第7話 王城

 

 ロトス王国の王都の中心。土地が盛り上がっている丘の上。そこには白く輝く荘厳な城が建っていた。王城は三つの塀に囲まれており、厳重な関所を通らなければ近づくことは出来ない。また、王城の周りには強固な結界や呪詛返しが施されており、侵入者を拒んでいる。

 王都のどこからも王城を眺めることができ、街の人はその城に誇りを持っていた。

 厳しい警備を通り抜け、王城の前で馬車が停まった。中から疲れ切ったハイドランジアが転がり出る。

 王家の馬車だったため、最優先で通り抜けることは出来たが、身体検査など体中をしっかりと確認された。スカーレットが嫌がるわけだ。ハイドランジアは身に染みた。

 彼は馬車から出て、目の前の巨大な建物を見上げる。近くで見ると威圧感がすごい。綺麗なお城に圧倒される。


「どうですか? わたくしの家は」

「…すごく綺麗ですね。そして…」

「そして?」


 言い淀んだハイドランジアにリリアーナが心配そうな表情になる。初めて友達を招待して不安なのだ。

 それに気づかないハイドランジアは遠くのほうをぼんやりと眺める。


「どうして俺はここへ来たのだろうと思ってしまいます。入学してから二日目で王城に来るなんて想像できませんでしたよ。リリアーナとスカーレットの二人と友達になったのは、まだ昨日なんですよね」

「私たちと友達になったのは迷惑だったかしら?」


 馬車から降りてきたスカーレットがリリアーナと同じように不安そうにしている。


「迷惑じゃないんですけど、何と言いますか…その…」


 ハイドランジアは自分の気持ちを言い表せない。何と言ったら伝わるのか自分でもわからないのだ。


「お嬢様。ご主人様は混乱していらっしゃるのですよ。お嬢様やリリアーナ殿下で例えるなら、この世界の神とお友達になり神々の世界へ招待された、と言えば伝わりますでしょうか?」


 いつの間にかハイドランジアの背後に侍っていたハンナが説明してくれる。そう!それ!、とハイドランジアがしきりに頷いている。リリアーナとスカーレットはハンナの説明を受けて何とも言えない表情になる。


「それは……言葉にしづらいわね」

「……どういった反応をすればいいのかわかりませんね。なるほど。ハイド様はこういった気持ちなのですか」

「姫様。早く用事を済ませて、お城をご案内差し上げたらいかがですか? 未知のものに出会ったから混乱するのです。お城のことを知っていただけたら混乱も解けると思いますよ」

「そうですね! 感謝します、ルイーゼ。さあ、ハイド様! ついて来てください。ご案内します! 駄肉はそこら辺を適当に遊んでてくださいな」

「だ・れ・が駄肉よ! この絶壁女! あんたが付いて来いって言ったんでしょうが! あっハイド。今度私の家に招待するわね。光栄に思いなさい! ………絶対に来なさいよ」


 最後の言葉を不安そうに小さく呟いたスカーレット。彼女らしい言動にハイドランジアは微笑んだ。


「わかりましたよ、スカーレット。貴女もお城に何度も来たことがあるのでしょう? リリアーナと一緒に案内してくれると嬉しいです」

「ふふん! ハイドにお願いされたら仕方ないわね! 案内してあげる!」

「ここはわたくしの家なんですけど」

「いいじゃない! あんたに何度も呼び出されて家のようなものだから!」


 リリアーナとスカーレットは言い合いをしながらハイドランジアを案内し始める。ハイドランジアは微笑みながら二人の後をついていく。少し離れてメイドのルイーゼとハンナが付き従う。まだ気絶して縛られているナルシサスは騎士団の騎士たちが運んで行った。

 城の中に入るのは正面玄関からではなく、裏口からだった。裏口と言っても馬車が一台通れそうなほど大きいのだが。


「正面の入り口からではないのですね」


 騎士に鋭く睨みつけられながら、リリアーナとスカーレットの後に続くハイドランジアが呟いた。騎士たちに敵意を向けられ、メイドや執事たちに珍しそうに観察される。


「正面の入り口は貴族が多いのです。警備もたくさん通らなければなりませんし。大抵裏口からですね」

「まあ、この絶壁がいなければこんなにあっさり通れないんだけどね」

「誰が絶壁ですか!」

「あんたよあんた!」


 二人が立ち止まって睨み合う。近くにいたメイドが慌てて逃げ出し、騎士たちが絶望の表情を浮かべる。二人は所かまわず喧嘩をして、周りに迷惑をかけているに違いない。ハイドランジアはあっさりと想像ができた。二人は王国の中でも最強に近いので、誰も止められないのだろう。

 ハイドランジアは城で働く人に心から同情する。


「二人とも! 喧嘩してたら時間が無くなってしまいますよ。俺は結構楽しみにしているんですけど」


 喧嘩をしかけていた二人がハッと我に返る。そして、顔を突き合わせて、何やら二人で相談を始める。


「レティ、ここは一時休戦しましょう」

「いいわよ、リリィ。喧嘩していたら時間がもったいないわ」


 二人はボソボソ話し合って、最後に握手をする。契約が結ばれた二人はニコニコと機嫌が良さそうに案内を再開する。

 絶望していた騎士たちと、後ろに付き従う二人のメイドが驚愕する。いつのなら殴り合うはずの二人が握手をして喧嘩を止めたのだ。これは夢かと疑ってしまう。リリアーナとスカーレットを交互に見て、最後にハイドランジアをじっと見つめる。二人を鎮めるこの化け物は誰だ、といった表情だ。


