第20話 真に恐ろしきは何者か
和菓子屋の女将に続いて、若旦那も惨殺された。
その噂は瞬く間に、神楽坂を駆け巡った。まだ女将の遺体が見つかっていないにもかかわらずである。
同時に、二人目の犠牲者であろう若旦那の遺体が牛込橋からみつかったことで、『青ゲット』の噂も加速した。
「これはもう、どちらが先かわかったものではないな」
独歩社の片隅で、独歩は机に頬杖をついてため息をついている。
珍しく社にいたウメ子が、お茶を淹れながら困ったように首をかしげた。
「なんか、作り話よりも現実の方が怖いような感じがしてイヤですねぇ」
「そりゃあそうだとも。『怪奇』がどんなものであっても、それに影響されて手を下すのは生きた人間さ」
問題は、和菓子屋の連続殺人──と思しき事件が、本来の「青ゲット殺人事件」とどうして結び付けられたか、だ。
「吉江、結局、青ゲット事件の最初の被害者、村吉の遺体はあがっていないんだったな」
帳簿をつけていた吉江が顔をあげて、うなずいた。
「ええ、そのはずです。だから村吉さんが真犯人である、という説もあるそうです」
「その線で青ゲット事件をなぞったとすると、女将が和菓子屋の若旦那を殺したことになってしまうが……これは可能性として薄いだろうな」
國男が言っていた通り、和菓子屋の事件を青ゲットと結びつけるのは、筋が悪い。こじつけはできるが、普通に考えれば関連性を考える者はあまりいないであろう。
言われてみればそうかも、という程度の噂であっても、時に人は信じてしまう。その内容が人の好奇心を刺激するものであるほど、荒唐無稽な発想もまるで真実であるかのように語られる。
言ってしまえば、『霊穴』や『怪奇』そのものが、そういった負の方向に向かった大衆心理が生み出すと言える。
「ただの怨恨殺人であったとしても、大衆の空想が謎の殺人鬼を生み出す。今頃は、青ゲットの犯人を目撃したという奴が、一人や二人でなく現れていることだろう。警察は大変だな。無辜の民が捜査をかく乱してくるのだから」
しかし、どうして福井で起こった事件を、神楽坂の事件に結びつけたのだろう。それだけが不可解だ。
過去の事件と結びつけるのなら、帝都で起こった事件を想像する方が、筋が通る。
青ゲット事件が未解決であり、まだ犯人が存命である可能性が高いから。それだけで、福井の事件が帝都の事件と結びつくだろうか。噂の出元は、福井近辺出身者ではないのか。
「ああ、そういえばあの女中、泉君らと郷里が近いと聞いたな」
まだ少女である鈴子が、一人で女将や若旦那を惨殺するというのは考えづらい。女将の遺体を隠すことも、刺した上に橋から投げ落とすこともできないだろう。彼女が犯人なら、わざわざ女将が他殺であるとの噂を流す必要性もない。自殺と思われた方が都合良い。
佐々城邸の事件の時でも、自殺を遂げたのは『怪奇』に憑かれた人間であったが、自殺後に奇妙な現場を作ったのは別の人間だった。『怪奇』に憑かれたからと言って、人間は怪力になったりはしない。もちろん、死体が生き返って移動したりもしない。
しかし、青ゲットの殺人事件の噂そのものが、彼女から伝播したと考えるのは筋が通る。たとえば彼女が何気なく話した青ゲットの噂が、使用人の間で今回の事件と結びついた場合。あるいは彼女本人が、今回の事件を青ゲットと結びつけてしまった場合だ。
鈴子から青ゲット事件について聞いた犯人が、その噂を利用する可能性はなきしにもあらず。
「ううむ、花袋とハルちゃんに協力してもらうか」
花袋は、先日の神楽坂で匂いを察知する霊感を働かせている。そして、年の近い女子であるハルがいた方が、鈴子に話しかけやすい。
「あ、独歩さん。あんまりハルちゃんに無理言っちゃダメですよ」
ウメ子がすかさず釘を刺してきた。こちらとしても、できればハルの手を借りずにことをすませたくあるが、彼女自身が協力させてほしいと言ってきているのだ。逆に、手を借りるべきところで遠慮をしてしまえば、余計な心配をかけるかもしれない。
「危ない目には合わせないよ。そこはね、僕だって考えてはいるとも」
「本当ですか? 約束ですよ、ハルちゃん、あたしとも友達なんですからね!」
腰に手を当ててプンプンと怒るウメ子をなだめすかして、独歩は社屋を出た。まずは、花袋の職場へ。それから、ハルのいる長屋へ。
神楽坂につく頃には、昼をすぎるだろう。
「さて、どうしたものか」
ステッキをカツカツと鳴らしながら、独歩は歩き始めた。
◆
神楽坂は騒然としていた。
和菓子屋は、相変わらず店を閉めている。女将も若旦那も亡くして、それでも通常営業するのは無理というものだろう。
独歩が調べたところによると、若旦那は三年ほど前、妻を若くして亡くした。先代の父は二年ほど前に死去。和菓子屋の経営には熱心ではなく、実質、女将が店主となっていた。子供ができる前に妻と父を亡くしてしまったので、正式に家を継いではいなかったらしい。
若旦那は女癖が悪く、花街にもよく通った。亡き妻とはお見合い結婚であったようだが、二人目の妻は自分で決めると言い張り、一時期は花街通いを続けていたという。女中に手を出すこともあったようだ。
「噂話ってやつは怖いな。根掘り葉掘り、なんでも出てきやがる」
殺された若旦那の酷い噂を聞きすぎて、花袋はだいぶげんなりとしたようだった。彼は初心で純情な性格だから、女癖の悪さには全く同情できない様子である。
「男女関係のゴシップは、いつの世も人の心をくすぐると見える。みんな、青ゲットの正体を推測するのに忙しいのさ」
若旦那の遺体は、首を大きくかき切られて、複数箇所を刺されていたという。全身血塗れで発見された。女将の時とは違い、殺人と断定されている。そのため、女将の事件も自殺の線はほぼ消えたようだ。連続殺人、もしくは関連事件であると考える方が自然だ。
「本当に殺人鬼なんているんでしょうか?」
ハルの不安げな言葉に、独歩はカツンと杖を鳴らしてから気の抜けた笑みを見せた。
「ハルちゃん、殺人鬼っていうのはね。いる時はいるし、いない時はいないものさ」
「んん? どういうことです?」
「殺人鬼は凶悪な殺しを行った者、とりわけ何人もの人を殺した者に後付けされる称号さ。犯人が分からなくても、連続殺人が発生したとなれば、人はそこに『殺人鬼』という人格を見出す。人の噂が『殺人鬼』を作る。まるで『怪奇』のように、知らないうちに忍び寄るんだ。犯人が判明する瞬間まで、顔も姿もわからない『殺人鬼』だよ」
失踪事件、殺人事件に対する怯えの感情は、青ゲットの噂と結びついた。これらの事件そのものは、人間の犯行によるものである。しかし花袋がこの間『怪奇』の匂いを嗅ぎつけたところを見ると、何かしらの現象は起こっていたと見える。
「鈴子というあの女中は、水を汲みおきする時は共用の井戸を使っていた。ということで、待ち伏せだ。彼女に少しばかり話がある。二人は彼女に『怪奇』の気配がないか、気をつけておいてくれ」
昼下がりの神楽坂。和菓子屋は依然として閉店中ではあるが、彼女は店が閉まっていても昼過ぎに水を汲みに来ていた。恐らく和菓子造りとは無関係の、掃除か炊事に使う水だ。だから、今日も似たような時間に井戸までくることは推測できる。
独歩の読みは当たっていたようで、やがて道路の向こう側から桶をもってとぼとぼと歩く鈴子が現れた。
「ハルちゃん、声をかけてもらえないか。僕が急に話しかけるよりも、ハルちゃんの方が話しやすいと思う」
「えっ? でも、何て言えば」
「手伝うでも何でも、きっかけさえあればいい。そこから先は僕の仕事さ」
ハルがいるだけで、恐らく鈴子の警戒心は少しは解ける。ハルを連れてきたのは霊感のこともあるが、歳が近い少女がいた方が心を開きやすいと踏んだからだ。あとは話している最中に、独歩や花袋、そしてハルがなんらかの異変を感知すればよし。何も起こらなかったとしても、彼女から情報を得られればそれで良い。無駄足にはならないという寸法だ。
「独歩さん、話題に困ったら助け舟を出してくださいね」
「それはもちろん。僕はむしろ、真打ちだからね」
そんな会話をしているうちに、鈴子が道端の石に蹴つまずいて転んだ。ガランと音を立てて手桶が転がる。
「大丈夫ですか?」
ハルが駆けていく。転んで痛そうにしている鈴子には申し訳ないが、良いきっかけとなった。
「すみません、私がぼーっとしていたんです」
鈴子は慌てて起き上がると、ハルが拾った手桶を受け取る。最初に見た時よりも、ずいぶんと憔悴しているように思える。
独歩は彼女が立ち去ろうとする前に、いかにも人の好さそうな笑みを浮かべて前に立った。ここから先は独歩の『仕事』だ。
「君は確か、あの和菓子屋に奉公している子だったね」
急に話しかけられて、鈴子はやや警戒したようだった。険しくなった表情を見て、ハルが焦って目で訴えてくる。杖を軽くあげてハルに黙っているよう合図すると、独歩は首を傾げて困ったように笑った。
「失礼、お嬢さん。僕は国木田独歩。あの和菓子屋で良く買い物をする、泉君の友人さ。知っているだろう、尾崎先生のところのお弟子さんだ。お弟子さん、といっても彼はすでにいっぱしの作家先生だけどね」
泉の名前を聞いて、鈴子は多少肩の力を抜いたようだった。
「泉先生のお友達、でしたか」
「ああ、そうさ。この子はハルちゃん。私の連れでなんだ。大丈夫かい? 派手に転んでいたようだけれど」
「いえ……大丈夫です。あ、あたしは鈴子、と申します」
鈴子がしどろもどろに答えるのを、独歩は笑顔で受け流した。彼女はさほど会話が得意な方ではないようだ。
ならば、ここからは独歩の独断場である。
「君も大変だろう。奉公先で、まさかあんなことが起こるなんてね。残念なことだ」
まずは相手に同情を示す。
「泉君とは郷里が近いそうだね。ずいぶんと気にしていたよ。もし何か困ったことがあれば、泉君に言うといい。きっと君の力になってくれるだろう」
相手がある程度信頼できるであろう情報を提示して、自分の信頼性も高める。
「神楽坂では、今回の事件を『青ゲットの殺人鬼』の仕業と騒いでいる人までいる。わけのわからない殺人鬼に狙われるなんて、恐ろしいことだ。早くこの件が解決するように、心から祈っているよ」
さりげなく目的を混ぜて、相手の興味を自分の欲しい話題にそらしていく。
鈴子は『青ゲット』という言葉に、明らかに反応を示した。青ざめ、驚いた顔で独歩を見る。
「そんなに噂になっているんですか?」
「ああ、先ほど茶屋で聞いたところだよ。なんでも、数年前の福井の殺人事件と、今回の事件が似ているんだってね」
目的に食いついてきたら、今度は情報を小出しにしていく。もちろん茶屋などには行っていないが、ここは嘘も方便だ。情報は正確でなくとも良い。あまりに真に迫っていると、逆に鈴子の警戒心を煽ってしまうからだ。
鈴子は少しの間、迷っているそぶりを見せた。それは独歩を信用できないというよりは、動揺によるものであると独歩は解釈した。
人には欲求がある。自分が知りうることを誰かに伝えたいという気持ちは、誰にでも存在する。
事件の渦中にある店で働いているのだから、鈴子は少なからず好奇の目にさらされているはずだ。
だから、純粋に自分を心配してくれる風に感じる相手には、多少は気が緩む。
「あの、青ゲットの噂……最初に流したのは、私なんです」
──目的と、糸が繋がった。
鈴子の告白を受け取って、独歩は表面上、驚いたフリをする。
「それは、この事件に関係していることなのかい?」
「いえ。もっと前の話です。私の出身は、福井の青ゲット事件があった村なんです。青ゲット事件の翌年、弟と一緒に奉公にあがりました。青ゲットの事件はこちらでもずいぶん話題になったから、和菓子屋のみんなも聞きたがって……子供ですし、あんまり覚えていることは、ないんですけど」
最後の方は、少し歯切れが悪かった。もしかしたら、覚えてはいるが言いにくいことであったのかもしれない。とはいえ、鈴子が『青ゲット』の噂の元であるという言質はとれた。
(だけど、数年前から周知のことであったのなら、泉君が見た『青ゲット』は、和菓子屋の誰かだったのかもしれないな)
鈴子から広まった『青ゲット』の概念が、和菓子屋の使用人、あるいは若旦那や女将にも認知されていたならば、霊感が鋭すぎる鏡花が『怪奇』の芽とも言うべきものを感知していた可能性がある。
問題は、なぜ『青ゲット』なのか、だ。鏡花が青ゲットを観測したのは夏場。事件が起こるよりも、少なくともひと月かふた月は前である。その頃から、殺人鬼の概念を纏う人間がいた。
その『怪奇』は、『殺人衝動』と地続きになってはいなかっただろうか。
(最初に誰かを殺したかった者がいた。その人物に『怪奇』がついて、和菓子屋で連続殺人を起こすに至った?)
とすると、最初に殺された女将に恨みを持つ者が怪しくなってくる。
鈴子彼女に辛くあたられていたから動機はあるが、殺害方法を考えれば彼女を犯人とするのは無理がある。
では他に誰がいるだろうか。若旦那の素行が原因なら、最初に女将が殺されたと思われることと、関連が見えにくい。
少なくとも女将の遺体を隠したり、若旦那の死体を橋から投げ落としたりすることができる人間でなければ、この事件は成立しないわけだ。
そして独歩もハルも、鈴子から異変を感知してはいない。霊感がなにひとつ反応しないなら、少なくとも『怪奇』が憑いているのは鈴子ではないということになる。
(ただ、彼女が噂の出元だとすると、花袋が井戸に『怪奇』の残り香をかぎとったのはわからないでもない)
鈴子は『怪奇』が『青ゲット』として完成するための、最初のきっかけを作ってしまった。なんらかの理由で殺意を持った者に憑き、鏡花に観測される。そして、その『怪奇』が育って何らかの形で発露した結果、殺人事件に至る。
(筋は通るが……釈然とはしないな)
事件は全て和菓子屋の内部で完結できる。つまり犯人は和菓子屋の誰かである可能性が高い。警察だって馬鹿ではないから、当然和菓子屋の人間は疑われているはずだ。それでもまだ犯人は断定されていない。
それにこの事件は、和菓子屋という殺人とは縁遠そうな舞台、死体が行方不明、一人ずつ殺されるという奇妙な点はあるものの、『怪奇』というほど不可解なことが起こっていない。憎しみを育てるのに『怪奇』は必要ないし、死体を隠すのも橋から落とすのも人間の仕業だ。
「僕が思うに、この事件は『青ゲット』の仕業というよりも、『青ゲット』の噂を利用したい誰かの仕業な気がするね。気をつけた方がいい。犯人は、意外に君の近くにいるかもしれない」
それは、独歩からすれば純粋な心配の言葉であったのだが、鈴子はきょとんとして顔を上げた。
「心配してくれるんですか、私を」
「そりゃあね。君は泉君の知人だ。それに君とはこうして言葉を交わしている。一度だって会って話した人間が不幸に見舞われるかもしれないとなれば、どうしたって気になるとも」
鈴子はどこか気が抜けた様子で、ぼんやり「そうですか」と答えた。そして、手桶を見てハッと驚いた顔になる。
「すみません、私、早く水を汲んでこないと!」
「ああ、呼び止めてすまなかったね」
「いえ、こちらこそ。失礼します!」
手桶を持って駆けていく彼女の後ろ姿を二人で見送る。
そのまま、鈴子が井戸まで行って帰るのをずっと見ているわけにも行かないので、独歩たちは一度表通りに戻った。店を開けていない和菓子屋の軒先に、ハルは不安げな眼差しを向けている。
「鈴子さん、何だか心配ですね」
「そうだな。夜になれば『怪奇』の気配が濃くなるかもしれない。秋聲君と鏡花君を呼ぼう。それと、花袋もいた方がいいな。花袋は今回、唯一昼間にも霊感を働かせていたから」
三人それぞれに電報を出し、夜までの時間を茶屋で過ごす。
「ハルちゃん、君は帰るかい? 夜まで付き合わせるのは悪い」
「独歩さんが心配なので残ります。大丈夫です。母さんたちには言ってありますから」
「僕の心配か」
「心配ですよ。すぐに無茶をされるじゃないですか。信子さんの家の時も、岩の坂の時も、ステッキ一本持って我先に駆けて行ったじゃないですか」
その点を突かれると、何とも決まりが悪い。全て事実である。このステッキは仕込み杖になっているから、普通の杖よりは護身用に適切とはいえ、武芸の心得もないのに危険を顧みずに突っ込んでいったのは事実である。
「ハルちゃんの心配のタネを増やさないように気をつけはするとも」
「そうしてくださいね」
独歩の苦し紛れの返答に、ハルはやや冷めた様子で釘をさした。
◼◆
福井の小さな村。吹雪の夜。
鈴子は弟の正吉と共に、布団にくるまっていた。寒い日だったが、二人でぎゅっと身を寄せ合っていれば、少しはマシだった。
「村吉さんの家は、どうなってしまうんだろうねぇ」
囲炉裏の近くで、親が声をひそめながら話しているのを聞いた。
村吉は、肺病を患ったらしい。そのおかげで、村のみんなから敬遠されている。肺病を治すようなお金は、この村の誰だって持っていない。だからせめて肺病が感染らないようにと、みんなで遠巻きにするしかない。
村吉は優しくしてくれた。だから鈴子も正吉も、彼には懐いていた。
だけど今はもう、鈴子と正吉は彼に近寄ることさえ禁じられている。
悲しかった。寂しかった。少しも納得がいかなかった。
今ならわかる気がする。狭い村の中だ。居場所がなくなることが、どれだけ辛く大変なことか。
正吉が肺病になった時には、親や他の村人と一緒に村吉を村八分にしていたことを悔いた。
帝都にいてすらこんな目に遭う。結局、肺病になった時点で、周囲の人間にとって相手は人間ではなくなる。死病を撒き散らす悪となる。
福井で『青ゲットの殺人』が起こった時、村の誰も村吉の肺病の件を口に出さなかった。口に出せば、村吉の家族が狙われたことに理由ができる。
病身になる前の村吉は良心の人であったから、なおさら村八分にした村人の非道さを世間に晒すわけにはいかなかった。村の評判が地に落ちれば、農作物などを買い取ってもらえなくなるかもしれない。
まだ幼かったが、鈴子は口を揃えて知らぬ存ぜぬを通した人々の引きつった顔をよく覚えていた。
そうやって『青ゲット』は生まれた。
きっと『青ゲットの殺人鬼』は村吉だ。
村吉が先を憂い、自分の家族もろとも消え去ったのだ。
そして自分は人知れず姿を消した。未解決事件になったのも説明がつく。
そして今、鈴子は震えていた。
帝都にも『青ゲット』が生まれた。
鈴子が『青ゲット』のことを口にしたばかりに、噂話がひとり歩きしている。
本当に恐ろしいのは、正体のわからない殺人鬼ではない。殺意を見知らぬ誰かになすりつけて平然としている、無責任な人間たちだ。
いずれ全て明るみに出るだろう。全てが白日の下にさらされれば、みんな青ゲットの正体に白けた眼差しを投げつけるのだろう。
だから――だからこそ。
「次に青ゲットに狙われるとしたら……私だ」
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