第3話 井戸の底の怪奇

 佐々城家は元々、仙台藩医の家柄である。

 信子の父は伊東家の婿養子であったが、信子の母である豊寿と密通し、信子と妹、弟が産まれた。

 父親が伊東家から離縁され、旧姓である佐々城を名乗るようになってから信子の両親は結婚している。豊寿の家柄は、仙台藩の重役であった星家。同じ仙台藩にルーツを持っているが、星家の方が格上と言える。

 独歩が覚えている限りでも、佐々城家で権勢を振るっているのはもっぱら豊寿の方であり、父親の本支は妻の影に隠れるようなところがあった。

「世間体の悪い言い方をすれば、母上の略奪婚ね」

「おや、君が母上を悪く言うとは」

「気性の激しい方であったのは事実よ。激しすぎて、貴方とはついぞ意見が合うことはなかったわね」

「火に油、油に火、燃えるしかあるまい。折り合うことは叶わぬ相手だったな」

「折り合う努力をなさらなかったのでは?」

「それは君、お互い様だ」

 けらけらと笑う独歩に、信子は呆れ半分、諦め半分といった様子でため息をつく。その様子を、後ろからじっとりと見ているのがハルである。

「仲が良すぎませんか……元婚約者ですよ……元ですよ」

 ブツブツと小声で呟くハルを横目に、花袋はややひきつった顔になる。

「あの微妙に火花の散っているやりとり、仲よさそうにみえるか?」

 静かに一番後ろをついてきていた藤村が、胡乱な眼差しを彼に向けた。

「花袋君は相変わらずの朴念仁だ」

「は?」

「君は乙女に夢を見ている割に、女心を理解しないところがあるね」

「ぐ……独歩みたいなことを言いやがるな」

 藤村は陰鬱で愛想のない青年であるが、実をいうとこれでなかなかにモテるのである。

 独歩が人好きのする社交的なモテ男だとすれば、藤村は不思議と人を引き付けるタイプの陰のあるモテ男。

 いずれにしても、モテることのない花袋には、生態からしてよくわからない存在である。親友のモテる要素を分析しても、全く自分に活かせる気がしない。

「ハルさんだって、年頃の女の子なのだからね」

「え、それはハルちゃんが独歩に……本気で、こう……」

「花袋君、そういうところだよ。君、すぐ近くに愛想がいい、よく話しかけてくれる、魅力的な女の子がいるとして、急に彼女の古い知り合いだと言って、美形の男が訪ねてきて動揺せずにいられるのかい?」

「それは……正直気になる、けどな」

 何せ、花袋は女性に耐性がない。目が悪くて度々眉間にしわがよるし、背が高くて威圧的に見えるようで、女性の方から避けていく始末。女性と二人きりで話すのは、たいていの場合家族が相手である。

 藤村に痛い所をつかれ、花袋はハルと同じようにしてじっとりと先を歩く独歩と信子を睨みつける。つまり、話題そらしである。

「よく普通に話せるな、とは思っているよ」

「独歩君だからねぇ……」

 ――後ろを歩く三人の、そんなやりとりはついぞ知らず、独歩は信子と情報交換をしている。

 険悪なのか気心が知れているのか、際どい線で会話をしている元婚約者同士であるが、お互いに本来の目的は忘れていなかった。

「現時点で、亡くなっている佐々城家の関係者は三人か?」

「私が帰って来てから三か月の間に、立て続けよ。初めは父、次に母、その次はずっと使えている年配の女中」

「ご年配ばかりか。偶然と言い切れないこともないが、僕に声をかけるくらいだから、怪奇と思うだけの根拠はあるのだろう?」

 独歩は、信子と付き合っていた頃に、幾度となく佐々城家を訪ねている。信子の両親は独歩をあまり歓迎していなかったが、使用人はそうでもなかった。独歩が得意の話術で、彼らが気持ちよく信子に取り次いでくれるように言いくるめていたからだ。

