第12話 美味しい金メダル

 ぎゅっと抱きしめてくれた2人のおかげで見えなかったけど、気づいたら教室に3人しかいなかった。お父さんはいつのまにかどこかに行ってしまったらしい。


「ねえねえ、お父さん、いなくなっちゃったよ?」

「あー……お袋のとこ行ったんじゃねえの?」


 さっき歓声あげさせてたの、多分お袋だし。とビターが言うから、階下に行ってみた。パンフレットによると、射的をやっているらしい。射的……ぼく得意かも、なんて考えつつビターとブラックと手を繋ぎながら黒服の人たちの間を抜けようとすると。「きゃー!!」野太いけれど女の子みたいな悲鳴が上がった。たぶん男のひとだ。すわなにかあったのか!? と思って駆け出そうとしたぼくだったけど、ブラックとビターが目元をぼくと手を繋いでない方の手で抑えていて。どうしたの? って聞いたら。ブラックが。


「あれ、父さんだよ。大丈夫」


 って答えた。

 なにが大丈夫なのかわからなかったけど、とりあえず射的の教室に行ってみようってことで納得してもらって。教室に急ぐ。黒服の人たちの間を抜けて、たどり着いて、中に入ると。

 なんか綺麗な着物を着た腰まである黒髪の女の人が片腕で射的をしてた。結構距離は離れてるのにぱんぱんっと簡単に缶に番号が貼ってあるだけの的に当ててる。その人が持っていると、簡単な割り箸の銃でも結構かっこよく見える。そんな凛々しい系の女のひとだった。そして、その後ろでくねくねして歓声をあげてるひとがいて、それがお父さんだった。さっきまでの偽ホストだけど優しくてかっこいい感じはなくなって……とにかくくねくねしてた。ブラックとビターに、同一人物? って聞こうとすると、女のひとがこっちに気づいて割り箸銃を置いた。そしてお父さんの方をちらりともみずに。


「あらあ? この子がヒーローくんかしらあ? 可愛いわねえ、どう? おばさんがとったお菓子とぬいぐるみ持ってくう?」

「え、あ。水花潤です! ……もらってもいいんで「「ダメ」」ふぇっ!?」

「ヒーロー、俺がぬいぐるみとってやるよ」

「じゃあ僕はお菓子かな」

「あらあら、嫉妬しいねえこの子達い。ごめんねえ、ヒーローくん。やっぱりこの子達から貰ってやってちょうだいなあ」

「あ、は、はい! ビターとブラックのお母さん!」


 くれようとしてくれてありがとうございます。お母さんにお辞儀をすればなぜかめちゃくちゃ頭を撫でられた。そしてすごいにこにこしてるから、ぼくもつられてにこにこしちゃう。2人でにこにこしていると、とんとんと肩を柔らかいものに叩かれて後ろをむけば、大きな目のぼくくらい身長のある大きなうさぎさんと目があった。

 うさぎさんのぬいぐるみと見つめあってると、上から思わずといったように吹き出したような音がして。見ればビターが笑ってた。笑ってたっていっても喉奥でかすかに音が出る感じ。大声で笑ってたわけじゃないよ。

 どうやらこのうさぎさんを差し出してるのはビターらしいと気づいて、うさぎさんの脇に手を入れればそのまま渡される。ぎゅうっと抱きしめると柔らかい優しい感触がして、思わず笑顔に顔が崩れる。それを見ていたビターがさっと顔をそらしていった。


「……やるよ、ヒーロー」

「いいの? ありがとう、ビター! ビターだと思って大切にぎゅーってするね!」

「ん」

「ヒーロー、僕からはお菓子をって思ってたんだけど……その言葉を聞いたらぬいぐるみも手に入れるべきだね、はい。お菓子、それとちょっと待っててね」

「あ、ありがとうブラック! でも、ぼくもううさぎさんがいるよ?」

「「う、うさぎさん……」」

「え?」

「ううん、僕があげたいんだ。もらってもえるとうれしいんだけどな!」


 僕にお菓子の詰め合わせセットをくれたブラックは、ぼくが「うさぎさん」っていうと何かに堪えるように口元を覆ってやり過ごした。そしてそのまままた射的コーナーに戻って、商品を確認してから3番……パンダちゃんの大きなぬいぐるみの缶を転がした。すごい、必中だ!

