第14話 ラズベリーシェイクは美味

「そういえば、今日から夏休みだね」


 始まりはブラックのそんな言葉だった。蝉が遠くで鳴いていて、窓の近くに行くとそこから入る太陽光がじりじりする。

 ぼくが留学しているこの学校は不思議で、文化祭の後に片付け期間が2日。その次の日からテスト週間が1週間ある。それが終わったらその日のうちに終業式で夏休みに入るという、鬼も真っ青な鬼畜スケジュールなのだ。そしていま、最後のテストが終わった。

 そっか、夏休み……か。


「夏休みが終わったら、みんなとお別れかあ」


 小さく呟いたはずのその言葉に、教室中が静まり返りブラック、ビター、ホワイトの3人が固まる。ビターはツチノコでも見つけたような顔してるし、ブラックはゆっくりと、それはもうゆっくりと口の端をあげて黒い笑みを見せ。ホワイトはブラックとは逆にだんだんと鬼のような形相に変わる。

 え、みんななんでそんな顔してるの? ぼく留学生だよ? 夏休み明けたら1学期が終わるから、元の学園に帰るのは当たり前だし自己紹介の時にも「1学期の間よろしくお願いします」って言ったよね!?

 ぼくが困惑していると。


「「ヒーロー、詳しく」」

「潤? なんでお別れなのかちゃんと話さないと締め上げて屋上から吊るすわよ?」

「ひえっ。えっと、もともと1学期の間だけっていう約束での留学だし、はじめの挨拶の時にそのことは言ってあるし、それに陛下から「夏休みの終わりには絶対帰ってくるように」っていう緊急徴集があったから……」

「あー確かにはじめの時言ってたような」

「うん、言ってたね」

「ああ、潤が言ってた暴君女王サマね。……でもまた会えるんでしょ?」

「う、うん! だから大丈夫だよ!」


 へらっと笑って、ぼくは嘘をついた。

 本当は、この世界に来るには女王陛下の許可が必要で。なおかつ世界を渡るための強大な「力」が必要で。陛下でさえも1日になん組かの人間を他の世界に渡すのが精一杯だ。そして、そんな彼女のスケジュールはもう122年先まで埋まっている。仕事として行なっている世界渡りを、ぼくの私情のためにあけてもらうことなんてできない。

 それに122年後にまたこの世界に来られたとして、ブラックもビターもホワイトも「物語」の中に旅立っていて会えることはないし、生きてもいないだろう。そもそも、「物語」の中ではここでの記憶はなくて、ここに戻ってくると今度は「物語」の中での記憶はなくなる。

 だから、いろんな因果や原因が相まって1度帰ってしまえばもうぼくはみんなに会うことはできない。

 ぼくの嘘で機嫌が直ったホワイトと一緒にテストのここら辺が難しかったね、ここの答えはこうだよ嘘! 間違えた……と灰になっているホワイトはあまり勉強が得意じゃないみたいだと苦笑いして。

 なんとなく視線を感じてそちらを見ると、ぼくとホワイトの会話を聞いているだけだった双子の片方ずつの黒い目がまるでぼくの嘘を見抜くように。心を見透かすみたいにぼくを見ていた。

 それにもう1度へらりと笑みを返して、ぼくはホワイトとの会話に戻ったのだった。



「〜であるからして、学生の本分である勉学に励み」

「ねえねえ、校長先生の話ってみんなこんな長いの?」

「大体こんなもんだろ?」

「いっつも長いよねー」

「潤のとこは違ったの?」

「うちの学園は校長も教頭もいなかったから、2つある生徒会のうちのどちらかが挨拶してたよ。大体一言で終わってた。第1生徒会なら「眠い。以上解散」で終わりだし、第2生徒会なら「自由にせよ、解散である」で終わってたー」

「「なにそれ濃ゆい」」


 うちの学園に興味を持ってくれたのが嬉しくて、ちょっと内情を晒してみると。ビターはなんとも言えない顔で黙り込み、ブラックとホワイトは声を揃えた。

 うん、ぼくも濃いと思うよ、挨拶するの必ずじゃんけんで負けた方とかでやってたし。終業式は罰ゲームじゃないっての。そんな感じに小さい声で話ししてたら校長先生の話は終わったみたいでそこからはさくさく進んだ。でも、体育館は夏ということや人の熱気で不愉快なくらい暑かった。教室に戻って課題を渡されてさようならだ。


 いつもみたいに帰ってる途中、蝉時雨の中ふとホワイトが言い出した。


「そういえば、潤いつ遊びにくるの? おばさまたちすっごい楽しみにしてたけど」

「え、本当? あれ社交辞令じゃなくて本当に遊びに行っていいの?」

「冗談じゃねえから安心して遊びに来いよヒーロー」

「そうだよ、母さんも父さんも社交辞令言わないタイプだからさ。それに……僕達も来てほしいな」

「どうせなら泊まりで遊びに来なさいよ! 花火とかスイカ割りとか枕投げとかしましょう!」

「え……え、いいの? 本当に? ……えへ、ぼくいままで誰かの家に遊びに行ったことってないから緊張するねー」


 嬉しくて思わずふにゃふにゃ笑っていると、ブラックとビターの両方に抱きしめられた。サンドイッチみたいに挟まれたんじゃなくて、左右からぎゅっとされた。そのままほっぺに何度もちゅっちゅってちゅーされて、同じ帰る途中の生徒たちに見られて恥ずかしかったし、暑かった。ほっぺも熱いけど、コンクリートの通学路は照り返しがひどいのだ。遠くで鳴いてる蝉の声も夏を連想させてげんなりする。でも恥ずかしくて嬉しくてどきどきで震えている事しかできないでいると、ホワイトが。


「やっと付き合えたからってがっついてんじゃないわよ、まったく、これだから男は」


 2人を引き剥がしてくれた。すぐさまホワイトの陰に隠れれば、ビターが舌打ちして横を向きブラックが困ったような笑みを浮かべていた。そ、そんな顔したってダメなんだから!

 ぼくもビターみたいにそっぽを向いてから、ちょっとだけ視線を戻すとブラックがしょんとしていた。それが捨てられた子犬みたいで。ぼくはそろそろとホワイトの陰から出てブラックとビターの機嫌を直すように頭を撫で撫でしまくったのだった。

 そんなこんなで夏休みの予定を決めるために駅前のバーガーショップに立ち寄った。べつにこれは打ち合わせのためで、けして新商品が出たから食べに行ったとかじゃないよ! ……新商品のラズベリーシェイク美味しかったです。

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