 だから、恐らく信子の言う亡くなった年配の女中が誰なのかも、何となく推測ができる。昔は信子兄弟の乳母を務めていたという女性が、よく取り次いでくれた。

「父が死んでから、夜に鳥が鳴くようになって……。今までそんなことがなかったから、妹が少し気味悪がっていたわ。母が死んだら、鳥の鳴き声が多くなった。両親は病死だったけれど……女中は違ったわ」

「不審な死に方をした、ということだな」

「裏の枯れ井戸で、釣瓶の縄に首をくくられて死んでいた。自殺か事故かは……わからない。だけど……」

「夜鳴く鳥は増えた、と……」

 帝都の街中に、夜行性の鳥はそうそういない。

 夜行性ではなくとも、鳥は夜鳴くことがないわけではないが、今までそんな気配がなかったのに急にそうなったというのは不気味ではある。

「妹は鎌倉の別荘に行ってもらったわ。弟は、今アメリカに留学しているけれど、しばらく戻らないように手紙を送った。両親の訃報は届いているでしょうから、本音では戻りたいでしょうけれど……」

 信子の妹、愛子は、母親の豊寿と同じくらいに、独歩のことを忌み嫌っていた。正直、彼女が屋敷にいないのは、独歩にとって朗報である。ややこしい相手は、いない方がいいに決まっている。愛子を屋敷から遠ざけたことも含めて、信子の計画通りなのかもしれないが。

 話しているうちに、佐々城家の邸宅が見えてきた。

 佐々城家は敬虔なキリスト教信者だ。信子の父はこの国初のプロテスタント教会である、日本基督公会の会員でもある。母の豊寿もキリスト教系の女性団体、東京婦人矯風会を設立している。女性参政権や廃娼運動に関わり、積極的に活動している。

 そういう背景もあってか、佐々城家の屋敷はまだ帝都にも数が少ない、健全な洋風建築となっている。

「わぁ……素敵なお屋敷!」

 後ろで、ハルが感嘆の声をあげている。

 素朴な下町育ちの彼女には、洒落た洋風の御屋敷が新鮮に映るのだろう。

「僕も初めてここに来た時は、ずいぶんと驚いたな」

「母の趣味ですね」

「君のご母堂は、プロテスタントの女性活動家としては、ずいぶんな権勢をふるっていたようだからな」

「貴方と私の件で、失脚したのですけど」

 佐々城豊寿は、独歩と信子の離婚騒動で、やや独歩に同情的な世論に押されるようにして、活動から退いた。それは独歩も知っている。

「その点については、責任を感じないではないよ。僕はこれでも、君の母上の活動については、大いに評価されるべきと考えている」

「貴方と話していると、女性を何だと思っているのかわからなくなるわ」

「僕は男女関係なく、自分がやりたいと思っていることをやり遂げる意思を持つ人間を尊重する。ウメ子を雇っているのも、彼女が真摯に写真師の仕事を愛しているからだ。だが、僕を嫌っている相手にまで忖度はしない」

「撤回するわ。実に明瞭ね」

 少しばかり白けた様子でそう述べた後、信子は門の鍵を開けた。門の鉄柵には、錠がかけられていたのだ。

 まだ昼間だというのに、屋敷には人の気配がない。どうやら、最低限の使用人だけを残していないようだ。

「両親が亡くなった時点で、暇を出した者も多くいるわ」

 信子は長女ではあるが、米国から戻って来たばかりである。そして、佐々城家次期当主である彼女の弟は渡米中。それならば、長く屋敷に仕えている者以外は、他へ行くのも仕方がない。

