第6話 思い込みが激しくて話を聞かない自己中心的な馬鹿

 

「これは一体何事だ!」


 静まり返った食堂に大声が響き渡る。声を出した人物は長身で金髪碧眼。女子の取り巻きを引き連れたイケメンだった。制服を着ているので学園の男子生徒なのだろう。

 彼は頭を下げているリリアーナとスカーレットにズカズカと近づき、声をかける。


「リリィ、レティ、君たちは王族と貴族だ。今すぐ頭をあげなさい」


 二人の少女は彼の言うことを聞かない。無視して頭を下げ続ける。しかし、体中から殺気をまき散らしている。


「リリィ! レティ!」


 少年は苛立ったように声を荒げる。無理やりにでも頭をあげさせようと動き出す。しかし、彼の前にスッと割り込む人物がいた。ハイドランジアだ。

 ハイドランジアは、頭を下げているリリアーナとスカーレットの正面に立つと、優しく声をかける。


「リリアーナ、スカーレット。もう頭を上げてください。貴女方の気持ちは十分に伝わりました。皆さんもそうですよね?」


 食堂にいるほとんどの生徒が首を縦に振る気配がある。それを確認したハイドランジアは再び彼女たちに声をかける。


「皆さんも同じ意見のようですよ。頭を上げてください。頭を上げて次の行動に移すべきです」


 彼の言葉を聞いてリリアーナとスカーレットがゆっくりと頭を上げた。

 生徒たちはこれで全て解決と思ったが、理解していない人物が一人だけいた。


「君は一体誰だ? リリィとレティに頭を下げさせるなんて!」


 ハイドランジアは無視しようかと思ったけれど、相手は貴族のようなので諦める。誰かわからなかったので、隣にいたリリアーナとスカーレットに問いかけてみる。


「えっと、彼はどなたですか?」

「ヒアシンサス・オリエンタリス。オリエンタリス公爵家次男よ」

「わたくしたちより一個上で、確か二年の首席だったかと」

「それと、思い込みが激しくて話を聞かない自己中心的な馬鹿」

「馬鹿ですか……面倒くさいですね」


 三人は、うんうん、と頷き合っている。そして、一斉にため息をついた。

 ヒアシンサスは三人で内緒話をしているのが気に入らなかったのだろう。怒りを隠そうともしない。


「僕のリリィとレティの傍にいる君は一体誰だ!?」

「名乗るのが遅れて申し訳ございません。私はハイドランジア。彼女たちのお友達です」

「友達? 平民の?」

「はい」

「そうか。君がリリィとレティに頭を下げさせたんだな!?」

「はい?」

「イーゴティズム伯爵家のナルシサスが気絶している。君がやったんだろ! それで王族と公爵の娘のリリィとレティに責任を押し付けて謝らせたんだな!」


 何故そうなる、とハイドランジアはツッコミを入れたいが、彼が思い込みが激しくて話を聞かない自己中心的な馬鹿ということを思い出して頭を抱える。

 本当のことを言おうとしたところで、氷のように冷たい声に遮られた。


「オリエンタリス公爵家次男ヒアシンサス・オリエンタリス。貴方は何故わたくしとレティを愛称で呼んでいるのですか? 許可した覚えはありませんよ」


 冷え冷えとした冷たい雰囲気を纏い、リリアーナが鋭くヒアシンサスを睨みつける。スカーレットも睨みつけている。

 しかし、ヒアシンサスは悪びれもせず、真っ白な歯を輝かせて二人に微笑みかける。


「君たちはいずれ僕の妻になるからね。夫である僕は君たちを愛称で呼ぶ権利がある」

「なんであんたと結婚しないといけないのよ!」


 スカーレットの身体から炎のように荒々しくて熱い殺気が溢れ出し、リリアーナの身体からも氷のように鋭く冷たい殺気が放出される。二人の殺気を向けられたヒアシンサスは顔を青ざめて一歩後退るが、笑みは崩さない。

