エンドレスほわん

 5時限目、英語。特に何もなし。


 女神の定めた法則性のようなモノがあるのか、ギャルゲーのイベントと呼べるようなモノは連続して起きないようなっているのかもしれない。あるいは、女神がイベントをこまめに設定するのを面倒くさがっているのか。……多分後者だな。


 ともあれ、6時限目は体育だ。僕達は英語の授業が終わってすぐ、着替えへと移行する。いつもの事だ。


「へへ、今日も女子達の体操服姿を拝めるぜ!」


 ……む。親友(今日一日限定)が何やらアホな事をほざいている。夢の中だけでの付き合いとは言え、苦言を呈しておくべきか。


「おい田代。そんな不純な気持ちで授業に臨むとは何事だ」

「んだとぉ? これが健全な男子高校生の姿だろうが」

「全国の男子高校生に謝れ」


 などという軽口を交えながら着替えを終えた僕達は、グラウンドに向かうべく教室を出る。


「あ、あの、淳史君……ちょっと、いい?」


 と、そこに予想外の人が待ち構えていた。藍梨さんだ。


 男子はみな教室で着替えるが女子は専用の女子更衣室がある。そして、着替えた後は男子も女子もそのままグラウンドに向かうので、着替えを終えた女性達とここで出会う事自体、ほとんど無いと言っていい。


 他のクラスメイト達も同じ思いのようで、少しざわつき始める。藍梨さんは注目されている事を恥じらっているのが、伏目がちに僕の言葉を待っているようだ。


「えっと……それは、今じゃなきゃダメなのか?」


 体育の授業まで、そう時間に余裕はない。何か用件があるにせよ、後にして貰った方がありがたいのだが。


「……今が、いいです」


 藍梨さんは少し言葉に迷いながらも、力強く言った。そこまで言われてしまったら、断るのは失礼だろう。


 いや、違うか。断るべきじゃない。僕はこの時、そう思ったんだ。


「分かった。話はここでいいか?」

「……ついて来て、ください」


 声は小さいけれど、やはり力強い。僕はそれ以上何も言わず、早足の彼女の後に付いていく。




 歩く事一分弱。僕が連れてこられたそこは、


(校舎裏……?)


 僕達の教室がある校舎、その裏手。毎日訪れる校舎ではあるが、この裏手には全くと言って良いほど何もないので、訪れる事はほとんどない。


 つまり藍梨さんは、内密の話がしたい、という事か。内容次第ではあるが、真摯に受け止めるべきだな。


 僕はそう判断し、足を止めた藍梨さんが何か言うまでけして喋るまいと決めた。沈黙が流れ、ひゅうと風が吹き抜ける。


「…………かな」


 掠れた声。藍梨さんがようやく喋ってくれた。が、よく聞き取れない。


「え……と、すまない。よく聞こえなかったんだが」

「……私、淳史君に嫌われるような事っ、したかな……?」


 顔を上げた彼女の目には、かすかに涙が浮かんでいた。予想外の事に動揺してしまう。


「あ、藍梨さん!? ど、どうして泣いて……」

「私、淳史君の役に立てるようにっ、頑張ってきたつもりだよ……っ? なのに、今日の淳史君、私を遠ざけてるから……ねぇ、私、何かしちゃった……?」


 涙を堪えながら、絞り出すように言葉を紡ぐ藍梨さん。その姿を前にして僕は情けなく狼狽えてしまったけど、


(遠ざける……?)


 彼女のその言葉には、心当たりがあった。


 今日、僕は彼女達の好感度が上がらないような行動を心掛けてきた。まぁ、結果としては上がりまくってしまっているのだが、それでも努力はしてきたんだ。


 そして、藍梨さんは他の2人に比べて気が弱いと言うか、押しに弱いようだ。それに気づいてから、僕は少しでも好感度が上がる機会を減らす為、彼女との会話を強引に打ち切るようにしていたように思う。


 その甲斐あってか、藍梨さんの好感度は24に抑える事が出来ている。僕はそれに満足していたのだが……度重なる僕の行動が彼女にこんな思いをさせてしまっていたのだろうか。


