第13話 決闘

 

『レディィィィィィイイイイイイイイイイイイース、ア~ンド、ジェントルメェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエンッ! 本日、ここ王立学園新学期最初の決闘が行われまぁぁぁああああああす! 司会は私、三年のエム・シィーです! 皆様よろしくお願いしまぁぁあああああああす!』


 うおー、と大盛り上がりの闘技場。観戦席には学園中の生徒と教師が集まっている。皆興奮して手を振り上げ、大声で叫んでいる。食べ物や飲み物を片手に騒いでいる。賭けも行われている。決闘は娯楽の一つなのだ。

 司会席に座るメガネをかけたボブカットの少女、エム・シィーがマイクに向かって声を張り上げる。


『今回はロトス王国の国王陛下と王妃殿下も観戦にいらっしゃっています! 今回の決闘は国王陛下が直々に執り行うと宣言されました!』


 VIP席で国王ウィステリアと王妃モミザが微笑み、観戦席に向かって手を振っている。観客席からは見えないが、ウィステリアの顔は真っ青で、モミザのこめかみには青筋が浮かんでいる。ウィステリアが仕事を抜け出して、勝手に決闘を決めたことにモミザは激怒しているのだ。彼女から冷たい空気が漂ってくる。

 彼らの周囲には駆けつけた近衛騎士団が厳重に警備を行っている。

 国王陛下と王妃殿下を一目見られた生徒たちは興奮が最高潮に達する。司会のエム・シィーの声が聞こえなくなるほどだった。

 しばらくして観戦者たちが落ち着いた頃、エム・シィーが声を張り上げる。


『皆さん盛り上がるのはいいですが、私が司会進行しないと進んでいきませんよ! それでは対戦者を発表したいと思います! まずはこの人! 入学初日にリリアーナ殿下とスカーレット様の頭を叩き、お二人に気に入られた命知らずな少年! 入学成績は下から三番目という底辺ながら、王国でも五本の指に入るという二人の剣姫を打ち破った将来有望な平民の灰髪の剣士! 二人の剣姫のお友達! ハイドランジア!』


 名前を呼ばれたハイドランジアが闘技場の中心へ足を進める。周りは男子によるブーイングの嵐だ。リリアーナとスカーレットは美人で王国中の男たちの憧れの的だ。その二人と仲が良いということで、男子から嫉妬や殺意の目で睨まれている。

 ハイドランジアは飛んでくる野次や罵倒を気にせず、涼しい表情で立っている。彼の腰には片手剣が一本帯刀されていた。

 彼が入ってきたところから二人の女子の掛け声がかかる。


「ハイド様! ぶっ飛ばしてくださいね!」

「私たちの分までやっちゃいなさい!」


 ハイドランジアはリリアーナとスカーレットに微笑み、了解したと片手を上げた。


『おぉっとぉ!? リリアーナ殿下とスカーレット様からの熱い応援だ! 男子ども! これがリア充だぞ!』


 ブーブー!


 巻き起こるブーイングの嵐。嫉妬と殺意も吹き荒れるが、ハイドランジアは全く気にしない。余裕綽々な態度が男子たちのプライドを傷つけ、ブーイングが余計に大きくなる。

 司会のエム・シィーが身を乗り出しながら声を張り上げる。


『リア充のお相手は、リア充だ! 日の光によってキラキラと光る金髪。透き通るような碧眼。一度見たら恋に落ちてしまうほどのイケメン。彼が笑えば女子が堕ちる! しかぁし! 彼は顔だけじゃない! 二年生の学年トップ! そして、魔法や剣技も超一流! 頭脳明晰スポーツ万能! 数多の美姫を侍らすプレイボーイ! 生まれながらの遊び人! ヒアシンサス・オリエンタリス!』


 ヒアシンサスが闘技場に躍り出た。巻き起こる爆発的な黄色い歓声。男子のブーイングがかき消されるほどの女子からの応援だ。女子たちは皆、目をハートマークにしてタオルや団扇を持ってアピールしている。

 ヒアシンサスは白い歯を輝かせながら、女子たちに投げキッスをする。歓声が更に大きくなる。

 ハイドランジアから十メートルほどのところで立ち止まった。彼の腰には豪華な両手剣が鞘に収められていた。ニヤリと微笑み、話しかけてくる。


「やあ! 負ける覚悟はできたかな?」

「いいえ。勝つ覚悟ならありますよ」

「貴様は僕に勝てない。君は下から三番目なのだろう? それに対し、僕は首席だ! それも二年生の! 僕が勝つことは決まっている!」


 自慢げなヒアシンサスにハイドランジアは答える気力を失って黙り込んだ。馬鹿に反論するのは面倒くさい。

 しかし、ヒアシンサスは彼が怖気づいたと思ったようだ。フンっと鼻で笑って、もう勝ったような表情だ。

 闘技場に司会のエム・シィーの声が響き渡る。


『今回のルールを説明しまぁぁああああああああああす! 今回は剣あり魔法あり魔具あり精霊ありの何でもありです! 観戦席の前に結界が張ってあるので思う存分戦ってください! 気絶や降参など、相手が戦闘不能になったところで試合終了! そして、審判の命令には従ってくださいね。従わなかったら失格です。また、相手を故意に殺しても失格です。偶然だったら失格にはなりません! この学園には優秀な医務室の先生がいらっしゃいますが、部位欠損してしまったら治せませんのでご注意を! くれぐれも怪我にはお気をつけて! ルール説明はこんな感じでいいですか?』


