◇芙蓉国女官 愛琳 和解に旅立つ

◇芙蓉国女官 愛琳 和解に旅立つ

 芙蓉国には銀龍楼閣と呼ばれる場所がある。前王朝の遥か昔から存在する宇宙の中心を模した柱には天体の他、天に上る龍が彫られ、そのすべては赤と銀で覆われている。


 国事での呼び名を天壇てんだん。何かと国事に使われる場所だ。しかし、その天壇の舞台に続く階段は長く、警護を仰せつかった女官たちは立ち位置につくのだけでも一苦労。

 そして若い女官たちはどうしてもお喋りをしながら位置につくので、女官長はまずそれを窘めなければならない。階段は女官と武官が護る横に後宮の珠玉の貴妃たちとその護衛の百翫がそれぞれ皇帝に拝謁しようと並び始める。

 

 色とりどりの絹と刺繍のされた衣装をここぞとばかりに召される貴妃と女武官の差は誠白々しい。武官は最低限のお洒落しか許されず、貴妃たちの可愛らしい衣装や髪飾り、そして小さな纏足は尚更羨ましく映る。


中央を走り抜いた宦官が額の汗を拭った。


「芙蓉国のすべての女官・宦官・武官は下級に至るまで、天壇に集合せなんて珍しいことで

す。おい、愛琳! 王愛琳っ!」


 んぐ?と点心を咥え、天壇を見下ろせる高台から愛琳は顔をのぞかせた。


 ――やば、見つかった!




 熊猫頭を引っ込める。乳兄弟の陸冴りくらは口うるさい母親みたい。今も彼は喧々囂々とお説教モードに移行した。


「愛琳! 貴方はもう姐女官だ! 見ろ、あなたがそんなだから、あなたのグループはおしゃべりをやめず、まだ位置についていない女官もいる。国后付き女官が呆れたものだ。この宦官がひとり、省陵冴、誠に嘆かわしい」


 一物を切り、宦官になったのは十の頃で共に富貴后に育てられた愛琳の乳兄弟。愛琳はぺろりと点心を胃に収めると、やれやれと立ち上がった。 


「あの娘々たち、静めて欲しいという事ね。任せるね。片っ端から並ばせるよ」

「あ、愛琳!」


 愛琳は高台から飛び降りると、愛刀を振り回した。


「こらあ! 静かにするね! さっさと担当場所付く!」

「でも、愛琳姐さま、貴妃さまたちのおみ足が本当に可愛らしゅうございますわ」


 どうやら貴妃たちの大切な纏足てんそくが気になるらしい。これだから入りたての女官は。纏足は貴妃の嗜みだ。足を小さくするため、幼少から布で成長を押さえ、余計な肉をそぎ落とす。ペットのように自分の足を可愛がり、その小さな足に飾られた靴は確かに美しい。芙蓉国の貴妃は足で勝負すると言われていた。


「貴妃は貴妃! 女官わたしたち女官わたしたちね! 早くしないと富貴后さまがお見えになるよ。怒られて廊下拭くのは御免でしょ。少なくとも私は御免ね、ほら、さっさと位置に行くね!」


「まあ何と可愛らしいお叱り」

「さすが熊猫愛琳ね。うふふ、みんなちゃんと並んだわね。お見事ですわね」


 元気な女官をくすくす見ながら頬をほころばせるのは妃たちだ。富貴后は後宮が明るくなるよう、心が晴れた朗らかな娘を選別し、後宮に住まわせていた。その妃たちの前で薙刀を振り回す愛琳はちょっとした余興でもある。また逆に愛琳に憧れを抱く女官や貴妃も多いが、本人知らず。宮殿を駆け回る熊猫娘はそうして交通整理宜しく、列を整えさせた。女官たちは一糸乱れぬ配置ぶりで、静かに皇帝のご一行を待つことになる。


 やがて皇帝来訪の鐘楼が厳かな音を響かせると、一気に場は緊張の糸を張り巡らせるように静寂を迎えた――。

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