第2話 お茶会

 

 入学式やら学園の説明が終わった。ハイドランジアは寮に向かって歩く。

 王立学園には寮がある。申請すれば敷地内にある寮に入ることが出来るのだ。もちろん、費用は免除。家具やお風呂付き。食事も食堂を使用することができる。自分で作ることもできるのだが。

 ただ、成績順に部屋が決まっていく。成績上位者にはとても広い一人部屋。成績下位者には狭い一人部屋。身分なんて関係ない。実力主義の学園なのだ。

 下から三番目の成績であったハイドランジアは自分の部屋の前に立つ。寮の中で一番狭い部屋。それでも彼は気にしない。自分の部屋があるだけで嬉しいのだ。

 もう既に荷物は運びこまれているらしい。ハイドランジアはドアを開けた。


「あっおかえり」

「おかえりなさいませ」


 何故か見たことのある美少女が部屋の中にいた。二人仲良くベッドに寝転んでいる。暴れたかのようにベッドが乱れている。喧嘩でもしたのだろう。

 ハイドランジアは痛む頭を抱える。


「なんでいるんですか? リリアーナ様、スカーレット様」


 第三王女と公爵令嬢がキョトンとしている。言われた意味が分からないようだ。二人は顔を見合わせる。


「何故って、ねぇ?」

「そうですね」


 二人は仲良く同時に言った。


「「親友の部屋だから!」」


 二人は再び顔を見合わせる。そして、どっちがハイドランジアの一番の親友か、ベッドの上で争い始める。制服のスカートが捲れ上がり、際どいところまで見えているが二人は気づいていない。キャットファイトを続ける。

 ハイドランジアはため息をついて、整理整頓された部屋を眺める。そして、暗殺者のように気配を殺していた二人の女性に声をかける。


「それで? あなた方は?」


 四十代くらいの女性と、ハイドランジアと同い年くらいの十代の少女。二人はメイド服を着ている。

 二人のメイドが優雅に一礼した。


「私はルイーゼと申します。リリアーナ王女殿下の専属メイドを務めさせていただいております」

「私はハンナと申します。スカーレット様の専属メイドを務めさせていただいております」


 四十代くらいの青い髪の女性がルイーゼ。十代くらいの黒髪の少女がハンナというらしい。

 学園の寮では、貴族や王族は身の回りのお世話のために、従者を一人連れてくることができるらしい。彼女たちはその従者なのだろう。


「俺はハイドランジアと申します。リリアーナ様とスカーレット様の同じクラスで、今日からお友達になりました」


 ハイドランジアは一応自己紹介をする。彼は王族や貴族、そしてその従者にどう接したらいいかよくわからないが、一応丁寧語で応対する。

 彼の言葉を聞いたメイドの二人は、白いハンカチを取り出すと、静かに美しく泣き始める。


「あぁ…あの姫様に本物のお友達ができるとは……なんということでしょう! 姫様からお聞きしたときは嘘だと思いましたが、本当だったとは! これは夢でしょうか? 夢に違いありません!」

「そうです! お嬢様に、あのボッチのお嬢様にお友達ができるはずがありません! しかも、殿方とは! ………………なにかお嬢様に脅されました?」


 無礼極まりないメイドである。自らの主の悪口を言うメイド。

 これでいいのか、とハイドランジアは思う。


「脅されていませんけど。それよりも、あの二人は止めなくていいのですか?」


 ベッドの上で暴れまわっているリリアーナとスカーレット。服や髪は乱れ、下着が丸見えである。ちなみに、リリアーナが黒、スカーレットが白であった。


「放っておいていいですよ。下着については迷惑料と思っていただけたら」

「いつのものことですから、お気になさらず」


 ルイーゼとハンナはすまし顔で主の痴態を華麗に無視している。本当にこれでいいのか、と気にしているハイドランジア。ベッドの上で繰り広げられている少女の喧嘩を止めようかと悩んだが、白と黒の下着を見て、止めるのを止める。彼も年頃の少年だ。王族と貴族の下着をしっかりと記憶に刻み付ける。


