セントエルモの火

 Merci、とつい口に出してしまったのは、直前までフランス語で考え事をしていたからだった。当然、Mercyという名をもつ目の前のARMAは「はい。何でしょう」と対話を始める姿勢でいる。形のよい唇と、その上で揺れる、ホワイト・オパールのきらめきをもつ青い炎を見つめながら、数秒考え込んだ。

 今のは己のバディに伝言を頼んだことについてのお礼である、と説明する前に、ユーゴはふと思ったことを口にしていた。

「セント・エルモの火みたいだな」

「ああ。大気電磁現象の…」

 生真面目な返答のあと、彼女(あるいは彼)は、ゆっくりと首をかしげた。ブロンズ像のように艶やかな肌が、宝石のような火に照らされて、ゆらゆらと陰影が際立つ。まるきり、夢のようだった。

「綺麗だなぁ」

 ひら、と青い炎が、花のように開いて一拍。慈悲という名をもつ彼女の唇が、ゆるやかな弧を描いた。


「僕も、青いのだ」

 何のことか、と思ったが、メルシーの目前の百鬼夜行は、己の小ぶりな輪郭に前腕部をそわせた。かちりと貝殻を割るような音をたて、白い顔が面のように外れる。どろり、と、不自然なほどに昏い闇の口が、その向こうから現れた。室内の光がなぜか射さない、その小さな虚の黒ぐろした奥からは、ひんやりとした気配が漂ってくる。

 と、その空の真ん中に、真っ青な鬼火が灯った。途端、ひゅるりと風が吹いた。「なんと。……つめたい炎」

「お前の火のように、何かできるものではないが。……毒にも薬にもならぬ」

 ゆらゆらと揺れる火の中心から響く声に、メルシーは頷き「しかし、美しいものではある」と、能面のように外されたかんばせを撫でた。

「……光栄だ!」嬉しそうに百鬼夜行が答えると、火が、メルシーのそれと似た、天を示す透百合の形になった。



(ネッッッコさんより、メルシーさんをお借りしました)

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