授業はお片付けを終わらせるまで
授業前に一大事があったものの、6時限目の体育が始まる。
今までの法則性からして、女神が何かを仕掛けてくるかもしれない……と思いきや、ほのぼのとバスケットボールに興じるだけの平和な時間を経て、何事もなく授業は終わった。
(ヤツめ、何を企んでいる……?)
あちこちに散らばったボールをかごに戻しながら、僕は思索をめぐらせる。
女神の思考をトレースしろ。僕がヤツなら、どんなイベントで好感度を上げさせようとする? それも、僕が逃げられないような状況で。
もしや、この後の着替えを利用するつもりか? 女性陣は女子更衣室に向かうので可能性は低いと思うが、姉さんの乙女ゲーでもそんな展開があった気がする。
男子達が着替えている部屋に放り込まれた女主人公が、恋愛対象キャラに匿われてどうにかやり過ごす、みたいなイベントだ。それに照らし合わせれば、訳の分からない出来事に巻き込まれて女子更衣室に放り込まれる、みたいな事もあり得るのか?
(……何とも恐ろしいイベントだな、よく考えると)
田代辺りは諸手を挙げて喜びそうだが、異性が着替えているところに放り込まれるなど、僕からすれば悪夢にしか思えないのだが。何としてでも、そんな展開は避けなければなるまい。
「おーい、水鏡」
と、あーだこーだ考えているところに、体育教諭の渡辺先生が声を掛けてきた。
「はい、何ですか先生」
「すまんが、ボールを倉庫に返しといてくれないか」
良く分からんが、僕は結構渡辺先生の信頼を勝ち得ているらしい。なので、こういった頼み事をされることは割とよくある。……総合的に見て損をしている気はするが、まぁ断るのも忍びない。
「分かりました」
「すまんな」
もう一度謝って、渡辺先生は小走りで校舎へと戻っていく。僕はボールの入ったかごを押しながら体育倉庫を目指す。
倉庫はグラウンドの隅にあり、そこまで遠い場所にあるわけじゃない。今日の授業はこれで全て終わりなので、次の授業に遅れるなどの心配はいらないのだが、変に時間を掛けてしまうと着替える時間が無くなってしまう。
僕は倉庫の扉を開け、かごを奥へと押し込む。そういえば先生、鍵を渡してくれなかったな。このままでは施錠が出来ないが……まぁその管理責任くらいは先生に負ってもらおう。
「おーい、あっく~ん? いる~?」
と、聞き馴染みのある声が倉庫内に反響する。深紅さんだ。
「ああ、ここにいるけど」
「あ、いた! 陽菜ちゃん、藍梨ちゃん、こっちいたよ~」
「ん、行く。うわ、相変わらず埃っぽいわねここ……」
「あはは……確かにちょっと空気良くないね」
陽菜さんと藍梨さんもいるのか。僕は彼女達の声の方へと向かった。
「どうかしたのか?」
「いやさ、あっくんが先生に何か頼まれてたからお手伝いしよっかな、って思って」
「1人よりも4人の方が早く終わるでしょ」
「だから、お手伝いさせて? 淳史君」
合流した彼女達がそんな事を言う。ふむ、とてもありがたい提案なのだが……、
「しかし、僕はボールを戻すように言われただけだからな。手伝ってもらおうにも、もう終わってしまったぞ」
「へ? そなの? なぁんだ、つまんないの」
がっくりと肩を落とす深紅さん。……僕が悪いのか? これは。
「ま、それならそれで楽でいいでしょ。戻って着替えよ」
「うん、そうだね……きゃっ!」
藍梨さんの悲鳴と共に、がんっ! という音。そして、真っ暗になる視界。
「ちょ、ちょっと何よこれ! 藍梨!」
「ど、ドアが勝手に閉まっちゃって……ん! 全然、開かないよ……!」
女神め……これを狙ってやがったか。