 うおー、と生徒たちが盛り上がる。早く始めろと催促が起こる。

 それをなだめながら司会のエム・シィーがマイクに向かって叫ぶ。


『本日の審判をご紹介いたしまぁぁぁあ~~~~す! 武術担当のモスト・マスキュラー先生です!』

「ガハハハッ! 準備はいいか二人とも!」


 モストが上腕二頭筋をアピールしながら闘技場に入ってきた。今日は白いタンクトップを着ている。盛り上がった筋肉が光を反射してテカテカと光り、ピチピチのタンクトップが今にも破れそうだ。

 サイド・チェストのポーズを決めたモストがハイドランジアとヒアシンサスに問いかける。


「取り敢えず、二人は私が声をかけるまで戦えばいい。わかったかね?」


 ヒアシンサスは見下した態度で横柄に頷き、ハイドランジアは痛む頭を押さえながら、呆れ果てて頷いた。


「ふんっ! 僕が勝つのは決まっている!」

「モスト先生。その説明でいいんですか? あまりに脳筋過ぎるでしょ」

「ガハハハッ! 脳まで筋肉とは嬉しいことを言ってくれるじゃないか!」


 モストの胸筋が嬉しそうにピクピクと動く。


『おぉぉっと! 申し訳ありません! 私としたことが、今回の決闘の勝利報酬をお伝えしていませんでした! ヒアシンサス選手が勝利した暁には、リリアーナ殿下とスカーレット様のお二人が与えられます! ぶっちゃけるとお二人と結婚ですね。いやー羨ましい!」


 男女ともに嫉妬と恨みの視線がリリアーナとスカーレットに飛ぶ。

 ドゴンと轟音が闘技場に響き渡った。闘技場が静まり返る。

 怒気と殺気を纏ったリリアーナとスカーレットが闘技場の壁を殴り飛ばしたのだ。壁に大きな穴が二つ出来ている。闘技場に冷たい瞳をした二人の怒気と殺気が充満し、観客たちが震え始める。

