サラダ・ドゥ・リ
「アカンて。お前、これはアカン。確かに俺らチャーハンをおかずにご飯食うけど、白米をおかずにするのはなんかちゃうし、そもそもこの組み合わせは、なんか、アカン」
「いや食ってみてから言って。こう見えてそこそこいけるから。ほらほら」
「いや、サラダにほっかほかの白米て。なんでこんな食い合わせにチャレンジしようと思ったん」
「そんなに変じゃないって。サラダスパゲッティみたいなもんだと思えば大丈夫だろ、知らんけど」
「お前、その語尾だけは感染ったらアカンと」
頭を抱える十文字麟太郎の眼前には、複雑な模様のつけられたガラスの器に山と盛られた、ぱりっと冷たいキャベツ、セロリ、黒オリーブ、パプリカ……湯気をたてる炊きたての白米。
まるでカレーライスのライス部分のように平皿によそわれた米を、カレーではなくサラダが覆っている外見になる。
「ご飯、冷やした方がよかったかな」
「そんな変わらんわ」
十文字は、問答無用とばかりに目の前に差し出された木のスプーンを受け取り、日本人には抵抗値が高すぎるであろう一品を睨む。
今日はサラダ・ドゥ・リを作ってみた、と、聞き慣れない料理名をあげたこの僚友に、迂闊に「なんやそれ、食うのが楽しみやわ」と返事をしてしまった自分を悔やむ。恐る恐る皿に顔を近づけてみるが、青胡椒を混ぜた風味豊かなマスタードの香りが、お米の匂いとまざって立ち上り、余計に脳みそが混乱する。いい米なんやろなぁというどうでもいい感想が浮かんだ。
「せめてカレーがかけられれば……」
「オリーブオイルならあるけど」
「なにゆえそれで代用できると思ったん……」
友人の深い深い眉間のシワをみて、夢吾は笑い転げる。「日本人にこれ出すと、みんなそういう顔するから、つい作っちゃうんだよなぁ! 眉間で鉛筆挟めそうな顔」
「やかましいわ! 日本人て、お前も日本生まれの日本育ちやろうが!」
「ちなみに俺の朝食は基本これです」
「マジ? 俺お前と距離おいてええ?」
テーブルを叩いて大笑している料理人を睨み、意を決して匙ですくう。こんもりと乗っかったご飯粒の上で、パプリカの欠片がほろりと崩れた。やはり抵抗がある。白米のベストパートナーはカレーだと十文字は信じている。サラダではけしてない。しばらく唸っていると、夢吾が手拍子をして煽り始めたので、えいっと口に含んだ。
ふわっと口のなかにマーブルな香りが広がり、しゃりしゃり、新鮮な千切りのキャベツと、青苦いセロリと、白米。
「…………微っ妙」
「本っ当に微妙そうな顔で言うなぁ」
まあその顔が見たくて出したんだけど、と笑いながら夢吾は立ち上がり、冷蔵庫を開けてガラスの器を取り出し、さらに鍋を持ってきた。今日はこれ一品ではないらしい、と少し安堵しながら、やけくそになってもう一口を咀嚼した。
「……いや、意外と……」
慣れとは恐ろしい、先程よりだいぶ違和感の減った食感と、ほのかに爽やかな風味に、ぱちんと味蕾が反応した。いける、かもしれない。しかし、戻ってきた夢吾自身がそれを制止した。
「今日はこっちの方がいいだろ」
陶器の鍋敷きの上に置いた鍋の蓋をとる。と同時に、もうひとつ、ガラスの皿を自分の前に置いた。色あいこそ緑と白だが、十文字の前に置かれた一品とだいぶ様子が違う。固めに炊いた白米はほぐされ、ドレッシングと絡めて冷やされ、ナッツなどの穀物と同類として、すました顔をして、ガラスの器で光っていた。
「………あ?」
十文字のうろんな視線を努めて無視し、夢吾は野菜がごろごろと入ったカレーを、器用にサラダに絡めながら注ぐ。オリーブやパプリカはセロリはちょっと脇にどけられ、付け合わせですというような顔をしていた。
「……おン前最初から!」
「いやー悪い悪い!」
「心にも無ぇ!」
食卓に、三十路の男ふたりの爆笑が響く。笑い声と一緒に、クラッカーの紙吹雪のようなパプリカが、カレーとサラダのてっぺんから崩れて、きらきら赤く光った。
(逆滝さんより、十文字捜査官をお借りしました)
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