一日だけ! 今日一日だけでいいから!
火の元を確認、戸締りをしっかりとして、僕達は家を出た。
時間は予定よりも5分遅い。僕は高校への通学は基本徒歩で、時間に余裕がないときは自転車を使うのだが、これくらいなら十分徒歩で間に合うだろう。
そう判断し、4人揃って高校に向かって歩き出す。が、
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
圧倒的、無言。理由は勿論、数分前に僕がやらかしたあの一件だ。
陽菜さんは終始僕を睨んでいるが、罵詈雑言をぶつけては来ない。それが余計に僕の罪悪感を募らせる。
藍梨さんはそんな陽菜さんと僕を交互に見ておろおろしながらも、静観を続けている。
そして、深紅さん。彼女だけは態度が変わった様子もなく、鼻歌とスキップ交じりに通学路を歩いていたが、
「結局さぁ、あっくんは何かウチらに用があったの?」
何気ないノリでそんな事を訊いてきた。ぴく、と陽菜さん、藍梨さんが反応したのが見て取れる。
「あ、あぁ。このままじゃ学校に遅れるかもと思って呼びに行ったんだが、焦ってノックするのを忘れてしまった。すまない」
「やっぱ? ほらぁ、陽菜ちゃん。あっくんがノゾキなんてするわけないじゃん。今までだって一度も無かったんだから」
「…………そうね」
ぶっきらぼうに唇を尖らせながら、陽菜さんがこちらを見た。
「次からは気を付けて。いいわね」
「あ、あぁ。本当に申し訳ない」
僕は深々と腰を折って謝罪した。好感度を下げる、という事は僕にとって確かに重要な事だが、かと言って彼女達を傷つけていい事にはならないだろう。
彼女達を極力傷つけないように振舞い、それでいて好感度が上がるような行動を控える……とても難しい気がするのは気のせいか?
3人とも既に好感度が10を超えてしまい、陽菜さんに至っては20。個別エンドに至るまでの4分の1だ。まだ学校に着いてすらいないのに、先が思いやられるな……。
「おやおやぁ? 今日も仲睦まじいなぁ、4人さん!」
と、自然と歩速を揃えて歩く僕達を追い越した一人の男子生徒が、陽気な声を掛けてきた。
「あ、田代君。おはよう」
藍梨さんが真っ先に挨拶し、深紅さん、陽菜さんも続く。
田代君。僕と同じクラスの男子だ。いわゆるムードメーカーのような明るさを持っていて、よくクラスでも注目を浴びている。
彼の家も僕同様に比較的学校から近く、徒歩で来れる距離だという事は知っている。実際、登校時に顔を合わせたことも何度もある。が、それでもなお僕と彼はほとんど付き合いがない。
なので、こうやって気安く声を掛けられた事などこれが初めてなのだが……このギャルゲー世界においては、僕と田代君の関係性は少し変わっているのだろう。
察するに、毎朝顔を合わせる顔見知り、あるいは友人か。そう当たりを付け、
「えっと、おはよう。田代君」
僕もとりあえず挨拶してみる。と、彼は首を傾げた。
「どした? 水鏡。君付けとか、なんか何か悪いもんでも食ったか?」
「え? あ……いや、何でもない、気にするな、田代」
「そか」
ふむ、呼び捨てか……顔見知りよりも踏み込んだ関係なのか? であれば、やはり友人か。
それならば確かに、呼び捨ての方が自然だろう。僕も普段、仲の良い友人相手は呼び捨てにするしな。
「んじゃ、そろそろ俺は行くわ。また後でな」
そう言って走り出そうとする田代。
「待て」
その腕を掴み、走り出すのを阻止する。彼はまたも首を傾げた。
「どしたよ?」
「いや、たまには一緒に学校に行かないか、と思ってな」
僕の提案に田代は勿論、女性陣も少し驚いたような顔になった。
「? 別にいいけど、そっちこそいいのか? 俺が混ざっても」
「勿論だ。なぁ、3人とも?」
問いかけると、3人はまばらに頷いて返してくれた。僕は田代に向き直る。
「気を遣う必要はない。僕達はクラスメイトなんだからな」
「それもそだな。んじゃ、お邪魔しま~す、っと」
気安く笑い僕達の輪の中に入る田代。僕達は改めて歩き出す。
(よし、ひとまずは狙い通りだ)
陽気な彼が混じる事で、先ほどの一件を何となく引きずっている今の僕達の微妙な空気感もある程度解消されるはず。それだけじゃなく、会話の内容もバラけて好感度が上がる機会が減る事も期待できる。
ふむ、咄嗟の判断ながら良い案じゃないか。田代、君には今日一日……この夢の中だけでいい。俺の友人となってもらうぞ。
でゅーん
でゅーん
でゅーん
(……ん? 下がった、のか?)
確認してみると、藍梨さんと深紅さんは3、陽菜さんに至っては5も好感度が減っていた。おかしいな。僕は好感度が下がるような行動を取った覚えはないのだが。
田代の合流も彼女達は快く受け入れてくれていたし……何故下がったのだろうか。好感度が下がる、という現象自体は歓迎すべき事ではあるのだが、下がった理由がはっきりしないのはあまり好ましくないな。
「おーい、水鏡! ちんたら歩いてっと置いてくぞ~?」
「あ、あぁ。すまない、すぐ行く」
理由はおいおい考えよう。僕はそう結論し、早足で彼女達に追いついた。
好感度ラブチェッカー
『天海藍梨 10』
『緋村深紅 8』
『日輪陽菜 15』
女神様の一言
『いや、好きな男の子と一緒にいるのにどうでもいい男の子に邪魔されたら、そりゃ怒るでしょう。3人共、微妙に顔が引きつってましたし」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます