第15話 手土産はチーズケーキと煎餅

 それから3日後。身1つで来てくれればいいから! と言ってた3人だが、流石にお邪魔させていただく家に手土産もなしに行けないと思ったぼくは。里桜りお兄直伝のふわふわチーズケーキスフレタイプとお煎餅を手作りして持っていくことにした。里桜兄が焼いたふわふわチーズケーキスフレタイプは桜の焼印をつけてるんだけど、ぼくは道具を持ってないから無印なのだ。

 朝から焼きはじめて、部屋の中が甘くてしょっぱいような不思議な匂いになった頃。お煎餅は焼きあがり(百回以上もひっくり返して大変だった)ふわふわチーズケーキスフレタイプもふわふわが崩れないように素早く箱の中に入れて、準備は完了した。


 実はぼく、花火もスイカ割りも枕投げもはじめてだ。だからとっても楽しみで、家を出るときにうさぎさんとパンダちゃんのぬいぐるみを忘れそうになった。最近はこの2匹を抱き枕にして寝るのがお気に入りの寝方なんだ。でも、そのまま持ってくと周りのひとをびっくりさせちゃうから後ろに引くタイプのカートの中に入れて。手土産は手で持って。さて、準備はできたしバーガーショップで3人と待ち合わせでそろそろ時間だから出るか。


 炎天直下のアスファルトで舗装された道を歩いて駅前のハンバーガーショップに着く。じりじりと頭を焦がすような太陽光を背景に、カートを引いて。ハンバーガーショップの中、ガラスの向こうで飲み物を飲んでいる3人を見つけてガラスを軽くノックする。すると、最初にぼくに気づいたホワイトが手を振りながら一気に飲み物を飲み干そうとしたらしくむせてて、あわててブラックがその背中を叩いたりビターが呆れた目でゆっくり飲み干したりしてた。カートの持ち手を腰に当てて安定させて、手土産を一時的にカートの上において。口元に両手をやって「ゆっくりでいいよ」と口パクすればこくこく頷きながら3人とも飲み物をすすってた。

 それから3分くらい経ったのかな? 3人が出てきた。ブラックとビターが黒い半袖パーカーに黒いジーンズのズボンという私服に対して、ホワイトだけが制服だった。


「ホワイト、なんで制服着てるの?」

「くははは、聞けよヒーロー。こいつ数学落ちて今まで補習だったんだぜ」

「うっさいわね! 数学なんて世の中に出たら使わないんだからいいじゃない!」

「ギブギブ!」

「それ言ったら数学の存在意義だよねー。ってヒーロー、それなに?」


 楽しそうにホワイトの補習事情を暴露するビターの首を絞めながら、ホワイトが言った確かにな事実にぼくはブラックと一緒に苦笑した。で、カートを指さしながらブラックが言うから、うさぎさんとパンダちゃんが熱くないように入り口に被せてた布をとって中身を見せる。ホワイトが首を締めるのを緩めたのか、ビターがぜーぜー息をしていた。


「それ……」

「えへへー、文化祭でブラックとビターがくれたパンダちゃんとうさぎさんです! 最近この子たちがいないと眠れなくなってきちゃって」

「つまりヒーローは俺たちがいねえと眠れねえ身体になったんだな」

「誤解を生む言い方はやめなさいよね!」

「ギブだしやめろっつってんだろこのメスゴリラ!!」


 うさぎさんはビター、パンダちゃんはブラックの代わりに大切にするって言ったから確かに間違ってない言い方だよね。でもそのことを知らないホワイトがセクハラにも近い発言をしたビターの首を絞めようとじわじわ近づいてて。また「メスゴリラ」のところで抑えがきかなくなったのか首を締めるのかと思いきやアッパーかましててビターが口元抑えてた。2人ともよくやるなあとのほほんと見てたらブラックに苦笑いされた。なんで?

 気が済んだのか、ホワイトが口とか顎とかを押さえながら睨んでくるビターを無視して。ホワイトが指差したのは手土産だった。


「潤、それは?」

「あ、これ手土産。いくらなんでも身1つとうさぎさんとパンダちゃんもお世話になるのに手ぶらはあり得ないかなって!」

「……そんな遠慮しなくていいのにー」

「とかいいつつ涎でてんぞゴリラ」

「人のあだ名をゴリラに固定させようとするのやめてくれないかしら!?」

「ホワイト、涎出てないから大丈夫だよ」

「ありがと、ブラック」


 涎が出てないと言われても一応口元を拭うホワイトに、そんなに手土産が気になるのかなと思って中身はチーズケーキとお煎餅だよ! というと、本当に涎が出てきた。目が、目が猛獣みたいになってて手土産を守るように抱きしめれば。取らないわよーとホワイトが言ってたけど、目は依然変わらず。


「潤、荷物重くない? 持ってあげようか」

「ヒーロー、俺が持つから貸せよ」

「え……えーと、ありがとう。ビター」

「ビタあああああああああ」

「こえーよ!!」


 ホワイトが荷物が重くないか心配してくれて、なぜか手土産の方に手を伸ばしてきた。よくわからなくて、いい笑顔のまま手を伸ばしてくるホワイトに渡そうとすれば。ビターが持ってくれるって言ってくれた。こ、こ、こ、恋人、だし!? 女の子に荷物なんて持たせられないからビターを頼れば、地獄の底から吐き出されているかもしくは呪いの言葉なのではないかと思うくらいの重音でビターの名前をホワイトが呼んで、ビターとブラックがそれにドン引きしてた。あ、ブラックは無言でぼくの手からカートを持って行ってくれた。紳士だなあって思った。


 目の前の駅に少しでも日にあたる時間を短縮させようと走って、駅構内暑いねーとか最高気温39度超えるとこもあるみたいだよなんて話しながら電車を待ってた。

 案外すぐに電車が来て、乗り込む。電車とプラットホームのところを落ちないようにぴょんっととべば、3人になんだか微笑ましいものを見る目で見られてしまった。

 電車の中はクーラーは効いてるみたいだったけど、夏休みになっているためかひとがたくさんいて熱気っていうのかな? むんむんしてた。当然ぼくより背の高い人ばっかりで、押しつぶされないか心配だったんだけど、ブラックとビターが壁に手をついてぼくを囲っててくれたおかげでつぶされなかった。

 2人と目が合った瞬間、ビターにはいじわるな笑みを、ブラックからは優しい笑みをもらったから、多分ぼくが押しつぶされないように庇ってくれたんだと思う。視界の隅で、ホワイトが「壁ドン……」とか呟いてたけど意味がわからなかった。壁にドーンってぶつかることかな? 痛そう……。

 ホワイトがリュックサックを前にして、夏服の背中をさらしながら「すーずーしい」って言ってたら、ビターが鼻で笑って「おっさんかよ」って漏らしたせいで足を蹴られてた。なんでビターってこう、学習能力というか。


 どんどんひとが降りて行って、ぼくたちも終着駅で降りた。でも、乗客は半分くらい残って同じように降りてたから、ここになにかあるのかなあ? と首を傾げていると、ぼくの疑問を感じ取ったようにブラックが。


「ここはベッドタウンだからね、家がたくさんあるんだ」

「べっとたうん?」

「昼間は仕事でいない人が寝るために帰ってくる町のことよ」

「でもいまは夏休みだろ? だから人が多いんだ」


 なるほど、と頷いたところで。ホワイトが疑問みたいに口を開いた。駅の出口は1つしかないらしく、そこに向かって歩いていく。


「潤って意外なこと知らないわよねえ」

「「そこが可愛い」」

「黙りなさい恋は盲目ども」


 ビターとブラックが真顔でいうものだから、思わずびくっとなったけど。ホワイトに突っ込まれても2人は平然としてた。それどころか、ホワイトの方こそ何を言ってるのかと言わんばかりに「ヒーローは可愛いだろ、なあ? ブラック」「ヒーローは可愛いよね、ねえ? ビター」と言いあってた。いや、可愛いと言われるのは正直嬉しいし、2人の方こそ可愛いしかっこいいよ! と言いたかったけれども! そこはぐっと我慢した。物知らずが可愛いと思われたらやだから。

 駅の構内から出て、まるで首を切り落とさんばかりの鋭い陽光にげんなりしつつ右に曲がり坂道を下る。暑くて溶けそうになりながら3人の後をついていけば。

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