第8話 過去の夢って結構見るよね
過去夢を見ていた。
これが夢だって、過去だってわかるのは。いじめられているのが5〜6歳くらいのビターだからだ。まだ髪をオールバックもどきにはしてなかったけど、目でわかった。殴られても殴り返さず、蹴られても蹴り返さずただ声を殺してうずくまって泣いている。春風そよぐ公園には実にふさわしくない光景だった。
「なにしてるの?」
いじめっ子たちはビターをいじめるのに夢中だったみたいで、背後から声をかけた僕の存在には気づかなかったらしい。ぎょっと目を向いてこちらをみたが、ぼくがビターよりも非力そうな子どもであることに安心したらしく。いやらしい笑みで睨みつけてきた。子どもの頃からこんなんだと将来が思いやられるよね。その間もビターはずっと泣いていて。
「うるせえよ、あっちいってろ! おんなのくせに!」
「そうだそうだ、おまえもああなりたいのか!?」
「ああん!?」
「そうだねー、それもいいかも。ただし、なるのは君たちだよ。クソガキが。受ける痛みを知れ、恐怖を思い知れ」
子ども相手にわざわざ魔法を使う必要なんてなく。
どたどた腕を振り上げながら近づいてきたリーダー格らしき男の子の腹にその場で一周回り、回し蹴りをした。まず走り方がなってないと思う。あっという間に吹き飛んだ巨体は砂の上に落ちてぼろぼろになって気絶してるみたいだった。
次にがりがりに痩せた子が石を投げてきたからキャッチして腹にめがけて投げ返す「うっ」と言って腹を押さえてうずくまったから戦闘不能と考えて。最後に中肉中背の「ああん!?」と言った子を見ようとすれば目が合った瞬間に逃げ出した。ビターはぽかんとして涙の筋の残るまろい頬を着ていた砂だらけの服でこすっていた。
殴られた目の周りは青くなっていて石を投げられたのかこめかみからは血がうっすら滲んでいる。他にもきっと身体にはあちこち傷があるのだろう痛そうにかばっていた。
「痛いよね、ちょっとこっち来れる?」
「うん……」
「いい子だねー」
「っ! いい子、なんかじゃ……」
片足もひきづりながらついてくるところを見ると、足も怪我しているらしいことがわかる。あのクソガキども、もうちょっと本気で相手してやればよかったなあ。そうすれば半殺しか瀕死くらいにはなったのに。頭の中で舌打ちをしつつ、公園の水場に着く。
そこで持っていたハンカチを濡らして、こめかみの血を拭ったり、落ちきれなかった砂の後を拭いたりしてから。最後に殴られたらしき赤い方の目に固く絞ったハンカチを当てる。ひと段落して近くのベンチに座ると。
そうして応急処置にもならない軽い手当てをしていたら、ひっぐとビターが泣き出した。いや、もともと泣いてたんだけど、それは静かに涙がこぼれるような感じでいまはぐずぐずと鼻をすすりながら泣いていた。
「どうしたの?」
「なんで、なんでたすけたんだ」
「え、えー。んーと、いじめはいけない事だから?」
「おれが、おれがわるいんだ。おれが、こんなめしてるから。おれはブラックもホワイトもしょうらいいじめるから、だからばつをうけないといけないのに」
「え? は? ん? ごめんちょっと意味がわからない」
「あかいめをしてるやつは、しょうらい『ものがたり』のなかでわるいやつになることがおおいってうらないしのばあさまがいってた。ブラックもホワイトもしょうらいおなじ「ものがたり」にいくんだ。そしたらふたりをいじめるかもしれない。おれ、おれ、ふたりをいじめたくなんかないのに。ずっと、いっしょにいたいのに……なんで、なんで!!」
ひっぐひっくと泣きながら、なんでなんでと繰り返すビター。泣き声は押し殺しても足りないくらいに悲しさと寂しさと申し訳なさを含んでいて。考えに考え抜いて途方に暮れてしまったように、聞いてるこっちが苦しかった。
別に赤い目を持つものが全部悪い人になるとは限らないと思うけど。まあ? 魔王として世界平和を謳いながら何千何万と殺してきた、片赤目のぼくが言える事じゃないんだけど。
とりあえず、その占い師の婆さまとやらはなにを考えてるか知らないけどこんな小さな子にそんなこと言うなんていますぐ占い師の看板おろせと思った。
「ねえ、きみ。名前なんていうの?」
「び……ビター、ビター・ショコラティア」
「そっか、じゃあビター。質問なんだけどさ、きみはいま、そのブラック? とホワイト? になにか酷いことした?」
「しない! おれ、ふたりがだいすきだもん、するわけない!」
「だったら、それでいいんじゃないかな?」
「え」
