第17話 憎悪の竜巻

 

 突然の轟音と衝撃で、ロトス王国の国王ウィステリア・ロータスが立ち上がる。いつも通り仕事をさぼり、妻である王妃モミザによって正座させられてお説教されていたのだ。

 痺れた脚のチクチクした痛みを我慢し、涙目で衝撃の方向に顔を向ける。

 轟音と衝撃は未だに収まらない。むしろ、徐々に酷くなっている。


「一体何事だ!?」


 近衛騎士たちや文官たちに問いかけるが、彼らも驚き困惑するだけだ。

 突然、王の執務室のドアが開かれた。近衛騎士たちがスラリと剣を抜いて、王と王妃を守るために、二人の前に前に立ちふさがる。

 ノックもせずに慌てて入ってきたのは、近衛騎士の一人だ。限られた者だけに伝わる緊急事態の合図を行う。

 前置きは抜きにして、事実を簡潔に述べる。


「王都、イーゴティズム伯爵家の屋敷付近で巨大な黒い竜巻が発生。付近の建物が飲み込まれています」

「なにっ!? 近衛騎士はついてこい! 文官たちは避難せよ! ミモザは…」

「わたくしも貴方について行きます」

「そうか。いくぞ!」


 国王ウィステリアは王妃のミモザと近衛騎士を引き連れて、王都を眺めることができるバルコニーへと移動する。

 バルコニーに到着した彼らは、絶句して固まった。


「なんだ…あれは!? ………精霊か?」


 彼らの目に映ったのは巨大な黒い竜巻。高さは数百メートルに及んでいるかもしれない。

 禍々しい黒。見ているだけで、身の毛のよだつような恐怖が襲ってくる。あらゆる悪と憎悪が濃縮して吹き荒れたら、、あのような黒い竜巻になるだろう。

 ゾクリと襲う恐怖を飲み込み、ウィステリアは指示し始める。


「あの竜巻を止めろ! 第一種警戒態勢を発動する! 精霊の使用も許可する! しかし、民の移動と保護を優先しろ!」

「治癒術師もかき集めなさい! 民が避難する場所がないのなら城を解放します!」


 ミモザも矢継ぎ早に指示する。

 騎士たちが各所に伝令を始め、即座に王都中にアナウンスが流れ始める。


『緊急! 緊急! 第一種警戒態勢が発動されました! 緊急! 緊急! 第一種警戒態勢が発令しました!』


 そのアナウンスが流れると同時に、街の各所から赤や青や黄や緑など、様々な煌めく光が黒い竜巻に向かって放たれる。

 精霊の輝きだ。

 精霊の攻撃が黒い竜巻に着弾するが、高さ数百メートル、横数十メートルに及ぶ巨大な竜巻には微々たる攻撃だ。精霊たちの攻撃を飲み込み、黒い竜巻はゆっくりと街の中を移動する。

 近くの建物が黒い暴風に巻き上げられ、瞬く間に崩壊していく。


「国王陛下! 王妃殿下! 今すぐお逃げください!」


 バルコニーで口を噛みしめている国王と王妃を近衛騎士たちが逃がそうとする。

 しかし、二人は竜巻から目を離さず、バルコニーから動こうとしない。


「俺は逃げん!」

「王子や王女の避難を優先させなさい。わたくしたちはここにとどまります」

「しかし!」

「くどい! 王命だ! ミモザ、あれは風の上級精霊だと思うか?」


 国王ウィステリアは黒い竜巻を睨みながら、妻のミモザに意見を求める。

 この間にも黒い竜巻は勢いを増し、王都の街を破壊し続けている。精霊の攻撃や魔法攻撃にもびくともしていない。

 珍しく険しい顔のミモザが自らの意見を述べる。


「可能性は高いです。もしかしたら、特級精霊の可能性も……」

「特級精霊…だと!?」


 特級精霊とは伝説上にしか登場しない、莫大な力を持つ精霊だ。一瞬で街を崩壊させたという御伽噺も伝わっている。

 あり得ないとは思うが、目の前の巨大な黒い竜巻は、街を破壊している。このままだと、王都が消滅してしまう。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 狂った獣のような、身の毛のよだつ咆哮が王都の街を揺さぶる。

 心の底から震えさせる憎悪の叫びだ。


「なぁっ!?」


 国王ウィステリアの顔が青くなる。

 黒い竜巻から、真っ黒な風の刃が無数に放たれ始めたのだ。黒い風の刃は、王都の街中に落ちて、建物を斬り裂き、吹き飛ばし、地面に深い亀裂を残す。黒い刃が消え去る時に発生する暴風が被害を大きくさせる。

