第20話 後始末

 

 男は冷や汗を流しながらロトス王国の王都を眺めている。

 彼はナルシサス・イーゴティズムに薬師として接触し、怪しげな薬を渡した男だ。

 黒い竜巻が破壊した傷跡が残る王都の街並み。

 予想よりも被害が少なかったことに若干不満を覚えながらも、実験が成功したことに喜びを感じている。

 そして、男は思い出す。

 黒い竜巻を止めた灰色の女性のことを。


「あれは明確に私を狙っていましたね…」


 攻撃されたことを思い出した男は僅かに体を震わせる。

 別の場所で傍観していた男は黒い竜巻が街を破壊していく様子を詳細に書き留めていた。

 その攻撃や防御力、攻撃のパターンなど、被験者は非常に有能な才能を持ち、満足のいく実験だった。

 途中までは。

 精霊たちの攻撃を見事に飲み込んで無効化した堕精霊。

 堕精霊の攻撃パターンが変わり、これからどうなるのか非常に楽しみにした瞬間、黒い竜巻に直撃した灰色の光線。

 その光線は瞬く間に堕精霊を弱め始めた。

 黒い風の刃を放出した堕精霊だったが、全てが幻のように消え去った。

 その直後、世界が灰色に染まった。

 男にとっては未知の世界。訳がわからない灰色の世界。

 色が抜け落ちた世界で堕精霊の竜巻が徐々に勢いを弱めて消えてしまった。

 男は驚愕するも、未知の光景に興奮した。

 そして、堕精霊に副作用として堕ちて怪物になったナルシサスと灰色の女性との戦闘。

 あれだけ身体能力が向上したナルシサスを歯牙にもかけない女性。

 彼女は戦闘の途中で、遠くで観察していた自分をはっきりと見た。

 攻撃までしてきた。

 男な何とか逃げ出したが、少しでも行動が遅ければどうなっていたかわからない。

 結局、堕ちたナルシサスは討伐されてしまったけれど、薬の試薬実験も成功したし、堕精霊を簡単に倒す灰色の女性も知ることができた。

 実験は大成功だ。


「ここでこの国から撤退することもできますが、もう少しあの女性についてデータが欲しいですね。近くにいた女性たちは、この国の王女と公爵令嬢。確か、彼女たちは学園に通っているという情報が。ふむ。あの試験体が使えそうですね……」


 男はニヤリと唇を吊り上がらせて微笑むと、影の中に姿が消えて行った。




 一方、堕精霊が討伐され、怪我人の治療や建物の復興が行われ始めている。

 王城の一部の部屋には、国王や王妃、大臣など、重要な役職の人物のみが集まって会議を行っていた。


「―――竜巻の発生源であるイーゴティズム伯爵家は全壊。跡形もありません。行方不明者も多数発生していますが、報告の通り、元凶はイーゴティズム伯爵家の嫡男、ナルシサスによるものとみられます。以上で報告は終わりです。」


