第15話

 ニールの覚悟がクロウにも理解できた。

 ニールの言っていることもまたもっともなことだと、クロウ自身も思わされていた。


 それでも、クロウは自分の考えを捨てはしなかった。

 苦しんでいる人がいて、手を差し伸べることができる自分がいれば、そこで助けを出さない理由などクロウには思いつかない。

 クロウにはどうしても、少女が自分の意思で動いていると思えなかった、それは少女が何かに抗っていたことを知っていたからだ。

 何かしらの魔法で操られている可能性が高いと考えていた。

 だが今の少女から、その少し前まで感じていたわずかな逡巡もなくなり、冷酷無比な殺人鬼を思わせる動きになっていた。

 いま来たニールにそのことを説明するのは、そう容易い事ではないとも思っていた。

 

 ニールは刃物のような鋭い雰囲気だった。触れれば誰彼構わず噛みつく狂犬のようだったニールはそこにはいない。今のニールは任務遂行を第一とした一流の熟練者と言った姿だった。

 もし飛び出せば、決着がつくまでは決して止まらないようなそんな予感をさせる、だけどいい加減な気持ちではニールが止まらないこともよくわかる。

 そのためにはこちらの覚悟も示さなければいけない。


「おれはそう思わない」


 クロウはニールの構えていたナイフを掴んだ。

 むき出しの刃、丁寧に研がれた刃に、クロウは手のひらに焼けるような痛みを感じ、赤い血が刃を伝う。

 引き留められたニールはその手をじっと見ていたが、ナイフを引いたりするようなことはせず、口だけで命令してきた。


「手、離せ」


 それだけで張り詰めた空気が緩んでいた。

 ニールは戸惑いを隠せない、刃物を素手で掴む人間など初めて見たからだった。それも味方であるはずの立場の人間からである。

 どうすればいいのか分からないといった様子で、クロウにはその動揺が隙だと感じ、畳みかけるように喋った。

 

「おれは甘ちゃんだと言われても、あの子を助けたい」


 ニールがクロウの方を向いた、その目に映っていたのは怒りを通り越した、敵意を感じるようなもので、既に仲間を見るような目ではなかった。

 自分の目的のためならどんなことでもすると言った男の、敵を見るような目にクロウは後ずさりをする。

 クロウがニールと出会ったのは数日前、それから対して会話をしたわけでもなく、クロウにはどんな人間かまだ分かっていない。

 それでも激怒していることだけはわかった。


「邪魔をするなら、俺はお前を倒していく、俺の前に立ちふさがるって言うなら、容赦はしない」

 

 だからでこそクロウも、本音をぶつけなければ相手にされないと思った。


「おれは、ニールの考えは立派だと思う」

「だったら邪魔すんじゃ」

「だからでこそ、俺の話も聞いてほしい、いや、ニールの話は聞いたんだ、今度は俺の話も聞け」


 少し強引に命令口調で喋っていた。自分の過去を誰かに話をするのはこれが最初だった。ずっと心の片隅に残っていた失敗を、クロウは語り始めた。


 それはクロウが幼いころに、自分の力不足で幼馴染の少女を危険な目に合わせてしまったことが始まりだった。

 その事をきっかけに強くなりたいと思ったこと、またその時助けてくれた人間が騎士団の人間だったからでこそ、魔法学園から入隊したいと思ったこと。


 そしてクロウにとって最大の失敗だと考えている、学園内で自分がやったことも。


――――――


 クロウは幼いころから積み重ねた訓練のかいもあって、魔法学園に入ることができた、一度は疎遠になったと思っていた幼馴染ともその学園で再会することができたりと、嬉しいことも多かった。

 だが由緒正しきその学園は、上流階級の人間にとって箔をつけるような場所でもあるため、高い身分の人間が多い、貴族や、中には王族もいると言った学園でもあった。

 そのほとんどはクロウを気にする様子もなく日々を過ごしていた。


 生まれも身分も平凡だったクロウはその上流階級身分の一部に目を付けられ、日々嫌がらせを受ける事となっていた。

 クロウも最初は抗っていたが、権力の前にその意味の無さを感じ、いつしか我慢するようになっていた。

 クロウにとっての学園は、強くなることが目的の場所だった。だからでこそ多少の嫌がらせを受けても無視をすればいい、もしくは我慢をすればいいと思い、効いていない振りをしてはその日々を過ごしていた。


