服そうではあったが、その理由を話すとしぶしぶ黙り込んで、腰に差さっているナイフを研ぎ始めた。


 部屋の中にいるデミトラは、中で何かしているのかずっと物音が聞こえてくる。それはこの3日間に渡り鳴りやむこともなかったが、それは彼が寝ていないことを意味していた。事実夜の護衛が終わるとデミトラは昼のうちに寝ているという話だった、その眠れないという気持ちがクロウにはよくわかった。


 デミトラとはまた立場が違うが、手配書が出回っているクロウはいつ見つかるか、そして捕まってしまうかといった恐怖に晒されているようなもので、ゴルドラも似たような気持ちなのだろうと思うと、その追いつめられる恐怖がクロウにはよくわかる。


 そんな悪夢が終わるだろう最後の日、もしどちらかが遭遇すれば、そのどちらかに駆けつけるという段取りだった。だが侵入者が複数人いた場合なども可能性も考えられば、そう簡単に行くはずはないだろうとクロウも思っていた。


――――――――


 クロウにとってその日の夜は、前二日と完全に様子が違った。冷たい夜風が額を流れる汗をさらい、クロウを震えさせる。夜の闇という闇に何かが潜んでいるのではないかと考え思い込む。


 その見えない先に実は武器を構えた人間がいて、手ぐすねを引いて待っているのではないのかと。侵入者用の魔法が外壁の周囲に張られているといっても、相手が凄腕ではないという前情報からするとそれはあてにならないものだとクロウは最初から可能性として捨てていた。


 凄腕、そういえばそんな前情報だったとクロウは思い出していた。イルシヲの調べた前情報では魔法も使える、凄腕の殺し屋が雇われているのだと。だが実際はどうだろう、クロウたちにさえ見つかるくらいの幼い少女がその可能性として挙がっている。

 

 もしかするとそれ自体が罠の可能性もあるのではないかと。考えれば考えるほど疑心暗鬼になり、この場に居もしない存在にどんどん思考を奪われていく。


 だから突然聞こえるガサッという音が聞こえたとき、クロウはすぐさま腰から武器を抜いた。


「ただの木が揺れた音だよ」


 ルトラにそう言われて、ほっと胸をなでおろす。風で揺れただけの木だったが、クロウには何かが飛び出してきたかのように思ってしまったのだった。


 クロウにとってのその日は、つい数日前までやっていたのとはわけが違う緊張感だった、今日確実に来ると分かっているからでこそ、物音ひとつ逃してはいけないという気負いが、逆にクロウを縛っていた。そばに人が一人いることで少しだけ気分が楽ではあったが、それ以上に感じる重圧はクロウを違う方向から徐々に追いつめている。


 その姿を見かねたルトラが提案してきた、クロウから見たルトラは、なんだか手慣れているかのようで、護衛任務は初めての経験ではないように映っていた。集中こそしていたが、クロウのように過敏にはなっておらず、どこか適度に力が抜けている様子は何度か経験をしている人間のようだとも。


「深呼吸しよう。悠長に行こうなんて言わないけど焦り過ぎでもだめだよ、こういうのは長丁場が基本なんだから、できる限り体力温存しなきゃ」


 もっと柔らかく、自然体に、どんな状況でも対応できるように、そう教わっていたはずの普段の構えは崩れに崩れていることに気づいた。そのことを自覚してクロウは深く息を吸ってはいた、力は軽く入れるくらいで、その瞬間瞬間に力込める、無駄な動作は無駄に体力を削るという教えを思い出しながら。


 すると寒さで震えているものだと思っていた身体は落ち着きを取り戻した。これまでにないほどの緊張をしているのだと、その時になってクロウはようやく気付いた。


「やりたいことがあるんでしょ、その前につぶれちゃったら元も子もないよ」

「うん、ありがとう」

「なんだかこっちが冷静になっちゃうよ」


 ルトラに感謝の言葉を告げたクロウだった、まだまだ足りないものが多いなと自覚しながらも、少しだけ落ち着きを取り戻したクロウはそのままにルトラと共に巡回を続けることにした。


