第3話 いや、渡されてないけど

 靴を履き替え階段を昇って3階。一瞬止んだ教室の喧騒に中に堂々と入ったビターは、自分の席にどかりと腰かけた。ぼくたちもそれぞれの席に座る。と言ってもチームということで、ブラックとビターが隣同士で廊下側から1列目と2列目。ホワイトとぼくがその後ろという形なんだけど。つまりは固められてるわけ。自分の机の中身を確認していたビターがくるりと唐突に振り返った。


「なあ、ヒーロー。数学の宿題」

「見せちゃダメよ潤。ビターのためにならないもの」

「お前は俺の母ちゃんかよ」

「誰が43歳ですって!?」

「言ってねえよ」


 漫才のような掛け合いを聞きながら、ぼくは思わず小さく笑いながら数学のノートを取り出した。ついでに国語のノートも。そんなぼくに、ビターは首をわずかに傾げる。


「あ? 国語も宿題あったっけか?」

「あったよ、日本語の単語の意味を調べてこいってやつだよね? ヒーロー」

「うん。ブラックはやった?」

「もちろん」

「うげ、めんどくせえな。……ノート借りるぜヒーロー」

「いいよー」

「あっもう! 潤はビターに甘いんだから」


 ぷりぷりと横でホワイトが怒っていたけど、仕方ないと思う。だって、この偉そうなもの言いとか口調とか、うちの女王陛下にそっくりでそっくりで。あーはいはいわかったわかったってなる。それになんといっても。

 可愛いのだ。もちろん、ぼくの妹が一番可愛いのは当然のことだけど、次に来るのがこのビター。とにかく可愛い。頭を撫でると手に頭をすり寄らせてくるところとか、なぜか知らないけどぼくの匂いを嗅いだり、逆にぼくの身体に自分の身体をこすりつけて「マーキングな?」って言ったり。もうきゅんきゅんするくらい可愛くて仕方ないのだ。

 だからついつい甘くしてしまう。いや、いま甘やかすと『物語』の世界に行ったとき大変なのはビターなんだけど。

 でもいつも不思議に思うのが、それでもテストの学年順位が63人中でいつも2位なことだよね。1位は毎回ブラックなんだけどさ。そんなに頭良いなら宿題くらいぼくの見なくても解けるはずなのに。こそこそっとホワイトに疑問を漏らせば生暖かい目で見られた。解せない。


 授業はいつも通りに進んで、キーンコーンカーンコーンとお昼のチャイムが鳴る。授業中、小さくくうっとお腹が鳴ったのは気のせいだと思う。っていうか絶対ぼくじゃないから。そんな言い訳をしながらも後ろを振り向いた……つまりぼくたちの方に椅子ごと振り返ったビターとブラック。ぼくとホワイトは机をくっつけて、長くするとそこにぼくは3時間目休みにロッカーから取ってきて置いたお弁当の重箱を5段、とんとんっと1段ずつ置いていく。5段と言っても全部がおかずじゃないよ。1段・2段がおにぎりで、3・4段がおかず、5段目はデザートだし。


「きゃあ! 今日のデザート、ケーキなのね! 4、5,6……8種類も入ってる!」

「ヒーローは料理上手だよな」

「ヒーローは栄養も考えてくれるからね」

「えへへ」


 照れ照れしているぼくのほっぺをホワイトが突っつくと、それに負けじとブラックとビターも突っついてくる。いや、やめてよって言いたかったけど妙に嬉しそうな2人に言うことはできなかった。さて、割りばしも配ってさっそく食べようとしたとき。


「ビター・ショコラティアはいるかぁ!!」

「うるせーな、今からヒーローの作った飯食うんだよ。邪魔してんじゃねえぞクソが!!」

「……っ! け、今朝の暴力行為について反省文があるから書いて帰りに職員室まで持ってこい」

「……だあ?」

「せ、先生に向かってなんだその態度は! これだから極道ヤクザの家は脅せば何でもすむと思って」

「うるせえな、持ってきてください、だろ!!」


 大声で入って来た大柄の体育の先生に、怒鳴り返すビター。その覇気と怒鳴り声の圧迫感に怯んだ体育の先生だったが、とりあえずは用事を果たそうとそっと入り口近くの棚に4人分の反省文用紙を置く。気が小さいなあ、あの程度でビビるとかさあ。ついでとばかりに「だろ!!」と言ったところでビターが自分の机を蹴り飛ばせば中身をまき散らしながら、大げさなほど大きい音をたてて倒れた。凍りついていた教室の雰囲気が一気におびえたものに変わる。それにさらに巨体を縮こませて「と、とりあえず渡したからな!」と言って出て行った。というか逃げた。


「いや、渡されてないよね?」

「ヒーロー、言わないであげて」

「あれが先生の精一杯だったのよ。ビター相手によく頑張ったほうだわ」

「……ちっ。てなに先に食ってんだホワイト!」

「えー、ウインナーつまんでただけじゃない。みみっちいわね」

「ホワイト、煽らないの。ビター、早く椅子につきなよ。せっかくヒーローが作ってくれたんだから嫌なことは忘れて美味しく食べよう」

「……ん」


 ブラックの言葉に素直に頷くと、ビターはまたどかりと椅子に座って箸を割るとおかずに箸を伸ばした。

 あんまりお兄ちゃんらしくないように見えるブラックだけど、こういうところはお兄ちゃんだなあとのほほんと考えていたらブラックと目が合う。にっこりと笑われたので笑い返せば百合の花を背負わんばかりに蕩ける笑みで返された。こういうところを他の人は可愛いとか言うんだろうけど、ぼくにしたら照れ屋でかっこいいと思うだって逆立ちしてもぼくにはこんな笑い方できないから。

 途端、ビターがブラックの椅子を蹴ったらしく椅子がずれて、ブラックの白かった笑みが黒いものへと変わったけど。お昼は大体そんな感じでのんびり食べた。ただ、ケーキの争奪戦がすごかったから、今度はケーキだけでもって来ようと思った。

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