「……あの、すみません」

 ハルが、佐々城家の広い庭をキョロキョロと見回している。独歩と信子は足を止め、彼女の様子をうかがった。

「どうした? ハルちゃん」

「さっき、夜に鳥の鳴き声がするって言ってましたけど、昼間はどうなんですか? 広い庭だし、小鳥がたくさん着たりとかは……」

 独歩は少し考えこんでから、庭を見回した。

 鳥の姿は見えない。これだけ広い庭で、それなりに茂った庭木もあるというのに、奇妙なほどに鳥の姿を見ない。

 独歩の『見える』方の霊感を持っているが、かなり近づかないと認識はできない。しかし、ハルは違う。

「ハルちゃん、何か聞こえたかい?」

「この庭に入った途端に、うるさいくらいに小鳥の声が聞こえてきます」

 ハルは『聞こえる』霊感だ。見えていなくても、『怪奇』が音として聞こえる。

「花袋、島崎は何か感じるか?」

「うーん、臭いはまだあんまり感じないが」

「僕は……どこからかはわからないけど、何となく『何かがいる』のは感じるかな」

 花袋は『臭い』を感知し、藤村は『気配』を感知する。

 怪奇の種類は様々で、どの霊感に強く作用するかは遭遇してみるまでわからない。

 しかし、実際霊感持ちを四人も集めて、二人が異変を感知したのなら、何もないということはあるまい。

「少なくとも、取材するだけの価値はあるということだな。ここまで来て何もないでは、僕も来た甲斐がないというものだ。さて、この家には大層恨まれていそうな僕が、怪奇を助長しないことでも祈ろうじゃあないか」

 独歩がくつくつと笑い飛ばすのを見て、信子は呆れたようにため息をついた。

「本当に、貴方はそういうところ、どうかしているわ」

「金で昔の男を動かした君が、それを言うかね」



 信子にきいたところによれば、佐々城家に常駐している使用人は、五人いるという。

 執事が一人、女中が三人、庭師が一人。井戸で首をくくって死んだ女中は、この中に含まない。

 現在、執事は信子の妹、愛子に届け物をしに行っているそうで不在である。庭師は無口な四十路ほどの男で、女中は通いが二人、住み込みが一人、住み込みの女中は執事の妻とのことである。

「さて、ここまでで特別に不可解な点はないが……件の女中が死んだという裏庭の井戸は見られるか?」

「警察が検分した後だから、何も残ってはいないわ」

「僕にしか見えないものが、現場に残っているかもしれないじゃあないか」

 女中が死んだ場所に怪奇があるなら、独歩が近づけば何か見えるかもしれない。花袋も、近くならはっきりと何かの臭いを嗅ぎとるかもしれない。

 いずれにしても、霊感の使いどころはここだ。

「霊感人間も数撃てば当たる。僕らは記者だ。文士だ。警察でも探偵でもない。僕らの仕事は、怪奇の取材。事件の解決ではなく、真実を見極めて書き取ること」

「ハルちゃんは記者でも文士でもないけどな……」

 花袋のツッコミに、独歩は無言で肘鉄をひとつ。無粋な指摘は、話をややこしくするだけである。

「ひとまず、実際に見てみよう。何もなければそれはそれで、安心すればよいことさ。少なくとも、警戒すべき点が一つ減るのだからね」

 澄ました顔でそう述べた独歩に、信子は疑わしげな眼差しを向ける。

「そういうものかしら?」

「僕が何も調べずに雑誌を作ろうとしているとでも? 多少は理解しているとも。何せ僕は『見える』のでね」

 実を言うと独歩の霊感は、さほど強い方とは言えない。

 花袋の方がよほど霊感は強い。恐らく、ハルや藤村も独歩よりは霊感が強いだろう。

 しかし、独歩には知見がある。

 新聞のため、雑誌のため、あるいは己の目指す文学のため。独歩は、興味を持ったものを徹底的に調べ上げる。

 そして、何をどう調べれば『目的』にたどり着くのか推理する。ジャーナリストの取材力をナメてはいけない。

 そして『見える』霊感持ちであるからこそ、独歩は怪奇がどういう形で存在するのか認識している。視覚は観測において、非常に重要な役目を担う。

「怪奇とは『霊穴』によって引き起こされる『現象』だ。怪奇に影響された人間ならばどうか知らないが、怪奇そのものには意思がない」

「つまり……どういうこと?」

「首くくりで女中が死んだ井戸に怪奇があったとしても、せいぜい僕の目に不気味なものが写ったり、花袋が変な臭いを嗅いで顔をしかめたりする程度だ。原因がそこにないのなら、恐れるに足らない。怪奇だけがそこにあっても、実行力を伴う人間に憑りつかない限り、害はないのさ」