――――――


 扉の前で陣取っていたニールは、手持ちのナイフを研いでいた、その刃物が良く通る武器になるように、一つ擦っては、その鋭さを更に増すナイフはニールにとっての生命線で、また一つ研ぐたびに集中していた。


 ニールはクロウに提案された襲撃者を捕まえるという話を思い浮かべながら自分の武器の手入れをしていた。その時がニールにとって一番落ち着くときで、そして怒りに震えそうな自分が深く沈めていた。


「敵を捕まえる、か」


 あふれんばかりの感情は、その呟きに込められる。ナイフを擦る手に、必要以上の力が入る。ニールは元より捕獲することなど考えてはいなかった。


「殺し屋を捕まえる、馬鹿じゃねえのかあいつは」


 クロウたちとの予定では、ニールは扉の前を守り、もしそこに侵入者が現れたらクロウとルトラを呼ぶという段取りになっていた、逆にクロウたちが遭遇して、二人でかなわない相手だと思ったら、すぐに呼びかけに来るという段取りだったが、ニールはもし目の前に少女が現れたら、連絡をすることもなく迷うことなく殺すことを考えていた。


 相手の力量が分からないこと、そして護衛任務では依頼者さえ守ればそれだけで十分だということ。必要以上の成果は決して求めない、それがニールの考え方だった。


「あれもこれもなんて都合のいい話はねえ、ここは現実なんだ、夢見がちな英雄気取り様が一番反吐が出る、そういうやつに限って何の力もねえんだ」


 ここにいないクロウに話しかけているようにつぶやいたその言葉は、ナイフを研ぐ音に紛れ、誰に聞かれるまでもなく消えていった。その手持ちの武器を研ぎながらも、注意を払ってニールは扉の前で陣取っている。


――――――


 夜も深まるころ、その異変に最初に気付いたのはルトラだった。目線がある一点に向かい、そこから視線が離れない。その先には外壁しかなく、その上に黒い装束に身を纏った小柄な人間が立っていた。


 クロウがそのことに早く気付けたのは、クロウがルトラの周りにも注意を払っていたからだった。もしかしたら、相手がルトラの能力の事に気づいている可能性だって十分に考えられのではないかと、だとすればもし最初に狙うのが誰かとなると、それは探知機の役割を担っているルトラではないのかと考えていたからだった。


「いたね」


 声を殺すように、だけどクロウには聞こえるようにと喋るルトラに、クロウも身が引き締まる。もしかしたら来ないのではないかというクロウの淡い期待は、その瞬間に砕け散った。


 遠目に見てもその背丈は、朝に出会った少女くらいの大きさに見える。小柄で、黒い装束に身を隠して顔は見えないが、十中八九あの時の少女だとわかった。腰にはなげナイフが備えられ、その手には既に短剣が握られていた。


 子供の悪戯だとか、そんなものでは決してないことが、闇夜に鈍く光る刃が主張していた。


「え」


 ルトラからこぼれるように漏れた一言が聞こえた、朝にルトラが遭遇したときも似たような声を出していたので、クロウは慌てて横を見てその様子を伺ったが、震えているといったことはなく、なんだか困惑しているように見える。


 クロウもその姿を補足してから不思議に感じていたことがあった。


 黒装束に身を包んでいるとしても、どうして普通に補足することができているのだろうかということに。朝出会った時は見つけるのも困難なほど、存在が希薄とでもいうのか、それとも見つけられないように何かの力が働いているようにすら感じていたのに、クロウは確かにその少女を目視している。それが既に異常だった。


 最初は違う人間ではないのかとクロウも考えたが、その服からはみ出ている、月明かりを反射するような白い髪には覚えがあった。嫌な予感だけは当たるものだとクロウは思った。


 そしてクロウは一つの勘違いに気付いた、ルトラはそもそも人を見ていたのではなく、身にまとう色で判断していたのだと。だとすればそんな遠距離からでも気付けたのは少しおかしい。前に発見した時は『半透明が空間に見えた』から発見できた、だとすればどうしてあんな遠方の少女を見つけることができたのだろうかということだった。