「ハイドランジア様。お茶が入りました」


 ルイーゼの言葉にハッと我に返る。床に置かれた小さなテーブルには美味しそうな紅茶が淹れられていた。美味しそうな香りにハイドランジアは床に座る。

 ティーカップは三つ。ハイドランジアとリリアーナとスカーレットの分だと思ったが、どうやら彼とルイーゼとハンナの分らしい。メイドの二人は優雅に紅茶を飲む。


「ルイーゼ様、ハンナ様。あの二人は止めなくていいんですか? ……うわっ美味しい!」


 ハイドランジアは一口紅茶を飲んで、その美味しさに愕然とする。目を丸くしている彼に、紅茶を淹れたルイーゼが上品に笑う。


「私のことはどうかルイーゼとお呼びください」

「私のこともハンナでよろしいですよ」

「では、ルイーゼさんとハンナさんと呼ばせていただきます。それで、あの二人は?」

「姫様を止められるものなら止めるのですが……」

「お嬢様もいい加減にしてほしいです」


 キャットファイトを続ける二人は上半身の制服も脱げかかっている。黒と白のブラがチラリと見える。


「あれ? そういえば俺の荷物は?」

「失礼ながら私たちが全て整理させていただきました」

「それはありがとうございます」


 三人は紅茶を飲む。三人の周りだけゆったりとした時間が流れる。


「ハイドランジア様はどこのご出身で?」


 ハンナが問いかけてきた。


「俺はクインス自治領出身です」

「クインス自治領…エルフやドワーフ、獣人が暮らす地域ですか。あそこはヒューマンには風当たりが強いのではないですか?」

「そうでもないですよ。あそこは実力主義なので、貴族や王族という身分がないんですよね。だから、弱いのに上から目線で言う貴族にはいい感情はないかもしれませんね」


 ハイドランジアは故郷のことを思い出す。彼らは仲間意識が強い。一度認めてもらうと家族のように扱ってくれる。鍛冶の音、決闘の音、そして笑い声の絶えない地域だ。


「クインス自治領では女性のあられもない姿を見たら、責任を取るかそれ相応の罰を受ける、という風習はありますか?」


 輝く笑顔のハンナの言葉に、何故かハイドランジアは冷や汗が流れる。ルイーゼもニッコリと笑っている。


「あ、ありませんけど…なぜそのようなことを?」


 ベッドの上で乱れる赤い髪の少女と白銀の髪の少女。白と黒の下着を思い出してしまう。


「それはもちろん、お嬢様と殿下のことですよ。お二人のあられもない姿を見ることが出来る男性は伴侶だけ。普通は首が飛びますね」


 彼女たちは王族と公爵という最上位貴族の娘だ。普通は男性の部屋に訪問するなど許されないことだ。なのに、リリアーナとスカーレットはハイドランジアの部屋に来て、その従者であるルイーゼとハンナは止めずに、ただ面白そうに笑っている。


「彼女たちの婚約者はいらっしゃるのですか?」

「姫様にはいらっしゃいませんね」

「ウチのお嬢様もいません」

「そうですか。わかる気はしますね。まあ、もう見てしまいましたからどうしましょうか。一度見たら二度目も変わりませんよね? 死ぬ前にじっくりと眺めますか」


 ハイドランジアはティーカップを持って、ベッドの上で繰り広げられる王女と公爵令嬢のあられもない姿をじっくりと目に焼き付ける。美少女二人があられもない姿で絡み合っている。実に良い光景だ。

 二人のメイドは、まあ、と目を瞬かせる。


「図太いのですね」

「そうですか、ルイーゼさん? 開き直っただけですよ」

「ハイドランジア様も男性なのですね。私も脱ぎましょうか? 責任を取ってくださるならいくらでも脱ぎますよ?」

「ハンナさん! 脱がなくていいですから!」


 悪戯っぽい表情で服に手をかけたハンナをハイドランジアは慌てて止める。ハンナは少し残念そうだ。ルイーゼはおっとりと微笑んでいる。

 三人はティーカップを傾けた。


「少し埃が舞いますね」

「あら? 埃が届かないよう風の魔法を発動していらっしゃるではありませんか」

「見事なコントロールです、ハイドランジア様。どこぞの脳筋で不器用なお嬢様にも見習わせたいものです」

「………バレてましたか。最小限に抑えていたのですが、流石ですね」

「いえいえ。ですが、そろそろ姫様にはお戯れを止めて頂きたいですね」

「それは同意しますが、お嬢様方には私たちの声は届きません」


 二人のメイドがため息をついた。ルイーゼとハンナは諦めているようだ。二人に同情したハイドランジアは手を貸すことにする。


「リリアーナ様、スカーレット様。友達の俺と一緒にお茶をしませんか?」


 ハイドランジアはボソッと呟く。


「ハイドランジア様。意味がないと思いますよ」

「それで言うことを聞いたら、いつもの私たちの苦労が……」


 首を振っていた二人のメイドの動きが止まる。ベッドで喧嘩していた二人がピタッと動きを止め、一瞬で身だしなみを整え、テーブルに現れたのだ。驚愕するメイド二人。その主たちはニコニコ笑っている。