「ハイド様、行きましょう!」

「えーっと、どこへですか? それにどういった流れになるんですか?」

「まずは案内しながらわたくしの部屋へ行く予定です。ナルシサス・イーゴティズムは騎士団に預けてありますし、伝令も走らせました。近衛騎士団や宰相を交えながら事情聴取が行われるでしょう。それが行われるまで待機です」

「いきなり来たからね。待つしかないのよ」

「なるほど」

「そして、今いる王族や公爵を交えて処分を決めます。わたくしは出席しなけらばなりませんが、ハイド様と駄に……レティは出席できません。その間、訓練場で暴れててくださいな」

「会議を長引かせなさい! その間私が戦うから!」

「では、超特急で決めますね」


 二人は笑顔で睨み合うが、掴みかかって喧嘩することはない。ここ二日で成長した二人に、専属メイドは涙を隠せない。

 騎士、メイド、執事、文官、貴族など様々な人に目をつけられながら歩いていく。

 時折、置かれている調度品の説明を受けながら、長い廊下を歩き、階段を上り下りして、静かな廊下に出た。騎士やメイドや執事が動き回っているが、貴族や文官はいない。王族のプライベートエリアだ。

 一つの扉の前でリリアーナが止まった。恥ずかしそうに顔を赤らめている。


「ここがわたくしの部屋です」

「さっさと入るわよ」


 自分の部屋のようにスカーレットが扉を開けてズカズカと入っていく。


「あっ! ………………………………後でぶん殴ります」


 リリアーナのこめかみに青筋が浮かんだ。少し引き吊った美しく笑みを浮かべながらハイドランジアを中に入るよう促す。

 リリアーナの部屋は洗練されたデザインの調度品で揃えられていた。高級そうだが、決して豪華ではない。全てが美しさと可愛らしさで纏められている。僅かに甘い香りが漂っている。


「どうでしょうか?」


 リリアーナがハイドランジアに問いかけた。恥ずかしさや嬉しさ、不安や戸惑いが入り混じった複雑な表情だ。

 ハイドランジアは微笑む。


「リリアーナらしい美しくて素敵な部屋ですね」

「あ、ありがとうございます」


 リリアーナは恥ずかしそうに真っ赤になりながら顔をほころばせた。それを見たメイドたちが驚きで目を見開き、固まる。あり得ないものを見てしまったかのような反応だ。


「二人ともそこで何やってんの? さっさと座れば?」


 我が物顔でソファに座り、お茶菓子を頬張っているスカーレット。

 二人は呆れ顔で彼女に近づいていった。

 リリアーナはスカーレットの頭に拳骨を落とすのを忘れない。痛みで蹲るスカーレットを眺める王女はどことなく嬉しそうだった。

 リリアーナとスカーレット、そして、ハイドランジアは時間が来るまで、お茶をしながらお喋りをする。甲斐甲斐しくハイドランジアの世話をするハンナを交えながら、普通の少年少女のように笑いあう。

 それを見たお付きのメイドたちは驚きを隠せない。傍にいるリリアーナ専属メイドのルイーゼに小声で話しかける。


「ルイーゼ様。リリアーナ殿下に一体何が!?」

「何事にも無関心なあのリリアーナ殿下が目を輝かせています!」

「スカーレット様と一緒に居るのに喧嘩をしませんし……これは夢でしょうか?」


 ルイーゼはそっと目を閉じる。目の端からほろりと涙が零れる。


「姫様に…お友達ができたのです」


 メイドたちの時間と生命活動が一瞬だけ止まる。


「っ!? お、お友達………!」

「まさかっ!? あり得ません!」

「しかし、殿下は楽しそうですし……彼がそのお友達なのですか? 見たことありませんが」

「ええ。彼はハイドランジア様。姫様と同じクラスになられたご学友です。平民だそうですよ」


 再びメイドたちの時間と生命活動が止まった。リリアーナが平民と友達になるとは思ってもみなかったのだ。


「よく殿下とお友達になれましたね。気に入らないことがあれば、殴り飛ばして斬り捨てるのがリリアーナ殿下なのに」

「スカーレット様とも仲良くしていますよね? まさか彼はスカーレット様とも…?」

「お友達だそうですよ」

「………化け物ですか!?」


 三度みたびメイドたちの時間と生命活動が止まった。しかし、耐性が付き始めた彼女たちはすぐに我に返ると、美しい笑顔のまま目つきを鋭くする。


「精神操作系の魔法では?」

護符タリズマンが発動していません。可能性は低いでしょう」

「催眠暗示の可能性は?」

「姫様に効くと思いますか?」

「………………絶対ないですね。あの殿下に効くわけがないです」

「彼は信用できますか?」


 ルイーゼはおっとりと微笑んだままハイドランジアを観察し続ける。


「わかりません。まだ二日目なので。姫様はある程度信用されているようですが、警戒を怠らないように。少しでも気になることがあったら報告しなさい。もし、姫様や王家に害をもたらす存在だったら……わかっていますね?」


 メイドたちが小さく頷く。ハイドランジアの一挙手一投足に注目し、わずかなことも見逃さないよう注意する。その目は鋭く、敵意を含んでいる。

 ハンナから世話をされているハイドランジアが、ほんの一瞬だけメイドたちに視線を向けた。敵意を向けられたことに気づいたのだ。

 ルイーゼはおっとりと微笑み、楽しそうなリリアーナたちをお世話するために近づいていく。

 赤ちゃんの時からお世話しているリリアーナの幸せを願い、ハイドランジアが敵ではないことを祈りながら…。

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