エピローグとプロローグって間違えたりしません?

「―――――し~、淳史~? こらぁ、起きろ~」

「…………ん……?」


 僕は、ゆっくりと目を開けた。誰かが、僕の顔を覗き込んでる。


「君、は……」

「はぁ? まだ寝ぼけてんの? ほら、とっとと起きろ」

「……姉、さん……?」


 ぼやけた視界がクリアになり、頭も働き始める。姉さんはカーテンを開けながら笑った。


「こんな時間まで寝てるとか珍しい。ったく、勉強のし過ぎじゃないの? 少しは息抜きをする事を覚えろっての」 

「……それは僕に乙女ゲーをしろって事か? 姉さん」

「それも面白そ……いや、弟がそっちに目覚めるのは怖いね。大人しくギャルゲーでもしときなさい」


 いい加減恋愛に興味を持て、我が弟よ。おどけた調子で言う姉さんに、僕は力なく笑い返した。


「……しばらく、ギャルゲーはいいかな」

「あっそ。って、あんたギャルゲーとかやった事あんの? 超初耳」

「ああ、少しだけ、ね」


 本当に少しだけ、だったな。ゲームの中での一日なんて、ゲーム全体で見ればほんの一瞬でしかないだろう。


 でも、あれほどまでに〝濃い〟一日は、僕にとって初めてだった。色んな事が滅茶苦茶だったし、女神のお遊びに過ぎなかったのだろうけど、この先忘れようのない一日になってしまった。


