ギャルゲー世界は突然に
――――ゆっくりと目を開く。
ひどく頭が重い。気分もあまり良くない。こんな寝覚めは初めてだ。
「……ギャルゲー……」
体を起こした僕、
夢を見た。夢と思えないくらい現実じみた夢を見た。
女神がいた。正直女神には見えなかったが、女神だとしつこく主張するので女神という事にした。
その女神が言うには、暇潰しで僕をギャルゲーの世界とやらに放り込むことに決めた、との事。僕を主人公に選んだのは、何となく。
僕はきっぱりと断った。そのはずなのに、何故かその世界に放り込まれることが決定してしまった。横暴にも程がある。
「あの女神の話では、僕が目を覚ました先はもうギャルゲーの世界らしいが」
そのギャルゲーの世界とやらも、女神が作り出した幻のようなモノ。つまり僕は今、夢から覚めて更なる夢の中に放り込まれたような状況だと推察される。
だが、ここは間違いなく僕の部屋。部屋の間取りも、ベッドの位置も、机の上に置かれたスマホも、たまに弾くピアノも、何もかもが寝る前と同じだ。
となると、やはりさっきの夢は夢でしかなくて、僕は普通に目を覚ましただけなのでは? いや、そうに違いない。
「……それならそれで、精神病院を薦められそうだな」
夢の中にふざけた女神を登場させた挙句、ギャルゲーとやらに放り込む事を宣言される……精神に何かしら重篤な問題を抱えているのかもしれない。模試を前にナーバスになってしまっているのだろうか、僕は。
気を取り直してベッドを降りた僕はメガネを掛け、スマホを手に取りって適当にネットの記事に目を通していく。特に何かを見ようというわけじゃない。普段はほとんどテレビを見ないので、こうやって少しでも世間の情報を取り入れるのが癖になっているだけだ。
時事問題への造詣を深める事は、大学受験にも活きてくるはず。寝ぼけ眼をこすりながら数分、ネットの海を彷徨い続けた僕は、
「……ん?」
ふと、気付く。スマホに、見慣れないアプリのアイコンがある事を。
普段からスマホを使う事が少なく、アプリを使って遊ぶ、みたいなクラスメイト達と同じような楽しみ方とは縁遠い僕は、首を傾げた。こんなもの、昨晩は確実になかったはずだが……、
「……好感度ラブチェッカー……?」
アプリの名前に、更に首を捻る。それは訳が分からないから、ではなく、ついさっきまで見ていた夢をイヤでも想起させる名前だったからだ。
好感度→女性→操作→個別エンド→ギャルゲー。
脳内連想ゲームが行き着いた先に、僕はどうしようもなくイヤな予感を抱いた。
「淳史く~ん? 起きてる?」
と、ノックの音と共に僕を呼ぶ声。自然と、警戒する。
当然だ。その甲高い声は聞き慣れた父や母、姉の声じゃないのだから。
泥棒? 強盗? まだ若干寝ぼけた頭がそんな可能性を考えるが、それにしてはあまりにも無防備な声でもあった。
「……はい、起きてます」
警戒はある程度続けたまま、僕は返した。がちゃ、とドアがゆっくりと開いていく。
「お、おはよう淳史君! お、起こしちゃった、かな……?」
「…………」
あまりにも非現実的な光景を前に、僕は言葉を失った。
女性、だった。それも、今までお目に掛かったことのないくらい美人だ。
テレビで見る女性芸能人は美人が多いが、実際に目の前で見たらもっと綺麗だ、という話を良く聞くが、こういう感覚なのだろうか。現実離れしている……そんな印象を抱くレベルだ。
「淳史、君……? どうか、したのかな」
女性が恐る恐るといった調子で尋ねてくる。口を開けて固まってしまった僕を訝しんだんだろう。
「い、いや、何でもないよ」
慌てて言葉を紡ぐと、女性は心の底からほっとしたように胸を撫で下ろした。
さて、僕も少し落ち着いてきた。だから、今一番の問題に向き合おう。
結局誰なんだ、この美人は。
僕にはこんな姉も妹もいないし、従妹とかもいない。高校のクラスメイトでもなければ、先輩後輩にもいた記憶はない。
いや、そもそも僕が初めて会った女性が僕を名前で呼ぶ事自体、非現実的過ぎる。何の自慢にもならないが僕はクラスメイトの女性ですら会話なんてしないし、そもそも名前も覚えていない。それくらい、男女の機微みたいなモノから縁遠い男だ。
であるからして、今僕がすべきことは『あなたは誰なのか』と尋ねる事だろう。が、それは彼女に失礼じゃないか? 事情はどうあれ、彼女は僕に対して友好的に話しかけてくれているというのに。
ピロリン♪
と、スマホが電子音を奏でた……のだが、聞いたことのない音だ。少なくとも、僕が普段利用しているようなアプリは、こんな音を出さないはず。
「えっと、すみません。少し待ってください」
一応目の前の彼女に断りを入れ、僕はスマホに目を落とす。と、先ほど見た『好感度ラブチェッカー』に吹き出しが付いている。このアプリに何かしらメッセージが届いた、のだろうか。
(好感度、か……)
ものすごくイヤな予感がする。予感がする……が、このままでは訳が分からないままだ。
僕は細く息を吐き、意を決してアプリを起動する。
『やっほ~、さっきぶりだね淳史君! 元気してた? ねぇしてた?』
イラっとする声を発し始めたスマホを思わず放り投げたくなったけれど、理性でどうにか堪えた。
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