「赤黒い、気分が悪くなるような色」


 ルトラが以前に話した、殺人鬼の色を黒装束の人間は纏っていると聞くと、クロウはその耳を疑った。


「あの子だよね」

「うん、あの綺麗な白い髪は見覚えがあるよ」


 クロウは混乱していた、この一日の間に人を殺めたとでもいうのかと。だけどそれも少女の境遇を考えるとありうるのかもしれない。それでもクロウの中では、朝に話をした時の表情がその可能性と重ならない。


「じゃあなんだ、あの子が誰かを手にかけたとでもいうのか」

「そういうことになるんだけど、そうじゃないはず」

「どういうこと」

「あの色は、こんな短期間で出せるような色じゃない、何十人、ううん、何百人か殺しでもしないとあんな色にはならない。仮に数人殺したくらいじゃあんな色には、ならない」


 ルトラが事実をそのままに伝えているのはその表情が物語っていた。何度か目をこすり、見間違えじゃないのかと確認しているさまが、クロウにも冗談や嘘を言っているようには見えなかった。


「いろいろおかしなことがあるけど、一つだけ確実に言えることがある」


 その先の言葉はクロウにも予想できた、あまり聞きたくない可能性だった、赤黒いという単語だけである程度は予想できていた。


「あの子は外で会ったときのような女の子じゃないってこと、捕まえようって思わない方がいいかも、完全に別人だよあれはもう」


 クロウの希望はいきなり頓挫させられた、話が通じる相手なら、なんとかできるのではないかと思っていたからだった。


「それと、周囲に他に侵入者はいない感じ、もしあんな半透明の色の人間が何人もいたら完全にお手上げだけど、そうじゃなかったら、いまのところはあの子一人しか侵入者はいないよ」


 その情報だけはクロウにとって幸いなもので、もし複数人で来られたら、手が回らなくなってニールを呼ぶ機会がなかったかもしれなかった、それを考えれば相手が一人だけだというのは、クロウの心を鼓舞するには十分な情報だった。だが目的を失いそうなクロウはそれでも不安で仕方ない。


「やばい、来るよ」

 

 クロウが悩んでいる事を、襲撃者は待つ気などなかった。

 

 暫く棒立ちだった少女だったが、いつしかその顔がまっすぐこちらを向いていた。フードでその表情は分からなかったが、夜の闇に二つの眼だけが輝くように見えたかと思うと、人間離れした速度で駆け寄ってきた。

 

 懐から小さな投げナイフを投げてくる、ルトラは基礎魔法でそれを撃ち落としていった。何のひねりもない投擲武器だったが、その数が多くルトラはそのナイフを撃ち落とすのに精いっぱいだった。

 

 ルトラが杖を使いながら移動しているからか、それとも探知機としての役割を担っていることに気付いたのか、少女はその手に強く握りこんでいる短剣を構えて、真っすぐにルトラへと突っ込んできた。


 ルトラが魔法で、投げられたナイフをはじいた隙を少女は容赦なく狙ってきた。手数の多さに追いつけなかったルトラだったが、その目の前で金属のぶつかり合う甲高い音が鳴り響く、それはクロウの持っている剣だった。クロウはルトラと少女の間に入り込み、その攻撃を受け止めていた。


 フードの下の素顔が少しだけ見えて、それがやはり朝にあった少女だとわかると、クロウはやはりやるせない気持ちになっていた。


 少女の一突きは致命の一撃だったが、受け止めたクロウはその重みはあまり感じなかった。小柄なせいか力のあまり籠っていなかった突きは、クロウの持った剣で容易に弾けた。ただその速さから、普段のようにその短剣をへし折るような隙は見つからない。


 少女の狙いはルトラの首に向けられていた、もし受け損なっていたらと思うと、クロウはぞっとする、屋敷の外で会った天真爛漫な様子の少女の姿はどこにもなく、冷徹な殺人鬼といった印象を受けた。


 少女を殺さなければいけないのか、クロウの中にイルシヲに入る前に聞かれた覚悟の言葉が蘇る。


『人を殺す覚悟はあるか』


 クロウにはない、だからでこそ捕獲という可能性を無理やりにでも見出し、自分の考えを貫こうとした。だがいまの邂逅でその考えは少し揺らいだ、本当にそれで守り切ることができるのだろうかと。


