第15話 三人娘

 

 賑やかな王都の街並み。多くの人が行き交い、お店が繁盛している。

 初めての学園の休日にハイドランジアは買い物に来ていた。

 屋台の美味しそうな香りも漂い、キョロキョロと辺りを見渡す。

 慣れない王都の街並みに、とても役立つ案内人が二人もいた。


「ハイド! あそこの串カツが美味しいわよ!」

「ハイド様! あちらのサンドウィッチは絶品ですよ!」

「ここの八百屋さんはいつも新鮮なの!」

「こちらのお菓子屋さんはお手ごろな値段でとても美味しいですよ!」


 左右でお店の案内をしてくれるのはこの国の王女のリリアーナと公爵令嬢のスカーレットだ。

 いつもは無関心と退屈そうな表情をしている彼女たちだが、今はとてもキラキラと輝いた笑みを浮かべて楽しそうだ。

 ハイドランジアは左右から手を引っ張られる。

 詳しく案内してくれるのはありがたいが、何故ここまで知っているのだろうか、とハイドランジアは思う。


「リリアーナ、スカーレット? どうしてそこまで詳しいんですか?」


 二人は顔を見合わせて、少し得意そうに胸を張る。


「もちろん、よく家から抜け出して遊びに来ているからよ!」

「お忍びというやつです!」

「バレないんですか?」

「もちろんバレるわよ」

「でも、ぶっ飛ばせますし問題ありません」


 二人の答えを聞いて、ハイドランジアはいつもぶっ飛ばされているだろう騎士たちに同情する。

 王国でも最強に近い剣の腕を持つ二人を止められるものは少ない。

 じゃじゃ馬な王女と貴族令嬢だと仕えるのが大変そうだと心の底から思う。


「まあ、私たちもいますから大抵のことは問題ありませんよ~!」


 突然、ハイドランジアの背後から声が聞こえた。

 気配を感じられず、ハイドランジアは驚きで飛び上がる。


「うおっ!? ハンナさん!?」

「はい。ご主人様のハンナです」


 振り返った先にいたのは、メイド服を着たハンナだった。ニコニコ笑顔を浮かべている。

 いつの間に背後に立っていたのだろう。気配が一切なかった。


「いつからいたんですか!?」

「そこの駄メイドは最初からいたわよ、絶対に」

「イエース! お嬢様の言う通り、ずっとお傍に居ました!」

「………気づかなかった」


 ハンナの気配を掴めなかったハイドランジアは少し落ち込む。

 そこに、また別の人物の声が聞こえてきた。


「ちなみに、私も居ます」

「っ! ルイーゼさんまで!?」


 ハンナの横にメイド服を着たルイーゼが立っていた。

 立っていることさえ気づかなかった。視界にも入らなかった。

 ハイドランジアは落ち込んでしまう。


「俺、気配を探るのには結構自信があったのに……」

「諦めなさい。メイドとはそういう生き物よ」

「慣れたら便利ですよ。呼べばすぐに来てくれますし」


 小さい頃からメイドに慣れているスカーレットとリリアーナがハイドランジアを慰める。

 メイドの二人は少し得意げだ。

 ルイーゼが少し説明を始める。


「いつでも傍に潜み、主の必要な時に即座に対応するのが私たちメイドと言う存在です。その為には、いついかなる時も主の傍に居なければなりません。気配を悟らせるのは二流のメイドです」