 今わかっている報告が終わった。

 険しい顔をした国王ウィステリア・ロータスが腕を組んで唸っている。


「堕ちた精霊か…厄介だな」


 一連の騒動の報告を受けた誰もが眉間にしわを寄せている。

 王妃ミモザでさえ深刻に悩んでいる。

 それほど堕精霊の力は脅威的だったのだ。


「王国軍であれを討伐できるか?」


 国王は会議の場にいる近衛騎士団の団長に問いかける。

 少し悩んだ団長は自分の考えを述べる。


「討伐は可能でしょうな。しかし、甚大な被害が出るかと…。軍にも周囲にも…」

「だろうな。流石に街の中で本気で精霊に攻撃を命じるわけにはいかないからな」


 国王ウィステリアと王妃ミモザは民を巻き込んでしまうからという理由で、全力攻撃はしなかった。

 二人の精霊は上級精霊。全力で力を解放すると、街など簡単に吹き飛ばせる。

 全力で攻撃したら彼らでもあの堕精霊を討伐することはできただろう。

 しかし、それと同時に街も吹き飛んでしまう。


「しかし、今回は幸いにも堕精霊と呼ばれるものを討伐することができました。討伐した彼、いや、彼女は何者なのでしょう?」


 堕精霊を倒したハイドランジアは、戦闘の後に意識を失って倒れてしまい、リリアーナとスカーレットたちによって城に運び込まれた。

 彼女たちからも戦闘の様子など、全て説明を受けている。

 ハイドランジアに憑依した謎の女性のことも。


「彼女のことはわかりませんが、彼はハイドランジア。リリアーナとスカーレットと同じクラスの男子生徒。剣の腕は二人を軽く超えていますね」


 ミモザがハイドランジアのことを説明する。

 その場にいた者たちは、噂は本当だったのか、とどよめきが走る。

 二人の剣姫を打ち負かした噂を聞いていたのだ。


「彼は人間か?」

「ええ。普通の人間です。彼は孤児のようですが、育ての親はわたくしの親友、フリージアです」


 今度はもっと大きなどよめきが走る。

 国王ウィステリアを目を見開いて驚いている。


「なにっ!? それは俺も初耳だぞ!」

「あらっ? そうでしたか? 彼と食事をした時にフリージーの名前を出したじゃありませんか。彼女の手紙の中で、息子を食べちゃいたいくらい可愛い、と親バカを炸裂させていましたよ。性的に食べないか心配なのですが……いえ、それはそれでありですね。彼女たちをまとめて国に引き込める可能性も…。言っていませんでしたか?」

「聞いていない! あの時は、少年と友達になって、あまりの嬉しさに話をあまり聞いていなかったのだ」


 部屋の中に沈黙が訪れる。

 誰もが首を振ったり、頭を叩いたりして、耳がおかしくなったのか、聞き間違えたかと思っている。

 突然の沈黙でキョトンとしている国王に、おずおずと宰相が問いかけてきた。


「陛下? お友達ができたのですか?」

「そうだぞ! 今回堕精霊を討伐した少年と俺は友達だ! 一緒にお風呂にも入るくらいの仲だぞ! お風呂友達だ!」


 臣下たちが絶句する。今日一番の驚きだ。

 堕精霊が出現し、街を破壊したことよりも驚きを感じている。

 中には、国王に友達ができたことに感動して涙を流す者もいる。

 ちょっと恥ずかしさを感じ始めた国王は咳払いをして話を元に戻す。


「ゴホン! 確かに少年はクインス自治領出身とは報告を受けていたが、育ての親が彼女だったとはな。国としては引き込むのが得策か?」

「お待ちください陛下! 彼に憑依した女性のことはよくわかっていません! 流石に危険かと!」

「そうですぞ、陛下! 堕精霊やその宿主でさえ無傷で倒す彼女は何をするかわかりません!」


 宰相と近衛騎士団団長がそろって意見を述べる。

 安易な考えをしないように国王を諌めるのが彼らの仕事でもある。

 ふむ、と悩み始めた国王ウィステリア。

 そこに口を開いたのは王妃ミモザだった。


「ですが、彼は他国へとやるわけにはいきません。多少危険でも国に引き込むのが得策だと思いますよ。安易に彼を消そうとしても、あの腕です。高確率で失敗するでしょう」

「一理ある」

「それに、こうは考えられませんか? 彼に憑依した女性は精霊だと。それも、強力な精霊だと」


 一同は沈黙する。

 女性の姿をした精霊。可能性としてはゼロではない。しかし、人型の精霊など今までに聞いたことがない。

 そして、一同は脳裏にある可能性が浮かび上がった。

 伝説にしか登場しない上級精霊よりも上の存在を。特級精霊の存在だ。


「彼、ハイドランジアはわたくしの娘リリアーナ、そしてスカーレット・ローズ公爵令嬢と仲がいいという報告があります。二人も彼のことを憎からず思っているようです。わたくしも彼と話をしましたが、性格や人格に問題はありません。ひとまず今は、国に引き込むことを前提として、彼には手を出さず、監視することにしますか?」