 短剣を受け止められた少女はすぐに距離を取った、月明かりの下に小さな影が見える。元が小柄な少女であればその影も小さく、姿勢を低く構えているせいか、余計に小さく見え、だからでこそその脅威を不思議と感じさせないようでもあった、それが例え偽りの姿だったとしても。


「あ、ありがとうクロウ君、ちょっと危なかったかも」

「ほかに侵入者いないんだよね、ごめんね、すぐにニール呼んできてくれないかな、ちょっとやばいかも」


 ルトラは冷や汗をかいていたのか、額を腕で拭った。


 クロウは少女の力量が、明らかに自分を超えていることをすぐに察した。単身で乗り込んでくる理由はわからなかったが、それでも遂行できるほどの能力は確かに持ち合わせていた。それは驕りでも何でもなかった。


「クロウ君は大丈夫なの」

「何とか頑張って時間稼いでみるけど、できる限り早い方がいい」

「分かった、じゃあいろいろ補助魔法だけ掛けておくね」


 ルトラがクロウの身体を、もしくはその周りを眺めたかと思うと身体強化、魔法障壁、精神高揚、その他の補助系の魔法を一通り手早く使った。その手際の良さにクロウは感心して、そして羨ましくも思っていた。クロウは魔法について詳しく、深い知識もあり、その実行もできる、ただ一つ致命的な欠点があったからだった。


「羨ましいな」

「ん、なにが」

「何でもないよ、これなら何とかできそう、できるだけ早くお願い」

「分かった」


 ルトラは不自由そうな足ながらも急いで屋敷にいるニールのもとへと向かい始めた。クロウはそんなルトラの為にその時間を稼ぐことにした。


「聞いてるか」


 クロウは少女に話しかけた。それだけでどうにかできるものだとは思っていない、気休め程度のものだった。


「俺が相手になってやる、自分が実力不足なのは分かっている、だけどそれで引き下がるような人間じゃない」


 少女からの返事は帰ってこなかった、だけどその意識がこちらに向いているのだけはわかった、これでルトラが向かう時間を稼げるはずだと。


 少女は少し離れた場所にいるはずなのに、クロウにはすぐ近くにいるような不気味な感覚があった。壁の上から一直線に飛んでくるように向かってきた少女にとって、その距離はそれほど遠くはないのだと思えば、それは間違った感覚ではない。


 暫くの沈黙ののち、少女がまた動き出した。今度もまっすぐに突っ込んでくる、愚直な行動の繰り返しだったが、その動作は気を抜けばすぐにやられてしまうかのような容赦のなさで、短剣の振りはその姿に見合わないほどに早い。


 のど元を狙う攻撃、身体の中心や重要な臓器のある場所、とにかく一切容赦のない部分を狙ってくる。それもとてつもない早さだった。


 クロウがその速さに追いつけていたのは、ルトラの補助魔法もあったが、単調に狙ってくる少女の攻撃が、避けやすくもあった。動くための足を狙うわけでもなく、防御に回される腕を狙うわけでもなく、繰り返される急所への攻撃はどこか焦っているようにも見えた。


 だからでこそクロウは少女の攻撃もよく見て、受け止めたり躱したりできるのだった。小さい少女のものだからか、弾くのも受け止めるのも容易いものだったが、手数が多かった。ただ力任せに振っているかのような不自然さを感じていた。

 

 だがそれでも、圧倒的な少女の攻撃速度に、だんだんクロウは追いつけなくなってくる。投げナイフと短剣の単調な繰り返しながら、その手数の多さは体験したことのないもので、どれ一つとっても見逃せない鋭さがあり、事実腕には何度かその刃が掠った痕があり、血が少し流れていた。


 そして捌けなくなった少女の一振りがその隙を縫ってクロウに襲い掛かろうとした。それは最初のどを狙ったように思う一撃だったが、下手にクロウが弾いてしまったせいか刃先は脳天へと向かった。クロウはしゃがんで回避しようとしたが、短剣の迫る速度の方が圧倒的に早かった、直感で間に合わない事を悟った。