「あの…暗殺者に似ていませんか?」

「似ていません。メイドです」

「でも……」

「メイドです」

「いや……」

「メイドです」

「すいません……メイドですね」

「はい、メイドです」


 ニッコリ笑顔のルイーゼに気圧されたハイドランジアは為す術なく降参する。

 とても暗殺者に似ていようが、メイドはメイドなのだ。


「例えご主人様が目の前で男女の営みを始めようが、気配を殺して傍に控えるのがメイドなのです! まあ、私の場合はその営みに混ざりますけど!」


 ハンナがハイドランジアに可愛らしくウィンクした。

 その場合は静かに退室してほしい、とハイドランジアは思ったが、彼女なら本当に混ざりかねないとこの先が不安になる。

 ハンナはハイドランジアが気づかないほど隠密が上手いのだ。いつの間にか混ざっていても気づかないかもしれない。

 もっと気配を読む練習をしよう、とハイドランジアは決意した。

 にこやかに微笑むハンナが驚いて、とある場所を指さした。


「あぁー! 肉屋のおじさんが滅多に作らないコロッケを売ってる! お嬢様! リリアーナ様!」

「えっ? 本当!?」

「レティ! ハンナ! 行きますよ!」


 ハンナとスカーレットとリリアーナが一目散に肉屋へと突撃する。

 ハイドランジアとルイーゼはポツーンと置いて行かれた。

 残されたハイドランジアは微笑むルイーゼに話しかけた。


「あの三人ってとても仲がいいですよね?」

「はい。小さい頃からずっと一緒でしたからね。友達や幼馴染と言う存在なのですが、ずっと見てきた私からすると、やんちゃな三姉妹ですね。いつまで経っても変わりません」


 母親のような視線でルイーゼが楽しそうに笑いあっている三人の少女を見つめている。

 ハイドランジアは三人の小さい頃に興味がわいた。


「やっぱり昔からやんちゃだったんですね?」

「そうですよ。週に五回は抜け出して街に遊びに出ていましたね。あの頃から全く変わりません。昔から姫様は何事にも無関心で、スカーレット様は退屈そうで、ハンナさんは冷酷でした」

「えっ? ハンナさんが冷酷?」

「はい。彼女は心を許した人以外は基本冷たいですよ。敵に対しては容赦しません。まあ、彼女にもいろいろあるのですが、本人から聞いたほうがいいでしょう」

「そうですね」


 ハイドランジアは、リリアーナとスカーレットを揶揄っているハンナを見つめる。

 視線に気づいたハンナが可愛らしく微笑み、ハイドランジアに小さく手を振った。


「姫様たちはとても優秀なのです。嫌そうにしながらも、勉強や政治学やダンスなど、貴族に必要なことを瞬く間に身に付けました。ですが、あんなに楽しそうに笑うのは、ご家族との団欒以外では三人で遊ぶ時だけです」

「そうなんですか」

「いつもハンナさんが姫様とスカーレット様を煽って、二人が喧嘩をし、それを見たハンナさんが大爆笑。それに気づいた姫様とスカーレット様がハンナさんに襲い掛かりますが、ハンナさんはそれをこてんぱんに叩きのめす。それが今も昔も変わらない三人の姿です」

「………………ハンナさん最強説」


 ハイドランジアは、にこやかに微笑む小悪魔系メイドのハンナの強さに驚く。


「まあ、その三人を私がぶっ飛ばす……コホン、お説教するのがいつもの流れですね」

「………………違った。最強はルイーゼさんだった」

「何か言いましたか?」

「いいえ何も!」


 ニッコリと微笑むルイーゼに、ハイドランジアは何故か途轍もなく恐怖を感じた。

 三人をぶっ飛ばす…いや、お説教するルイーゼを怒らせないようにしよう、とハイドランジアは決めた。

 にこやかに微笑むルイーゼと、恐怖で少し震えているハイドランジアの二人を呼ぶ声が聞こえた。


「ご主人様!」

「ハイド! 早く来なさい!」

「ルイーゼも早く来てくださいな!」


 ハイドランジアとルイーゼは顔を見合わせ頷き合い、手招きする三人娘のほうへ近づいた。

 リリアーナとスカーレットとハンナの三人は、肉屋の前で普通の街の少女のようにお喋りしていた。

 見た目は貴族や王族には見えない。

 肉屋のおじさんが近寄ってきたハイドランジアを見て目を見開いて驚いた。しかし、すぐに人懐っこい笑みを浮かべる。


「おっ? もしかして、もしかしてだが、その坊ちゃんは嬢ちゃんたちのコレかい?」


 豪快な大声の肉屋のおじさんが三人娘に向かって親指を立てた。

 小指は男性の彼女を表し、親指は女性の彼氏を表すサインだ。

 訂正しようとするハイドランジアよりも先に、女性陣が答えるほうが早かった。


「そうですよー! 私たちのコレです!」

「そのサインはよくわからないけど、たぶんそうね」

「ええ。そうだと思います」

「そりゃめでたいなぁ! 出来立て熱々のメンチカツをお祝いにあげよう! コロッケはもうすぐで出来上がるからな!」


 ありがとうございます、とお礼を言って、三人が熱々のメンチカツを貰って頬張る。

 メンチカツの美味しさに幸せそう表情になった。

 ニカっと笑った肉屋のおじさんがハイドランジアたちにもメンチカツを差し出してくる。


「ほらよっ! ルイーゼさんと色男も!」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます。でも、俺は違いますからね。学園で同じクラスになった友達です」

