銀の鬼
月猫ひろ
プロローグ『森の中』
真っ赤に染まった冷たい床。
折り重なって、打ち捨てられて。
走り出す視界は、ぶよぶよの膜に覆われているみたいに定まらない。
ここに居ては、いけない。ここに居ては、命を失う。
うねる木々を掻き分け、石造りの地面を蹴り付ける。
冷たい空気を押し潰して、赤い海を後にする。
急げ、急げ、急げ!
そうでなくては処分される。
だって、奴らは凶悪だ。
だって、奴らは凶暴だ。
奴らに連れて行かれて、戻って来なかった仲間の事を思い出す。
噂では、奴らは俺達を切り刻んで、自分達の血肉にするらしい。
なんという悍ましさ。なんという不道徳。
そんな歪が許されるのかと、怒りで身が捩れそうだ。
「あれは……」
森を進んで、もうすぐ集落という所。遠くに人影が見えた。
「イ、イチロー!助けてくれ!」
それはイチローだった。こいつは頭のいい奴で、とても頼りになる。
「どうしたの、ゴロー!血塗れじゃないか!」
「銀の鬼だ……銀の鬼が来たんだ」
「銀の鬼……」
「ああ。話に聞いた通り、奴らは俺達とは違う。異形で、残虐で、数が多い。それに俺達の知らない力を使うんだ」
「何があったの?」
「何があったのかなんて、言わなくても分かるだろ?」
「……分かるよ。でも、そうだと思いたくない」
イチローは辛そうに目を伏せる。しかし、直ぐに顔を上げた。
「皆の所に行こう。手遅れになる前に」
「手遅れ?」
「銀の鬼は、君を追ってるんだろ?でも、アイツらに僕達の見分けなんて、きっと付かない」
「付かなきゃ、俺は逃げ切れるだろ?」
「アイツらは君を探しに来るけど、誰が君かなんて分からないんだ。でも、それでいいんだよ。アイツらは似た奴を殺して満足するか、僕達全員を皆殺しにするから」
「そんな残酷な事ってあるか!?そんな事、許されるのか……」
「アイツらが残酷じゃなかった事なんてないし、許されるさ。アイツらは自分達を神と呼び、自分達を迷える子羊に準える。結局、自分達で罪を犯し、自分達で勝手に救われる奴らさ。とにかく急ごう。早く知らせるんだ」
イチローは走り出し、俺も後に続く。
曲がりくねった木々を横目に進んでいく。角を曲がるとすぐに集落という所に来た時に、イチローが立ち止まった。
「どうしたんだ、イチロー?早く皆に危険を知らせないといけないのに」
「心配しなくても、皆は危険を知ってるよ。そして、僕達は遅かった」
「どういう事だ?」
尋ねてもイチローは首を振るばかり。
不思議に思ってよく見てみると、前方が赤く燃えているのが確認できた。肉を焼く、真っ赤な真っ赤な熱を感じた。
「もう襲われたのか!?早く助けないと!」
「無理だ。状況が分からない。僕達だって、早く逃げないと危険だ」
「イチローには超能力ってヤツがあるんだろ?それで探ってくれよ!」
「僕の超能力は、そんな便利じゃない。リラックスしてる相手に、軽い催眠を掛ける程度だ」
「そうすると、どうなるんだ?」
「深い睡眠で疲労が早く抜けるらしい」
『使えない能力だ!』なんて叫ぼうとして、慌てて口を押えた。
「ゴロー……ゆっくりと下がるんだ」
「ああ……」
イチローも気が付いたらしく、一緒に木の陰に隠れる。
俺達の視線の先で、とある異形が動いたのだ。
それは全身を銀色に染め上げた、炎の中に揺らめく影。大きな単眼は得物を探すように見開かれ、異様に長い右腕を左腕で抱える様に支えている。
自分達とは異なる形をした生物。自分達とは違う精神性を良しとする化け物。
「あれが銀の鬼か……」
理由も無く、道徳も無く、矜持も無く、無残に振る舞う。
噂に聞く、残虐非道な悪鬼羅刹だ。
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