第2話 それは私たちの脳内にあるのかもしれない場所

 ここは、この学園は『物語』に旅立つ前の訓練場のような場所だ。

 だからあちこち黄色やオレンジの頭や、刺青が入っていたり、見るからに聖剣とわかりそうなものを背負っていたり、宙に浮かんでいたりする生徒で通学路はごった返している。

 なぜ聖剣を背負っているのか? 聖剣に自分の魂の匂いをつけて……言ってしまえばマーキングして自分以外には抜かれないように教育するためらしい。つまり夢も希望もない話をしてしまえば、生まれる前から。勇者は決まっている。

 ちなみに、ここで恋人関係を結んだりすると『物語』の中でも結構つながりの深い役に配置されるらしいと学んだ。まあ、それが勇者と魔王という関係で表されることもあるらしいけど。

 そもそも、それはぼくには関係ない話だ。だってぼくは留学生、天佚崎あまのがさき学園というところから送られてきた。ただ天佚崎学園の頂点に君臨する女王のためにうわさを集め、物語を集め、面白おかしく話すための犬に過ぎないのだ。例えぼくが、とある『物語』の中では『魔王』と呼ばれる存在だとしても、ぼくは彼女に絶対の服従と忠誠を誓っているから仕方ない。


 そんなことをつらつらと考える登校途中、うしろからぎゅうっと抱きしめられた。

 またか、と首だけで振り返ると。制服のお腹あたり。見上げればそこには片方だけが赤、もう片方は黒い目をした黒いオールバックになりきれてない髪をかきあげた、存分に制服を乱した生徒がいた。


「おはよう、ビター。制服直した方がよくない? 今日は風紀の朝チェックあるって話だよ」

「げ、まじかよ。絶対捕まるな、こりゃ。……ヒーローは制服じゃねえけどいいのか?」

「ぼくは留学生だからね!」


 にやりと笑ってみせれば、くはははははっと大きく笑って、頭をぐしゃぐしゃされる。実際僕の服装は、パーカー調の拘束服に膝までのズボンにブーツ。風紀に引っかかるどころか校則丸無視状態だ。でも留学生はずっとこの学園にいるわけじゃないから、制服は買わなくていいとされている。っていうか。


「ずっりーのなあ。……まあ? ここ高等部だし、ヒーローくらい小っせえと制服ないだろうけどな。あれだ、オーダーメイドしろよ」

「やだよ」

「あー!! ビターがまた潤に絡んでるわよ! ブラック、あなたビターのお兄さんでしょ。ちゃんと捕まえときなさいよ!」

「うるせえ女が来たぞヒーロー」


 ビターのお腹の向こうからあんまり高くない女の子の声がする。それと同時に抱きしめられてたのが解放されて、うんざりと言わんばかりにビターの肩が下がる。ビターをよけるように顔を傾けると。その向こうにはサイドテールにした真っ白の髪に緑の目。短い黒のプリーツスカートに灰色のワイシャツ、黒いネクタイ。正しく制服を身に着けたどこか兎をほうふつとさせる美少女がこっちに向かって誰かの手を引っ張りながら駆けてきた。ホワイトだ。だらだらと歩いているビターに合わせるみたいに歩調を緩めると。


