第4話 二人の剣姫
午前中最後の授業は武術の時間だった。Fクラスの生徒たちが運動用の服に着替えて闘技場に集合する。コロッセオのような形だ。
闘技場にはすでに教師が待っていた。二メートルはあるであろう大男。全身が鋼のような硬い筋肉に覆われている。ムキムキの男性だ。そこに存在するだけで、周囲の温度が上昇しそうなくらい暑苦しい。
日に焼けている黒い男性が、フロント・リラックスのポーズで白い歯を輝かせる。
「ガハハハッ! 私が武術を担当するモスト・マスキュラーだ。よろしく頼む」
男性教師モストがポーズを変え、右を向いてサイド・リラックスのポーズになる。
「この学園ではあらゆる武術を極めることが出来る! 剣術、槍術、体術その他いろいろ、あらゆる武術を私は教えることができる! 魔術は専門外だがな! でも、身体強化は得意だぞ! ガハハハッ!」
モストが左向きのサイド・リラックスのポーズになる。
「この授業では自分に合った武芸を探し、特訓する。今日は最初の授業だから軽く様子を見よう。闘技場を十分間走ってくれ。体力を確認する」
Fクラスの生徒たちはダラダラと移動し、モストの合図で闘技場の中を走り始めた。
全力で走る者、やる気がなさそうに走る者。すぐに息が切れる者など様々だ。モストは生徒たちの様子を観察している。
生徒たちの中でも目立つのが三人いる。土煙をあげながら猛スピードで走り回る三人だ。
一人は刈り揃えられた灰色の髪の少年、ハイドランジア。
二人目は真紅の長い髪で巨乳の少女、スカーレット・ローズ。
三人目はボブカットの白銀の髪で貧乳の少女、リリアーナ・ロータス。
この三人が接戦を繰り広げている。
「へぇ。ハイド、なかなかやるじゃない」
「ええ。正直驚きました」
全く息を荒げず、涼しい顔で走るスカーレットとリリアーナがハイドランジアに問いかける。ハイドランジアも一切顔色を変えずに走り続ける。
「これくらいは準備運動ですよ。身体を動かすのは得意なので。さて、身体も温まってきたことですし、もう一段階上げますか。リリアーナ、スカーレット、ついてこられますか?」
故郷で獣人と共に走り回っていたハイドランジアがスピードを一段階上げる。抜け出した彼をリリアーナとスカーレットが余裕そうについていく。
「ふんっ! 余裕よ余裕!」
「まだまだです」
今度は少女二人がスピードを上げる。ハイドランジアも余裕でついていく。
この三人にクラスメイトは誰もついていくことができない。彼らに追い越されるたびに風が巻き起こる。
「そこまで!」
フロント・ダブル・バイセップスのポーズを決めているモストが合図をする。生徒たちは汗をかき、息を荒げながらその場に蹲る。
立っているのは三人だけ。ハイドランジアとリリアーナとスカーレットだ。この三人は汗もかかず、息も荒げていない。涼しげな表情で、まだ走り足りなさそうだ。
サイド・トライセラトップスのポーズでモストが生徒たちに話しかける。
「ふむ。大体の様子はわかった。諸君はまず、体力をつけたほうが良さそうだ。武術未経験者もいるらしい。次は模擬戦闘を行おうと思っていたのだが……。どうだね? 『百合の剣姫』と『薔薇の剣姫』、二人で闘ってみないかね?」
百合の剣姫と薔薇の剣姫と呼ばれたリリアーナとスカーレットが視線をぶつけあう。二人の間で火花が散る。
「いいわ! 勝負よ!」
「いいでしょう。受けて立ちます」
モストは満足そうにうなずいて、武器のほうへ案内する。武器庫には大量の武器が備えられていた。全て刃はついていない。殺傷能力が低い練習用の武器だ。
「ここから好きなものを選ぶといい」
スカーレットが選んだのは両刃の両手剣。両手で握ったり、片手で振り回したりして感触を確かめている。いくつか振ってみて自分に合うものを見つけたのだろう。ブンブン振り回して素振りを始める。
リリアーナが選んでいるのは背丈ほどもある大剣。両手で持つ大剣を片手で楽々と振り回している。重量があるはずなのに、重さを感じさせない動きだ。彼女もすぐに自分に合う大剣を見つけた。
