第16話 ショコラティア家容赦ない

 広い……ぼくが15人は並んで歩けそうなくらいに広い灰色の石階段があった。その階段の両サイドには一段空けの感覚で石灯籠が置かれている。反り返らない程度に見上げると上には立派というにもおこがましいほど、年月を感じさせる巨大な門があった。

 ぼくはこの時点でブラックとビターの家ってもしかしてハンパないんじゃ……と思ってたけど、階段を登ったらさらにすごかった。

 御殿というにふさわしい屋敷に、門の上の重ね松、ぱっと見だけでお庭は玉砂利で波が描かれていて、池には錦鯉が跳ねるのが涼しげで。……ショコラティア家容赦ない!! って思った。呆然としてるぼくを追い抜いて、家の入り口である引き戸を開けて最初に声をあげたのはブラックだった。


「ただいまー」

「ただいま」

「ただいま帰りましたー」

「お、お邪魔します」


 次にビター、ホワイトは敬語で挨拶してて。ぼくもお邪魔しますって挨拶してから引き戸の中に入っていく3人に続いて入っていくと。布が擦れるような音がして、綺麗な着物を着た女のひと、ブラックとビターのお母さんが出迎えてくれた。


「あらあらあ、暑い中来てくれてありがとう。ささ、あがってちょうだいなあ。冷たいお茶でも出しますからねえ」

「あ……おかまいなく!!」

「お袋、これ。ヒーローから。手土産だってよ、チーズケーキと煎餅」


 ビターが持っていたチーズケーキの箱とお煎餅が入った袋を、お母さんに渡す。その顔は心なしかどや顔だったけど、なにかいいことでもあったのかな? と考えていれば。ブラックもカートの中からうさぎさんとパンダちゃんのぬいぐるみをとってぼくに渡してくれながらどや顔してて、ホワイトだけが頭が痛そうに抱えてた。なにか呟いてたみたいだけどよく聞こえなかったんだよね。


「まあ、ありがとう。お茶にせなあかんねえ」

「それ、手作りなので早めに食べてください、両方とも」


 ぼくがそう言うと、靴を脱いでいたブラックとビター、ホワイトと手土産をほくほくした顔で受け取っていたお母さんが驚いたように振り向いた。思わず肩を揺らして、うさぎさんとパンダちゃんのぬいぐるみで顔を隠せば。ホワイトが驚きを含んだ声で尋ねてきた。


「潤、おせんべいって自分で作れるの!? すごい!」

「す、すごくないよ!ちょっと時間がかかるのと熱いのと根気がいるだけで」

「いや、ヒーロー十分すごいよ」

「ヒーロー、それだいぶ大変だからな?」

「本当にお料理好きなのねえ」


 あわててそんなにすごいものじゃないことを伝えるも、さらなる感心を買ってしまった。大丈夫だよ、誰にでもできるよ! ということをアピールするけど、みんなから頭を撫でられてしまった。よくできたねーよしよしって感じで。そしてお母さま、その通りです。

 というか、もともと好きなのもあるけどぼくの城では料理できるのがぼくしかいなくて、苦肉の策だったこともある。ぼくの側近であるユイラインは、なぜか野菜を使っても肉を使っても最終的に出来上がる料理が目玉焼きだし、部下たちは偏食が多かったしで料理経験まるでゼロだったのも少なくはない。

 ということでぼくが作っていたのだ。だからだからかどんどん料理にのめり込んでいって、部下に毎回フルコースはやめてくれって言われたこともある。

 そんなことを思い出していたらぼんやりしてるように見えたのか、ブラックが大丈夫? って心配してくれた。だから大丈夫だよっていってから、心配そうにこちらを振り返っているお母さんにも。


「ぼく、お料理大好きです!」


 って返しておいた。そしたら、にっこりと笑ったお母さんに。


「あらあ、じゃあ晩御飯の準備手伝ってもらってもいい? 夕方になったら迎えに行くわあ」


 と言われた。ぼくは全然かまわなかったから、「はい!」と返事をしたんだけど。ブラックとビターがめちゃくちゃ抗議してた。「ヒーローは俺たちと遊ぶんだ」云々「だいたい台所にはホワイトも入れないのに」云々言ってたけど、お母さんが2人の耳元でなにかを言った途端じゃあ仕方ないなみたいな感じに受け入れてた。なに言ったんだろ?

