灰色の精霊使い ―王女と公爵令嬢のお友達―
ブリル・バーナード
第一章 堕ちた精霊編
第1話 公爵令嬢と第三王女
ロトス王国の王立学園。この学園は王家が設立し、王国一の学校と言われている。
王族、貴族、平民など身分に関わらず、十五歳以上の少年少女たちが入学することができる由緒正しい学校だ。
倍率は物凄く高く、王国中の少年少女たちが一斉に入学試験を受ける。
合格すれば三年間学校に通い、卒業すればほとんどがエリートの道を進む。
入学するだけで将来安泰なのである。
そんな学園に彼、ハイドランジアは入学する。
刈り揃えられた短い灰色の髪に灰色の目の少年は期待に胸を膨らませ、門をくぐる。目の前には伝統ある白い校舎が建っていた。
今日からこの学園に通う。そう考えただけで彼の胸が高鳴る。
白と基調とした制服。蓮の花の色のラインが入った制服に身を包んだ新入生たちが、緊張しながら歩いている。
校舎の玄関の前には人だかりができていた。どうやらクラスと出席番号が張り出されているらしい。
目がいいので後ろから自分の名前を探す。
「ハイドランジア……ハイドランジア………ハイド……ハイド…あった! Fクラス出席番号18番か」
一クラス20人で、クラスはA~Fまであるらしい。
クラスと出席番号ば試験結果の順位で決まる。
Aクラスの出席番号1番が首席、Fクラスの出席番号20番が最下位。
ハイドランジアはFクラスの18番。全体の下から三番目。
それにしても最下位じゃなくてよかった、とハイドランジアは安心した。
少し気になったので後ろの人物の名前を確認する。
「19番スカーレット・ローズ……20番リリアーナ・ロータス………マジかよ!」
リリアーナ・ロータスはロトス王国第三王女、スカーレット・ローズはロトス王国のローズ公爵家長女。ハイドランジアからしたら雲の上の殿上人。
平民であるハイドランジアの後ろに公爵令嬢と王女。
俺、死んだかも、と自分の運命を呪い、雲一つない空を見上げて、彼は深いため息をついた。
Fクラスの教室。教室のドアを入った途端、異様な雰囲気を感じた。
クラスの誰もがチラチラと一方向を気にしている。そこは後ろの席。彼の席がある近く。正確には真後ろの席。ある者は緊張で顔を真っ青にし、またある者は侮蔑の視線を送り、そして、またある者は欲にまみれた視線を送っている。
皆の視線の先には二人の美少女がいた。
一人は真紅の瞳と長い髪。凛とした佇まい。ツンと気が強い印象を与える美少女だ。退屈そうに、だらしなく頬杖をついている。この少女がスカーレット・ローズ。ローズ公爵家のご令嬢。
もう一人は白銀のボブカットの髪に水色の瞳。おっとりとお淑やかな印象を与える少女だ。何事にも興味がなさそうな冷たい瞳をしている。この少女がリリアーナ・ロータス。ロトス王国第三王女だ。
ハイドランジアはクラスの視線を集める少女に近づいた。クラスメイトの視線が彼にも突き刺さる。
彼は自分の席に荷物を置くと、後ろの少女二人に声をかける。声をかけないで席に座ると、彼女たちに背中を向けてしまうことになり、機嫌を損ねる可能性があるからだ。
「初めまして。この席のハイドランジアと申します。以後……」
「ああ。そういうのどうでもいいから」
スカーレット・ローズが彼のことを一瞥もせずに、仏頂面で言葉をぶった切る。心底面倒くさそうだ。その後ろの席のリリアーナ・ロータスはハイドランジアのことをおっとりと眺めているが、その瞳は無感情だ。
「知ってるかしれないけど私はスカーレット・ローズ。あんた平民?」
「はい。そうですが」
「そう。礼儀とかお世辞とか身分とか気にしなくていいから。後ろの絶壁はどうか知らないけど」
絶壁と言われたリリアーナのこめかみに青筋が浮かぶ。スカーレットの言葉通り、胸は残念だ。ほんのわずかなふくらみしかない。興味なさげな瞳をしていたリリアーナは、氷のように冷たく水色の瞳を凍らせ、スカーレットを静かに睨みつける。
ちなみに、スカーレットの胸は大きい。とても大きい。
リリアーナは席を立つと、優雅に一礼した。
「うふふ。わたくしはリリアーナ・ロータスと申します。ハイドランジア様、以後お見知りおきを。第三王女という身分ですが、この贅肉の塊と同様に身分に関係なくお付き合いくださいませ」
今度はスカーレットのこめかみに青筋が浮かぶ。真紅の瞳に炎が宿る。席を立ち上がり、王女と向かい合う。二人は怒気を発しながら睨み合う。
「贅肉の塊ってどういう事よ!」
「そのままの意味ではありませんか。貴女こそわたくしのことを絶壁とおっしゃいましたよね? それはどういう意味でしょうか?」
「そのままの意味よ。ふふん! 残念だったわね、胸が貧相で」
「あら? 乳牛のような見た目の貴女にわたくしが羨ましいと思うとでも?」
二人の間に火花が散る。彼女たちの身体から放たれる怒りのオーラを幻視する。片方は燃え上がる熱いオーラ。もう片方は凍えさせる冷たいオーラ。二人の怒りがぶつかり合っている。
クラスメイトは王女と公爵令嬢の喧嘩を誰も止めることはできない。少しでも彼女たちの機嫌を損ねれば物理的に首が飛ぶのだ。わざわざ死ぬような真似は出来ない。
ハイドランジアは目の前で繰り広げられるいがみ合いにため息をつく。目の前で喧嘩は止めて頂きたい。
彼は両手をあげると、怒りに燃えて睨み合っている王族と貴族の娘の頭にチョップを落とした。クラスに悲鳴が起こる。