 怪奇の近くには必ず『霊穴』がある。

 怪奇は『霊穴』から発生し、伝播するが、『霊穴』は発生したらその場から移動しない。

 その井戸が『霊穴』そのものであれば、そこから生みだされる怪奇を警戒する必要はある。しかし、人に憑りついていない怪奇が見えたり聞こえたりするくらいでは、さして影響はないのだ。

「怪奇は負の気配に引き寄せられるから、怖がって怯えれば憑りつきやすくなる。怪奇の原因である『霊穴』が生まれたとしたら、この家の主が死んだせいかもしれない」

「でも、独歩さん……女中さんが亡くなられる前から、鳥の鳴き声はしていたんですよね」

 ハルがきょろきょろと辺りを見回す。彼女には、まだ鶏の声が聞こえているのだろうか。

「佐々城家当主夫妻の死が『霊穴』の影響としても、この井戸の影響とは限らない。いや……井戸水を飲んでいたのなら、多少は可能性があるか?」

「ないわ。女中が亡くなったのは、枯れ井戸だって言ったでしょう。あそこにある井戸よ」

 古びた、石で組まれた井戸があった。釣瓶は外されている。恐らく、警察が捜査の際に外したのだろう。

 使われていない井戸に、女中がどうしてわざわざ近づいたのか。自殺か、事故か、他殺か、それとも怪奇か。これだけでは判断のしようがないが――。

 ひとまず、現時点では独歩の目には何も映っていない。しかし、隣を歩いていた花袋はやや顔をしかめた。

「臭うか? 花袋よ」

「うーん、はっきりと何かはわからないが……何となく、動物の匂いがするな」

「僕も、何となくさっきから鳥肌がたっているね」

 大して寒くもないのに、両腕をさすりながら藤村が口を出す。思わず独歩はハルに目をやったが、彼女は慌てて首を横に振った。

「私は……今は何も聞こえていないです」

「ふむ……本当に、場所によりけりだな。とはいえ、何かがあるのは間違いなさそうだ」

 独歩が井戸に歩み寄る。何もなければせいぜい湿った土が見えるくらいであろう。

「…………おい、花袋、覗いてみろ」

「は? いやいや、何かあるんだろ?」

「どうせ君には見えないじゃないか。いいから覗いてみろ。僕以外にどう見えるか知りたいんだ。島崎でもいい」

「僕はちょっと見てみたいかも」

「藤村、お前結構肝が据わっているよな」

 いつも通りの無愛想な様子で、藤村は顔色ひとつ変えずに井戸を覗きこむ。それに背中を押されるように、花袋も井戸を覗きこんだ。

「土と枯れ葉しか見えないね。それはそれとして、さっきから悪寒はするのだけど」

「俺も普通の枯れ井戸に見えるな。すげえ臭いけど」

「なるほど。ハルちゃん以外には、霊感が反応しているのだから、怪奇が発生しているのには違いない。ただ、ここは『霊穴』ではないようだ。穴らしきものはない」

 霊穴であれば、独歩はほぼ確実に視認できる自信がある。大きなものなら、多少霊感を持っていれば、独歩のように『見ること』に特化していなくても、存在がわかるだろう。

 だが、独歩には穴は見えないし、花袋や藤村も、少なくとも視覚の上では何も見えていない。

「あの……独歩さんは、何が見えているんです?」

 ハルがあまりに不安そうに尋ねるので、独歩は肩をすくめて笑って見せた。

「大したものじゃない」

「でも、見えたんですよね?」

「怪奇としては、こんなものか、という感じだな」

「おい、変にごまかすなよ」

 先ほどの仕返しか、花袋に脇を小突かれた。確かに、何も言わないのは不安を煽るだけか。

「血みどろの死体とか、その手のものじゃないんだ。ただ、井戸の底にびっしりと……」

「びっしりと?」

 花袋が再びまじまじと、井戸の底を覗きこむ。

「鳥の死骸らしきものが詰まっている」

「十分気持ち悪い!」

 花袋の抗議を、独歩は「はいはい」と聞き流した。ごまかすなと言うから真実に見たままを言えば、気持ち悪がられるのだから理不尽の極み。

「だからごまかしてやったのに。見ろ、信子とハルちゃんが青い顔になっている。……島崎は変わらないが」

「独歩君とは、一度視界を交換してみたいね」

「花袋、こいつは僕よりもヤバいぞ」

「俺から見たら、二人とも等しくヤバいから安心しろ」

 ひとまず、怪奇があることははっきりしたのだから、と。

 長居して憑りつかれてはたまらないので、退散することにした。怪奇がある場所よりも重要なのは、怪奇の発生元である『霊穴』の場所だ。そこを特定しなければ、怪奇はいくらでも発生しうる。

「信子、屋敷の中を案内して――」

 その時、甲高い叫び声が、遠くから聞こえてきた。

 その場にいた全員が、声のした方向を見る。ハルだけではなく、全員がはっきりとその声を聴いた。だから、少なくとも怪奇による影響で聞こえたわけではない。

「屋敷からだわ」

 信子が駆けだすのを、全員で後を追った。

 洋館の重厚なドアを開けて、玄関ホールへ。そこには泣きながらうずくまる女中の姿があり、信子は彼女を一瞥した後、それに気が付いた。

 数秒遅れで追いついた独歩たちも、それを見た。

 階段の下で、上半身だけをこちらに向けて、老人の遺体が転がっている。遺体からは、下半身が失われていた。

 ――その死体は、口元に笑みを貼り付けていた。

「ひっ……!」

「し、死体……!」

 悲鳴をあげて、信子とハルとがお互いに縋り付き合った。

 一方、独歩は冷静に死体を検分する。哀しきかな、なまじ『見る』霊感持ちのせいで、多少は悲惨な死体に耐性があるのだった。むしろ、信子やハルの反応を見て、これが怪奇ではなく現実の光景なのだと再確認できた。

「……一応確認をしておくが、こいつは佐々城家の者か? 信子」

「……し、執事よ」

 震える声で、それでも信子は屋敷の主として、毅然と振る舞おうとしている。

 彼女は、すがりつくハルの背を落ち着かせるように撫でた。あるいは、そうすることで自分も落ち着こうとしていたのかもしれない。

「さすがにこれは、偶然の事故とは言いかねるな」

「おい、随分落ち着いているな」

 隣で気味悪そうに遺体を眺めていた花袋に、独歩はため息混じりに答える。

「慌てて人が生き返るものか。問題はこれが怪奇なのか、人の手によるものかだ」

「僕がさっき気配を感じたのは、多分この人の遺体からだと思う。井戸よりも、強い悪寒を感じるから」

 独歩以上にいつもと変わらない様子で、島崎藤村がそう告げた。執事は今この瞬間に死んだわけではない。階段から続く血の痕は変色しているし、死後硬直しているようにも見える。先ほど悲鳴をあげた女中が発見するまでに、時間があったということだ。

「ならば怪奇か? いずれにしても、僕たちはいつこの死体と同じ目にあうかもわからない状況というわけだな」

「わけだな、じゃあない! 危険だろう。全員でひとまず、この屋敷から離れるべきだ」

 花袋が玄関の方を指差したが、独歩は頭を振った。

「いやいや、待ちたまえよ、花袋。このご老人の遺体を放置するわけにはいくまい。それに、怪奇の出所もまだわからない。怪奇が僕らについてこないと、どうして言えるんだ?」

「それはそうだが……」

「怪奇が原因かはともかく、警察を呼ぶ必要はある。そうなると、僕らは発見者として証言をしなければならない。つまり、勝手に離れるわけにもいかないというわけだな」

 遺体は笑う。濁った目で。半分だけの身体で。

 その時、ハルは顔をあげて、目を見開いた。

「また、鳥の鳴き声がする……」

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