 司会のエム・シィーが何とか雰囲気を変えようと声を張り上げる。


『そ、そして、ハイドランジア選手が勝利すれば、ヒアシンサス選手がご実家の公爵家から追放され、平民になってしまいます!』


「鬼畜! 鬼! 悪魔! 最低! ろくでなし!」


 静かだった闘技場に罵倒が溢れ出す。全てハイドランジアに向かって吐かれているのだ。

 しかし、この提案をしたのは彼ではない。別の人物だ。

 ハイドランジアがVIP席に座る提案者を見上げる。提案者はVIP席でおっとりと微笑んでいた。口元が悪戯っぽく微笑んでいる。

 これは昨日の夕食時の仕返しだろうとハイドランジアは思った。ミモザは自分が提案したと申し出ることはしないようだ。

 ハイドランジアは訂正する気力が起きず、そのまま自分に吐かれる罵倒を聞いていた。


「本当にこの条件でいいんですか?」


 ハイドランジアは目の前のヒアシンサスに問いかけた。訂正する最後のチャンスだったからだ。しかし、ヒアシンサスは、ふんっ、と鼻を鳴らすだけだった。


「僕が勝つことは決まっている。そんなのどうでもいい!」

「はぁ……わかりました」


 ハイドランジアは自棄になって、目の前の相手を倒すことだけを考える。


『もう全てお伝えしたと思います! それでは決闘のほうに進みましょう! 両選手準備はいいですか?』


 ヒアシンサスとハイドランジアが頷いた。両者は剣を鞘から抜き、いつでも始められるように構える。ヒアシンサスは睨みつけ、ハイドランジアは集中している。


『審判のモスト先生の合図でスタートです!』


 闘技場が静まり返る。静寂が訪れ、物音が一切しない。興奮と緊張が高まり、観客たちは息も止めているようだ。

 審判のモストが闘技場全体に伝わるように声を張り上げた。


「それでは両者気をつけて決闘をするように! 決闘始め!」


 決闘の火蓋が切って落とされた。隙だらけで剣を構えたヒアシンサスがハイドランジアに声をかける。


「ふむ! 貴様には初手を譲ってやろう! どうせ勝負は決まっているのだからな! リリィとレティをお嫁ぶべらっ!」


 言葉の途中でヒアシンサスが吹き飛んでいった。一瞬遅れてハイドランジアの放った蹴りの轟音が響き渡る。

 ハイドランジアは隙だらけのヒアシンサスを見て、罠ではないかと警戒したが、自慢げに喋り出したことにイラッとして、容赦なく蹴りを叩きこんだのだ。

 蹴った場所はヒアシンサスの股間。グシャッと何かが潰れた気がしたが、全て蹴りの轟音にかき消された。

 蹴り飛ばされたヒアシンサスは闘技場の壁に激突して大きな穴をあける。そしてそのまま起き上がることはない。瓦礫に埋もれたまま出てこない。

 審判のモストがヒアシンサスに近寄って、彼の容態を確認する。そして、大きな声で宣言した。


「ヒアシンサス選手が気絶して戦闘不能のため、勝者ハイドランジア選手!」


 シーンと闘技場が静まり返る。司会のエム・シィーでさえ固まっている。

 ほとんどの観客には何が起こったのかわからないのだ。ヒアシンサスが喋っている途中で轟音が響き、次の瞬間には闘技場に穴が開いていた。ハイドランジアは瞬間移動したかのようにヒアシンサスが立っていた位置にいる。何が起こったのだろう。観客たちがポカーンと口を開けている。


「ハイド! よくやったわ!」

「わたくしがぶっ飛ばせなかったのは残念ですが、すっきりしました!」


 リリアーナとスカーレットが闘技場に入ってきてハイドランジアを褒め称える。何故か二人の手には大剣と両手剣が握られているのだが。スカーレットからハイドランジアにもう一本の片手剣を渡される。


「ありがとうございます。予想以上に弱かったですが。それで? なぜ俺は剣を渡されたのでしょうか? これ、真剣ですよね? 刃がついてますよ?」

「ハイドが欲求不満じゃないかと思って」

「相手が弱すぎましたからね。わたくしたちが好きなだけお相手しますよ」

「えっ? ちょっ! 待って!」


 二人の剣姫から放たれる斬撃を何とか捌いて、ハイドランジアは二人の相手を受け止める。闘技場に爆音と爆風が吹き荒れ始めて、やっと観客たちが現実へと復帰した。


『あの~? 一体何が起こったのでしょうか? 喋っていたヒアシンサス選手が掻き消えて、その位置にハイドランジア選手が立っていたのですが。闘技場の壁には大きな穴が開いていますし。モスト先生説明をお願いします』


 司会のエム・シィーが審判のモストに説明を求める。彼はガハハハッと白い歯を輝かせながらマイクを手に取った。気絶したヒアシンサスは医務室の先生や救護担当の生徒たちによって運び出される。


『ほとんどの者たちには見えなかっただろうな。ヒアシンサス選手はハイドランジア選手の蹴りで吹き飛ばされたのだよ。俺は思わずヒヤッとしたぞ! ハイドランジア選手の蹴りがヒアシンサス選手の股間を抉ったからな!』


 それを聞いた男子たちが股を押さえて内股になる。心なしか顔色が青い。


『蹴りで吹き飛ばされたヒアシンサス選手は壁にぶつかり気絶したというわけだ。わかったかね、諸君?』


 生徒たちの間から、不正だ、という声が上がる。その声はどんどん大きくなり、大合唱になる。二年生の首席を一年生の底辺が瞬殺したのだ。不正だと思われても仕方がないだろう。

 司会のエム・シィーが審判のモストに問いかける。


『モスト先生。ハイドランジア選手が不正だという抗議の声が大きくなっていますが、不正はあったのでしょうか? 確かに、二年生首席をあっさりと倒せるものなのですか?』

『彼なら倒せるに決まっているだろう? 諸君見たまえ! 現在ハイドランジア選手は二人の剣姫と同時に戦っているのだぞ! 剣姫の一人でさえ勝てないヒアシンサス選手がハイドランジア選手に勝てるはずがない。不正を疑うというのなら、君たちが戦ってみてはどうかね? 彼の成績は一年生の下から三番目、だったかな? 正直私でも戦いたくはないぞ』


 抗議の声を上げていた生徒たちは、目の前で繰り広げられている戦闘を思い出して口をつぐむ。爆音と爆風が吹き荒れる闘技場内。結界が施され観戦席には届かないものの、高速で動き回る三人の姿を目で捉えることができない。白銀の斬撃が交差するだけだ。

 静まり返った闘技場。観戦していた国王と王妃が立ち上がる。誰もが注目した。


『学園の生徒たちよ。決闘の勝敗は納得したかな? まさかここまであっさりと決着がつくとは思わなかった! アッハッハッハ!』

『ハイドランジアが勝利したため、ヒアシンサス・オリエンタリスはオリエンタリス公爵家から追放いたします。これは王族である我々の決定です。彼は昔から目に余る行動を取ることがありました。貴族の子息、令嬢よ! 自分の行動を振り返りなさい! 我ら王族や貴族は神から選ばれた人間ではありません。平民の皆様がいるからこそ我々は生活できるのです! 反省すべきところは反省し、行動を改めなさい!』


 王妃モミザの一喝により、貴族の子供たちが国王と王妃に向かって跪く。満足そうに頷いたウィステリアとモミザは、生徒たちに優雅に一礼すると、踵を返して闘技場を後にした。

 国王と王妃を見送ったエム・シィーがぼそりと呟く。


『あの? ハイドランジア選手たちはどうします?』

『ガハハハッ! 放っておけ!』


 ハイドランジアとリリアーナとスカーレットの三人は、闘技場から人がいなくなっても戦闘を続けていた。


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