 僕はゆっくりとベッドから出て、スマホを手に取った。夢の中で何度となく対峙したあのアプリを探すが、影も形もない。


 影も、形も、なかった。


「ちょっとあんた……なんか、様子変じゃない?」


 少し狼狽えてる様子の姉さん。僕は姉さんの不安を出来るだけ拭えるよう、出来得る限りの柔らかい笑みを浮かべて見せた。


「大丈夫だって。改めて、おはよう。姉さん」


 今日もまた、一日が始まる。いつもと変わらない、一日が。




 アレは、夢の中の出来事だった。だから、あの一日は現実には存在していない。


 昨日と全く同じ日付が記された新聞に目を通しながら、僕はトーストにかぶりつく。


「やっぱり、朝はパンよりご飯の方がやる気が出るな」


 とぼやいたら、今まで朝にご飯なんか出した事ないでしょ、と母さんに苦笑された。ごもっとも。母さんに出してもらった事は、ないな。


「淳史~? お友達が来てるわよ~?」


 と、姉さんが玄関の方から顔を出す。友達? 家まで来るような友達は、現実の方にはいないはずだが……、


「あ、えっと、友達って言うほど仲が良いわけじゃないんすけど……」


 少し遠くから聞こえたその声は、聞き慣れた親友のものだった。だとしてもおかしな話だが……とりあえず僕も玄関に向かう。


「よ、よぉ。悪いな、朝っぱらから」

「別に構わない。どうしたんだ、田代」


 そう言うと、田代は目をこれでもかと開いて僕を見た。


「? 何か変な事を言ったか、僕は」

「い、いや……水鏡に呼び捨てで呼ばれたの初めてだったからな」


 ……しまった。田代と親友だったのはあの夢の中限定だった。


「いや、こちらこそすまない。いきなり馴れ馴れしい物言いをしてしまって」

「別にイヤじゃ無いけどな。むしろ、家の方向同じなのに今まで接点が無かった方が不思議なくらいだったし」

「む……そうだな。それは僕の責任だ。クラスメイトと積極的に交流する事を避けてきたからな」


 学校は勉学に励む場所。それを疎かにして育む友情に意味などないと思っていたが、少し考えを改めるべきだろうか。


 と、田代が噴き出すように笑う。


「ぶはっ、水鏡って言葉固ぇけど意外と面白いのな。んじゃま、次からはガンガン声掛けていっていいか?」

「ああ、むしろこちらからお願いする。……それで、僕に何か用があったのではないか?」

「そうそう。つーか、俺じゃなくてこっちのなんだけどな、用があるの。なんかお前んちの前で右往左往してたから、俺が代わりにチャイム鳴らしたってだけで」


 3人。その言葉に、僕はどうしようもなく反応した。


 けれど、そんなわけはない、とその可能性を否定した。


 僕は無事、個別エンドを回避したのだから。女神自身が言っていたのだ。今更間違いでしたで済ませられるはずがない。


 でも。いやしかし。そんな自己問答を刹那の間に繰り返す僕の前に、


「お、おはよう……淳史君」

「いひひ、あっくん今日もかっこいいね~?」

「……ちょっと。何呆けた顔してんのよ、淳史」


「…………………………………………………………………………」


 思考が止まる、というのはこういう事を言うのだろう。


 そこに存在するはずのない、あるいは存在してはいけない、けれど存在していて欲しかった人達が。僕の前で笑っている。


「…………すまない、3人共。少しだけ、そこで待っててくれないか?」

「はぁ?」

「う、うん」

「オッケーだよ~?」


 3人の了解を得てすぐ、僕は自室に駆け戻る。壊れんばかりの勢いでドアを閉め、みしりと音がせんばかりに強くスマホを握り締める。


 あのアプリは、やはりない。だが、分かる。この状況を作り出したのがあいつなら、何かしらの痕跡を残すはず。あいつと僕の繋がりは、このスマホしかなかったのだから。


「……あった!」


 スマホをいじくり倒すこと20秒、僕はシステム設定の横に設置された見慣れないアプリを見つけた。その名は『女神電話テレフォンゴッデス』。ムカつくネーミングセンスだ。


 僕は一も二もなくそれを起動。どうやら基本的な機能は電話と変わらないらしい。数回のコールの後、


『はいはーい。あなたの女神様ですよ~? いやぁ、こんなに早く見つけてくれるなんて嬉』

「おいクソ女神! これは一体どういう事だ!?」


 僕はあらん限りの声を叩きつける。うひゃっ!? と素っ頓狂な声がスマホの向こう側から聞こえた。


『ちょ、ちょっとぉ、いきなりドでかい声出すのは反則ですよぉ……どういう事、と言われても、私はゲームクリアした淳史君にご褒美を上げただけで』

「だからそれがおかしいと言っているんだ! 僕は個別エンドを回避し、ノーマルエンドに進んだはず! なのに何故彼女達がいる!」


 彼女達を偽りの好意に縛ったりしない結末として、僕はノーマルエンドを目指した。だと言うのに、まったく真逆の結果になってしまっているじゃないか。


 ……正直な話を言えば、この状況を喜んでいる自分もいる。のだが、まずはこのクソ女神を糾弾しなければ心が休まりそうにない。


『ここで、淳史君に大切なお知らせがあります。じゃじゃん!』


 と、女神が大仰な語り口で言う。……凄くイヤな予感がする。


「……何だ、言ってみろよ」

『実はですね……私、ゲームが始まる時にやっぱノーマルエンドってつまんないなぁ、ってなったので、思い切ってノーマルエンドは削除しちゃいました! なので、このゲームにはハーレムエンドと個別エンドしかなく、個別エンドを回避した淳史君は自動的にハーレムエンドに進むしかなかったのです!』


 どごぉん! そんな音を立てながら床に落下するスマホ。


 寝起きの体をフル稼働してスマホを叩きつけたせいか、息が荒くなっている。僕は息を整えながらスマホを拾い上げた。


 ひびも入ってないし、普通に起動するスマホ。くそっ、どうして僕のスマホはこんなに頑丈なんだ……っ!