「誰がうるさい女よ! 幼なじみなんだからもっと丁寧に扱いなさいよね」

「おはよう、ホワイト。ブラックもおはよう、平気? また寝坊したの? ぼくなら大丈夫だよ、ちょっと髪ぐしゃぐしゃにされただけだし。手で直せるから」


 手で肩まである男にしては長めの肩まであるストロベリーブロンドを素早く直して、大丈夫でしょ? と笑えば、今度はホワイトに抱きつかれる。


「おはよう! はー、潤の髪ってほんと綺麗よね、痛んでもないしぐしゃぐしゃにされても手櫛で直るし。いいなあ」

「はー……、はー。ホ、ホワイト。お願いだからいきなり走らないで」

「走らないと風紀の検査に間に合わなかったでしょ。一応優等生のブラックが『検査に間に合わなかったから落ちました』なんてあり得ないじゃない」

「うん、まあそうだけど……。あー、いつもありがとうホワイト。それとおはよう、ヒーロー今日も……その、可愛いね」

「本当!? ありがとうブラック! ブラックもいつもよりかっこいいよ!」

「あ……あり、ありがとう!」


 照れたように、頬を赤らめ『可愛い』と言われて、ついついへにゃりと顔が崩れてしまう。だって、『可愛い』って、この顔が可愛いってことでしょ? つまりひいてはぼくと同じ顔の妹が『可愛い』っていう意味なわけで。ついつい嬉しくなってしまう。

 すでに故人、ぼくが引き受けるはずだった災厄を受けて死んでしまった名前も知らない妹。あの可愛くてたまらない妹を可愛いと言われて、女王陛下に「お前イカレてんな」って言わしめるほど妹が好きなぼくが普段通りすました状態でいられるわけもなく。

 左サイドだけ長くした髪に、ビターと同じ顔。唯一違うカ所と言えばビターの赤い目のところに白い眼帯をつけているのと目が大きいくらいかな、その顔を花を咲かせんばかりに笑ったブラックを。なぜか不機嫌になったビターが小突いて、さっさと門へと向かってしまった。気づけば門まであと少しだった。話しながら歩いてたから全然気づかなかったけど。

 ぼくが不思議に首をかしげていれば。後ろでブラックと並んで歩いていたホワイトがため息をついた。


「ビターもまだまだ子どもねぇ」

「いや、きみたちみんな一応子どもって言われる年齢でしょ?」

「そうゆうんじゃないのよ、ほら、ブラックも潤も歩いてないで走るわよ。さっさと検査受けて教室入るの、どうせビターのやつまた宿題やってきてないんだから」

「あ、連帯責任!」

「そうよ!」


 連帯責任。服装に関しては不思議とないものの、『物語』に出演するメンバーとして3~4人でチームとなっている。ぼくたちは、というかぼくは元々ホワイト、ブラック、ビターの3人がチームとなっているところに留学生でビターと対等に渡り合えるからと入れてもらった感じだ。で、この連帯責任というのは要は「罰則はみんなで分けてね、見てなかった方も悪いんだから」ってことらしい。

 ホワイトは言わずもがなだけど、ブラックを表すなら【優等生・人がいい・優しい】、ビターを表すなら【不良・喧嘩っ早い・怖い】らしい。ぼくにはどこが怖いのかわからないけど、喧嘩っ早いのは頷ける。だって。


「あ゛ぁ゛? この着方の何がいけねえんだよ」

「ひっ……だ、だから服装の乱れは風紀の乱れに」

「だったら聖剣持ってるやつにも同じこと言えよ」

「あ、あれは刷り込みの」

「いちいち口答えしてんじゃねえよ、うるせえな!」


 ごっ。そんな陳腐な音が響いて、ビターに風紀指導をしていた風紀委員の生徒は頬を殴り飛ばされた。ビターは炉辺の石でも見るような目で、殴った生徒を見てからさっさと教室に向かってしまった。周りの生徒は殴られた生徒を保健室に運んだり、ビターを恐怖の目で見ているだけで、誰もその前に立ちはだかることはなかった。

 っていうか。


「ビターっていつもカバン持ってないけど置き勉派?」

「いま気にするところはそこじゃないわよ!?」

「これ、連帯責任だよね……?」

「「「あー……」」」


 風紀の服装チェックの結果は関係ないものの、チェックの結果相手を殴ったりすれば。

 当然のように連帯責任でぼくたちも反省文を書かなきゃいけなかったりするのだ。

 重なった3つのため息には、殴られた生徒への同情と、今日は居残りかあという感情が込められていた。

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