はっ、また3択問題か。バカの一つ覚えだな

 二時限目、現国。この授業もまた、何の問題もなく過ぎていく。


 それならと、模試対策のためにも授業に集中する事にする。元々僕は現国が得意科目なので念入りな対策が必要なわけではないのだが、かといって疎かにしていい理由にもならない。夢の中とは言え、知識を蓄積して損はないはず。


 対して、前に座る陽菜さんは現国が苦手なのだろう。いつの間にやら居眠りをしていたので、気になって起こしてあげたら、


 ほわん

 

 ってなった。寝てるのを起こすだけで上がるのか、好感度。


 ともあれ、あと5分で授業が終わる。上がったのは陽菜さんだけ。上昇量は後で確認するとして、まぁ及第点かな。


 そんな事を思っていたら、


「はい、それじゃ授業はここまで」


 現国担当教諭、杉崎先生が唐突にそんな事を言う。いや、まだあと5分残ってるのだが。


「んじゃ、恒例の小テストやるぞー」


 そんな恒例、今まで一度もなかったはずだが。


 戸惑う俺を尻目に、プリントを配り始める杉崎先生。クラスメイト達も何の疑問もなく小テストに向き合っている。


(……つまりこれは、ギャルゲー部分のイベントか)


 くそ、終わる直前の心の緩みを狙ってくるとは……やってくれる。


「はい、淳史」


 と、前の陽菜さんからプリントが回ってくる。それを受け取った僕は、短く深呼吸をした。


(よし、いいだろう……掛かってこい!)


『文章をよく読み、登場人物の心情を正確に把握し、正しい答えを導き出しなさい。


 あつし君には、気になる女の子が3人います。


 1人は青い髪が綺麗な、物静かなあいりちゃん。

 1人は赤い髪が活発的な、いつも笑顔のみくちゃん。

 そしてもう一人は黄色い髪がミステリアスな、ツンデレのはるなちゃん。


 さて、あつし君が一番好きな子は誰でしょうか?』


 ちょっと待て。何だこのあからさまな問題は。


 プリント一枚に対し、問題はこれ一つだけ。余白の無駄遣い甚だしい。


 あつし君って、完全に僕の事じゃないか。3人もそのまま登場してるし、せめて名前くらいは変えられないのかあのバカ女神は。


 それに、この短い文章をよく読んで心情を正確に把握したところで、あつし君が一番好きな子を導き出しようがないだろう。もはや問題の体を為していない。


「あと2分。急げよ~」


 杉崎先生が急かしてくる。実質3択問題であるこれに対して2分はむしろ長すぎると思うが、僕は動けずにいた。


 だが、周囲からは絶えずかりかりとペンを走らせる音が聞こえる。クラスメイト達よ、この問題に対して一体何をそんなに書き込む事があるんだ。まさか僕と違う問題が出されてるんじゃないだろうな。


 ……そして今気づいたが、僕を囲む3人の女性がちらちらとこちらを窺っている気がする。さっきの田代との会話で起きた事も鑑みれば、この答えに応じて彼女達の好感度が上がってしまうのだろう。


(…………………………よし)


 悩んだ結果、僕は苦渋の決断をした。




「はい、終わり。集めろ~」


 小テストが終わり、プリントを集める間特有の弛緩した空気。僕は陽菜さんにプリントを渡し、細く息を吐いた。


 これが恐らく、最善。最善の、はずだ……!


「よーしよし、こうやって短時間で考える癖を付けていけば、模試や入試でも役に立つはずだからな~」


 満足げな様子でぱらぱらと集めたプリントを確認していく杉崎先生。と、


「ん? これは……水鏡の答案か」


 ぎくり。冷や汗が背中を伝う。


「ほぅ……これはこれは。水鏡、ちょっと立て」


 マズい。とは思ったが、ここまで言われて立たないわけにもいかない。僕はゆっくりと席を立った。


 当然だろう。僕はあんな単純な3択問題を白紙で提出したんだから。好感度を上げる事態を予防するためとはいえ、ふざけていると思われても仕方な


「素晴らしいぞ、水鏡!」


 ……はい?


「あつし君の揺れる心の内を正確に汲み取り、選んだ答えは『空白』。すなわち、沈黙! 誰か一人を選ぶなんて出来ない、だって僕は3人とも大好きなんだから。無言の中に溢れんばかりの情熱を秘めた、模範的解答だ!」


 ちょっと待ってくれ。何故白紙の解答用紙からそこまでのエピソードが出てくるんだ。現国担当の教諭とは言え、想像力が逞し過ぎやしないか。


「いえ、あの、先生。僕は別にそこまでの意味は」

「みなまで言うな、水鏡! 私は全て分かっている、分かっているぞ!」


 分かっていないから訂正しようとしているのですが。


「こんなにあつし君に愛されて、あいりちゃんもみくちゃんもはるなちゃんもさぞ幸せだろう。よし、水鏡の解答に拍手!」


 一人拍手を始める杉崎先生に、クラスメイト達も一人二人と少しずつ拍手を加えていく。


「淳史君……優しいんだね、ホント」

「にはは、それでこそあっくんだよね~」

「ったく、かっこつけ過ぎなのよ……バカ」


 いや違うぞ3人共。僕にそんな意図は全く無くて……。さらに否定の言葉を紡ごうとするも、厳かに鳴り始めたチャイムに邪魔されてしまう。


(あぁもう、勘弁してくれ……)


 もはや、訂正なんて出来そうもない。乾いた笑いを漏らす僕の頭の中で、ほわんほわんほわん、と間の抜けた音が3回連続で響いた。




 好感度ラブチェッカー


『天海藍梨 24』


『緋村深紅 44』


『日輪陽菜 38』



女神様の一言

『ふふん、3択問題で3択以外の答えで乗り切ろうなんて、そ~んな甘々な事を許してあげるような女神様じゃないんですよぉ? てゆうか私バカじゃないもん!』

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