秋の日

「ゆづさん、女性も好きなんでしょう」

 不意に問いかけてきた相手を、一瞬だけ──運転中なので──横目で見ると、窓の外に視線をやっていた。貝殻のような耳と、短い黒髪の生え際だけが見える。

「うん、まあ。そうですね」彼女もいたことありますし、と正直に言えば、助手席で仁は腕を組んだ。相変わらず視線は窓の外である。手を差しのべるような楓の枝先が、ガラスごしに初秋の陽光をかすめた。

「……大学時代ですけどね!」

 沈黙を貫く相手に付け加え、アクセルを少し踏む。渋滞はだいぶ流れるようになってきた。

 秋の晴れた空気は不思議だ。透明なのに光がたくさん乱反射して、あかるく白い日になる。薄めたメープルシロップを、空にゆっくりと溶かしたらこうなるだろうかと思う。そのなかをすっきりと泳ぐように車を走らせるのは誰にとっても心地いいのか、道は混んでいる。

 信号機ふたつぶん──普段よりも、だいぶ長くかかった──の沈黙のあと、またいきなり、「女性と付き合うって、」と助手席から声が飛んでくる。

「どんな感じですか」

 うーん、と、考え込むような、運転に意識を持っていかれているような曖昧な声を返しながら、ゆづは少しの間、黙ってハンドルを握っていた。

 みっつめの信号機でまたとまったとき、改めてゆづは口を開いた。

「女性は……そうですね、悪いことじゃないんですけど、やっぱり感情的だと思います」

「感情的」

 鸚鵡返しに、はい、感情的です、とさらに返す。感性的、と言った方がいいですかね。信号が青に変わる。すぐには車列は動きださない。

「人にもよりますけど、わりとみんな繊細で、いろんなことにすぐに気がつきますし、だからこそ、その敏さがない僕たち男に苛立ってしまうのかな、と」

「いろんなこと」

「はい。ちょっとした変化とか、気分の浮き沈みとか、」

 嫉妬とか。

 するり、と進みだした前の車にくっついてハンドルを切ると、きゅうっとタイヤが白線を踏む音がする。Y字路を左に進むと、先ほどまで混んでいたのが嘘のように、ほっかり道の先まで開けていた。

 流水のように加速する車内で、ゆづはハンドルを両手で握りなおす。ずっと手が触れている場所はすっかりあたたまっていた。

「やっぱり、男のほうがわかりやすいですよ」

 道路にはりだした楓の大枝の下を、しゅうんとくぐる。木洩れ日が一瞬車内を淡くまだらに染めて、また秋の日差しが注ぎはじめる。

 しばらくの間のあと、ぽつりと声が返ってきた。

「わかりやすいですか」

 ゆづは笑った。隣で、恋人のささやかな衣擦れの音がした。

「だって、しのぶさん、ずっと窓の外見てる」

 む、と漏らされた不満そうな声はもうこちらを向いている。彼の眉間に見慣れた皺が寄っているのを想像しながら、ゆづはゆるやかにブレーキを踏み込んだ。

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