 うさぎさんとパンダちゃんを抱えながら首を傾げているとホワイトが、「スイカ割りすると汚れちゃうから持って行っておくわね」と言って、ぼくの手からうさぎさんとパンダちゃんを取り框を上がりお母さんについて行った。

 ビターとブラックの部屋に置いておくらしい。ぼく、今日2人の部屋で寝るのかな? そんな疑問はおいといて。

 ブラックとビターが先に框に上がりブーツが脱げなくてもたもたしているぼくを待っていてくれて。框に上がるとき、手を差し出してくれた。みんなにとってはちょうどいい高さでも、ぼくにとっては高すぎるそれにありがたく手を借りて。そのまま手を繋ぎながら長い木張りの廊下を歩いていったのだった。

 そして連れてこられたのは広い居間らしきところ。ちゃぶ台があって、古めかしいテレビがあって、縁側へと続く通路には風鈴が飾られていた。風が入り込んでくるたびにちりんちりんと控えめだけど涼しげな音がして、クーラーなんてなくてもどこか涼しかった。ちゃぶ台のまわりにブラックが正座で、ビターが胡座をかいて座ったから、ぼくはどこに座ればいいんだろう? そもそも座っていいのかな? と思っていると、おぼんに氷とお茶の入ったグラスを持ったお母さんがすぐに来て。


「あらあら、どうぞ。好きなところに座りなさいなあ」


 と言ってくれたから、1番下座に座った。ひとの家に来て上座に座るとか意味わかんないよね! 勧められるまま飲んだお茶は香ばしい麦茶で、とても美味しかった。思わずへにゃへにゃ笑ってしまうとお母さんに頭を撫で撫でされた。そのとき。縁側から声がした。そっちを振り向いてみると、ホワイトが呼んでた。


「潤、スイカ割りの準備できたからおいで! ビターとブラックも早く!」

「わー、ホワイト準備しててくれたの!? なんか美味しい麦茶飲んでてごめん!」

「いいわよ別に。あたしが準備したんじゃなくて若い衆にやらせただけであたしも麦茶飲んでたから」

「こいつヒーローが謝らなかったら絶対自分の手柄にしてたぞ」


 平然と胸を張りながらどや顔するホワイトに、思わず顔が引きつった。若い衆さん、お疲れさまです。ビターは麦茶を最後の一滴まで飲むと大儀そうに首をごきごき鳴らしていた。ブラックはお母さんと何か話していて。


「相変わらず強かでええ子ねえ、ホワイトは」

「強かでいいんだ……」

「なにしてんのよ、はーやーく! 潤が生足で準備万端よ!」

「「すぐ行く」」

「なんというか、うちの子たちも強かねえ」


 なんでぼくが生足とか言うのかわからなかったけど、それを聞きつけたブラックとビターの行動が素早かった。え? なんで靴下脱いだのかって? だってサンダル借りてるって言ってもスイカの果汁とかとんできたらべたべたになるし。その点、素足でいれば水で流すだけで済むから。お母さんが呆れた目で見てたけど、いいんだろうかと思いつつ。

 真夏の太陽の下に敷かれた青いビニールシート、その上には大きくて立派なスイカがごろんと転がっていて。横には白い綺麗な木の棒があった。なんでも、去年ホワイトが折っちゃったから買い換えたらしい。……え? って思うよね? スイカ割りで木の棒折るの? 疑問はそこそこに。

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