両者は準備が整うと闘技場の中央へ移動する。そして、少し距離を置いて立ち止まり、武器を構えた。
他の生徒たちはまだ息を荒げながら観戦席へ移動し、席に座っている。
審判のモストが声を張り上げる。
「今から模擬戦闘を行う。刃はついていないが、怪我には十分注意するように! 私が声をかけたら戦闘終了だ! それでいいな?」
二人の少女が頷く。いつもは退屈そうなスカーレットと、何事にも興味がなさそうなリリアーナが、瞳を燃やし、唇を吊り上げ、好戦的に笑っている。
「それでは始め!」
試合開始の合図とともに、風よりも早く動いた少女たちは一瞬で武器を交差させる。両手剣と大剣がぶつかった衝撃と爆風が観戦席まで襲ってくる。
「全く! いつもいつも思うけど、あんたとてつもない馬鹿力ね。あんたを貰う相手は誰もいないんじゃない?」
大剣を軽々と操るリリアーナの斬撃をよけ、スカーレットが煽る。反撃を避けたリリアーナも負けじと言い返す。
「あら? 軽々とわたくしの大剣と張り合う貴女も馬鹿力じゃありませんか。荒々しい貴女よりもお淑やかなわたくしの方がモテると思いますよ」
「お淑やかって自分で言うか! だからあんたは腹黒なのよ!」
「では、あなたは単細胞の馬鹿ですね」
「なぁっ!? 殺す!」
「ふふふ。やれるものならやってみなさいな」
二人はより激しくぶつかり合う。空気を斬り裂き、縦横無尽に走り回る。相手の攻撃を紙一重で避けて、カウンターを放つ。
武器と武器がぶつかり合う衝撃音と爆風が闘技場を揺らす。
生徒たちにはリリアーナとスカーレットの攻撃は一切見えない。白銀の光が煌めくだけ。高速で動き回る二人の姿もぼやけている。
スカーレットが剣での攻撃の間に蹴りや拳を繰り出してきた。流れるような動きだ。しかし、リリアーナは全てを視切り、反撃する。大剣の刃がスカーレットの鼻先三センチのところを通りすぎる。当たっていれば大怪我では済まない。避けたスカーレットは剣の風圧を物ともせず、リリアーナに上段から斬りつける。リリアーナは身体を最小限に動かして、スカーレットの攻撃は彼女の横を通過する。
そして、リリアーナは気づいてしまった。攻撃のたびに弾むスカーレットの巨大な胸を。
ピキリとリリアーナのこめかみに青筋が浮かぶ。にっこりと美しく微笑み、体中から爆発的な冷たい闘気が発せられる。
「あらあら。もう少し痩せたほうが良いのではありませんか? 脂肪がプルプルしておりますよ」
「あんたに無いから羨ましいんでしょ?」
「誰がそんな邪魔なものをぶら下げたいと思うのですか?」
「そうよね。邪魔なのよね」
「っ!?」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけリリアーナの笑顔が凍りつく。身体から氷のような冷たくて鋭い殺気が放たれる。
「では、斬り落として差し上げます」
明確な殺意の乗った攻撃がスカーレットに迫る。リリアーナは今まで以上に苛烈に猛烈に残虐に荒々しく容赦なく斬りつける。
スカーレットも爆発的な燃える闘気を発すると、リリアーナの攻撃を全て捌く。大剣を躱し、逸らし、相殺する。目が本気だ。
もう既に生徒たちからは二人の動きが速すぎて目で追えない。何が起こっているのかわからない。爆風と轟音が襲ってくるだけ。
二人の動きを見えるのは二人。ハイドランジアとモストだ。
「君。二人の動きが見えているね?」
「ええ」
モストがサイド・チェストのポーズを取りながらハイドランジアの隣に立っている。
リリアーナとスカーレットは空気を斬り裂きながら相手を攻撃する。
「流石剣姫だ」
「モスト先生。リリアーナとスカーレットが『百合の剣姫』と『薔薇の剣姫』と呼ばれているのは何故ですか?」
