第19話 そして願うは濃い縁

「潤、ごめん! 枕投げできそうにないっぽい!」

「う、うん?」

「なんか若い衆に枕寄越せって言ったら『嫌だ』って反抗しやがったの。あとで締め上げておくから安心して!」

「若い衆が可哀想過ぎるだろ」

「若い衆が完全にホワイトのパシリになってるよね」


 結局花火の片付けまで若い衆さんがやってくれ、恩がたっぷりあるんだけど……。そんなひとたちから枕巻き上げようとしたの? ホワイト!? ひくりとぼくが頬の端を引きつらせれば、ビターとブラックはいつものこととはいえって言ってた。いつもなんだ!?

 開いた口が塞がらない状態のぼくとは違い、腕を組んで眉根を寄せ顔を斜めにうつむかせてため息をつくビターと、苦すぎる笑いをこぼすブラック。ホワイトは悔しそうにシャドーボクシングやキックをしていた。ひゅんひゅん風が生まれて、あまりの速さと勢いの良さに思わず震えた。


「ま、枕投げはいいんじゃないかな? うん、大丈夫だよ!」

「そう? やらせてあげたかったんだけどなー」

「その気持ちだけでうれしいよ!」

「ヒーローもこう言ってるしやめとけよ」

「うん、やめとこうよ」

「むー、じゃああとは寝るだけかあ。潤、一緒に寝ましょ!」


 無邪気にホワイトが一緒に寝ようと誘ってくるから、なんとなくうんって言いそうになったけど。危ない危ない、ぼくは男の子だからビターたちと寝るんだ! って言い張った。

 ビターたちのお部屋に行く途中で会ったお母さんが「明日はお赤飯炊かないとあかんねえ」と笑ってたけど、どういう意味だろ。お赤飯ってなにかおめでたいことがあった時に炊くものだって教わったんだけど。なにか嬉しいことあったの? ってビターたちに聞いたけど赤い顔で「ヒーローは風呂入ってこい」ってごまかされた。ショックです。


 大きなお風呂を独り占め! ぽかぽかになりつつ浴衣を貸してもらったぼくはいま、3つ並べた敷布団の上にいます! ブラックとビターのお部屋は畳で、タンスもクローゼットも時計も古めかしいものが多かったけど、学習机だけは2つとも新しいものみたいだった。ぼくと入れ替わりにお風呂に行った2人は、なぜかぼくの方を見ないでそそくさとお風呂に行ってしまった。ぷう。

 綺麗ないい匂いのするお布団の上でころころ転がって、右布団はビターの匂いがすることに気づいた。またころころ転がって左の方にいけば、今度はブラックの匂いがする。真ん中だけがフローラルなお花の匂いだった。つまり、これは普段2人が使っているお布団!

 そのことに気づくと、なんだかどっちにも行けなくて真ん中のお布団で縮こまってた。そういえばここは2人の部屋だ。なんかいい匂いするなと思ってたけど、これ2人の匂いなのかもと考えたら顔が熱い、お風呂上がりだからかな。なんて考えてると、すぱーんっと景気のいい音がして襖が開いた。


「よお、ヒーロー。……ってどうした、顔真っ赤だぞ」

「お湯に当たりすぎた? でもさっきはそんなに赤くなかったような……」


 寝間着なのか同じく浴衣を着ながら(ブラックが黒で、ビターは藍色だった)髪をおろしたビターが大きな足取りで部屋の中に入ってくると、ブラックが後ろ手に襖を締める。ビターがオールバックもどきにしてないのを見るのは子どもの頃以来だ。ブラック? ちゃんと眼帯してたよ。

 そしてぼくがぺたんと布団の上に座りなおすとブラックが右の頬に、ビターが左の頬に髪を払って手を当てる。


「やっぱり熱いね、湯あたり?」

「ヒーロー大丈夫か?」

「え、あ、う、ち、違くて。……その、布団とか、この部屋ブラックとビターの匂いがするなって思ったら急に熱くなって! 病気かなあ?」

「あ……」

「病は病でも不治の病ってか? まあとりあえず言えることは」

「「ヒーローのえっち」」

「!! ち、ちがうもん! ぼくえっちじゃにゃいもん!」


 お風呂に入ってきたのに、冷たい2人の手が気持ちよくてすり寄っていれば。あのビターも顔を歪めるくらいに心配されてしまったから、大したことないんだよってことを伝えるために冗談で病気かな? って言ったのに肯定されてしまった。

 そして2人に声を揃えてえ、え、ええ。え、えっちって言われた。噛んじゃったけど一生懸命否定すれば、はいはいって感じで布団の上に押し倒される。

 そしたら、ビターがぼくを自分のお腹の上に乗っけてごろごろ左右に転がって遊んでくれた。楽しくて歓声をあげてるとおろされて、今度はブラックも同じように遊んでくれた。

 そしてしばらく経ったくらいにビターが上半身を起こして「電気消すぞー」って言って電気が消されたけど、ぼくが怖がると思ったのか豆電球はつけていてくれた。


「えへへ、ふたりと一緒。幸せー」


 思わずふにゃふにゃ笑いで呟くと、真面目な顔をしたビターとブラックが手を使って這ってぼくの息がかかるんじゃないかってくらい近くまできた。熱い鼓動が早くなってどうしたの? とぼくが言葉を発するより早く、ビターが口を開いた。


「このまま時間が止まればいいのになあ。……そうしたら、ヒーローに会えなくなることはないのにな」

「え」

「なんだよ、気づかないと思ったか? ヒーロー、もうここには来れないんだろ?」

「ぼくたち、ずっとヒーローのこと見てたからね。それくらいわかるよ」

「まあホワイトは気づいてないと思うけどな」


 熱い鼓動が一気に冷める。気づかれていた。ぼくが嘘をついたことを。ぼくがもうここには来れなくて、来れたとしてももう3人ともいないことを。

 ぼくの存在を確認するように、2人がほっぺたを触ってくる。それは輪郭を確かめるような感じで。大好きだよって、離れたくないよって気持ちがたくさん伝わってくるような触り方だった。

 鼻の奥がつんとして、なんだか涙が出そうになる。知ってるよ、2人の気持ちは。知られてたんだね、ぼくが嘘ついたこと。それでも、それでもホワイトに黙っててくれたんだ。やっぱり優しいね、きみたちは。そんなきみたちだからこそ、ぼくも好きになったんだ。だからどうか想いが伝わればいいと考えながら、2人の頬に手をやってそっと撫でた。


「……っ! どこにも! 行かせたくなんかねえのに!」

「うん」

「それでも、ヒーローは僕たちを、置いていくんだ」

「……うん」

「ひでえなあ。こんなに、好きにさせといて。ほんと、ひでえよ」

「ごめんね、それでも。それでもぼくは行かなきゃいけないんだ。きっと、まだぼくたちの仲間が血を流して泣き叫んでるから、陛下はそれを放っとけないから。ぼくたちが、助けに行かなきゃいけないんだ」

「……ヒーローは酷いけど、でもどこまでもヒーローなんだね」


 声に涙が滲み、ひっくひっくと押し殺すような声で泣く2人に……ぼく自身に。

 ぼくは、2人の額にそっと涙で濡れた唇を押し付けた。これは魔法だ。本当はあまり褒められたものではない、それでも使わずにはいられない魔法。

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