 貴族ではないハイドランジアは話がよく分からない。


「スカーレット? 愛称を許可する許可しないとか、どういう意味なんですか?」

「貴族の風習よ。家族やそれくらい仲のいい人じゃないと愛称で呼んではいけないの。あいつは私やリリィと仲良くないのに勝手に呼んでるのよ。あぁもう! イライラする! ぶん殴りたい! ぶった斬りたい! あっ、ハイドはいつでも私たちのことを愛称で呼んでいいからね! 親友だから!」

「それを知ったらより一層呼びにくくなったのですが…。それにしても、スカーレットとリリアーナはお互いのことを愛称で呼んでいるのですね」


 クスクス笑うハイドランジア。スカーレットは恥ずかしそうに顔をそっぽを向ける。


「何のことかしら? 私は胸無し女のことを絶壁って呼んでるわよ」

「聞き捨てならない言葉が聞こえましたね。誰が胸無し女ですか? 誰が絶壁ですか? この脂肪だらけの贅肉女!」

「ああん? 誰が脂肪だらけの贅肉女よ!」

「ご自分の胸に聞いてみたらどうです?」

「そうね。そうしてみるわ。…………あら? 胸が邪魔で聞けないわ」

「余程殺されたいようですね」

「私の胸なんか羨ましくないんじゃなかったの?」

「乳牛なんて羨ましくありませんが、わたくしを馬鹿にされたようなのでイラッとしました」

「誰が乳牛よ!」


 リリアーナとスカーレットがヒートアップし、取っ組み合いの喧嘩に発展しそうになる。掴みかかる直前で、二人の頭にチョップが落ちた。ゴンッと痛々しい音が食堂に響き渡る。


「まったく! 照れ隠しから喧嘩にならないでくださいよ」


 少し力を込めてチョップをしたハイドランジアは呆れた声を出した。喧嘩するほど仲が良いとは言うが、流石に喧嘩のしすぎである。一日に何度も止めるのも大変なのだ。

 チョップを落とされた彼女たちは頭を押さえ、蹲っている。声を上げられないほど痛いようだ。


「喧嘩をするなら誰もいない外でやってください!」

「「は~い」」


 リリアーナとスカーレットが涙目で、頭を撫でながら大人しく返事をする。

 痛みが治まった二人はスッと立ち上がる。


「よしっ! 外に行くわよ!」

「ええ。決着をつけてあげます!」


 喧嘩の続きをするために食堂から走り去ろうとした王女と公爵令嬢。ハイドランジアは黙って彼女たちの首根っこを掴んでぶら下げる。

 プラーンと子猫のように大人しく捕まっている彼女たちに、ハイドランジアは呆れ顔で言う。


「どこへ行くつもりですか?」

「どこって外だけど」

「ハイド様が外へ行けとおっしゃったじゃありませんか」

「言いました。確かに言いましたけど、コレはどうするんですか?」


 ハイドランジアは視線を落とす。彼につられて彼女たちも足元を見る。三人の視線の先には、コレと呼ばれた貴族の少年ナルシサスが泡を吹いて気絶していた。ピクピク痙攣している。

