その情熱は魂をも焦がし尽くす灼熱のように

「あれ? 陽菜ちゃん、どこ行ったんだろ……」


 ダイニングに足を踏み入れた藍梨さんが首を傾げる。僕も遅れてダイニングに入ったが、ほぼ初対面の女性が目の前にいるせいで、どうにも友達の家を訪れたような違和感が抜けない。


(……ん? 父さんと母さんの私物がない……?)


 少なくとも目に入る範囲では、毎日目にしていたモノがいくつか無くなっている。これはつまり、僕の本来の家族がこの世界には〝存在していない〟という事なのだろう。夢の中とはいえ、少し複雑な気分だ。


「深紅ちゃん、陽菜ちゃんと一緒?」


 藍梨さんがキッチンを覗き込みながら尋ねる。


「いーや? さっきおトイレに行くって言ってたけどね~」

「そ、そっか。……あの、深紅ちゃん? そういう時はさ、せめてお花を摘みに行くって言った方が……」


「? お花って何? 陽菜ちゃんは花じゃなくておトイレに」

「うん、ごめんなさい深紅ちゃん。私が悪かったからもうこの話は止めよう? 陽菜ちゃんに申し訳ないから……」


 ちらと僕を見やる藍梨さん。……あぁ、そうか。女性にとって、トイレ云々の話を男に訊かれるのは恥ずかしいんだろうな。


 ここにいない陽菜さんの女性としての尊厳を守ろうとした藍梨さんに対し、キッチンからひょこと顔を出した女性は無邪気に笑っていた。


「あっくん、おはよ~」

「お、おはよう」


 陽気な声色から想像は付いていたけど、フレンドリーな女性だな。どうにか笑みを浮かべて返すと、彼女はにひひと口角を上げた。


「でさでさ、早速で悪いけどちょっと手伝ってくれる?」

「わ、分かった」


「深紅ちゃん、私は?」

「いいよいいよ、座ってて。やっぱ力仕事は男の子に頼まないとね~」


 しっしっと追い払うようなジェスチャーをする彼女に、藍梨さんは少し残念そうな表情を浮かべながらも、ダイニングチェアーの1つに腰掛けた。いつも母さんが座っているモノだ。


 僕は手招きされるままにキッチンに入る。既に完成しているらしき料理の匂いとは別に、やはり甘い匂いがした。


「えぇと……緋村ひむら深紅みくさん?」

「にひひ、どしたのあっくん。変だよぉ?」


「ご、ごめん。えっと、深紅、さん?」

「なぁに? あっくん」


 満足げに笑った彼女――深紅さんは、勢いよく僕に抱き着いてきた。


「ちょっ、美紅さん……っ!?」

「にひひ。ウチの髪、さらさらで気持ちいいでしょ~」

「いやっ、髪もそうですけど……!」


 動揺する僕を見て、深紅さんはやはり楽しそうに笑っていた。


 燃え滾るような、短めに切り揃えられた深紅の髪。真っ先に目についた彼女のそれは、僕の視線が自然と吸い込まれるような何かがあった。加えて、彼女が言うようにとてもさらさらしていて、女性特有の良い匂いがふわりと漂ってくる。


 深紅さんはかなり小柄で、藍梨さんは勿論の事、クラスメイトの女性達と比較しても比較的小さな外見だ。彼女のエネルギッシュな口調、仕草にとてもマッチしているように思える。


 思えるのだが……どうにもその体格に不釣り合いなくらいに豊かな胸元がアンバランス……と言っては失礼だな。とにかく、視線のやり場に困って最初からあまり直視できなかった。


 そして今、彼女はその豊かな何かを押し付けるように僕に抱き着いているのだ。落ち着いてなどいられない……が、極力冷静さを保ちながら僕は深紅さんを引き離した。


「そ、それで、僕は何をすればいいんだ?」


 下手するともう一度抱き着いてきそうな雰囲気だったので、機先を制して話を元に戻す。深紅さんは少し不満げだったけど、すぐに溌溂とした笑みに戻った。


「ん~、お料理を運んで欲しいんだ~。熱いうちに食べちゃお?」


 見やると、確かに4人分の配膳された料理が用意されている。


 水鏡家は母が趣味で焼いているパンを朝ごはんに食べるのが日常だったが、深紅さんの作ったそれは焼き魚、味噌汁と完全に和食だ。


 実を言うと、僕はパンよりもご飯、洋食よりも和食の方が好きなので、ちょっと嬉しかったりする。……けどまぁ、これもあの女神が僕をこのギャルゲー世界に懐柔するための策なんだろう、と思うとなんかイラっとするな。


 ともあれ、確かに熱いうちに食べた方がより美味しいな。僕が料理をダイニングに運ぶ横で、深紅さんは箸を用意したり炊き上がったご飯をよそったりしている。なんとも新鮮な風景だ。


「……よし、準備オッケー!」


 食卓の準備が整い、僕と深紅さんはやり残したことがないかキッチンに戻った。


「あっくんのおかげで早く終わったよ。ありがとね~」

「いや、それを言うなら料理を作ってくれた深紅さんのおかげだろう。僕は運んだだけだし」

「にひひ、ウチは好きで料理担当してるだけだってば」


 そう言った深紅さんは、おもむろに僕に歩み寄る。また抱き着く気か、と警戒したが、彼女は僕の少し前で立ち止まった。


 そして、何かを期待するような目。……えぇと、どういう事だろうか。


「……ねぇ、あっくん。いつもみたいに、してよ」


 と、深紅さんが言う。快活さが鳴りを潜めた、どこか甘ささえ漂う声音。


「い、いつもみたいに……?」

「うん。いつも、頭撫でてくれるじゃん」


 ……いつもの僕は、同い年の女性の頭を撫でる、などというふしだらな事をしているのか。ショックだ。


 だがしかし、寂しそうな深紅さんの期待を裏切るわけにもいかず。


「ん……」


 恐る恐る深紅の髪に手を乗せ、優しく撫でる。直接手で触ると、そのさらさら具合は癖になるほどだった。深紅さんも気持ちいいのか、目を閉じて切なげな吐息を漏らしている。


 ほわん。


(あ、また上がった……)


 まぁ、それもそうか。僕は今、彼女が喜ぶ行為をしているんだから。


 ほわん。


 え? 2回目? まさか、撫で続けている間は上がり続けるのか……!?


 慌てて手を離す。深紅さんは目を開けて名残惜しそうに髪を触った後、人好きのする笑みを浮かべた。


「にひひ、ありがとあっくん! それじゃ、ご飯食べよ~?」

「あ、あぁ、そうしよう」


 一足先にキッチンを出ていく深紅さん。その後を追おうとしたが、どうにも気になってスマホを取り出してアプリをチェック。


「……6、か。2回上がったはずだから、3ずつ上がったわけだな」


 藍梨さんの時には一度に8も上がったわけだが、深紅さんは3。良心的だな……良心的な好感度の上がり方って何だ。


 ノーマルエンドを目指す身としては有難いのだが、藍梨さんの時はこちらの非礼を詫びただけ。対して深紅さんは頭を撫でるという身体的な接触を伴う行為をしたわけだ。


 男女の機微に疎い俺が言うのも何だが……深紅さんの時の方が好感度が上がるべきじゃないだろうか。いや、女性ごとに上がり方の傾向などが細かく設定されている、という事か?


(色々、調べていかないとな……)


 細く溜息。スマホを仕舞い、僕はダイニングへと向かった。



 

 好感度ラブチェッカー


『天海藍梨 8』


『緋村深紅 6』

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