第5話 それはセクハラだ、気づけ

「あのさ、水花みずか。一緒に……その、1週間後の文化祭まわらないか?」

「ミンチの血祭り……」

「え!?」

「あ、ううん。なんでもないよ! えーっと「ダメだよ」え?」


 照れながら誘ってくる男子生徒(ネクタイの色が緑だから3年生かな?)にどうやって返事を濁そうかと考えていると、柔らかい声がまるで天気でも告げるように断った。ブラックの声だ。ブラックとビターの声は同じだけど、なんかブラックの方が声が柔らかい気がするんだよね。

 文化祭を1週間後に控えるまで、文化祭巡りのお誘いはなかったが。どうやらここにホワイト曰く「ミンチで血祭り」のお誘い人が来たらしい。いや、お昼休みに教室で屋上に呼び出されたときからなんとなくわかってたんだけど。教室で呼び出されたとき、ホワイトは目をぎらぎらさせてたし、ビターはつまらなそうに舌打ち、ブラックだけがうつむいていて表情が見えなかったと思ったら、どうやら着いてきていたらしい。


「な、み、水花が断るならともかく! なんでお前に断られなきゃいけないんだ!」

「だってヒーローは僕と文化祭をまわるんだ。ね? そうだよね? ヒーロー」

「え? あ、う、うん!」


 ブラックの柔らかいはずの声から、威圧感を感じて頷く。そっと細められた、目は黒いのにどこか赤くも見えて。ちょっと……こう、こわいっていうんじゃないんだけど。なんていうか、うーんと。どうしたんだろうって不思議には思った。

 ブラックが断ってくれてほっとしたのもあったけど、先輩がまだ続ける。いつの間にかブラックはぼくの側に来てて、顔同士が同じくらいの高さになるように膝をついてた。


「そ、そうなのか? じゃあ今度一緒に遊びにでも行かないか?」

「あ、それなら別に……ふにゅう!!」

「ヒーロー、ダメだよ? そんなことして、一縷の望みもないのに期待させたら可哀想でしょ?」


 かぷり、甘噛みというのがちょうどいいくらいに。頬を跡が残らないくらい軽く噛まれたと思ったら、そのままもぐもぐ咀嚼されてその跡をゆっくり舐められる。舐められるたびにふにゅう、ふみゅうと声がでてしまう。別に嫌なわけじゃないけど恥ずかしいから。ブラックとビター以外にされたら今ごろ相手は気絶どころか半殺しだけどブラックだから嫌じゃないね! 嫌……嫌ではないんだけど。ぴちゃぴちゃ聞こえる水音に思わず赤面してしまう。

 恥ずかしくて、身体が小さく震える。頬を甘噛みしていた口がいつの間にか首に移っていて、声がでないように口もとに手を当てるけどそれでも声がでてしまうのも羞恥心を煽る。

 かくなる上は……と口に指を突っ込むが、それを見ていたブラックが引き抜いてぼくの口の中に指を入れてくる。ぼくの舌を指に絡ませるせいで声は我慢できないし、ブラックの指だから噛むこともできないし息苦しいしで生理的に涙がにじむ。

 さらにブラックの舌が皮膚、それも首という生命の命綱を舐めなぞる感触に足ががたがた震えてきたかと思うと、いつの間にか背中を壁に片手で押し付けられていた。こんなところ誰にも見られたくなくて、先輩がいたはずのところを見ればもういなくなっていてちょっとほっとした。


「ヒーロー、まだあんな男のこと気にする余裕があるんだね。じゃあ、もうちょっと恥ずかしいことしようか」

「は……はあ、ふにゅ。もっと、はずかしいの?」

「そう、例えば「そこまでにしとけよブラック」……なんだ、いつから見てたのさビター」


 ブラックは嫌いじゃない、大好きだ。きっとこれはぼくがなにかブラックの気に障ることをしてしまったから、お仕置きなんだろうと酸欠でぼんやりした頭で考えていると。ブラックがもうちょっと恥ずかしいこと、と言ってくる。息切れしながら舌っ足らずになりつつブラックを見つめていると、そこにブラックと同じ声。でもブラックよりちょっと尖った声が割り込む。

 その声に動きを止めたブラックは不機嫌そうに屋上の入り口を見た。ぼくも同じようにそちらを見れば、にたあっと大きく口を裂いて笑ったビターがいた。悪い顔してるなあ。ブラックに支えられ、ぺたりと座り込んだ屋上のアスファルトはほんのり熱くて。ぼくはなんだか落ち着かない気分になった。


「ブラックがヒーロー舐めまわし始めたあたりから。あの男も可哀想だなあ、お前の後に俺を見てビビって階段踏み外しちまってたぜ?」

「……本当に踏み外したわけ?」

「当たり前だろ。あーあー、兄貴に疑われるなんて悲しいねえ」


 肩をすくませて、やれやれと言わんばかりに演技めいてゆっくり首を振りながら近づいてきたビターに。ブラックは呆れたようにため息を1つついてからぼくを抱きしめて支えたまま、シャツの袖で口元を拭った。ブラックの指? ぼくの唾液でべとべとになってたから、ハンカチ渡した。それで手を拭ってくれたのはいいんだけど、ハンカチは返してもらえなかった。なぜ?


「別に疑ってはないよ、ちょっとカマ掛けただけ」

「だからヒーロー、ちょっと慰めてくれよ」

「まったく『だから』に繋がってないんだけど?」

「ブラックはうるせーな、いいだろ。……なあヒーロー、ダメかあ?」


 甘え切った、その声に。広げられたビターの腕の中にゆっくりとブラックがビターの方へとぼくの身体を倒して。ぼくはブラックからビターへと引き渡されたのだった。

 ちなみに、ビターに甘えられているときにはいなくなっていたブラックはさりげなく授業に出ていて。教室に戻ってきたぼくとビターにノートを見せてくれた。

 こういうところがさりげなくできるから、ブラックはかっこいいとぼくは思う。サボった分の反省文は1枚ですんだ、というかホワイトはなんにも悪くないのに巻き込んで申し訳なかったです、まる。

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