エピローグ

『久しぶりだね、ジューロー。君は俺を覚えている?』

 昔、同じ実験ゲージの中で過ごした、懐かしい奴の声がした。

『俺こそが、紫雨博士の目指した生物の完全体だった。でも、君は殆どの器官が人と同じ数しかなかった。腕に関しては一本しかなく、両足なんて一本も無かった。そんな出来損ないの№10が、博士の気紛れで人間の中に放り込まれた。

 完璧な俺が化け物扱いで、不出来な君が人間扱いだなんておかしいと思ってた。いつか、自由を得ようと思っていた所に、君が戻ってきた』

 俺が問うと、紫雨№9……紫雨博士に九郎と名付けられた個体は、満足気に嘲笑った。

『ありがとう。君のおかげで、俺は自由を得たんだ。大丈夫、君の記憶は全て覚えたから』

 夢を見ていた。

 でも、自分の声で目が覚めた。

「あ……?」

 不確かな視界を巡らせて、周りを確認する。

 ここは紫雨研究所の屋上らしい。周囲には無菌のエアドームが作られており、俺は手術台に乗せられていた。緊急手術でも受けていたのだろうか?

 ズキリと左腕が痛んだ。

 そんな筈はないのに。

「は?」

 無意識に左腕を見て、無い筈の掌を閉じたり開いたりして。

 ――なぜ、生身の左腕が生えているのか。

 恐る恐る右腕を見ると、生身のそれがある。両足も生身だ。

「夢……見てるのか?」

 喜んでいいのか恐れて良いのか判断できぬまま、隣を見てギョッとした。

 グチャグチャな肉の塊が床に捨ててあったのだ。切り刻まれてない所の少ないそれは、釣り下げられたアンコウのような気色の悪いゴミ。

「あ……?」

 すぐに理解してしまった。

 あの肉塊は、俺を殺し、ミナが殺した個体名『九郎』の残骸なのだ。

 なら、俺に施された緊急手術とは何だったのか?

 言うまでもない。テトラドラクマは人間の代価物なのだから、俺の欠損した部分にアレの移植されたに違いない。

「はは……は……待てよ、ふざけるなよ!」

 移植?移植とは笑わせる?俺の体は、壊滅的に壊されたってのに!

 ああ、そうだ。

「ああ、そうだよ!」

 紫雨天は、到底生きていていい形をしていなかった。

 脳味噌を握り潰されたあの感触は、夢なんかじゃない筈だ・

「……俺の脳は壊れて、奴の脳もミナに焼かれた。でも奴の脳は二つあって……はは、勘定が合わないじゃないか……」

 口から、変な言葉が出る。

 おかしいのは分かるが、もう何も理解したくない。

 人はどこまで切り刻まれたら人でなくなるかなんて、考えるのも馬鹿らしくなる。

 だって、俺は生まれた時よりも『人間の形』をしているらしいのだから。

「――――」

 原形を留めていない死骸の中に、潰れた眼球が二つ捨ててあった。

 ――あなたは誰?

 そんなことを言うヤツと目が合った気がした。

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銀の鬼 月猫ひろ @thukineko

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