第9話 うまそうの履き違え

「……るう、うるう、潤!」

「ひゃわ! 起きてます!」

「いや、確実に寝てたでしょ。で、返事はどうしたの? もちろんOKよね!?」

「え、え? なんの返事!?」

「……ビター? ブラック? どういうこと? 誘ったんでしょ?」


 はっと過去から引き戻されればホワイトの嬉しそうな顔があった。思わず起きてますと言ったけど、簡単に見抜かれて。返事は? と言われた。なんのことを言っているかわからないまま言葉を返せば、そこでふと気づく。そういえばブラックはぼくになにかお話があるとか言ってたような。上半身を起こしてぺたりと座り込んだまま首を傾げていれば。


「「あ」」

「このバカ2人があああ!!」

「わあああ!!」

「何すんだこのメスゴリラ!」


 ホワイトがブラックとビターの首を両腕で捕らえていた。というか締めていた。2人とも顔が青くなってきていてまさにあれは狩りをするゴリ


「潤ー? なんか言ったかしら?」

「なんにも言ってないです!!」

「そお? ならいいけど」


 まだ疑わしい目でぼくを見てくるホワイトをかわして。だんだん土気色になってきてしまっているブラックとビターにさすがにまずいと思って。ぼくはホワイトに近づいて制服の袖を軽くひく。


「あのね、ホワイト。ブラックがなにかお話あるって言ってたんだけど、ぼく、ここに着いたら暖かくて眠くなっちゃったんだ。だから2人のことはもうそれくらいにしてあげて」

「……わかったわ。とりあえず様子見で来たけど、もし次に来るか教室に帰ってきた時に言えてなかったらあなたたち、おばさまに言って夕飯抜きだからね!」

「はあ!? 勝手にふざけんな!」

「ホワイトそれはないよ!」

「黙りなさい、ヘタレども! おばさまだって潤のこと楽しみにしてるんだからね!」


 食欲盛りの男子高校生にはなんと辛いお仕置きだろうか。まあぼくは夕飯は食べないからいいんだけど。夕飯抜き、恐ろしい言葉だ。それを考えたのか、青ざめたブラックとビターにホワイトは知りませんと言わんばかりに肩を怒らせて屋上を出て行ってしまった。

 これはぼくにも責任がある予感? どっちに味方すればいいのかわからなくて1人おろおろしてた結果だ、ぼくにも非があるかも。っていうかおばさまって誰? なんでぼくのこと楽しみにしてるの? まさかぼくのこと煮たり焼いたり転がしたりして食べる気じゃあ!?

 泣いてるぼくを転がしているおばさまとやらを想像して青くなっていると。頭をがりがり掻いたビターと、大きくため息をついたブラックがぼくの前に膝をついた。


「「ヒーロー」」

「ぼくは煮ても焼いても転がしても美味しくありません!!」

「「は?」」

「だ、だって、おばさまってひとがぼくのこと楽しみにしてるんでしょ? 煮たり焼いたり転がしたりして食べるんでしょ!?」


 震えながらこわいよーと同じ目線にいる2人の首に抱きつけば。最初にビターが震え出して、次にブラックも震えだす。やっぱりおばさまってひとは怖いひとなんだ! 確信を持って2人から離れれば。


「くはははは! 安心しろよ? ヒーローは絶対美味いって。俺も食いてえしなあ?」

「ぴえっ! か、可愛いビターが可愛くないこと言ってる! 美味しくないよ! ブラック、ブラックもそう思うよね!?」

「うーん、僕もビターの意見に賛成かなあ? っていうか可愛い枠なんだ、ビター。ヒーロー、僕は?」

「ブラックはかっこいいと思うよ……ホワイト? ホワイトなら助けてくれる!?」

「やめろ俺たちが殺される」

「ホワイトああ見えてビターより強いからね? やめて」


 大声で笑ったビターが舌舐めずりしながらぼくを見て、あーんと口を開けて噛み付いてこようとするから。それをあわててブラックの後ろに回ることで避けると、にやにやしながらこっちを見ていた。ブラックも心なしかにこにこしてるし、なんなんだろう。ホワイトに助けを求めようとすれば、2人ともすんっと真顔になって止めてきた。っていうかホワイトってビターより強いんだ……つまり3人の中で1番強いってことだよね? よし、なにかあったらホワイトを頼ろう。心に決めたところで、思い出す。


「そういえば、なにかお話があったんじゃないの?」

「「あー」」

「?」


 ビターとブラックの間に戻ると、2人がお互いの顔を見合わせていて。ぼくは首を傾げて2人が何か言ってくれるのを待った。そしたら、ブラックとビターが片手ずつなにかを乞うように手のひらを上にして伸ばしてきたから。


「ヒーロー、文化祭」

「僕達と一緒にまわらない?」

「え……え、え。一緒にまわってくれるの!? あ、でもぼくが1人って言ったから? なら気を使ってくれなくても」

「俺達はヒーローと一緒にまわりたくて誘ってんだよ、頼むからそれくらい俺達に好かれてるくらいの自覚は持ってくれ」


 最初に口を開いたのはビターだった。それを引き継いだのはブラック。その言葉に困惑したのはぼくで、思わず気を使わなくてもいいよって言いそうになるのを遮って、ビターがため息混じりに告げる。そこで、2人がぼくのこと「好きの上」くらいには好きだと言ってくれたのを思い出した。だから。


「うん、……うん。えへへ、2人が誘ってくれてすっごく嬉しい、ぼくの方こそよろしくお願いします」


 伸ばされた手を、両手を使って片手ずつ掴んだんだ。2人の手が、まるで緊張を表すかのように少し汗をかいていたけど、そんなことは気にならず離さないように強く握った。2人とも、当然だけどぼくより手が大きくて、それに包まれるとなんだかすごくほっとした。


「ホワイトは一緒にまわらないの?」

「あいつは恋人とまわるんだってよ」

「午後は家族とまわるらしいけどね、ほら午前中は一般の公開はないでしょう? だからその時に一緒にいるみたいだよ」

「え!? ホワイト恋人さんいたの!? すごい!」

「ヒーローだって望めばすぐに出来るぜ?」

「えー、ぼくみたいなちんちくりんにもできるかなあ?」

「「必ず」」


 ぼくみたいなのに恋人をできると断言してくれた2人には悪いけど、恋人ができる気配なんて感じたことないし。そもそもこの6歳の身体で釣り合うのか微妙だ。妹と同じ、この可愛い顔には自信があるんだけどねー。

 もう1回迎えに来てくれたホワイトに「ブラックとビターが文化祭に誘ってくれてね、ぼく1人じゃないよ!」と言えば、教室に戻る途中。嬉しそうにブラックの背中を叩いたホワイトに、ブラックが階段から落ちそうになってた。危ない。

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