 二人は思い出すかのように首をかしげ、ポンと手を打った。


「あぁ! 忘れてた! こんな奴いたわね!」

「すっかり忘れていました」

「リリアーナ。王家から処罰するんじゃなかったのですか?」

「そうでしたそうでした。メス牛が突っかかってきたので忘れていました」

「誰がメス牛よ!」

「何故喧嘩を始めるんですか?」


 お仕置きを込めて、首根っこを掴んでぶら下げている少女たちの身体を揺らす。


「「あぅ」」


 少女たちはお仕置きをされて嬉しそうなのは気のせいだろうか。ハイドランジアは気のせいだと思うことにした。


「貴様! リリィとレティに何をしている!」


 荒げた声が食堂に木霊する。怒りで顔を真っ赤にしたヒアシンサスが立っていた。

 三人はヒアシンサスの顔を見て、一瞬だけ考え、ハッと思い出した。


「そういえばこいつもいたわね」

「いましたね」

「俺も忘れていました」


 三人は一斉にため息をついた。ハイドランジアはリリアーナとスカーレットを優しく床に降ろした。二人が残念そうにしていたのはきっと気のせいである。

 無視をされたヒアシンサスの怒りのボルテージが上がっていく。


「貴様! リリィとレティを暴力で脅し、言うことを聞かせているんだな! 決闘だ!」


 食堂が騒めく。


「決闘?」

「そうだ、決闘だ! 貴様が負けたらリリィとレティに謝罪し解放しろ! 二度と二人に近づくな!」

「私が勝ったら?」

「ふんっ! 貴様が僕に勝てるわけないだろう! リリィ、レティ。二人をすぐに解放してあげるからね」


 ヒアシンサスがイケメン顔でリリアーナとスカーレットにウィンクする。二人は気分が悪そうにハイドランジアの背後に隠れた。ヒアシンサスの笑顔が凍り付き、ハイドランジアを憤怒の表情で睨みつける。


