実験には代償がつきものです
さて、呼びに行くと決めたはいいが、彼女達はどこにいるのだろう?
ダイニングでの席を見るに、藍梨さんと姉さん、深紅さんと母さん、陽菜さんと父さんがそれぞれ入れ替わっているような感じだった。それを鑑みれば、彼女達はそれぞれの部屋で暮らしている、と考えるのが自然か?
ひとまず父さんの部屋へ。……いない。
ならば母さんの部屋へ。……ここにもいない。
あとは姉さんの部屋だが……、
「ん……?」
姉さんの部屋に近づくにつれ、くぐもったような声が聞こえてくる。それも、三人が楽しそうに会話しているような、そんな声。
何で3人は姉さんの部屋に集まっているんだろうか。15分もあればとっくに着替え終わっているだろうし、3人揃って身支度でも整えているのか?
(そう言えば、昼休みに軽く化粧をしてお互いを褒め合っているクラスメイトがいたな……)
僕としてはその行為に何の意味があるのか分からない。1人で終わらせて、手鏡を使って自分でチェックすれば済む話だろうに。
けどまぁ、当人達は楽しそうに笑っていた。女性にとっては、互いに褒め合うというのは大事な事なのだろう、多分。
(……さて。仮に3人が化粧などをして盛り上がっているのであれば、どうしようか)
声を掛けて急ぐように促す。これが上策。
何も言わずにリビングに戻ってひたすら待つ。これが中策。
そして下策は……、
(……いや、待てよ……?)
僕の目的はなんだ? 彼女達に好かれるように努力をする事か? 違うだろう。
好感度を、下げなければならない。その為に必要な事は何か?
(試して、みるか……!)
僕は意を決し、姉さんの部屋のドアに手を掛けた。くぐもった声は依然として楽しそうで、まだまだ終わりそうにない。
好感度を下げるには、下策を選んで彼女達に嫌われるのが最も有効。そして、この状況で彼女達に嫌われるにはどうすればいい?
姉さんがいつか言っていた。女の子のすっぴんを見ようとする男はクズ、と。それを信じるならば、
「3人とも、準備はまだな、……っ!?」
ノック無しで部屋の中に突撃し、敢えて彼女達のすっぴん姿を目撃する事。こうすれば、でゅーん、が連続で聞けるはず。
そう思ったのだが、当ては大いに外れた。
「え……?」
「ふえ?」
「なっ……!」
三様に呆けた声を出した彼女達は、何というかこう、下着姿だった。学生服を手に持って固まるその姿を直視してしまった僕は、恐らくその場で一番混乱していたのだろう。
「な、いや、その、これは、僕も、だから」
意味不明な言葉を垂れ流す僕を見て、動いたのは陽菜さんだった。
「出てけバカっ!」
机の上のカバンを引っ掴み、容赦なく投げつけてくる。反射的にそれをキャッチする事は出来たが、投げ返すわけにもいかない。刹那の逡巡の後、僕はカバンを静かに床に置きつつ、迅速に部屋から逃げ出した。
(…………おかしいだろう! 何でまだ着替えている最中なんだ、彼女達は!)
そもそも何でわざわざ姉さんの部屋に集まって着替えているんだ。化粧ならともかく、集まって着替えて何になるんだ。まさかお互いの体つきを褒め合っていたわけじゃあるまいに。
ほわん。
ほわん。
ほわん。
(……ほわん? いや待て、おかしいだろう!?)
しかも3連続? 3人全員の好感度が上がったと言うのか? そんなバカな!
急いでリビングに逃げ戻りつつ、スマホで好感度をチェックする。……藍梨さんは13、深紅さんは11、陽菜さんは20、か。一律で5増えたわけだ……って、だから何で上がるんだ!
『あーらら、順調に増えてますねぇ?』
と、女神の声。能天気な感じがすごくムカつく。
「おかしいだろう! どうして着替えを見られたのに、好感度が上がるんだ!」
僕の常識と照らし合わせれば、すっぴんを見られるよりもイヤな事のはずだ。が、アプリの中の女神はやれやれと言った調子で返してくる。
『いやいや、ただのクラスメイトに見られたのなら好感度は下がるだろうけど、3人は淳史君の事が好きなんだよ? 着替えを見られたらむしろ嬉しいはずだって』
いや、その論理はおかしいだろう。あの場合、ノックもなしにドアを開けた僕が全面的に悪いわけであって、嬉しいとかそういう話ではないはずだ……いや。
「一つ訊くが。嬉しい〝はず〟と言ったな? つまりそれは、女神であるあなたの判断基準に基づいて彼女達の好感度が上がった、という事か?」
『あ、うん、そうだよ? 言い忘れてたけど、私の独断で好感度を上げちゃうこともあるから。女神特権ね』
「何だそれは……!」
つまり僕は、彼女達それぞれの性格を把握するだけじゃなく、女神の独断をも考慮に入れて行動しないといけないのか? 着替えを見られたら嬉しいはず、なんて偏った感性を持っているらしきこの女神を? 勘弁して欲しい。
『ま、まぁそう睨まないでくださいよ。ほら、上がり方も全員5で平等にしといたじゃないですか』
無意識にスマホを睨みつけていたのだろうか。女神の声が少しだけ焦りを帯び、
『そ、それじゃあ頑張って淳史君! グ~ッドラ~ック♪』
イラっと来る応援を残し、ぷつりと途絶えた。スマホの画面には、彼女達の好感度が無情に表示されるのみ。
「……意図的に好感度を下げる案は、ひとまず却下だ」
男女の機微に疎い自分には、彼女達、そして女神の感情を読み切る事は不可能だろうからな。
好感度ラブチェッカー
『天海藍梨 13』
『緋村深紅 11』
『日輪陽菜 20』
女神様からの一言
『ていうか淳史君、あなた朝ごはんの時にずっと彼女達のすっぴん見てたじゃないですか……』
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