 そういった事情もあって幼馴染の女性とは会わない方がいいと考えたクロウが、その女性に

『自分と会っているとばれたら迷惑をかけてしまう』

 そう伝えたが

『でもそんなのはあいつらの勝手でしょ、私には関係ないわ』 

そう返されて、結局何度も会うことになる。


 嫌がらせをしても全く堪えていないように見えるクロウに、嫌がらせをしていた連中は業を煮やした、何かあいつの弱みはないのかと、この学園にふさわしくないクロウを何とか追い出せはしないのかと。

 そしてクロウと女性が会っている事をかぎつけられてしまう。


 ある日クロウが小突かれたり、軽い魔法をぶつけられたりしても結局ほしい反応がなかったその連中は、もはややけくそ気味に、その幼馴染の少女の名前を出し

『お前のせいであいつが大変な目にあるかもしれねえな』

そう言った。


 気づけばぼろ雑巾のような少年たちがクロウの目の前に倒れていた。


 一部始終を見ていた他の学生によると、クロウが集団に殴り掛かり、魔法を使い、その場には6人ほどの人間がいたそうだが、その全てを叩きのめしていたと聞いた。


 クロウにはその記憶がほとんどなかった。

 自分がこれを、そう思っても実感がわかなかったが、息の上がっている自分の姿、徐々に痛くなる拳、魔法を使い過ぎたのか感じる気怠さ、その全てはクロウがやったのだと教えていた。


 そして全てが終わってしまったことも察していた。

 

 ところがクロウはとらえられることもなく、除籍処分という処罰で済まされた。

 事件に関わっている人間の中に大事にできない人間がいたため、クロウはその程度の罰で終わったらしかった。少年たちはその怪我から医療施設へと送られていった。


 そうして路頭に迷っていたクロウは仕事を探したが、クロウの名前は表ざたにはされなかったが、裏では学園で問題を起こした人間としてリストが出回っていたため、クロウをそのままに雇ってくれる組織はどこにもなかった。


 そしてそこをイルシヲに拾われたのだった。


――――――


 そこまで語るとクロウは胸が苦しくなった、そのうちの一人は今なお治療中だという話を聞いたことがあるからだ。

 自分でもやりすぎだったという自覚があるが、何より記憶がないのだ、加減などできていなかった可能性だって十分にあった。

 幸い命に関わるものではなかったため除籍処分で済んでいたが、それは偶然だったのか必然だったのかと問われると、クロウにも自信がない。

 でももしその時に、穏便に済ませられるだけの実力が自分に合ったならばどうだっただろうか、そう考えない日は無かった。


「もしあの時自分に力があれば、冷静でいたら、こんな事件は起こさなかったと思う、もっと冷静でいたら何もかも失わず、自分の夢に一直線に行けたんじゃないかとも思っている」

 

「離せ」


 ニールがそういった。クロウは聞き入れてもらえなかったのかと落胆したが、その手を放すことだけは出来なかった。逃すまいと手に力をいれる。痛い、だけどこの手は離してはいけないと。


「このナイフは味方に向けて研いでんじゃねえんだ、さっさと離せ」


 その言葉を聞いてクロウは自分の勘違いに気付いた、話を聞いてくれたのだということに。

 その目にはあきらめを感じた、怒りは収まっているようにも見えた。


 ニールはクロウをどうにかすることを諦めた。

 もし戦ってる最中に、クロウに横から邪魔をされたなら、あるいは共倒れになったら。それはどちらも任務の失敗を意味していた。

 仮にニールがクロウを倒したとしたら、それでも敵が自分をはるかに上回っているのはわかっていた。

 そもそも横から邪魔をされたならニールはクロウを振り払える気がしなかった。


 クロウの話を支部で聞いた時、ニールは心底驚いていた。

 アルダの試しはニールも受けていた、ニールはそれを避けることで合格をもらっていた。ほとんどの人間が避けるか、中には受け止めるといったん人間もいたと聞いたことがあった。