 そのままパンダちゃんのぬいぐるみをぼくのほうに差し出してきて。くれるの? と目で問えばいい笑顔で頷かれたかれたから。思わず笑顔になって片方の手でうさぎさんとお菓子を持って、パンダちゃんに手を伸ばせばえいっと押し付けられて受け取る。ふさふさな感触と、つぶらな瞳に思わずふにゃあっと声を上げてコミュニケーションを図ろうとすれば。


「ヒーロー、それ猫じゃねえぞ」

「うっ、でもパンダちゃんはネコ科だし」

「パンダちゃん……可愛いからいいと思うよ、ヒーロー」

「お似合いだとお、おばさんも思うわよお?」


 苦笑しながらブラックとブラックたちのお母さんも味方についてくれた。パンダちゃんって言った時繰り返してたけど、パンダちゃんじゃダメなのかな。あ、そうだ。


「ねえねえビター、ちょっとうさぎちゃんとお菓子持ってて、ブラックはパンダちゃん!」

「ヒーローに腹黒って言われてるぞ、ブラック。ざまあ」

「一言も言ってないだろ」

「可愛い子ねえ」


 ビターがブラックになにか言ってたけど聞こえなかったからとりあえずスルーして。ぼくも射的コーナーに行って、200円払うと割り箸銃が渡される。3回200円らしい。とりあえず3回やったけど全部外れて、追加で400円払ったけど全部外れだった。あまりのショックにしょんぼりして2人のもとに帰ろうとすると、係りの人に呼び止められて。全部外した人だけがもらえるという金メダルチョコを首からさげてもらった。ある意味特賞だよね! と足取りも軽く帰れば、ブラックとビター、2人のお母さんもほっとした表情をしていた。

 ビターとブラックに近づいて、メダルチョコを首からはずすと真ん中に向かって3等分になるように力を込める。ぱきっと音がしてチョコレートが割れたのを確認してから、金の紙を剥がして。まずは最初にうさぎさんをくれたビターの口元に。


「あーん」

「……」

「ビター? チョコいや?」

「あ、あー……ん」

「ブラックもあーん」

「あーん」

「そしてぼくもあーん。……んー! 甘くて美味しい」


 あーんってしたら最初は固まってたビターも最終的には口を開いてくれて。ブラックはにこにこしながら食べてくれて、ぼくも最後のかけらを食べた。甘くて美味しくて、頬がとろけそうになった。思わず両手で頬を押さえれば、ブラックとビターが「「ん゛ん」」っと咳払いしてた。甘すぎたのかなあ?



 そのあと、ぼくたちのクラスに移動しようとすると。そこではじめて2人のお母さんがお父さんを見て。


「戦利品運びや」

「うん、わかったよ! 俺様の奥さん!」

「うるさいわ、静かにしなんと脳みそぶちまけさせるぞ」

「かっこいいいいいい!」


 と冷たい目で命令するとすごい喜んで、特に「俺様の奥さん」ってところを強調してた。そしてお母さんも口調が変わってるような気もしたんだけど、これが普通なんだろう。ビターもブラックも特に何も言わなかったから。あっと思う間もなく、「かっこいい」の声が大きすぎたのかお母さんに殴られてた。

 ま、それはともかく。ぼくたちのクラスは階段をのぼるだけだからいいんだけど。ふと不思議に思ったことをうさぎさんとパンダちゃんを抱きしめながら、なんか悶えてるブラックとビターに聞いてみる。


「あのさ、いくらぼくたちのクラスが3号館で。門から1番離れてるっていってもひと来なさすぎじゃない?」

「あー、悪い。ヒーロー、多分うちの連中がいるせいだ」

「無駄に威圧感あるし、極道だしで一般人は多分近づいてこないんだよ」

「なるほど」

「……怒らないのか?」

「なんで? 恐怖っていう感情は仕方がないものだからね、そこでぼくがどうにかできるわけでもないし、逆にどうにかできたとしても今度はブラックやビターのお家がなめられちゃうでしょ? だから空いてていいなくらいに思っとくー」


 特になんでもなくぼくが言えば、ビターやブラック、2人の両親がぽかんとしてた。っていうか、ビターがぽかんとしてるの初めて見た。うさぎさんとパンダちゃんに顔を埋めて、なあに? と見返せばはっとしたように2人はそれぞれの笑顔を見せてくれた。

 当然のことだけど、ブラックとビターは同じ顔だけど笑い方が全く違うんだよね。ビターはにやりって感じだし、ブラックはどちらかというとふわりって感じだ。だから人間って面白いよね。双子でも笑いかた1つでこんなにも違うんだもん。

 それから、頭を2人に思いっきり撫でられて嬉しくなったぼくが手に向かって頭を押し付ければ。いっぱい撫でてくれている2人をみて、お父さんとお母さんが嬉しそうにしていたことをぼくは視界の端でかすかに見ていた。

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