6

「急ごう、イインチョウ。キンニクが危ない」

「まだ生きてるかも定かじゃないわよ。それに、彼は私達を裏切ったでしょ?」

「それでも、メガネの為に奴らを撃ったんだ。見殺しには出来ない」

「……待って!誰か倒れてるわ!」

 2人は廊下に伏せる人影を見付けて駆け寄る。ミナが拳銃を付きつけ、テンが倒れている男の様子を確認した。

「フェニックスの部下の一人だね、死んでるよ。目や耳から変な液が出てる。大量だよ」

「どういう言う死に方なの?」

 ミナは拳銃を突き付けたまま、男の死体を診察する。

「こいつ、頭が空っぽよ?」

「いくらウインターオブサマーが嫌いだからって、死人に悪口言わなくていいじゃないか」

「そうじゃなくて、本当に空なの。床に垂れてる液体は、脳味噌じゃないかしら」

「嘘だろ?」

 テンも男の死体を確認するが、確かにミナの言う通りの様な気がする。

 脳が破壊されている不思議な死に方。作られた理由は、それ程ない。

「あの対ドラクマ兵器は、ドラクマの脳を焼くって言ってたけど、それで殺されたのかな?」

「少なくとも、従来の武器や病気でこうなる方法を、私は知らないわ」

「仲間割れか、同士討ちか、キンニクが対ドラクマ兵器を奪ったか……」

「状況は混乱してそうね……」

 ミナは疲れたような顔を見せたが、すぐにハッとして緊張した面持ちを見せた。

「待って!あっちから銃声が聞こえたわ」

「ああ、急ごう」

 2人が銃声と怒号の聞こえた方向に走り出そうとした。

「う……」

 しかし、その時。ミナがふらつき、膝を付いた。

「大丈夫か?」

「今、脳味噌を鷲掴みにされた気がするわ」

「何かの毒?それとも兵器?」

「何でもないわ。立ち眩みがしただけ」

「年か。脅かさないでくれよ」

「ぶつわよ」

 テンが走り出し、ミナは蒼白な顔面のまま後ろに続く。

 しかし、2人が曲がり角に差し掛かった時に、無慈悲な銃声が鳴り響いた。

「あ……ぐ……」

 吹き抜けから下の階に飛び降りようとしていたタンツルは、後ろから撃たれて床に倒れたのだ。

 タンツルはピクリとも動かない。頭蓋骨を貫通した弾丸が脳を破壊したのだろう。

「無駄な事をするから、そうなるんですよ。異端者の為に命を落とすなど、愚かな事をする」

 怒気を発しながら、フェニックスはタンツルに銃弾を撃ち続けた。

 最早、タンツルが生きている可能性などゼロ以外になかった。

「もう止めろ!」

 それでも、尊厳を踏み躙られる仲間の最期を見過ごす事は出来なかった。

 思わずテンは飛び出し、フェニックスにマシンガンの銃口を向けていた。即座にフェニックスの部下達の銃口が、テンに向けられる。

「異端者が、何の用ですか?」

「タンツルの死体を引き渡せ。後、コウタをあんな惨い殺し方をした理由を教えて貰おうか?」

「惨い殺し方?そんなことしましたっけ?」

「恍けるな!腹を切り裂いて、肝臓を取り出してただろう!殺すにしても、あんな苦しみを与える理由を教えろって言ったんだよ」

 フェニックスは部下達と顔を合わせると、テンの怒りをせせら笑った。

「不純物を取り除いて、異端者となっていた彼を救ったんです。このタンツル君?が暴れ出して我々の仲間を撃たなければ、コウタ君とやらの腹も縫い合わせる予定だったんですよ?」

「何を言っているんだ?」

 フェニックス達が本気で言っているのか否か、テンには判断が付かなかった。

「腹を縫い合わせたって、死ぬのは目に見えているだろ!」

「死ぬのが目に見えている?神様か何かですか、アナタは。確実に訪れる確定的な未来なんて、この世には無いんですよ」

「狂信者め。何がどうしたって自分達は悪くないつもりか」

「自分が悪くて悪くて悪いと思って、世界に謝罪するように生きてる奴なんて居ますか?異端者はそうすればいいと思うんですがね」

 フェニックスは、タンツルの体にもう一発銃弾を撃ち込んだ。

「お前、立場分かってるのかよ!本当に撃つぞ!」

「ご勝手に。そうしたら、アナタも撃たれますけど」

 ままならぬ状況に、テンは考え無しに飛び出した自分を後悔した。

 しかし、フェニックスの後方に銀色に光る物体を見た。

「イインチョウ!伏せろ!」

 銀色の物体から撃たれたのは、黒い物体。それが爆発物だと判断して身を伏せる。

「う……!」

 グレネードランチャーから放たれた爆発物は、テン達の近くの床に着弾した。爆風に吹き飛ばされ、方々から呻き声が上がる。

 誰が撃ったのか?

 テンが目にした銀色の光は、先遣隊が着用していた筈のボディーアーマーだった。一瞬、先遣隊の誰かが生きていて、自分達を救ってくれたのだとテンは思った。

「な……あ?」

 しかし、それは大きな間違いだった。

 銀色のボディアーマーを身に着けているのは、テトラドラクマだった。奴はRPG一丁と、三丁のマシンガンを構えながら迫って来る。

「化け物め。警備隊の死体から、ボディアーマーを引き剥がしてきましたか」

 フェニックスは、対ドラクマ兵器を撃ち放つ。だが、ボディアーマーの表面で閃光が炸裂するだけで、テトラドラクマを傷付けている様子はない。

「突撃銃を撃ちなさい!邪魔な装甲を剥がすのが先です!」

 フェニックスの指示で、部下達が一斉に突撃銃を放ち始める。

「一旦逃げよう、イインチョウ……イインチョウ?」

 テンはミナの身を確認するが、返事はない。

 地面に転がるミナを見付けて慌てて揺さぶった。

「イインチョウ!!」

 テンの心を、次々に死んでいった仲間たちが支配する。

 しかし、ミナが目を開き、弱弱しいながらも視線を自分に向けたことで少し安心した。

「しんどいとこすまないけど、走ってもらうよ」

 テンは左腕でミナの腕を取ると、引っ張って走り出した。ミナからの返事はなかったが、左腕の感触から辛そうに走っている様子が伝わってくる。

「人事考課なんて言ってられない。直ぐにヘリで脱出しよう」

 テンは右腕のディスプレイに移した地図を見ながら、ミナを引き摺るように走る。

 後ろからはフェニックス達の絶叫だか断末魔だかが響き渡っていた。

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