「友達とお茶! お願いされたら仕方がないわね! 私も一緒にお茶してあげる!」

「わたくしもご一緒しますね」

「ルイーゼさん、ハンナさん。お二人にも紅茶をお願いできますか?」

「は、はい」

「う、承りました」


 驚きで固まっていたメイドが動き出す。動揺しながらも、一切よどみない動きで瞬く間に二つのカップを用意した。リリアーナとスカーレットは紅茶を美味しそうに飲んでいる。


「ルイーゼ? お茶菓子はありますか?」

「は、はい! こちらに!」

「ハンナ。お茶菓子出して」

「か、かしこまりました」

「ハイドランジア様! こちらのマカロンのほうが美味しいですよ」

「こっちのクッキーのほうが美味しいに決まってるじゃない!」

「ルイーゼが作ったマカロンです!」

「ハンナが作ったクッキーでしょ!」

「「あ゛あ゛ん?」」


 リリアーナとスカーレットは再び怒気を発し睨み合う。ハイドランジアは静かに二人をなだめる。


「両方とも食べたほうが美味しいし、楽しいと思いませんか?」

「そうですね」

「あんたがそういうなら仕方がないわ」


 二人の怒りは一瞬で消え去る。その様子を見たリリアーナとスカーレットの専属メイドであるルイーゼとハンナが口をポカーンと開ける。


「何事にも興味を抱かない姫様がっ!?」

「いつも退屈そうなお嬢様がっ!?」

「ルイーゼさん? ハンナさん? どうかしましたか?」


 目を丸くして凝視してくるルイーゼとハンナが気になって、ハイドランジアは思わず声をかける。


「い、いえ……その……あなたは何者ですか?」

「普通の平民ですけど」

「あの我儘お嬢様と殿下を従わせるとは化け物ですか!」

「なぜそうなるんですか!」


 思わず声を荒げるハイドランジア。そして、何故かハンナがハイドランジアに向かって跪く。短いスカートのメイド服だったため、座っているハイドランジアにはピンク色の可愛らしい下着が丸見えだ。


「ハイドランジア様。私、ハンナはあなた様に生涯忠誠を勝手に誓わせていただきます」

「勝手に!? ハンナさん!? なんで!?」

「そのほうが面白そうだからです、ご主人様」

「ハンナさんは公爵家のメイドでしょう!?」

「あんなとこ今すぐにでも辞めたいんですけどね」

「それでいいんですか!?」


 本当に嫌そうにハンナがため息をついている。ハンナの主であるスカーレットが低い声で呟いた。


「………………ハイドランジア?」

「ほ、ほらハンナさん! スカーレット様、お、俺は何にも言ってませんからね! ハンナさんが勝手に言ったことで」

「なんでハンナと親しくしてんのよ」

「はい?」


 一瞬スカーレットの言葉を理解できなかったハイドランジアはポカーンと口を開ける。


「なんでハンナがさん付けで、私は様付けなのよ! 友達のなのにおかしいじゃない!」

「えぇ…そっちですか…」

「私のことはスカーレットと呼びなさい!」

「わたくしのことはリリィでいいですよ」

「なぁっ!? じゃ、じゃあ、私のこともレティでいいわ!」

「あの……さん付けじゃダメですか?」

「「ダメ!」」

「では、リリアーナとスカーレットで許してください! 流石に愛称は難易度が高すぎます!」


 名前を呼び捨てされた二人は嬉しそうに目を輝かせる。コクコクと頷いて、それでいいとアピールする。年相応の姿を見せる少女二人にルイーゼとハンナは驚きを隠せない。


「わたくしはハイドランジア様のことを愛称でお呼びしてもよろしいですか?」

「別にいいですけど。俺の場合はハイドですね」

「では、ハイド様とお呼びいたしますね!」

「あっ! ずるい! 私も呼ぶからね! ハイド!」

「いいですよ、スカーレット」


 ぐふふ、と公爵令嬢がしてはいけない顔で笑っている。


「ご主人様。あ~ん」


 いつの間にかハイドランジアの真横に侍っていたハンナがクッキーをあ~んしてくる。


「ハンナさん!? あっ美味しい」

「よかったです。好き嫌いがあったら教えてくださいね。ご主人様のために頑張りますから!」


 スカーレットとリリアーナの身体から怒気や殺気が放たれるが、ハンナは華麗にスルーする。ハイドランジアのために甲斐甲斐しく世話を始めた。スカーレットとリリアーナのこめかみに青筋が浮かぶ。


「「………ハンナ」」

「あぁ~友達と飲む紅茶は美味しいなぁ~」


 棒読み口調で言ったハイドランジアの言葉に、友達に飢えた王族と貴族の娘は怒気を霧散させる。

 そして、何度も喧嘩になりそうなたびにハイドランジアに止められ、その度にメイド二人が驚愕し、突発的に開かれたお茶会は穏やかに過ぎていった。


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