誰が休憩時間だと言った?

 ホームルームがつつがなく終わり、授業が始まる。一時限目は、数学。


 ギャルゲーな夢の中とは言え、勉学に励める機会である事に変わりはない。授業内容は少し前に現実の方で学んだ部分と被ってしまっていたので、僕にとっては復習をするような形の授業となった。


 幸いにも内容そのものは至極まともで、ギャルゲーに侵されている部分はなかったように思える……が、どうしてもギャルゲー部分が潜んでいないかを警戒してしまい、あまり集中できなかった。不覚だ。


 とにもかくにも、チャイムが鳴り授業が終わる。好感度が上下する事もなく、いたって平和な時間だった。ギャルゲーとは言え、全ての時間が好感度に関わってくるわけではないらしい。


「おーい水鏡、トイレ行こうぜ」


 と、休憩時間に入るや否や、田代がそんな事を言ってきた。もう本当に、今の彼は僕の親友のような存在なんだな。


「……あぁ、構わない。行こうか」


 本音を言えば、別段行きたいわけではなかった。幼い頃からこの、生徒同士が連れ立ってトイレに行く、という習慣に馴染めない。


 いつもの僕であれば断っていたかもしれないが、登校中は彼に心労を掛けてしまったようだし、無下にするのも忍びない。今回は付き合う事にしよう。


 移動教室などで犇めく生徒達の間を縫い、トイレへと向かう。夢だと言うのに、この雰囲気は現実と全く変わらないな。


「ふぁぁ、相変わらず数学はだるいな。寝てたら板書し損ねたぜ……なぁ水鏡」

「見せる気はないぞ。授業中に寝るなど、論外だ」


 いくら心労を掛けたとはいえ、そこまで面倒を見る気はない。そもそも、これは夢の世界なのだから現実の彼の成績にも影響はないだろう。


 などと、現実ではけしてかわす事のないであろう他愛のない会話を交わしている間に、トイレに辿り着く。外の喧騒とはうって変わって、トイレの中には誰もいなかった。


 僕達は早々と用を足し、手を洗う。その間田代はその軽口を止めていたのだが、


「そういやさ、お前って結局誰が本命なんだ?」


 そんな事を訊いてきた。僕は首を傾げる。


「本命って、何の話だ?」

「いやいや、決まってるだろ。美女3人と暮らしてるくせに、何も思うところが無いわけねぇよ」


 ……彼女達の話、か? そして、本命……となると、


「つまり、僕が彼女達の誰に好意を抱いているか、という話か?」

「他にどういう話になるんだよ。相変わらずこういう系に疎いな、お前は」


 疎い……まぁ、否定はできない。まだ短い人生とは言え、恋愛事に現を抜かした経験は一度も無いわけだしな。


「で、どうなんだ?」

「そうだな……」


 大前提として、田代にとっての僕と彼女達は一つ屋根の下で毎日暮らしている関係なのだろうが、僕にとって彼女達は今日出会ったばかりの、ほぼ初対面に近い関係だ。女神のお膳立てで仲が良さそうに見えているだけに過ぎない。


 とは言え、彼女達が僕に寄せてくれている信頼、あるいは好意のようなモノも分かってはいるつもりだ。男としてそれが嬉しくないわけはないし、それを裏切りたくないとも思う。


 では、僕が彼女達に好意を抱いているのか、と言われると……好感が持てる事は確かなんだが……、


「どしたよ? そんな悩まねぇで、直感でいいんだよ。こういうのは」

「直感、か……なら、深紅さん、かな」


 藍梨さんはお淑やかだが、会話が長続きしない。陽菜さんは時折優しい側面を見せてくれるが、終始不機嫌そうなので少しとっつきづらい。

 

 その点から言えば、常に天真爛漫で明るい深紅さんは比較的会話がスムーズに進む印象だ。……まぁ、ホントにそれだけの理由だ。直感的過ぎたかな。


 ほわん


(…………は?)


 今の音、まさか……、


 急いでスマホを取り出し、好感度チェック。……やっぱり。深紅さんの好感度が上がってる。しかも……14も、だ。


「どした? 電話か?」


 と、スマホを覗き込んで固まる俺を見て、田代がハンカチで手を拭きながら言った。


「……ああ。すまないが、先に戻っててくれ」

「おう、分かった」


 ひらひらと手を舞わせてトイレを出ていく田代を見送る。


 電話ではない。が、これはさすがにヤツと会話せねばなるまい。


「おい女神。聞こえてるんだろう?」

『はいはーい、女神様ですよ~? どうかしましたかぁ?』


 能天気な声。スマホを握る手に力が入るが、どうにか抑えつける。


「どうもこうもない。何故、深紅さんの好感度が上がるんだ」

『何故、と言われましても……ギャルゲーだから、としか? 女の子の好み云々の話をして、淳史君はそれに答えた。で、好感度どーん! 何かおかしいです?』


「おかしいだろう! 彼女の前でそんな発言をしたのであれば分かるが、僕と田代しかいない状況での話で好感度が上がるのは不自然でしかないじゃないか」

『だから、ギャルゲーってそんなもんですって。どこであろうと、女の子の話をした時点で多少なりとも好感度に影響は出るってもんです』


 くっ……非常識な世界だ。油断も隙もあったもんじゃない。


「……分かった。僕の考えが甘かった、という事だな。聞きたい事はこれで全部だから、もういい」

『え~? 折角だからもうちょっとおはな』


 アプリ、強制終了。まずいな、この声を聞くだけで拒否反応が出そうだ。


「しかし、好感度が上がるのはまだ納得できたとしても、増え過ぎじゃないだろうか。14って……」


 席順の時もそうだったが、上がり方が極端になってきている気がする。これも女神の差し金か? きっとそうだな、女神め。




 好感度ラブチェッカー


『天海藍梨 14』


『緋村深紅 34』


『日輪陽菜 23』



女神様の一言

『淳史く~ん、何かあればすぐに私を悪者にするのはあんまり良くないと思いますよ? 良くないと、思いますよ~? 聞いてます、ねぇ?』

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