その輝きはあまねく降り注ぐ陽光のように

 ダイニングに戻ると、藍梨さん、深紅さんが席について僕を待っていた。


「ほら、あっくん。早く早く!」

「淳史君、早く食べないと学校遅れちゃうよ?」


 あぁそうか。今日は普通に学校があるんだったな。この非現実的な状況に呑まれて、そんな当たり前な事すら忘れかけていた。


 藍梨さんは母さんの席、深紅さんは姉さんの席に座っている。そして、


(あ……)


 父さんの席には、見慣れぬ女性が座っていた。いや、正確にはさっきアプリでちらっと顔と名前を見たのだが。


「えっと……おはよう、日輪ひのわ陽菜はるなさん」


 ひとまず挨拶するも、彼女はあからさまに不機嫌そうな顔で僕を見やった。


「何でフルネームなの、淳史。キモい」

「あ……いや、ごめん。別に他意があったわけじゃないんだ、陽菜さん」

「なら最初からそう呼べっての」


 つん、とした態度の彼女――陽菜さんは顔を背けた。ふむ、他の2人とは随分と様子が違うな……。


 眩いばかりの黄金を湛えた髪が、2人同様目を引く。その結構長めの髪を頭の側面で1つに纏めて……確か、ツインテール、とかいう髪型だっただろうか。学校が禁止している髪型の1つだったはずだ。


 少し険はありながらも、顔立ちそのものはとても美人……いや、可愛らしい、か? 藍梨さんが美人、深紅さんが可愛いだとすれば、陽菜さんはその中間だ。どちらの良さも漂わせる美貌には、やはり目を奪われる。


 が、さっき深紅さんとの会話で散々意識させられたからか、どうにも陽菜さんの胸元の寂しさも目に付く。深紅さんの方がずっと小柄なのに……あぁいや、失礼。別にそれが良い悪いなんて言う気はないんだ。許してくれ、陽菜さん。


「それじゃ、全員揃ったところでぇぇぇいっただっきまぁ~っす!」

「ふふ、いただきます」

「……きます」


 3人が合掌して朝食を食べ始めたので、僕も慌てて箸を取る。


「……い、いただきます」


 妙に緊張しながらも合掌した僕は、とりあえず味噌汁を飲んでみた。……とても美味しい。自然と笑みが漏れた。


 さて、朝食を食べながらだと自然とみんな口数が減る。僕は予想を二段階ほど超えた美味しさを誇る朝食に舌鼓を打ちながら、思索を巡らせた。


 陽菜さんが僕の事をどう思っているのかはよく分からないが、藍梨さん、深紅さんほど僕に対して好意を抱いているわけではないようだ。いや、このギャルゲー世界限定のそれを『好意』と表現するのも納得はいかないが。


 ともあれ、僕への好感度が上がりにくそうではあるので、ありがたい。操作する好感度が3人分から2人分に減るだけでも、かなり心労は減りそうだ。


 あとは、彼女達の好感度が上がりやすい行動を見極め、極力その行動を取らないように心掛ける。勿論、何かしら重大なルールに気付いたら逐一対策を練る。ノーマルエンドに辿り着く為の基本方針はこんなところだろうか。


「ちょっと淳史」


 と、陽菜さんに声を掛けられた。相変わらずとげとげした声だけど、何かしてしまっただろうか。


「どうしたんだ? 陽菜さん」

「どうしたもこうしたもない。ご飯、もう無くなってるじゃない。貸して」


 ……おぉ、本当だ。美味しい朝食を前に、ご飯もかなり進んでいたようだ。


 食べている僕が今気づくくらいなのに、陽菜さんはそれよりも早く察したのか。人間観察が得意なのかな、彼女は。


「どうしたの? ほら、早く貸して」

「あぁいや、大丈夫だよ。自分のご飯くらい自分でよそうから」


 本音としては、女性にご飯をよそってもらうのは気恥ずかしいから、だ。母さんや姉さんに頼む時はそんな事を思ったりはしないのに、不思議なものだな。


 でゅーん。


(ん……? 今のは)


 確実に、ほわん、じゃなかった。安心するよう音じゃなく、むしろ不安を煽ってくるような音。


 つまり、好感度が下がる時の音、の可能性が高い。その証拠に、陽菜さんの表情はちょっと怒っているように見える。


 今スマホを見るわけにはいかないし、見たとしても元々0だった陽菜さんの好感度は下がりようがないから確認しても意味は無いな。とりあえず今はご飯をよそわなくては。


 お椀を手に立ち上がる僕。


「……ホントに、いいの……?」


 と、陽菜さんの声。……え? 今の、本当に陽菜さんか? 別人みたいに弱々しい声だったけど。


 彼女は、何かを訴えるようにじっと僕を見ていた。責めているわけじゃないし、泣きそうなわけでもない。でも、その視線は僕の男としてのプライド的な何かを容赦無く引っ掻いてくる。


 僕は今、とんでもなく申し訳ない事をしてしまっているのではないか、と。


「……い、いや。やっぱり、頼もう、かな……?」


 座り直し、陽菜さんにお椀を差し出す。と、彼女は元のぶっきらぼうな口調と不機嫌そうな顔に戻り、


「最初からそう言えばいいのよ、そう言えば」


 ご飯をよそってくれた。それも、大盛……いや、特盛かってレベルにうず高いご飯の山だ。食べれる、だろうか……。


 ほわん。


 ん、今度は間違いなくあの音だ。彼女の要求を満たしたことで、好感度が上がったんだ。それはあまりよろしく事ない事だが……まぁ、悲しませないですんだのは良かった、かな。


 その後はつつがなく朝食の時間が過ぎ、みんなが食べ終えた頃にはそれなりに時間が経っていた。あの特盛ご飯のおかげで、僕だけ遅くなってしまったが。


「それじゃ、15分後に家を出る予定ですのでそれまでに各自登校の準備をして下さいね?」

「りょーかい、だよ!}

「ん」


 そう言って、3人は食器を片付けた後各々の部屋へと戻っていった。自分の食べた食事の食器を自分でキッチンに運ぶのは、水鏡家と同じだな。


 僕も食器を片付け、部屋に向かいながらスマホを取り出す。一応、確認はしておくべきだ。


 けどまぁ、深紅さんの上昇量が3だったんだ。陽菜さんは1か2、高くても3だろう。


 そんな事を思っていたので、僕は驚愕した。


「じゅ、15!?」


 ちょ、ちょっと待ってくれ陽菜さん。何故ご飯をよそってもらっただけで15も上がってるんだあなたは!


 彼女の性格からして、好感度は下がりやすいけど、上がる時はかなり上がる。そんな傾向があるのかもしれない。


 やはり、2人分警戒するだけで済むはずもないようだ。いや、むしろ彼女が一番要注意なのかもしれない。


 部屋に戻った俺は、学生服に着替えながら気を引き締め直す。全力で好感度を抑えるのだ、と。




 好感度ラブチェッカー


『天海藍梨 8』


『緋村深紅 6』 


『日輪陽菜 15』

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