7:女官、敵国の門破りする
笑い声がさざめいている。
声をかけた老婆は行きずりの踊り子一座の一員だった事から、愛琳は環に加えて貰い、夜を明かすことになった。とはいえ、遊牧民の彼らは許可を貰って空地にテントを張るらしい。愛琳も手伝って、即席囲炉裏の前での夕食になった。
味付けは塩だけのスープに薬草を煮出した魚。好きでないが、もくもくと口に運ぶ。
「そりゃあ馬の胆がひっくり返ったんじゃないのかい」
「どうせ注意力散漫ね。しばらく馬、いう事聞いてくれなかったよ」
愛琳は馬を蹴り過ぎた話で笑いを取った後、書状の部分は伏せて目的をやんわりと話した。
「皇太子に逢いに行く? 李劉剥さまにかい!」
塗料を塗った状態の顔がぬっと近くに現れる。熊猫が驚いて膝で丸くなった。
「そういえば暫くお姿、見てないねえ…まあ、皇族の李一族は争いや内輪もめが耐えないからねえ。親も子もないだろうよ。それに今は商人でも、通行証がないと入れないんだよ。今は皇帝は巡遊中だからよけいに緊張してるんだろうけどねえ」
巡遊とは皇帝が自ら歩いて治安を見守る…という名目でこっそり地方に浮気をしに行く…とは富貴后さまの言い分だったか。
「ああ、もしかすると、皇太子さまも巡遊に出ているかも知れないねえ」
何てことかと 愛琳は肩を落した。それではこの努力が無駄になってしまう。愛琳は食い下がった。
「皇太子さまにどうしても会いたいね――手段は問わない。何とか宮殿に忍び込む」
「およしよ。宮殿なんて毎日必ず何かの死体が転がってるというじゃないか」
旅一座はさすがと言うか、様々な情報を教えてくれた。一つ、この旅一座は愛琳のように青蘭に飛び込もうとした娘たちを何人も匿っていたという事。
ひとつ、今の青蘭は一部の皇帝派により、戦いを余儀なくされていること。
ひとつ、皇太子さまの姿が見えず、暗殺されたのではないかと噂があること。
(でも、それだったら富貴后さまが知らないはずはない)
愛琳は膝を進めた。どうしても青蘭に入り、皇太子さまに書状を渡したい。馬で進んでいる時にも見た、人々の亡骸をいくつも。亡命叶わず、朽ち果てた人々の姿だった。生まれ育った国にもいられない。関所で捕まり、引き返すことも出来ず、自害したのだろうと旅一座の長は言った。しかも亡命に失敗して自害した躯の弔いは許されず、投げ打たれるとか。それほどに青蘭の出入りは厳しい。その手前の蓬莱の賑やかさと、青蘭の街の質素さは神と人程の差がある。
「さてと、夜だねえ…見張りと火の準備は大丈夫かい!」
「あたし、見張りするよ! 平気、慣れてる! 一宿一飯の恩ね!」
愛琳は薙刀を抱きかかえ、笑って見せた。「あんたは武道の大道芸人かい」とはどういう意味かと思ったが夜を明かして、朝。愛琳は青蘭の手前でその旅一座と別れた。彼らは青蘭の手前の都市で一つ余興をやる予定だという。一方愛琳は青蘭と蓬莱の間の長城を突破しなければならなかった。
青蘭の玄関とされる宝珠関洞。
蓬莱の橋からも見える大きな壁のような関所は皇族が商人から通行税を捲き上げるためだけに作られたものだと言う。「気をつけてお行き」と温かい言葉を貰って、愛琳は馬を降りた。
お金があれば、すんなり入れたかも知れない。かと言ってまた芙蓉国に戻るのは…。
目的地はすぐそこだ。
まずは正攻法。「こんにちは」と言う。色仕掛て役人に開けて貰う。最後に一点突破…...。
愛琳は長く悩むのが嫌いな性質だ。「気を付けて帰るね」と馬を逃がして、薙刀を片手に両足でしっかりと立った。答えなど考えなくても決まってる。富貴后の女官が怖気づくわけがない。一点突破しか思いつかないのは当然だ。
「梨艶、出て来ちゃ駄目ね?」と拾った熊猫をむぎゅっと胸元に押しこめて、薙刀をすいっと掲げた。
「そのドでかい門、開けるね! でないとその門ブチ抜くよ」
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