この体育倉庫はわりと最近造られたものだと聞く。ドアの建て付けが悪い、みたいな話もないので、勝手にドアが閉まるなんてまずありえない。
それだけじゃなく、全然開かない、と来た。勝手に閉めた上に、まさか鍵まで掛けたのかあのクソ女神。やりたい放題じゃないか。
「あぅぅ、暗いよぉ……あっくん、どこぉ?」
「僕はここだ深紅さん! 藍梨さんも陽菜さんも無事だな?」
「無事だけど……うわ、最悪。ホント何も見えな、ひゃあっ!?」
「は、陽菜ちゃんだいじょ、きゃっ!」
どうやら暗闇の中、乱雑に置かれたモノに足を取られてこけてしまったようだ。くそ、小窓から僅かに光が差し込んではいるが、ほとんど意味が無いな。本物の暗闇じゃないか。
「2人とも、あまり動かない方が良い。目が多少暗闇に慣れるまでじっと」
「ねぇあっく~ん……怖いよぉ……」
と、何やら僕の腕に触れる感触。突然の事に驚いた僕は、反射的にそれを払ってしまう。
「あぅっ、痛いよぉ」
「す、すまない深紅さん! 怪我はしていないか!?」
「それは大丈夫だけど……あっくん、怖いから手、握ってて欲しいな」
それで深紅さんの心が安らぐのであれば是非ともそうしてあげたいのだが……、
「深紅さんの手が見えないんだが……」
「ウチはここだよぉ? こ・こ!」
声を頼りに近づき、手を差し出す。と、何やら柔らかい感触が僕の手を包む。
「ひゃっ!? あ、あっくん、どこ触ってるのぉ?」
……今の感触、掌にしては柔らかすぎないか? それと深紅さんの反応からして、まさか今僕が触ったのは深紅さんのむ……いや、考えるな。今はこの状況を打開する事だけを考えなければ。
「ちょっと淳史! あんた、暗いのを良い事に何やって……!」
「淳史君……? こっちに、いるの……?」
陽菜さんと藍梨さんの声が近づいてくる。これはよろしくないぞ。僕からも見えない以上、対策のしようが
「きゃっ!?」
「わっ……!」
「うっぉ……」
案の定、2人は勢い余って僕にぶつかったらしい。その勢いで倒れこむ僕。幸いにも下にはマットが敷いてあったので痛くはなかったが……、
(何やら柔らかい感触が僕にのしかかってるんだが……)
しかも、何か良い匂いだ。体育終わりで微妙に汗を掻いていると言うのに、やはり女性は甘い香りがするというのは本当
(じゃなくて! しっかりしろ僕!)
雑念を……いや、煩悩を、振り払うのだ。って、そうだ。今僕はスマホを持っているじゃないか。それで照らせば
「んお? 何で鍵掛かってんだ?」
と、そんな間の抜けた声が聞こえたと思えば、がらがらと倉庫のドアが開く。
「よぉ水鏡。先生に言われて鍵持って……」
目に痛い夕日を背負って立っているのは、田代だった。彼はくるくると鍵を指先で弄んでいたが、僕を見た途端に目を見開いた。
僕も遅れて気づく。彼女達と僕が入り乱れながらマットの上に寝転んでいる、この惨状に。
「……うん、お楽しみのところを邪魔して悪かったな。ごゆっくり」
「待て! いや、待ってください! 田代、僕を見捨てるな!」
マットの上で何故か顔を赤らめている3人を置いていくのは気が引けたが、まずは誤解を解かなければ。僕は田代の後を追って倉庫を出た。
ほわん
ほわん
ほわん
だから、なんで上がるんだ……!
好感度ラブチェッカー
『天海藍梨 77』
『緋村深紅 69』
『日輪陽菜 73』
女神様の一言
『うん、これぞザ・ギャルゲーのイベントですよね! 親友ポジションの子に邪魔をされるまでがテンプレですけど、あのまま放置してたら一線超えてたのかなぁ……なーんて思ったり♪』
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