「そうかそうか! 今は友達なんだな! 今は! 嬢ちゃんたちは王女様と貴族様だからなぁ。婚姻とかいろいろと大変なんだろう? わかってるって! 黙っててやるよ! まあ、もう既に噂が広まってるみたいだがな!」


 全然わかっていない肉屋のおじさんの視線の先を辿ると、噂好きのおばさま方がニヤニヤとハイドランジアたちのことを見てお喋りしていた。

 リリアーナとスカーレットとハンナの三人と仲良くしているハイドランジアのことは、ご近所ネットワークに瞬く間に広まっていることだろう。

 いづれ王国中に広まるかもしれない。

 ハイドランジアは、どうにでもなれ、とメンチカツに齧り付く。


「うわっ、美味っ!」


 目を丸くしたハイドランジアに肉屋のおじさんが嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「そうだろそうだろ? 王族や貴族御用達の肉屋だからな! 美味いのは当たり前よ!」

「そういえば、二人の正体を知っているんですね。バレバレですけど、一応お忍びのつもりらしいですよ」

「俺はロトス王国の市民だぜ? 王女様や公爵家のご令嬢を見間違うわけがないだろう? それに嬢ちゃんたちは昔から遊びに来てるんだ。この街の皆の娘みたいなもんだぜ! おっと、不敬罪かなこの発言は!」


 豪快に笑う肉屋のおじさん。

 リリアーナとスカーレットとハンナは、この街に住む市民から可愛がられているようだ。

 肉屋のおじさんはコソコソと周りを確認し、ハイドランジアだけに囁いた。


「実は、よく国王陛下もいらっしゃるんだぜ。バレバレだけどな」

「何やってるんだあの人は……」


 この前も勝手に城を抜け出して、学園に遊びに来ていた国王ウィステリアは、お忍びで街を散策しているようだ。

 国のトップが軽々しく抜け出してこの国は大丈夫なのかと心配になる。

 でも、城を抜け出して食べたいと思うほど、ここの肉屋のメンチカツは美味しい。

 メンチカツを食べていたら、国王の逃亡癖などどうでもよくなっていた。

 まあでも、後でミモザには報告しておくが。


「そうそう坊ちゃん。嬢ちゃんたち三人を泣かせたら、この王都の全員が敵に回るからな」


 何気ない口調で肉屋のおじさんが呟いた。でも、彼の目が本気だと訴えている。

 肉屋のおじさんにあるまじき殺意の籠った視線だ。娘を溺愛し、悪い虫を追い払う父親の視線でもある。

 盗み聞きしていた周囲の街の人からも猛烈な殺気が迸る。

 ハイドランジアはその殺気を平然と受け流す。


「そのつもりはありませんよ。というか、泣かせたらミモザ様に真っ先に殺されそうです」

「そうだな! 王妃様にぶっ殺されるだろうな! よく国王陛下がぶっ飛ばされている姿を見るぞ!」


 殺意を霧散させて、肉屋のおじさんが豪快に笑う。

 ほらおまけだ、ともう一つメンチカツをくれた。

 ハイドランジアはありがたく受け取ることにする。


「ごしゅじんさまぁー! 私にも一口く~ださいっ!」


 ハンナの声が聞こえ、ハイドランジアの食べかけのメンチカツを横からパクっと齧られた。

 ハンナの表情が幸せそうに緩む。


「んぅ~! 美味しいです!」

「あっ! 駄メイドズルい! ハイド! 私も貰うわ!」

「わたくしにもください!」


 パクッパクッと左右からメンチカツが食べられた。

 三人娘の表情が幸せそうだ。

 減ったメンチカツを残念そうに眺め、ハイドランジアもメンチカツを頬張る。

 美味しすぎていくらでも食べられそうだ。

 その姿を肉屋のおじさんが満足げに頷きながら眺めている。


「間接キス……うんうん、仲が良いなぁ。おっと! コロッケが出来上がったぞ!」


 三人娘から歓声が上がった。

 ニカっと笑った肉屋のおじさんが、出来立てアツアツのコロッケを差し出した。

 美味しそうに食べるリリアーナとスカーレットとハンナは、本当の姉妹のようにとても仲が良かった。


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