13:軍師を言いなりにする方法

 ――とは言ったものの。


 梨艶の頑固さと言ったら、伝説のゴーレムを上回るのではないか。


倉庫の掃除は命じて来るわ、食事は蹴飛ばされるわ…しかも何かに躓いて膝を擦りむいた愛琳に「芙蓉の女官も知れたものだ」などと侮蔑を投げつけて転がった香炉の心配をして出て行った。


 不思議な形の香炉。だがそんなことはもうどうでもいい。


(梨艶ニコリともしない)


 都度、愛琳の希望を砕いてしまう。しかも他の女には笑顔を見せる辺りが悔しい。分かってやっているのだ。相手は軍師なのだから。


「愛琳」


 夜の蓮の池の前の東屋で協力者の蓮花が顔をのぞかせる。愛琳は慌てて立ち上がった。


「蓮が好きなんて珍しい子ね。ところで今日倉庫のお掃除していたのはあなた?」


「梨艶に言われて、でも「全部綺麗にしたら俺の機嫌も良くなるかもな」なんて嘘ばかり。躓いて転ぶし、もう散々」


 愛琳は綺麗な衣装を捲って見せた。擦り傷に打ち身のオンパレードに泣きたくなる。それにもうすぐ十日が来る。あの冷徹な軍師は自分を放り出すのだろう。


 ――このままおめおめとは帰れない。


 書状は間違いなく梨艶が持っているのだ。せめて取り返したい。あれは富貴后さまの想いと悩みの結晶だ。懐なんかに入れておいた自分がいけないが、ついてそうそうあんな事になるなどと想像出来ただろうか。


 首筋がまだ、ムズムズする。


 あと残り三日で梨艶の心を取り戻す。さすがの楽天家の愛琳もメゲそうになる。


「あと三日ね」


 心を読むように蓮花が口にした。

 どうしよう、どうしたらいい。愛琳の膝に置いた両手の震えを蓮花は感じとると、見えない眼で愛琳の手をそっと掴む。ぽたりと冷たい滴が手の甲に落ちる。


「軍師を言いなりにする方法がありますわ」

「え?」


「この青蘭の後宮にはいくつもの天女伝説がある。昔この青蘭には天女がいたそうなの。その天女が作ったとされるお香。好きなものほど遠ざける男のひねた部分を逆に素直にしてしまうのよ。地上の男を思い通りにするために大昔に天女が使ったらしいわ」


 もしもその香があったなら、願ったりかなったりだ。

 梨艶を思うがままにしてしまえばいい。優しく微笑んでくれるだろうし恋だって出来る。

 もっと優しい仕草で口づけ.....。


 愛琳は首を振った。


「そんなの要らないね。そう言えば武器」

「武器?」

「宮殿に入る時に梨艶が取り上げたものね。ずっとずっと愛用してるの」


「玄関の横に武器庫がある。でもおいそれと近づけないわ。軍人が夜を徹して見張っているのだもの。軍師の事だから、多分そこに放り込んだのではないかしら」


「行って見るね。最悪、梨艶オドしてでも、皇太子さまに面会するね。その時、それは必要だから」


 愛琳は蓮花に頭を下げると、夜の揺籃を走り出した。かがり火が増えた夜の宮殿には蓮花の言う通り、武官の配置が増えている。だが灯篭の数は思ったよりも少なく、少し薄暗いのは有り難い。闇を塗ってゆけそうだ。


 ***


「皇帝の周りの武官の配置には滞りはないな」


 西門でいつも通り夜の警備を敷いていた梨艶の目にささっと走り去る女官が映った。

 遠目からでも分かる。あの愛らしい二つのダンゴと解れた髪。

 後宮でもあの頭をしていれば嫌でも気が付く。


(愛琳? あの熊猫娘…っ。ここが敵国だと分かっているのか。そもそも後宮に潜り込ませるのも大変だったと言うのに)


 どうしても書状を渡したいなどというから、熱意に負けて、なんとか期間を(梨艶なりに)確保してやった。芙蓉国の件は、愛琳には関係がないとは分かっている。それでも、美しく育った愛琳をみていたら……


 虐めたくなった、などと誰が言うものか。


「軍師? ところで、皇太子さまはどうして籠られたままなのでしょうね」


 愛琳の向かった方角……気が付いて、梨艶は会話を打ち切った。

 

「さあな。…………悪いが、残りの指示は後にしてくれ」


 配置図を放り投げるようにして、梨艶は愛琳の後を追ってゆく。彼女が向かう先には武器庫がある。果敢にも敵国の武器庫を突破しようとする心意気は認めるが、無謀過ぎる。


 男で、先回りの裏道を知っている梨艶のほうが早く着いた。


「……だから、芙蓉の女は嫌なんだ。色気と、強気、豪快で口うるさい」


 なのに、関門で助けてしまったのは……。


「…………するのではなかった」


 唇を撫でて、梨艶は倉庫に寄り掛かる。

 用意してやった姫衣装などとっくに崩し、太ももを剥き出した愛琳がやって来るが見えた。


「己の武器を取りに来るとは。簡単には渡さぬがな。さあ、門番だぞ、どうする?」


 見ている前で愛琳は武器庫の前で立ち止まった。全部で十人の猛者が「今日もお勤めガンバルぞ!」とばかりに仁王立ちだ。武器庫前の門番は屈強な男ばかりを揃えている。熊を片手でねじ伏せるような猛者が相手だが、愛琳は怯むどころか、構えを取った。


「ではしばし、芙蓉国女官の武力、見せて貰おう。その愛らしい乳を存分に、揺らすがいい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る