 放たれた黒い風の刃の一つが、真っ直ぐに城へ向かって飛んでくる。その刃は十メートルはありそうだ。このままだと城が斬り裂かれてしまう。


「結界は!?」

「防護結界用意!」

「ダメです! 発動が間に合いません!」


 近衛騎士たちが慌てふためく。

 冷静なのは国王ウィステリアと王妃ミモザだけだった。

 迫りくる黒い風の刃を見据え、ウィステリアは片手を前に突き出す。


「来い! 《イーグル》!」


 ウィステリアの身体が青く輝き、透明な巨体が飛び出してきた。

 水の身体を持つ巨大な大鷲。ウィステリアの前で力強く羽ばたいている。

 国王ウィステリアの水の上級精霊だ。


「イーグル! やれ!」


 ウィステリアの命令により、精霊イーグルが声のない咆哮を上げ、口から大量の水を放出する。

 放たれた水と黒い風の刃がぶつかり合い、空中で拮抗する。

 ウィステリアは精霊に力を注ぎこむ。力を受け取った水の大鷲は、さらに威力を上げて、黒い風の刃をかき消した。


「ふむ。対処可能か。やれ! イーグル!」


 黒い竜巻から放たれる風の刃は大量にある。

 国王ウィステリアは城の周囲に迫りくる風の刃に攻撃を命じる。

 水の大鷲は黒い風の刃に受けて水を放ち始める。


「では、わたくしはちょっと距離が遠いけれど、元凶を叩きます。来なさい! 《氷焔ひょうえんきみ》」


 ミモザの身体が青白く輝き、巨大な獣が現れた。陽炎を纏った美しい九尾の狐だ。スッと空中に舞い降り、ユラユラと九本の尻尾が揺れている。


「あの黒い竜巻を攻撃しなさい」


 上級精霊の九尾の狐はミモザの命令に頷き、九本の尻尾の先端に巨大な青白い炎の球を出現させた。そして、火の球を黒い竜巻に向かって放った。

 九個の巨大な青い炎の塊は、遠く離れた黒い竜巻に着弾した。着弾したところから風自体がパキパキと凍り始める。

 やったか、と全員が思った瞬間、黒い暴風によって氷が粉々に砕かれてしまった。


「ミモザの精霊でもダメか…」

「ですが、風を凍り付かせることは出来るようですね。もう少し小さくなれば……」


 再度九尾の狐に攻撃を命じようとした瞬間、王都の街の中から灰色の極太の光線が黒い竜巻に直撃した。

 灰色の光線は、ゆっくりと移動していた黒い竜巻を押しとどめる。


「あれは…?」

「誰かわからんがナイスだ! 竜巻が止まったぞ! それに、見ろ!」


 灰色の光線によって黒い竜巻が徐々に小さくなっていく。


「GUUURUUUAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 苦しみにも似た咆哮が王都に響き渡る。

 勢いを衰え始めた竜巻に、国王をはじめとする全員が喜色を浮かべたが、すぐにその顔が凍り付いた。

 黒い竜巻から膨大な数の黒い刃が放たれ、灰色の光線の発生付近へと襲い始めたのだ。


「や、止めろ!」


 思わず手を伸ばして叫ぶ。

 あの大量の刃が落ちてしまったら、周囲は塵一つ残らず消滅してしまうだろう。

 誰もが顔を青くし、絶望で顔を歪めたその瞬間、大量の黒い風の刃が消え去った。


「………はっ?」


 国王ウィステリアがポカーンと口を開ける。これは夢ではないかと呆然としてしまう。

 ゆっくりと周りを見渡すと、同じような顔をしている近衛騎士たちと、目を丸くして固まっていた王妃ミモザの姿があった。


「今、何が起こった?」

「さ、さあ?」


 王妃ミモザも困惑顔だ。

 あれだけ無数にあった黒い刃が、細かな塵になったかのように突如消え去ったのだ。

 誰もが呆然と固まっている。

 突如、世界が灰色に染まった。


「今度は何だ!?」


 空も、建物も、風景も、人も、ありとあらゆるものが色を失い、全ては灰色の世界と化した。

 顕現していたウィステリアとミモザの精霊が怯え、宿主の命令を受けずに体内へと戻っていく。

 黒く立ち昇っていた巨大な竜巻は灰色に染まり、徐々に風が解けていく。

 地面に近いところから消え去っていく竜巻。風が解けていき、竜巻の上部から黒い影が飛び出すと、竜巻は形を保てなくなって消滅した。

 あとには、竜巻が残した破壊の傷跡だけが刻まれている。

 そして、世界に色が戻った。


「一体何が起こったんだ…?」


 街に刻まれた破壊の跡を眺め、呆然とする国王ウィステリアの呟きに答えられる者は誰もいなかった。


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