 それでも時間を稼ごうと必死にあがき、あと数ミリで届きそうになったその瞬間に、ほんの一瞬だけ少女の短剣の動きが鈍くなった。そのことによってクロウは短剣の脅威から免れることができた。


 もし鈍っていなかったら、クロウは自分の頭に短剣が突き刺さる想像が頭をよぎる。背筋がぞっとする、もしそのままだったら、考えるまでもなかった。あとほんの少しで死んでいたのだと思うと同時に、強烈な違和感を感じていた。



 少女の様子が最初からおかしいのはクロウ自身もよく分かっていた、だけどいまクロウが考えていたことは、少女の動きにどこかぎこちなさを感じることだった、どこか躊躇いがあるかのように所々に鈍さやぶれを感じる。剣先がぶれていたり、狙いが甘くなったりと。


 そして何より少女は魔法が使えるはずなのに、この戦闘において一切使ってこない。外で話をした時の口ぶりでは、多少の魔法は使えるのだろうと考えていたクロウだった、もしこの戦いの最中に魔法を織り交ぜられたりしていれば、きっと受けきれていないだろうとも思っていた、クロウにとってはそれが大いに助かっていたからでこそ、何故しないのか、小さな違和感が何かを見つけようとしていた。


 それまで感じていた違和感が、何かすべてが繋がりそうな気がした。


 一振り一振りが軽いのは何故か、本当に体格が小さいからという理由だろうか。よく観察してみると少女の攻撃に腰は入っていない、急所を斬るだけなら力はいらないかもしれない、だが何度も弾かれれば普通は戦い方を変えるはずだとも。


 愚直に真っすぐ突っ込んでくることを繰り返すのは何故か。もっと複雑な方法はいくらでも考えられる、木陰や物陰に身を隠したりしながら突っ込んでくることだってできるはずだった。クロウが何とか短剣や投げナイフを受けきれているのは、真っすぐにしか来ないからだった。


 クロウは一つ思いついた、魔法の存在を疑った、何者かが少女の姿を偽っているのではないのか、もしくは何かしらの魔法で操られているのではないのか、だけど魔素が少女の周りに残っていない。

 

 だけどその考えは捨てなかった、少女が操られているのは間違いないと思ったからだった。そのすれ違いざまに目に入った、少女の焦点の合っていない目がずっと気になっていた。それは操られている人間の特徴だということをクロウは知っている。


 だとすればなにに操られているのか、クロウは注意深く観察をした、ナイフを投げる時も、距離を取るために飛びのいた時も、短剣だけは絶対に手放さないことに気付いた。最初に出会ったときから、必死に手放さないように握りこんでいた、その短剣に。

 

「あれは、ひょっとして魔道具か」


 魔法が込められる道具を魔道具と呼ぶ、クロウも実物を見たことはあったが、専門家ではないクロウには魔法の事までしか分からず、遠目に見たところで、少女が持っている短剣が魔道具だろうという予想はつけられても、その性能がなにかまでは分からなかった。


 ただ魔道具にあるのは利点ばかりではない、その効果が複雑であればあるほど、その道具が何かしら使用者に影響を与えることが多いことくらいは知っている。そして一番の謎がこれで説明できそうだった。


 どうして少女を目視できているのかということだった。


 もし外で出会った時のような、天然で隠密状態の少女と相対していたら、なすすべがなかったかもしれない、その能力が防がれている事が最後の疑問だった。


 あの魔道具には天才能を妨害する能力でもあるのではないのかと。


 それを犠牲にする効果を持った道具なのではないのかと。それはあくまで仮説にすぎなかったが、そう考えると、疑問の全ての断片がクロウの中で繋がった。


 少女の手が鈍ったり、単調な攻撃しか繰り返されないのは、その道具に抵抗しているのだと。目の前にいる幼い少女は、望まぬ事を強いられている被害者なのだと。


 クロウは一度無くしていた希望をまた見出していた。


「あの武器を壊せば、あの子は元に戻るかもしれない」


 クロウは自分を鼓舞するように、そう言い聞かせた。

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