「………それがいいだろう。ルイーゼが監視をしているからな。彼女なら大丈夫だろう」


 国王ウィステリアも王妃ミモザの意見に賛成する。

 会議の面々も、今は監視することに賛成のようだ。

 皆、ゆっくりと頷いている。


「では、少年には手を出さず、監視することに決定する。それで? 少年は今どうしている?」


 国王は妻のミモザに問いかけた。


「今頃、リリアーナ、スカーレット、ハンナの三人と同衾しているところではないでしょうか?」


 彼に手を出さないと決まったばかりなのに、既成事実を作って国に引き込む気満々のミモザは、水色の瞳を輝かせて悪戯っぽく微笑んだ。






 その頃、目が覚めたハイドランジアは、現状が理解できず、未だ夢の中だと疑っていた。

 高級感漂うフカフカのベッド。

 開放感を感じる自分の身体。

 この感じから服は着ていないのだろう。

 左右の腕と、仰向けになっている自分の身体の上にスベスベもっちり柔らかな感触が感じる。

 白いシーツを被っているが、こんもりと盛り上がっている。

 呼吸をするようにゆっくりと上下する物体が三つ。

 シーツから覗く真紅と白銀と漆黒の美しい髪の毛。


「これは夢だな」


 ハイドランジアは目を瞑ろうとするが、シーツの中から可愛らしい顔がヒョコっと出てくるのが先だった。


「あっ、おはようございます! ご主人様!」


 黒髪ボブカットのハンナが、ハイドランジアの身体の上でニコッと微笑んだ。

 シーツが捲れて左右のリリアーナとスカーレットの顔が露わになる。

 少し幼く見える可愛らしい二人の寝顔だ。


「これは現実ですよ、ご主人様」

「ハンナさん……これは一体どういう状況なんですか?」

「逆に聞きますけど、ご主人様はどこまで覚えていますか?」


 じーっとハイドランジアの灰色の瞳を見つめてくるハンナ。

 誤魔化そうかと思ったけれど、諦めて正直に話すことにする。


「全部覚えていますよ。俺は彼女で彼女は俺ですから。あの後、魔力切れでぶっ倒れたところまで覚えています」

「そうですか。倒れたご主人様をみんなでお城に運びました。怪我をされていたので治療も。そして、ご主人様をベッドで寝させたんですが、お嬢様とリリアーナ様がベッドに潜り込んで寝ちゃったのです!」

「………ハンナさんが二人をけしかけたんですか?」


 ジトっとしたジト目を向けるが、ハンナはニコッと微笑むだけだ。


「うわぁー疑われていますねぇー。答えはもちろんその通り! 私がけしかけましたよ! というか、私が潜り込んだら、お二人とも『ズルい! 私も親友と一緒のベッドで寝る!』と言って潜り込んでいましたね」


 やっぱりか、とハイドランジアは脱力する。猛烈な疲れが襲ってくる。

 身体の上にいるハンナはニコニコ笑顔だ。


「で? 聞きたくはなかったんですが、なんで俺は裸なんですか? 嫌な予感がするんですが、もしかして、ハンナさんやリリアーナやスカーレットも…」

「もちろん全員裸です! 二人が寝たので脱がせました!」


 悪びれもせずドヤ顔をするハンナ。ドヤ顔はムカつくほど可愛く輝いている。

 全員が裸だということを理解してしまって、ハイドランジアは猛烈に感覚が鋭敏になる。

 三人の素肌の柔らかさや、押し付けられているハンナの胸の突起や、絡みつかれているリリアーナとスカーレットの脚。

 腕もリリアーナとスカーレットの胸に挟まれ、手は二人のイケナイ所にある気がする。

 男であるハイドランジアは、ダメだとは思っているが、裸の美少女に囲まれ興奮してしまう。


「おぉ! やっぱりご主人様は男性ですね! 女体化したときはびっくりしましたけど」

「あぁー。あれはいろいろと事情があって…。もしかして、それを確認するために脱がせました?」

「いえ。ただ単に脱がせたかったから脱がせたんですが? 私は寝るとき全裸ですし、お二人はついでです。寝た相手の服を脱がせるなんて暗殺しゃ……メイドにとっては朝飯前です!」