「今日の放課後。闘技場に来い! 叩き潰してやる!」


 自分の言いたいことだけ言うと、思い込みが激しくて話を聞かない自己中心的な馬鹿は、颯爽と食堂から出て行く。取り巻きの女子たちも彼についていった。

 残された者は呆然としている。


「俺、返事していないんだけど」


 ハイドランジアの小さな呟きは食堂に消えていった。

 どうしようかと考えていた時、食堂に大柄な人物が入ってきた。


「どうした、生徒諸君?」

「モスト先生!」

「ガハハハッ! ハイドランジアか? どうした?」


 先ほど武術の授業で出会ったモスト・マスキュラーが昼食を取りに食堂へやってきたらしい。彼は立ち止まってフロント・ラット・スプレッドのポーズを取る。


「今、一方的に決闘を申し込まれたんですけど、どうすればいいですか?」

「うん? 返事はしたのか?」

「いいえ。一方的に決闘しろ、と言われて本人は去っていきました」

「なら無効だな。お互いが合意しなければ決闘は成り立たない。片方が拒否した決闘もしくは、合意していない決闘は行われない」

「では、決闘の場所に行かなくていいのですね」

「必要ないぞ。私が保証する。ガハハハッ!」

「モスト先生ありがとうございます。一応言っておきましょうか。決闘は拒否します。今この場にいる皆さんが証人ですからね」


 ずっと食堂に居てヒアシンサスとのやり取りを聞いていた生徒たちが頷いて、ハイドランジアの証人となる。

 食堂に次第と賑わいが戻っていく。


「また忘れないうちに聞いておきましょう。コレはどうしますか?」


 ハイドランジアは気絶しているナルシサスを指さす。リリアーナが可愛らしく手を頬に当てて思案し、自分の考えを述べる。


「そうですね。緊急のことなので、午後の授業は欠席し、今すぐ王城へ向かいましょう!」

「いってらっしゃい」


 スカーレットが面倒くさそうに手ををヒラヒラと振っている。


「何を言っているのですか? レティ、貴女も一緒に行くんですよ」

「えー。あそこ嫌い。面倒くさいもん」

「わたくしの家なのですが」

「リリィ一人で行きなさいよ」

「あら。証人として水をかけられたハイド様も連れて行きますよ」

「えっ? 俺も?」


 何故かハイドランジアも王城に行くことになっているようだ。リリアーナがおっとりと微笑む。


「はい。一緒に来てください。私の家へ」


 スカーレットの動きが止まる。リリアーナがスカーレットを挑発するように告げる。


「親友であるハイド様を家へ招待してみたかったのです」

「っ!? ダ、ダメ! 来るなら私の家に来なさい!」

「あら? ナルシサス・イーゴティズムために王城へ行くのが主な目的ですよ。忘れないでくださいな」

「で、でも!」

「王城には騎士団の訓練場もあります。暇になったらハイド様と手合わせができますよ」

「行く!」

「では、決定ですね」


 リリアーナが嬉しそうに話をまとめた。そして、誰もいない背後に向かって呟く。


「ルイーゼ」

「はい。姫様」

「うおっ!」


 リリアーナの背後に出現したルイーゼにハイドランジアは驚きの声を上げる。一切の気配を感じなかった。転移してきたと言われても納得ができる。


「えっ? えっ? ルイーゼさん?」

「はい。ハイドランジア様」


 リリアーナ専属メイドのルイーゼが優雅に一礼する。リリアーナが毅然とした態度でルイーゼに命じる。


「今から王城へ向かいます。馬車の用意を」

「かしこまりました」


 命令を受けたルイーゼの姿がフッと掻き消えた。どうやって移動したのかハイドランジアには理解できない。一切兆候がなかった。

 驚きから立ち直れないハイドランジアの肩をスカーレットがポンっと優しく叩く。


「ハイド。慣れなさい。メイドってそんなもんよ」

「いや、でも……もしかして、ハンナさんも?」

「お呼びしましたか? ご主人様?」

「うわぁっ!?」


 後ろに現れたハンナにハイドランジアは飛び上がって驚く。一切の兆候を感じられなかった。


「丁度いいところに来たわね。ハンナ、そこに転がっているのを縛ってちょうだい」

「えー! 嫌ですけど! お嬢様が縛ればいいじゃないですか」


 気絶して転がっているナルシサスを心底嫌そうに一瞥する。視界にも入れたくないようだ。


「ハイド。命令しなさい。この駄メイドはあんたに忠誠を誓ったわ」

「……ハンナさんお願いします」

「かしこまりましたー!」


 ハンナが嬉しそうに敬礼すると、どこからもなく赤いロープを取り出した。そして、気絶しているナルシサスを空中へと蹴り上げる。ハンナの手がシュパパッと目にもとまらぬ速さで動き、ドンッとナルシサスの身体が再び床に落下したときには、身動きできないよう体中が縛られ、口には猿ぐつわをつけられていた。

 フーっと一仕事終えたハンナが額を拭う。

 ハイドランジアは聞きたくはないけど聞いてみた。


「……ハンナさん。なんで亀甲縛りなんですか?」

「男性が喜ぶと思いまして。ハイド様は縛られたいですか?」

「いいえ」

「なるほど! 縛りたいんですね!」

「違います!」

「私の身体をいつでも使っていいのですよ」

「………」

「おっ? 心が揺れ動きましたね?」


 ハンナがニヤニヤと笑っている。図星を指されたハイドランジアは顔を逸らす。


「…………違います」

「私はハイド様に忠誠を誓ったので、好きに命令してくださいね」


 ハンナがハイドランジアの耳元で囁いた。彼はハンナの甘い声に心臓がドキッとする。

 しかし、ハンナは二人の少女によってすぐに引き剥がされた。


「なに仲良くしてんのよ!」

「そうです! 早く王城へ行きますよ!」


 リリアーナとスカーレットがハンナを引きずって歩いていく。


「あぅ! ご主人様ぁ~! 助けてくださぁ~い!」


 ハンナの泣きそうな声でハイドランジアに助けを求める。呆然として固まっているハイドランジアには届かない。リリアーナとスカーレット、そして引きずられているハンナの三人は食堂から出て行き、すぐに見えなくなった。

 彼女たちが見えなくなってハイドランジアが硬直から復活する。そして、彼は気づいた。


「あれっ? もしかして、コレは俺が運ぶの?」


 足元で気絶している亀甲縛りで縛られた貴族の少年を運ぶことになって、ハイドランジアは天を仰いだ。

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