「喧嘩は外でやってくれませんかね?」
チョップされた二人の少女は口を開けて呆然と固まっている。貴族や王族の娘としては珍しい顔だ。
二人は同時に頭を押さえる。力は入れてなかったから痛くはなかったはずだ。
「あんた……私を叩いた?」
「チョップですが」
「わたくしの頭を?」
「身分は関係ないとおっしゃいましたので」
「それでも叩く?」
「俺は叩きましたよ。クラスメイトですので」
「ハイドランジア様はわたくしたちのことが怖くないのですか?」
「怖い?」
王女の言葉に俺は首をかしげる。身分が関係ないこの学校で、貴族や王族なんて意味ないことだ。貴族や王族という身分を振りかざす行動はこの学園では禁じられている。
「これから友達になるあなたたちが怖い? 面白いことを言いますね」
二人の少女が『友達』という言葉に過剰反応する。退屈そうな少女と興味関心を抱いていなかった少女から怒りが消える。そして、目を輝かせる。
「と、友達!?」
「わたくしのお友達になってくださるのですか!?」
勢いよく詰め寄ってきた二人の美少女に、思わずハイドランジアは後退る。目をギラギラと輝かせており、何やら怖い。
「俺は友達になりたいと思っていますが」
「ふ、ふんっ! 頭を下げてお願いしたら考えてあげるわ!」
スカーレットが顔を赤らめてそっぽを向いている。ハイドランジアは彼女の性格を理解した。ツンデレだ。
彼が頭を下げてお願いしようとした矢先、彼の手がリリアーナの手に握られる。握られた感触にハイドランジアは困惑した。ほっそりと柔らかいと思ったら、分厚く力強い。武芸に精通してる証拠だ。
「ハイドランジア様! ぜひ、わたくしのお友達になってください!」
「俺でよければよろこんで!」
「あっ! なに言ってんの絶壁女! あんたもなんでコイツの友達になってんのよ! 最初に私と友達になりなさいよ!」
「早い者勝ちです」
勝ち誇るリリアーナ。スカーレットは怒りのボルテージが上がる。
ハイドランジアはスカーレットが飛び掛かるのを防ぐための手段に出た。
「スカーレット様、俺とお友達になってくださいますか?」
その言葉を聞いたスカーレットは怒りが一瞬にして消える。
「そ、そこまでお願いされたら仕方がないわね! いいわ! ハイドランジア! あなたの一番の友達になってあげる! 親友よ親友!」
「あらあら。二番目さんが何を言っているのかしら?」
「この腹黒女! 一体いつまで手を握ってんの! 離しなさい!」
一瞬で怒りが頂点に達したスカーレットがリリアーナに飛び掛かり、彼女も負けじと応戦する。二人は取っ組み合い、至近距離で睨み合っている。
ハイドランジアが再び二人を止めようとしたとき、一人の少年が近寄り、跪いた。
「リリアーナ様、スカーレット様! 私はドッグ男爵家の長男、ルーズと申します。ぜひ、私とお友達に」
「嫌!」
「お断りします」
ルーズの言葉の途中でバッサリと拒否する二人。ルーズには目も向けない。全く眼中にない。
拒絶されたルーズは凍り付いた。しかし、引きつった笑みを浮かべながら、何とか仲良くなろうと話しかける。
「な、なぜ私では駄目なのですか? この薄汚い平民は良くて、高貴な血筋である私が駄目なのですか!?」
「「あ゛?」」
「ひぃっ!」
ドスの利いた声で睨みつけるリリアーナとスカーレット。二人の逆鱗に触れてしまったのだ。睨まれたルーズは無様に後退りするだけ。
そんな彼に、スカーレットは炎のように荒々しい殺気を、リリアーナは氷のように静かで鋭い殺気を、容赦なくぶつける。
「……あんた、私の一番の親友がなんだって?」
「ハイドランジア様が薄汚いですって? どこが薄汚いか、一番最初の親友であるわたくしに教えてくださる?」
「ひぃ! お許しを!」
睨まれたルーズは顔を真っ青にしながら這いつくばって教室から出て行く。誰も助けたりはしない。
すぐに興味がなくなった二人は目の前の人物を睨みつける。
「あんたがハイドランジアの最初の親友? 最初の親友は私よ! あんたは友達になっただけ!」
「ふふふ。そうですか。二番目のお友達の駄肉さん?」
スカーレットの整った眉がピクリと動いた。真っ赤に燃える怒りのオーラが放出される。
「だ、駄肉…。あ~あ。あんたと喧嘩してたら肩が凝ったわ。胸が大きいとすぐ肩にくるのよねぇ。あらごめんなさい! 胸がないあんたには一生わからないことだったわね。下着のサイズが合わなかったり、真下が見えなかったり、谷間に汗が溜まったり、一生わからないものね。出来たら全く無いあんたにあげたいんだけどねぇ」
リリアーナの整った眉がピクリと動いた。白銀の冷たく凍らせる怒りのオーラが放出される。
「そうですかそうですか。では、その無駄な脂肪を引き千切ってあげましょう!」
「やれるもんならやってみなさい!」
二人の勢いはヒートアップしていく。二人の力は拮抗して額同士もぶつけあっている。
呆然としていたハイドランジアがハッと気が付いた。目の前で行われている第三王女と公爵令嬢の喧嘩に呆れ果てる。
「はぁ…」
ハイドランジアは深くため息をつくと両袖をまくる。そして、今友達になったばかりの少女たちにサッと近づくと、首根っこを容赦なく掴んで持ち上げる。
そのまま第三王女と公爵令嬢を教室の外に放り出した。
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