「んっ? 百合と薔薇というのは彼女たちを象徴する花なのだ。そして、彼女たちは剣の腕は王国でも五本の指に入る。剣を操る王女と公爵家のご令嬢。それで彼女たちは『百合の剣姫』と『薔薇の剣姫』と呼ばれているのだ。剣だけでは私も勝てないだろうね」
「そうなのですか」
ハイドランジアは闘うリリアーナとスカーレットを眺める。二人は相手を殺しそうな勢いで剣を振るっている。刃を潰してある武器だが、当たれば重症、最悪の場合死に至るだろう。本気の攻撃だ。
「先生。そろそろ止めなくていいのですか?」
「そうなのだが………『二人とも! 戦闘止め!』」
リリアーナとスカーレットは止まらない。戦闘に集中しすぎて周りの声が聞こえていないのだ。
「この通り。二人が夢中になると誰の声も聞こえないというのは本当だったか。噂通り、二人が止まるまで誰も止められないらしい」
サイド・チェストのポーズで胸筋をピクピク動かすモストが、困ったかのように首を振っている。ハイドランジアは、はぁ、とため息をついた。
「先生。まだ時間はありますか?」
「んっ? もちろんあるぞ。この後は、他の生徒の武器選びでもしようかと思っていたが」
「俺があの馬鹿二人の相手をしますので、先生は他の生徒を見てあげてください。適当に遊んで大人しくさせます」
「できるのか?」
「できますよ」
「では、お願いするぞ! ガハハハッ!」
「はい。では、片手剣を二本お借りしますね」
ハイドランジアは武器庫に行って二本の片手剣を見繕う。二本の剣を軽く振り回し、暴れている少女たちに歩いて近づいていく。ゆっくりと自然な動作で近づいたハイドランジアは、二人の間に割り込み、二人の剣を受け止める。
キーンッと金属がぶつかる甲高い音がした。
リリアーナとスカーレットの動きが止まる。
「さて、お嬢様方。盛り上がるのはいいですが、周りの声も聞いて欲しいですね」
「……ハイド」
「ハイド様?」
「モスト先生が戦闘止めと言ったのですが」
「私は聞いてないわ」
「わたくしもです」
「もう少し視野を広げましょうよ」
ガチガチと金属がぶつかる音がする。リリアーナとスカーレットは喋っている間も全力で力を込めている。普段はお淑やかなリリアーナがハイドランジアを荒々しく睨みつける。
「ハイド様、どいてください。わたくしはこの女をぶっ殺します!」
「それはこっちのセリフよ!」
「もう少し言葉に気をつけたほうが………まあ、いいです。モスト先生から許可をもらいました。リリアーナ、スカーレット。俺と踊っていただけますか?」
リリアーナとスカーレットの目がキラリと光る。二人の身体から怒気が放出される。荒々しく燃えるような熱い怒気と、鋭く凍えるような冷たい怒気がハイドランジアを襲う。
「……へぇ。それって私たち二人同時に踊るってこと? 舐められたものね」
「ハイド様でも容赦しませんよ」
「ええ。本気でいいですよ」
ハイドランジアがリリアーナの大剣とスカーレットの両手剣をあっさりと跳ね上げる。全力で力を込めていた剣が簡単に跳ね返され、二人の顔が驚愕に染まる。二人は後方へ跳び、ハイドランジアから距離を取る。目つきがより鋭くなる。
ハイドランジアは優雅に一礼した。
「お二人のお相手を務めさせていただきます」
その隙を逃さず、リリアーナとスカーレットはハイドランジアに全力で斬りかかる。それをハイドランジアは軽々と受け止めた。
闘技場に轟音が轟き、爆風が吹き荒れる。闘技場全体が揺れた。
「これくらいですか? 拍子抜けですね」
「くっ! 言ったわね! 後悔しないでよ!」
「叩き潰します!」
今まで以上に激しく斬りつけるリリアーナとスカーレット。衝撃で学園全体が揺れる。ハイドランジアは涼しげに攻撃を捌いていく。
授業終了時、闘技場には息を荒げ、汗だくになりながら、地面に倒れ込む二人の少女の姿があった。必死で空気を求め喘いでいる。
その傍らには、汗を掻きながらも涼しげに立っている少年の姿があった。
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