第11話 可愛いから和む、とは?

 午後1時の鐘が鳴る。

 一般来訪者入場の時間だ。

 他の生徒たちやホワイトが家族や知人を門まで迎えに行ったりするのに対して、ぼくたちはまだ教室でだらだらしていた。この学校の文化祭はチケット制でこの学校にいる人が家族や友人に配るだけの枚数しかもらえないらしい。ぼくは別に呼びたいひともいないし……っていうか来れないしでもらってない。


「午後は親父たちが来るんだよな」

「ヒーローのことは絶対見たいって言ってたもんね」

「ぼくなんか見たって面白くないよ?」

「「ヒーローは可愛いから和む」」

「な、なごむ……」


 可愛いと言われるのは嬉しいけど、正直ぼくなんか見ても和まない気がするんだけど。うーん、不思議だ。そんなことを考えていると、なにやら教室の外が騒がしくなる。妙に緊張感のある静けさで、ちょっと不気味になる。ビターとブラックが難しそうな顔をして扉の方を振り返っていたから、ぼくもそちらを見ていると。

 がらりと唐突に扉が開いた。


「やあやあ、俺様のカワイイ息子たちよ元気かい?」

「それ今朝も聞いた」

「元気だよ、父さん」


 染め傷んだ金髪、白いスーツに真っ赤なネクタイ。化粧はしていないものの、どこぞのホストみたいな男のひとが立ってた。いや、ホストなんて見たことないけど、テレビでしか。

 投げやりに返したビターに対して、苦笑しながらも答えたブラックの「父さん」という言葉に驚いた。このひとがビターとブラックのお父さん!! 驚愕と唖然ゆえにぽかんと口を開けているぼくと目が合う。すると、黒い目を大きく見開いて顎に手を当ててしげしげとぼくを眺めてきた。な、なに?


「いやー、ビターがかっこいいかっこいいブラックがかわいいかわいいっていうからゴリラみたいな子を想像してたら。本当に可愛い子だね」

「ヒーローはゴリラじゃねえ!!」

「ヒーローはゴリラじゃないよ!」

「そんなに怒らない。具体的なことなに1つ言わないお前らが悪いんだぞー?」


 そういって大きな手のひらがぼくの頭に伸ばされる。撫で撫でしてくれるのかな? っとちょっと期待を込めて待っていれば。予想通り頭を撫でられて……というより、髪を梳くように撫でるから変わった撫で方するなあと思いつつにこにこしてると。ずいっと顔を近づけてくる。

 けたたましい音がして、ビターとブラックが椅子を跳ね飛ばして立ち上がったことに気づいた。2人ともお父さんの腕をつかもうとするがそれより早く、お父さんの側近だろうか。厳つい顔の黒スーツを着た男のひと2人に腕を掴まれ押さえ込まれていた。ブラックはおとなしくしてて痛くなさそうだけど、ビターは抵抗を続けていて痛そうだ。時々呻き声が聞こえてくる。


「あの……? ビター痛そうなんで早く離してあげてください!!」

「いやあ、綺麗なストロベリーブロンドだこと。トリートメントの秘訣とかある?」

「特に、ってかビター!!」

「あー、宍河央ししがおう離しな」

「「はい、ドン」」

「ってえな、クソが!!」


 罵声を吐きながら、ビターは離してもらった腕の肩関節の部分を押さえながら。宍河央さん? を睨みつける。それに対して宍河央さんはなんの表情もみせずに、お父さんにだけ頭を下げて一歩下がった。そうすると他の黒いスーツのひとたちに紛れてしまうから気配遮断みたいな魔法でも使ってるのかと心配になる。っていうか、お父さんが「宍河央」って呼んだらブラックの方も離されたから、あっちのひとも宍河央さん? 謎は深まるばかりだ。じゃなくてお父さんの手を失礼かなと思ったけどどけて、ブラックとビターに駆け寄る。


「ビター、ブラック! 大丈夫!?」

「僕は手加減してもらったから平気だよ、ヒーロー」

「肩痛え。クソ、馬鹿力が」

「ブラックに怪我なくてよかった、……ビター大丈夫? ちゅーする?」

「「する」」


 めちゃくちゃ即答だった上に、さっき平気だよって言ってたブラックと一緒にビターは頷いてた。……ビターはともかくブラックはさっき平気って言ってたよね? と言おうとして、「あー痛いなぁ。ヒーローがちゅーしてくれなきゃ治らないかも」って言ってたから、あわててそのほっぺにちゅっと音を立てて吸い付く。と、横でビターが不機嫌そうにしてて。だからビターは早く治りますようにってほっぺと額にした。するとみるみる機嫌が良くなって頭を撫でてくれたからぼくも嬉しい。

 お父さんが機嫌良さそうに笑ったビターを見て驚いた顔をしてたっていうか、教室の入り口を固めている何人かの黒服のひとたちに動揺が走ったけど。ぼくは特に気にしなかった。だってどうせ今後関わることもない他人だし。


「ヒーロー、この怪我したらちゅーするって誰に教わったの?」

「ん? 木隠こがくれ兄だよ」

「木隠兄?」

「血は繋がってないけどぼくの家族で、んんーと。一言でいえば天使? 善の塊っていうか。全てのひとはどんな悪いひとでも心の一片には善の気持ちがあるって心の底から信じてるひとかな。信じる心だけで、誰かを救えるひと」


 ぼくなんかのような罪人にはとても憧れることすら罪深いようなひとだよ、と笑えば。ビターとブラックから同時に抱きしめられた。どうしたんだろう、まだ傷が痛いのかな? ちゅーがたりなかった? 階段の近くにあるうちのクラス、階段の下からわあっと歓声が上がるのが聞こえた。どこかのクラスでなにかあったのかな?


「ヒーローは罪人なんかじゃない」

「罪人だよ。ぼくが受けるはずだった災厄で、妹は死んだんだ。そう、妹が受ける災厄は全部ぼくが引き受けなくちゃいけなかったのに。それだけがぼくの存在理由だったのに、なのに死んじゃったんだ。髪を伸ばしても、女の子の服を着ても、高い声を出したって、ぼくはもう。妹にはなれない。間違ったことは正されなければならないのに、それも許されずにぼくは生き残ってあの子は死んだまま。いつまでも間違ったまま、ぼくは存在しなきゃいけない。こんなの、間違ってるの「ヒーロー。いくらヒーローでも。俺たちのヒーローを殺そうとすることは、否定することは許さない」っ」

「そうだよ、あの日に、君は僕達のヒーローになったんだ。だから、それがどんなに君にとって辛いことでも、間違ってることでも。君は僕達のヒーローでいなきゃならないんだ」

「……ぼくが、やだって言っても?」

「「そう」」

「なにそれ、……わがままだなあ、ビターも、ブラックも」


 視界が滲んで、誰のこともぼんやりとしか認識できなくなったけど。それでも縋るように、引き止めてくれる温度だけは確かに本物で、間違ってなくて。ああ、間違いだらけのぼくが救えた心も確かにあったのかと頬に熱い雫が流れた。

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