「今、暗殺者って言いましたよね?」


 ハイドランジアはジト目を向けるが、ハンナはにっこりと微笑むだけだ。


「メイドですよ?」

「疑問形?」

「メイドなのです!」

「いやいや! 絶対に暗殺者って……」

「ご主人様の性処理用愛玩メイドなのです!」

「ごめんなさい! 聞き間違いでした! だから普通のメイドでお願いします!」


 これ以上追及するとハンナによって要らぬ噂を流されそうで、ハイドランジアは即座に降伏する。

 彼の大声がうるさかったのか、左右で寝ていたリリアーナとスカーレットが身じろぎした。


「うぅ~~~~! うるしゃい……」

「んみゅ~~~! なんですかぁ…?」


 寝ぼけた二人は抱きついていたハイドランジアの腕に顔を擦り付ける。

 とても気持ちよさそうだ。

 ハイドランジアは本能が警告を発する。

 小さく囁き声で、この状況を何とかすることができる人物を呼び出す。


「ルイーゼさぁ~ん! ルイーゼさ~ん、今すぐ来て下さぁ~い!」


 しかし、ルイーゼは肝心な時に来ない。

 少し待つが全然来る気配がない。ハイドランジアは絶望する。


「うぅ~ん……うるさいわよ絶壁」


 寝言のように呟いたスカーレットの言葉を聞いたリリアーナが、カァっと目を見開いて覚醒する。


「誰が絶壁ですか!? ちゃんと胸のふくらみはあります! 貴女が大きいだけなのです、駄肉!」


 今度はスカーレットがカァっと目を見開いて覚醒した。


「誰が駄肉よ! 貧乳! あぁ~! 男にモテないから私に嫉妬しているのね!」

「誰が貧乳ですか!? わたくしは嫉妬もしていません! 感度は抜群なんですから! 乳牛みたいにぶら下げたくありません!」

「誰が乳牛よ!」

「私は二人の中間でちょうどいいくらいのおっぱいですよ。感度も良好。どうですか、ご主人様? 三人の中では一番美乳だと思うのですが」


 ハンナが自分の胸を見せつけてくる。

 ハイドランジアは目を閉じようとするが、男の本能が邪魔をして、じーっと凝視してしまう。

 ムキになったリリアーナとスカーレットも自分の胸をさらけ出し、彼に向かってアピールし始める。


「どう!? ハイド!」

「ハイド様。わたくしのほうが可愛らしいですよね?」

「えーっと……」


 二人が起き上がったため、シーツが捲れて彼女たちの全裸が丸見えになっている。

 非常に目のやり場に困る。

 その丁度いい瞬間に、ドアを開けて入ってくるルイーゼ。


「失礼します。お呼びなさいました…………か?」


 全裸でベッドの上にいる四人を見て、ルイーゼが固まってしまう。

 しかし、有能な彼女だ、一瞬で状況を把握すると、気配なくスゥーッと後退りし、静かにドアを閉め始める。


「待って待って! 待ってくださいルイーゼさん!」


 ハイドランジアは慌ててルイーゼの行動を止める。

 僅かに開いたドアから、ルイーゼの顔だけが覗いている。


「ハイド様……私は用事を思い出しました。二時間ほど後に再びお伺いします」

「二時間後じゃなくていいから!」

「皆様の行為は二時間で終わらないと?」

「だから違います! ルイーゼさんに今すぐ用事がありますから!」

「…………私もお求めで?」

「違います! 今すぐ彼女たちを止めてください!」


 なおも言い合いを行い、胸をアピールし続けるリリアーナとスカーレット。ハイドランジアの胸をスゥーッと撫で、徐々に徐々に下半身へ向けて移動していくハンナ。

 混沌とするベッドの上。

 興奮と混乱で寝起きのハイドランジアは上手く頭が働かない。


「ハイド! ちゃんと私を見て!」

「ハイド様! この脂肪の塊よりわたくしのほうがいいですよね?」

「あっ? 誰が脂肪の塊よ!」

「貴女しかいないでしょう、贅肉!」


 スカーレットがリリアーナに飛び掛かり、リリアーナも応戦する。

 二人は全裸で乱れ合う………ハイドランジアの身体の上で。


「フヒヒ……!」


 欲にまみれた笑い声を漏らすハンナはハイドランジアの身体をじっくりと観察している。


「もう! 喧嘩は止めてください! というか、身体を隠してくださいよ! って、ハンナさんはどこを触っているんですかぁっ!?」


 ハイドランジアの大声が部屋の中に響き渡る。

 その様子を確認したルイーゼは、静かに静かにドアを閉めると、ドアに立ち入り禁止の札をかけて、鍵まで閉めて、気配を殺して立ち去るのだった。



《第一章 堕ちた精霊 編 完結》

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灰色の精霊使い ―王女と公爵令嬢のお友達― ブリル・バーナード @Crohn

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