『ふ、ふっふふふふふ! め、女神様は同じ手を2度喰らったりは、しないのですよ……? 衝撃に対する備えは、ば、万全で……!』


 どう聞いても万全だったとは思えない口ぶりに、少しだけ溜飲が下がる。僕は努めて冷静を保ちながら続けた。


「……つまり、僕は最初から存在しない結末を目指してあの夢を過ごした、と。そういう事か?」

『その通り! 言ったでしょう? このギャルゲーは私がジャスティス! 何をしたって許され』


 どごぉぉぉぉぉん! 今度は壁に叩きつけられたスマホだが、遠目で見る限りやはり壊れているようには見えない。


 命拾いしたな、クソ女神め。僕は舌打ち交じりに部屋を出て、急いで玄関で待たせている彼女達の下へ戻った。




「ちょ、ちょっと淳史。さっきから凄い音がしてるけど、大丈夫……?」

「ああ、気にしないでくれ陽菜さん」


「おやぁ? あっくん、なんかすっきりした顔してる~?」

「すっきり……は確かにしたかもな。深紅さんも元気そうで何よりだ」


「なんか淳史君、いつもよりちょっとかっこいい……って、ご、ごめんなさい! 変な事言ったりして……!」

「謝る事はないよ、藍梨さん。そう言われるのは嬉しい事だ」


 彼女達と言葉を交わす。何の違和感もない、自然なやり取り。まるで数年来の友人

と話している気分だ。


 ……友人、とも少し違うか。少なくとも、彼女達は僕に対して好意を抱いてくれているのだろう。ギャルゲー、という存在に縛られた偽りの好意を、だが。


「おいおい、俺はのけ者かよ。ったく、話には聞いてたが青春してんな、水鏡」

「のけ者にはしていないが……3人はどうしてここに?」


「は? あんた、忘れたの? 今日からあたし達、そこのシェアハウスから通う事になった、って言ったでしょうが」

「やっぱ電車で1時間揺られながら登校するより、こっちの方が楽でいいよね~」

「淳史君の家のすぐ近くに、新築のシェアハウスが出来たおかげだね……これって運命、なのかな」


 いや、偽り、と考えるのは彼女達に失礼か。経緯はどうあれ、僕に対する好意を全てその一言で片づけるだなんて、彼女達を全否定しているのと同じじゃないか。彼女達の思いは、限りなく真剣なモノなのなのに。


「って事で、毎日迎えに来るから待っててね~あっくん。お弁当も毎日作ってきてあげるから♪」

「やっぱ、毎日購買でパンってのも不健康だしね……ってちょっと深紅! 今日のお弁当はあたしが作ったじゃない!」

「あはは……陽菜ちゃん、昨日の夜から頑張ってたもんね。おかげで、昨日は卵焼きだけでお腹一杯になっちゃった……」


「……水鏡。俺は今、お前を殴りたくてしょうがない。殴っていいか? グーで」

「却下だ、場合によっては警察に電話するぞ。……電話と言えば、いくらでも殴ってもいいスマホを持っているから、そっちで憂さを晴らしてくれ」

「何だそりゃ」


 現実は、ギャルゲーじゃない。だから、僕や彼女達がどういう結末を辿るのかは分からない。


 でも、恋愛とはそういうものだよな。ならば僕が今すべきことは、彼女達の好意に真摯に向き合う事だけ。


「ほら、淳史。朝ごはんの途中でしょ。とっとと食べなさい、遅れるわよ」

「それを邪魔しちゃったのは私達だけどね……」

「にひひ、まぁ細かい事は気にしない! あっくん、ウチら外で待ってるから!」

「ああ、分かった。急いで準備しよう」


 彼女達を一瞥し、僕は早足でダイニングへと戻る。が、


「淳史君」

「あっくん」

「淳史」


 呼び止められ、振り返る。彼女達は満面の笑みで言った。


『これからも』

「よろしくお願いします!」

「よろしくだよ~♪」

「よろしく」


 ああ……こちらこそ、だ。





『ようこそ、ギャルゲーの世界へ ~だが僕はノーマルエンドへ行く~』 終わり

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駄女神様はエロにうるさい 虹音 ゆいが @asumia

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