第7話 これもセクハラだ、気づけ

 この高校の屋上には給水タンクがある。そして、給水タンクに登れるようにと屋上の入り口の上が箱型に結構広く高くなっているのだ。そこに上るためのはしごを、ぼくを抱っこしたまま軽々登っていったビターは、すごいけどもしかしたらゴリラなのかもしれないと思った。でも思った瞬間になぜか睨まれたから、慌てて考えを打ち消して鍛えてるんだって思い直すことにした。

 それからころりとコンクリートの上に転がされて、両側にはビターとブラックが横になった。正しく川の字で横になっていて、なんだか楽しくて1人にこにこしつつ両側の2人を見ると。ごろんとぼくの身体の上に半身をのしかからせてきたから、どうしたのだろうとぼくは笑顔をやめて首を傾げた。ただし体重はかけてこないよ。2人とも優しいからさ、そういうとこ。


「ビター、ブラック。どうしたの? ぼく、なにかいけないことした?」

「ううん、ヒーローが悪いんじゃないんだよ」

「そうそう、どっちかってえと俺たちが悪い」

「え!? 2人とも優しくていい子で可愛くてかっこよくていい匂いで、ぼくはすーっごく大好きだよ?」


 2人ともいけないことなんかしてないよ! とさらに言い募ろうとすれば、ビターとブラックの腕が交差してぼくの身体に絡みついて。苦しくない程度に抱きしめられる。頭の中はクエスチョンマークでいっぱいで、でも抱きしめられるのは嬉しいから2人に交互にすり寄っていれば。左右から頬に柔らかい感触がして、ほっぺにちゅーされていると思いきやそのままはむはむ甘噛みされる。それがどうしても恥ずかしくてくすぐったくて。


「ふにゃ……ひんっ、……ふぇ、あうっ……や、やめてよぉ」

「……結構クるな、これ」

「ね? 前回ぼくが我慢するのどれだけか大変だったかわかるでしょ?」


 一生懸命お願いしてるのに、ブラックとビターはぼくのほっぺを舐めたりかじったりいじめてくる。それどころか、ぼくの言葉を無視して今度は耳の輪郭をなぞるみたいに触ってきたり、下から上に首をつつーっとなぞってみたり。ぼくの上で交わされる会話に、若干涙がにじむ。いじわるするの嫌ならしなければいいのに、我慢してまでこんなのされたくないし。でもきっとブラックはぼくが悪いことをしたから自分が嫌なのを我慢してまであんなお仕置きしたんだ。そう考えていると、だんだん自分が情けなくなってくる。


「共同戦線協定破って半分手ぇ出してたけどな」

「頬ですませるのがどれだけ大変だったかって話だよ」

「論点すり替えてんじゃねえよ」

「2人とも怒らにゃ……ないで。ぼくなら大丈夫だから、ぼくが悪いことしたからお仕置きなんだよね?」


 少しだけ険悪な雰囲気になった2人だったけど、ぼくの言葉で驚いたように目を丸くしてぼくを見てきた。まだ息を整えてる最中だったから「怒らないで」を噛んじゃったんだけど。


「「……は?」」

「ぼく、ちゃんとビターにお仕置きされるから。だからブラックは我慢してまでお仕置きしなくて大丈夫だよ」


 ほろりと目尻にたまった涙がこぼれたことには気づかないふりをして、情けなさに眉毛を下げて笑えば。2人は殴られたような顔をして両側からまたぎゅっと抱きしめられる。そのぬくもりだけが温かくて、涙がでそうになるけどそこはこらえる。

 せっかくだから、ぼくのこと嫌いになりませんようにって願いを込めてブラックとビターにすり寄る。といっても、元々が抱きしめられているわけだから顔だけ動かしてほっぺにすりすりしただけだけど。抱きしめられる力が強くなった。


「てめえのせいだぞブラック、なんとかしろ」

「ヒーローがここまで可愛いとは思わなかった。……ヒーロー、僕たち。別にお仕置きしてたわけじゃないよ。ヒーローのことが可愛くて、好きだからたくさん触りたくてあんなことしちゃったんだ。嫌だった? ごめんね」

「ぼくのこと、嫌いじゃないの? 好きなの?」

「そうだよ。まあ厳密に言えば好きよりも上なんだけど」

「好きよりも上……好きよりも上……大好き? ふにゃあ、照れちゃう」


 ぼくの上から退いて、側臥位になっていた2人の間をころころ転がって崩れた笑みを振りまいているとブラックもビターも胸を押さえていた。心臓が痛いのかな、病気かな大丈夫かなと崩れた笑みを心配に変えて左右を転がりながら行ったり来たりしていれば、すぐにブラックが天使みたいな笑みを浮かべながら頭を撫でてくれた。自分で言うのもなんだけど、ぼく頭撫でられるの大好きです! 嬉しくて撫でられているとこに手をやって笑えば、今度は反対側から手が伸びてきてぼくの頭を撫でてくれた。ビターだ。


「ビターもなでなでしてくれるの? えへへ、ぼくもビターとブラック大好きだよ!!」

「うーん……大好きよりも上なんだけどなあ」

「ヒーローが可愛いからとりあえず大好きで良くね?」

「うん、文化祭で取り込めばいっかあ」


 ぼくの上で内緒話みたいに声をひそめて話しているビターとブラック。そのせいで話し声の内容がよく聞こえなくてわからなかったけど、最後にブラックがお花を背負ったみたいな綺麗な笑みを浮かべたから良い話だと判断。ぼくも混ぜてもらえないかなあと2人の服の端を小さく引っ張りながら尋ねる。


「2人ともなんのお話ししてるの? ぼくも混ぜてー」

「もう終わっちまったんだ。だから昼寝しようぜ、ヒーロー」

「うん、お昼寝しよう。ヒーロー」

「ぶう。ぼくはそんなんじゃ……騙され……ないんだか……ぐう」

「はえーよヒーロー!!」

「はー、即寝だね。可愛いから寝顔写真撮って堪能しておこう」

「そういうところが変態くせえんだよ腹黒優等生もどきが……写メ何枚か寄越せよな」

「はいはい、じゃあ僕も寝るから後でね」


 結局3人でホワイトが迎えにきてくれるまで爆睡してしまったのは……秘密にはできないよね。

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