「罰はね、やった後に受けるものだよ。なんにもしてないのに罰なんて受けてたら、2人が心配するんじゃないかな」
だからさ、いまは2人を大事にしたらいいんじゃないかな? そう言えば、ビターは驚いたみたいに大きく目を見開いた。そうだよ、きみが、まだ何もしていないきみが。ぼくみたいに罰を受ける必要なんてないんだ。心の中でそっと呟いてビターの黒い、少し砂の入ってしまった髪の毛を梳かそうと手を伸ばしたら。
「「ビターをいじめるあああああああ!!」」
高い少年少女の声と一緒に後ろからタックルされてベンチから落ちた。痛いな! と思って見上げると、ベンチの後ろにビターと同じくらいの年齢の白い髪をサイドテールにした緑の目の少女と眼帯をつけたビターに似た子がこっちを睨んでいた。いや、一瞬ぼくの睨みにたじろいでたけど、睨み返すなんていい度胸だ。その喧嘩買ってやろうか? と思ったところで、ふと気づく。
ビターはブラックとホワイトと言っていた。そしてこの襲撃犯2人はビターの知り合いみたいだった。と、いうことは。
「ブラック……ホワイト……」
「あ、やっぱり?」
「やっぱりじゃないよ、ビターをいじめたらゆるさないんだからな!」
「そうよ、ぜったいぜったいゆるさないんだから! ビター、大丈夫!?」
見るからにぼろぼろのビターに、こちらを睨んでくる目が3つ。ビターは、そろりそろりと後ろに下がって、地面に手をついて座り込んでいるぼくの後ろに隠れた。誰にも見られたくない、2人と話したくないと拒絶しているみたいで。
それを見て辛そうにしている2人に、ビターの代わりにぼくが話しかけた。
「あのさ、ビターはね。将来2人を傷つけるかもしれないって占い師の婆さまとかいう人に言われたから、2人に近づけないのかもしれないよ」
「「!!」」
「おま!」
「ねえ、ビター。こんな顔の2人を見て、きみは満足? きみの言う罰は、大事な人を心配させてまで、こんな顔をさせてまで受けなきゃいけないものなの? まだなにもやってないのに?」
「あ……だって、だって。おれ、ふたりがだいすきだから、きずつけたくないのに、なんで」
「だったら強くなる努力をしようよ。大好きな2人を守れるように、他の誰に何を言われてもいいから。そしてまずはそう……仲直りからかな」
それも1つの強さの形だよ? そう言えば。ぼくの後ろに隠れていたビターはおずおずと出てきて。泣きそうな顔をしている少年少女に向かってゆっくりと手を伸ばして下がっていた手を片手ずつきゅっと握った。手を握られた少年少女は、その手を離すまいというようにもう片方の手で固く握った。
それから、それから「ごめん」と小さく謝ったビターにくしゃり。顔を歪めて大声で泣き出した。
3人とも、ぼくおにいちゃんなのに気づかなくてごめんね、大好きなのにわかってあげられなくてごめんなさい、おれもさけてごめんと泣きながら互いに対して謝っていた。小さな身体(ぼくと変わらないけど)であまりにも泣くものだから、水分が心配になって自販機で缶の清涼飲料水を買ってきて渡すと大人しくベンチに座って飲み始めたのでほっとした。その頃には涙も止まっていて、3人とも目元を袖でこすっていた。
「さて、じゃあぼくはそろそろ帰ろうかな」
「「「えっ」」」
「え?」
「な、なまえ! なまえきいてない!」
ベンチから腰を上げつつそう言えば、まるでぼくがずっとここにいると思っていたみたいで。3人とも目を向く。中でもビターがぼくに向かって名前聞いてないというから、たしかにそれじゃ不審者だよなとは思うけど、今後会うこともないとこの時は思っていたから。
「あー……いいよ、ぼくのことなんか気にとめなくて。ちょっとおせっかい勝手に焼いちゃっただけだし」
「で、でも」
「じゃあ好きに呼んでくれたらいいよ。もしまたいつか会えた時に教えるね。ビターはもちろんだけどブラックもホワイトも、『物語』の世界に行ってどんな関係になっても仲良くね。そうすればきっと……たとえこれが偽善だとしてもどんな魂も最後には報われるはずだから」
「たましい?」
「「むく?」」
「うーん、ちょっと難しかったかな? まあ覚えてなくていいよ。じゃあね、ばいばい」
血は繋がっていない、どこまでも他人を思いやる兄の言葉を借りて。少しでも将来ビターが救われればいいと思いながら。ぼくは公園を出るために駆け出したのだった。
そしてこの高等部に留学して再会した時には、すでにヒーローと呼ばれていた。
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