 受け流した人間は、過去に一人としていなかった。

 実力が未知数のクロウに、いやむしろ格上なのではないかと思っているクロウに邪魔をされれば、元よりニールのやりたいことはできなかった。

 だから威圧したのだが、それ以上にクロウの考えや心は強かった、そのことを知らしめた時点で、ニールはそもそも一人でどうにかするという選択肢は取れなかったのだった。


 歯がゆい気持ちはニールも同じだった、ニールだって好き好んで少女を殺そうとしているわけではない。

 もし少女が被害者だとすれば助けたいという気持ちもわかる。

 だが実力に見合わない大それたこと、その慢心が人を危険にすることも知っていた。

 あいまいな可能性よりも確実性をと。

 だけど僅かでもその可能性があるならと、ニールも考えたことがないわけではなかった。

 自分より強いかもしれない人間と組めば、もしかしたらその可能性もあるのではないのかと。



「勝算でもあんのかおまえは」


 クロウはニールが怖かった、まだ出会って数日、相手がどんな人間か分からない。だがいま話を聞いてくれようとしているニールは、頼もしくも感じていた。

 雰囲気や口調が荒っぽい事しか分からない、その過去にどんなことがあったかもわからない、だけどそれでも今向き合ってくれているニールは、信じることができそうだった。


「ある、かも」

「はっきりしろ」

「ある、いや絶対何とかして見せる」


 まったく聞く耳を持っていなかったはずのニールはいつしかクロウの言うことを信じたいと思うようになっていた。

 誰も傷つかずにどうにかできるなら、それが一番だということはニール自身常に頭の隅にあった。



「あの子の持ってる魔道具に、多分人を操る魔法が込められてる」

「なんでんなことが分かる」

「最初あの子は攻撃こそしてきたけど、何処かに躊躇いがあったというか、ところどころ動きが鈍くなってた」

「なってたっていうのは」

「いまはもう躊躇なく振りぬいてくるし、その動作に容赦がない」

「だけどもし魔道具で操られているなら、あの短剣を破壊すればきっと魔法も解ける」

「永続的に通用する魔法ってのは基本的になくて、魔法は一定期間で掛け直したりしないと解けるものなんだ、例えばいまルトラにかけられてる魔法がそうであるように」


 クロウは魔法についての説明をし始めた。


「だけどあの子への魔法はどんどん強くなっている、つまり常に魔法をかけられてる状態だと思うんだ、だけどその横に術者がいるわけでもない」

「つまりあの短剣から流れてるってことか」

「そういうこと、だからあの短剣を壊せば魔法も同時に解ける」

「それが本当だったらやる価値はあるかもな、どうせ俺ら二人で挑まなきゃ勝てない相手だしな」

「ただ一つだけ問題がある」

「んだよ、まだなんかあんのか」

「魔法を込められた武器を壊すと何が起こるかわからない」


 魔道具は謎の多い道具であり、その全てを知っている人間はいない。

 これまでの経験や知識で知っている事をクロウは話始めた。


「可能性は二つ考えられる、一つは込められた魔法はそのまま霧散する、その依代を無くして消え去っていく」

「その場合は何の問題もないってことだな、だとするともう一つかやべえのは」

「そう、もう一つはその魔法か、もしくは別の魔法がすぐ近くにいる人間に発動する可能性」

「これは魔道具が壊されることを防ぐためや、もし壊されてもその目的を遂行するための保険としてあるものらしい。例えば罠の魔道具があったとする、その魔道具を知識もない専門家以外が解除した時どうなるか」

「本当にあった話だとその場で爆発したって聞いた、相手を足止めするか倒すがの目的だけど、もし失敗してもという最後の仕掛けだったと」

「じゃあ迂闊に壊せねえのか」

「いや、何とかして見せる」


 魔法だったらクロウには自信があった、魔法の基礎知識だけなら誰にでも負けない自信があったからでこそ、応用も時間があれば解読できる自負があった。

 そのなんとかして見せるという言葉は、それまでの言葉と違ってクロウははっきりと発音した。


「分かった、てめえに賭けるから失敗すんじゃねえぞ、俺らが負けたらこの任務は失敗だからな」

「何とか時間を作ってくれない」

「やってみるが、おれもあんまり長くは続かないからな」


 クロウは頼もしい仲間ができた。

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