食卓

 ロアネは、餡をかけた牡蠣豆腐をのせたれんげを、ゆっくりと口に運んだ。熱い。しかし口腔粘膜にあたる部分に熱傷が生じるほどではない、冬ならきっとこの温度も、食の幸福の要素なのだろう。

 食堂では、常連のARMAたちや、用があってきたのかどうかはしらないが、ときどき顔を見る捜査官などの職員が三々五々、食事をしている。並外れた巨体や異形で、洗練されたテーブルマナーを披露している個体もいれば、幼児のように介助されて食事のしかたを学んでいる個体もいる。遠くの方で、腕にくくりつけたおたまでセルフおかわりのカレーをすくおうと奮闘している、妖怪じみた外見のARMAが見えた。なかなか難しそうだ。人間と同じように細かい動作が可能な肢体のARMAは、存外に少ない。サイドヘアが飴色の餡につかないように耳にかけて、ロアネは淡々と料理を口に運び続けた。

 はら、と髪がひとすじ垂れる。耳にかけ直そうと少し顔をあげると、ぱちりと、自分を見る目と視線がかちあった。あ、と互いに声が出る。はす向かいに座っていた捜査官である。相手は少し照れたように、ダーク・ブロンドの頭をかいた。

「いや、おいしそうに食べるなぁと思って」

 自分に向けられた声に、ロアネは瞬きをした。

「……そうでしょうか」

 日本人離れした顔立ちと、その左顔面を覆う赤黒い傷痕は、極めて特徴的であり記憶のデータベースと照合しやすい。どうやら、バディのARMAとの仕事の確認に来た帰りらしく、常は謎のピクニックバスケットを提げているはずが、仕事に用いる端末以外手ぶらである。彼の前にはブラック・コーヒーが置かれていた。

「うん。そんな風に食べてもらえたら、作った人は嬉しいと思う」

「ふしぎな感想、ですね」

 ロアネは、お世辞にも表情豊かな個体ではない。仕草は淡々として、端正ながら性別の不確かなかんばせは、精巧な人形のようだ。言葉の抑揚にこそ無感情ではないという証拠はあるものの、無言で食事をしている外見のみを観察して、その感想が出てくるのは腑に落ちなかった。

 止まった手や、訝しげな声音にロアネの考えていることを読み取ったらしく、相手はまだ湯気をたてているロアネの前の皿を指差した。

「別に、笑顔や言葉だけが喜びの指標じゃないだろ。食事に対する興味がある。自分の食べてるものに対する好奇心がある。それは目でわかるもんだ」

 あと、箸の使い方が綺麗だから、とつらつら喋っていた彼は、不意に黙り込んだ。口を覆い、考え込む。ちらっと、光る水色の右目がロアネの方を窺った。

「……今のってセクハラになる?」

「……セクシャルハラスメントとは、sexualityの概念が存在する場合にのみ発生するものだと思われるので、対象が無性別の場合には該当しないと、思われます、が」

「うん。定義的にはそうなるかもしれないけどさ、ロアネさんは気にしない?」

 こちらの名前を覚えていたのか、と、れんげを持ったまま、ロアネはじっと相手を見上げる。二人の間に、しばしの沈黙が降りる。遠くの方で、どんがらがっしゃんとカレーの鍋がひっくり返る音がした。

「………いいえ。気にはしません。十三屋捜査官」

 わっとうるさくなる空間で、ぽつりと名前を呼ぶと、みんなが集まりすぎるほど集まって手助けしているカレー事件現場のほうを振り返っていた捜査官はぱっと向き直った。

「……俺の名前!」

 喧騒のなかでも、表情と同じく笑みを含んだ声ははっきりと響いた。確かに、時には表情以外の要素も雄弁だ、とロアネはれんげを置いた。



(このあとみんなでカレーのお片付けをしました)

(はくりきドリアさんより、ロアネさんをお借りしました)

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