 だとすれば、申し訳ない。真摯に応じなければ。


「えっと……まずは、すまなかった」


 遠ざけたくて遠ざけたわけじゃない……なんてただの言い訳だな。まったく真摯とは言えない。


「確かに、遠ざけていた部分もあったかもしれない。けど、藍梨さんの事が嫌いになったからとか、そういうわけじゃないんだ」

「……じゃあ、どうして?」

「えぇと……ほら、藍梨さんは魅力的な女性だから、僕のような男はどうしても気後れしてしまうと言うか」


 嘘じゃない。今更な話な気もするが、藍梨さんを含めた彼女達3人は、どうにも僕と分不相応な人、という感覚がある。面と向かって話す事に気恥ずかしさを覚えた事は、今日一日だけで幾度もあった。


 藍梨さんは涙を拭い、頬を赤く染めながら言った。


「み、魅力的、かな……?」

 

 ほわん


 くっ、そりゃあまぁ上がるだろうな……だが仕方がない、うん。


「ああ、そう思うよ。だから、嫌いになるはずがないじゃないか」

「そ、そっか……」


 ほわん


 ん? 上がるペースがいつもより早い気がする。それくらい、彼女にとって嬉しい言葉だったのだろうか。


「良かった……淳史君に嫌われたら私、生きていけないもの」


 ほわん


 ……ん? 今、ほわんの音に紛れて極めて不穏な事を話していなかったか?


「だって、淳史君みたいな素敵な人にこの先、出会えるわけない。私が淳史君に出会えたのは運命だから。死ぬまで淳史君の傍にいるから」


 ほわん


 ちょ、ちょっと待ってくれ! いつまで上がるんだこれは!?


「今はあの2人も一緒だけど……いつかきっと、私と淳史君だけで幸せに暮らしたいな……深紅ちゃんも陽菜ちゃんも大好きだから――――したくはないけど」


 ほわん


 また上がった……じゃなくて! 今、最後になんて言ったんだ藍梨さん! 良く聞こえなかったが、聞こえないままの方が良いようなそんな気もする!


「うふふふふふ……淳史君の子供、とっても可愛いだろうなぁ……男の子かな? 女の子かな? そろそろ名前考えた方が良いかな?」


 ほわん


 いやいやいやいや、藍梨さんなんか豹変してませんか!? さっきの僕の言葉がきっかけになったのか? 


 藍梨さんは陶酔した様子で、僕の事を見ているのに僕の声が全く聞こえていないようだ。そして、止まらないほわん。くそ、どうすれば……!


「あぁ、幸せだなぁ……私、これからもずっと、っ」


 藍梨さんの口からとめどなく溢れていた言葉が、止まった。授業開始を告げるチャイムが、彼女を正気に戻したのだ。


「あ……えと、私、何か言ってた……?」

「い、いや、特には何も」


 僕は努めて平静を装いつつ返す。彼女は、そう、と小さく呟き、


「授業、始まっちゃったね? 行こう、淳史君」

「あ、あぁ……」


 走り出す藍梨さん。


 ほわん

 ほわん

 ほわん


 そして、駄目押しとばかりにほわん3連。ここまで来ると、どうして上がったのか、なんてもはやどうでもいい。どれだけ上がったのか、の方がはるかに大事だ。


 こんな事もあろうかと、密かに持ってきていたスマホ。アプリを起動し、好感度をチェック……、


「……な、ななじゅう、よん……!?」


 さっきまで24だったはず……一気に50も上がったと言うのか? この数分の間に!?


 こんな事が起こり得るのか。いや、起こっていいのか? ……まぁ、起こってしまったんだから、受け入れるしかないか。


「…………いや。プラスに考えよう、まだ80には達していない、と」


 僕はそう自分を慰め、グラウンドに向かう。もう2度と、藍梨さんに素っ気ない態度を見せるのは止めよう、と心に刻み込みながら。




 好感度ラブチェッカー


『天海藍梨 74』


『緋村深紅 58』


『日輪陽菜 69』



女神様の一言

『ふふふ、藍梨ちゃんの隠された一面がようやく出てきてくれましたね。好感度も良い感じに揃ってきましたし……あ、私は別にイベントを設定するのを面倒くさがったりしてませんよ? いや、ホントですってば』


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