4:ついに来た、この日が
「平身低頭!皇帝・皇后さまが御台に上がるまでご拝顔は許されぬ!」
号令に従い、全員膝をついて、出迎えると大抵富貴后は艶やかに微笑んで、自席につく。勿論それまで全員平身低頭の姿勢を保たねばならない。皇族の皆様が通り過ぎる時に顔を上げるのは処罰の対象であるからだ。
「腰痛いね、毎回ながら」
「し」
「見て見て。皇后さま、また新しい衣装…相変わらず白牡丹の刺繍が素敵」
「素敵ね。白牡丹の柄に肩に羽織った絹の美しい事。月光の色ですわ」
そこかしこで噂話が始まるが、皇帝の発言を知らせる鐘が再び響くと、可愛らしいおしゃべりはピタリと止んだ。
芙蓉国を治めるは、芙蓉国第八代皇帝、王柳祥である。両手を掲げると、吐息が漏れる。さあ、皇帝さまの長~いお話の始まりである。
「芙蓉国の全女官・武官よ。ご苦労である。…朕は富貴后とも仲睦まじく、よい国民に恵まれて日々を謳歌しておる。我が国にも天女の慈愛の導きがあらんことを。女官は気高く、宦官は規律正しく、貴妃は優雅で清廉に。そうであるからこそ、この宮殿は今日も輝き、その麗しい姿は世界の中心となるだろう。さて、件の青蘭から、またしても亡命者が我が国に流れ込んだ。存知の者もおるだろう。彼らの行き先は盗賊か、乞食かしかない。市井の片隅に住居を与えた亡命者が今朝方死んでいるのも発見された。朕は非情に哀しい想いをしている。富貴后」
シンと静まり返った。代わりに富貴后がすっくと立ち上がり、朗々と声を響かせる。
「このような死者を二度と出すべきではない。我ら皇族は、こうして天壇の上にはいるが、我々は同じ人間。懲罰や処刑など、青蘭はこれ以上支配体制で戦いを続ける理由はないのだ。我が国の不穏や不幸はかの国から流れて来ている。先日も皇太子の一人が暗殺されたというではないか。従って、我が国は青蘭に和解を申し出ようと思うた」
「青蘭国と和解?」
富貴后は纏った絹で口元を隠すと、続けた。
「私が育てた女官たちよ。その中で信頼のおけるものにこの大役を命ず」
――それって平和の使者になれって事でしょう?
――冗談じゃないわよね。
こそりと自分の目の前で女官たちが震えながらひそひそ話を繰り広げている。
「それを頼み込む女官は既に決定している。隣国の騒乱が治まれば、この芙蓉国の泰平は約束される。勿論、一層の警護と民の援護を。働きが芳しいものには褒賞も出るだろう」
その場が沸き返った。ごほうび、の言葉にみなの顔が明るくなる。無理もない、この芙蓉国の天壇に集まったものの大半は貧しい地域から出稼ぎ、生活の為に親に売られた子供だ。勿論、王愛琳もその一人だった。
――書状を届ける女官ですって。誰が行くのかしら。
――怖いわね。富貴后さまは。殺されてしまうわ…そんなことになったら女官辞めるわよ―――。
そんな会話を耳に流しながら、愛琳は薙刀をぎゅっと握りしめて静かに聞いていた。
――ついに来た、この日が。
手は武者震いを起こして小刻みに震えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます