帝國の大鷲
生物兵器であるARMA居住区の地下には、戦闘訓練施設が設けられている。個人で鍛錬するもよし、実戦形式で手合わせをするもよし、大抵はそこで、誰かしらが研鑽を積んでいる。
今日の施設内の一角は、見るだに奇妙な取り合わせが支配していた。
神風と百鬼夜行である。
ARMAの姿形は多種多様といえど、その二体は切り取られたように空気が違う。錦絵のようにあざやかで、異質だった。
向かい合う二体の外観だけをとれば、調和はとれていると云えなくもない。だが、機能的でシンプルな構造をした訓練施設のなかで、その風貌はまるで白昼夢のようだった。
【戦闘開始二十秒前】
機械音声が流れる。梅を散らした小袖の百鬼夜行が、その異様な腕をそっと持ち上げた。
蟲の関節を模した、刃の付け根で頬に触れる。幽かにかちりと貝殻の割れるような音がしたのが、神風の耳にも届いた。
からん、ころん、と顔が転がる。彼の足元まで転がってきた面の裏側は、まさしく貝殻の内側のように蜃気楼めいて光っていた。
「
「……構わぬ。
顔の形をした虚から、やけに遠い、遠い声が聴こえてきた。火の向こうの景色が揺らぐような、不可思議な調子であった。
「…火よ!」
低く唱うると同時に、首の上の黒々した虚に、魂のような青い火が灯った。あたり一面に垂れ込める髪が波打ち、灰色の桜が、ひらひらと散った。後を追いかける金色の紅葉が、不意の
ひりひりとした風に、神風の大鎧の擦れる音がする。龍の鱗が鳴るような響きを生む黒地に金の衣装は、高雅ながらも鉄と火花の色を想起させる。常ならば人が魅いられる彫刻じみたかんばせは、今は兵器の美々しさを凝縮し、黄金の瞳が静かに爛々と燃えていた。
びしりと、地が割れた。
「禮!」
瞬間、鬼火が吹き上がり、砂のような黒雲が霧散した。咄嗟に高々と跳躍した神風の
のたうつ大百足が一瞬霞のなかに見えども、その隙から容赦なく鎗が突き上げられた。その柄をとらえ、支点に方向を変えて跳んだ。壁を蹴り、また暗雲の渦中へ飛び込む。
だが空で回転した裳裾のひらめくさまはまるで銃弾、瞬きの後には
切り裂かれた黒雲が散る。墨染めの桜のなかで、兜の立物か、或いは戦闘機の前進翼のような黄金の角が、その軌跡を光として残していた。
仰のいた百鬼夜行の虚に、神風は手首までを差し入れたまま動きを止めていた。ひやりとした怖気立つような闇に、輝く爪を突きつけていた。
その手首までを、青い炎が蛇の舌のように嘗めあげる。眇められた金の瞳は動じることなく、小さな頭蓋のなか、ぬばたまの闇を爪でなぞった。
「核は此処か」
その瞬間、ぱちん、と、稲妻のように金色の桜が、神風を彩った。
「……お、み、ご、と!」
空洞から声が響き、からん、からんと音がして、手首から刃がふたつとも落ちた。露になった球体関節が青い火花を散らした。戦友の勝利を祝う、実体のない花吹雪が、神風の周囲を舞って、やがて百鬼夜行の薄墨にたなびく髪へ吸い込まれた。
「此度、オレの勝因、ヌシの敗因は、端的に云うなら高さと加速度だ。もっと天井近くまで空間を有効活用すべきではないか、壁を使ったらどうだ。ヌシの脚なら、壁を這うことも可能だろう」
「うむ、外なら使う。しかし、ここで使うとな、壁が抜けるのだ。一度刺さった槍が、壁の向こう側にいた職員すれすれを突き抜けたことがあって、以来自重を強いられているのだ」
「成る程。是非、破壊しても問題のない場所で手合わせしてみたいものだな」
非武装化された証の、丸い手首をふりふり力説する百鬼夜行を見おろしながら、神風は生真面目に頷いている。
「ならぬ、ならぬ」
しかしかぶりを振った百鬼夜行に、ちらりと向けられた黄金の瞳が、嫌かと問う。お前とやるのが嫌なのではないぞ、と短い腕が振られる。
「僕は外へは滅多に出られぬ。あやかし風に云うなら、封じられているのだ」
「……ふむ。ヌシの体躯を見れば、理屈としては外出が制限されるのも理解できるが、其れほどにか」「是。人がそうあれと望んだから、あやかしは夜に跋扈するのだ。恐ろしい恐ろしいと、忌むのはあいまみえたら最後、魅いられるからよ」
「ほう。まるで悪魔のようではないか、百鬼夜行。ヒトにとり憑き、唆す。悍ましくも蜜なのだろう、悪魔の誘いと云うものは」
唇を引いて皮肉げな笑みを作った神風の横顔は、やはり彫刻のように見えた。同じように、人形にしか見えないかんばせで、百鬼夜行も首をかしげた。
「だが、そもそも、悪魔だのなんだの……悪だの善だの、そのように分けることが過ちなのだ。妖怪であり、兵器たる僕に云わせれば……善で悪に抗するのは未来のない戦争よ。白はやがて黒に染まるだろう。
ならば、全てを混沌で塗り込んでやればよい。この僕のような、混沌で」
「……ヌシは、己れをそのように捉えているのか」
ぐるり、といつの間にか、大百足のような躯が、神風の周りを取り巻いていた。砲台を思わせる重々しい鉄の色に、異端の神のような、神風の姿が映っている。
「帝國の大鷲よ。神風という名を享けたお前も、きっとそうなのだろう」
「……己れを兵器と断ずることか。それとも、混沌と自負することか」
「どちらも同じだ」
短く答えた百鬼夜行の、虚に蓋をするかんばせを見下ろして、神風は低く囁いた。
「混沌とは何か、それは、確かに、使う者によってすべてが反転する我々のような存在のまことかも知れぬ」
違いない、と云うように、幻雲から突き出た無数の蝋燭の火が揺れた。黒光りする鋼鉄に、真っ白なかんばせが映し出された。
「あやかしもまた、人が生みし兵器よ!」
(鈴春°さんの神風さんをお借りしました)
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