《タンクと弟子》

<前置き>

このエピソードは本作第二巻に収録されている《トレモと弟子》の初稿版です。

※初稿版=世に出る前の姿

何かムカついたので公開することにしました(感情的)


前半はほぼ一緒ですが、後半は書籍版と全く展開が異なっています。

つまりボツを食らったから後半を変更したわけですね。●すぞ!(憎悪)

暇な方は書籍版と読み比べてみてください><



* * *



「プ、プギァァァァアァァア!! も、もっとでフ! もっと罵ってええええ!! ほらもっと抉り込むように!! 内臓が痙攣するように!! キンタマが縮み上がるほどに!! 氷よりも冷たくドライアイスよりも触ったら熱い感じの汚言をボキににぶつけて欲しいでフゥゥゥ!!」

「ああもうやだ……」


 出オチのような幕開けであった。サヨナは目の前の光景から目を逸らし、大きく溜め息をつく。

 彼女の足元には太った中年男性が涎と汗を飛び散らせながら、己の欲求を叫んでいる。顔面の脂肪によって押し上げられ、自然と細められた両目は、しっかりとサヨナを捉えていた。


「ははは。ではサヨナくん、ここに至るまでの経緯を手短にどうぞ」

「半笑いで傍観者を気取らないでください!! もうアレ投げればいいじゃないですか!!」

「《無効券ニップレス》は勿体無いので……行数的にもね。今回は改行で何とかしましょう」

「じょっ、女王様ァァ!! お慈悲を! お慈悲ールをくれてやって欲しいでフ!!」


「先にこっちを何とかして欲しいんですけど!! お慈悲ールってなに!?」

「哀れみながら彼を踵で踏み付けることです」

「そんな意味なく他人を踏むわけないでしょ!!」

「ボキを連続で踏むと1UPするでフよ!?」

「キノコ王国に帰れ!!」


 何故サヨナはこの豚野郎に付き纏われているのか? 時はちょっと前まで遡る――



「ぼ、ボキは《タブゾマ》って言いまフ。よろしくお願いしまフ、賢勇者シコルスキ様」


 依頼人としてやってきた、タブゾマと名乗る中年男性を、サヨナはいつものように応接間へと案内した。ここまではいつも通りの流れである。


「ええ、よろしくお願いします。僕の自己紹介は必要ないようなので、こちらの板張りの彼女を紹介しておきましょうかね。僕の弟子であるサヨナくんです」

「人間を紹介するのに板張りって単語を使わないでください!! ……こんにちは、サヨナです」

「すこ……」

「はい?」

「すここここここここここここ!!」


 タブゾマはサヨナを見るや否や、高速で己の左手首を右手で握って上下に擦り始めた。


「ちょっ……何ですかその行動は!? 危ない!! よく分からないですけど危ない!!」

「KADOKAWAをしごきあげるメタファーでしょうねえ」

「言わなくていいですってば! ちょっとあなた! いきなりそれは失礼ですよ!!」


「はっ! こ、これは申し訳ないでフ! つい……」

「つい、でやるような行動じゃないですけど……」

「しかしサヨナくん。KADOKAWA本社の方を擦り上げなかっただけでも彼に感謝すべきでは?」

「感謝に対するハードルが地面にめり込んでますよ!! するわけないです!!」


 どうやら、タブゾマはサヨナがストライクど真ん中らしい。

 例によって例の如く、サヨナはこの手の変態に好感を持たれることが多い。シコルスキは「ふむ」と頷く。


「君の身体からそういうフェロモンでも分泌されているのかもしれませんねえ」

「ちょっ……やめてくださいって、そんなこと言うの。出てませんよ何も」

「……ッ!」


 タブゾマは何を思ったのか、舌をベロンと出してピロピロと動かし始めた。。


「うおぉぉい!! 舌でサーチングするな!! ヤコブソン器官でも備えてんですか!!」

「出てまフ……!」

「やはり……!」

「出てね―っつってんだろーッ!! もうやだぁぁぁー!! お風呂はいるーッ!!」


 サヨナは叫びながら、応接間を出て行ってしまう。どうやらガチで風呂に向かったようである。別に体臭の話ではないのだが、そういうのを気にする多感な年頃なのかもしれない。

 数十分後、ホカホカ状態でサヨナが戻ってきた。その表情は厳しい。


「……戻りました」

「お帰りなさい、サヨナくん。君が居ない間に依頼を確認しましたが、タブゾマ氏は無職であることに悩んでおり、自分に合った職業を求めてここへやって来たそうです」

「いつからこの家はハロワになったんですかね」

「ところで賢勇者様、一つ質問を彼女にしてもいいでフか?」

「何なりと」

「わたしの意志はいずこへ」


「――使用可能武器は鞭でフか?」


「武器種聞いてきた!? 使ったことないですよ鞭とか!! 素手です!!」

「律儀に答えてあげるあたり、君もお人好しですねえ」

「す、素手……!? ぼ、ボキにその手で何をするつもりでフ!?」

「何もしねーよ!! あえて言うなら目の前の豚から自分の顔を手で覆いたいぐらいですよ!!」

「はァあん……❤」


 強めのサヨナのツッコミに、震え上がるようにしてタブゾマが反応する。自分自身を両手で抱きかかえ、ごろんとその場で仰向けに寝そべった。


「非護身完成でフ……」

「服従のポーズをそれっぽく言わないでいいです」

「そっ、そのボキの人格や人権すら見下すような目! まさにボキが理想とする女王様でフ! じょ……女王様って呼んでも構いませんでフか!?」

「呼ばないでください」

「しかし君は一応血筋的には女王ではないですか。彼の要望はある意味正しいのでは?」

「今初めて己の血筋を呪いました」


「女王様! この卑しい無職豚に是非クソ汚いエールを! ~唾も添えて~」

「コース料理風に言うな豚!!」

「プ……プギィィィィィ!!」


 そういうわけで冒頭へと至るのだが――サヨナはこれまでの変態共とはまた少し趣の違う、自身にサドっ気を求めてくる豚に対して完全に辟易していた。

 普段通りのツッコミをするとやたらと喜ぶこの豚を相手にしていると、何だかノイローゼになりそうである――





「つまり、タブゾマ氏は相手がサヨ……女王くんのみならず、相手が誰であれ何であれ、大体の痛みに対して快楽を覚えてしまうのですか」

「…………」

「そうでフ……。自分でもダメだとは思うんでフが……身体は正直過ぎるほどに正直なんでフ」

「ピュアな肉体を持った、というわけですねえ」

「…………」


 最終的に、応接間に居ながらサヨナは依頼人に背中を向けて黙りこくるという、傍目から見ればかなり無礼な状態に落ち着いた。これならばタブゾマもそう発情はしないようだが。

 一方でシコルスキは空いた手でサヨナの背筋を指でスッとなぞった。


「~~~~ッ!!」

「この体質のせいで、今までどんな職に就いても長続きしないんでフ……」

「ふむ……参考までに、これまでどのような職に?」


 もっかいなぞって、更になぞり、そしてなぞる。シコルスキはなぞり続ける。弟子の背を。

 案外本当にドSなのはこの男なのかもしれなかった。サヨナは顔を真っ赤にして耐える。


「花屋に居た時は、剪定される花を見て興奮し、絶頂を繰り返していたらクビになったでフ。鍛冶屋に居た時は、熱した鉄を打っている親方を見て、自分を先に打ってくれと懇願したら、やっぱりクビになってしまったでフ」

「もし魚屋で働いたとしたら?」

「捌かれる魚への嫉妬がマヂ止まらないでフねぇ……」

「もう完全に異常者ですよこいつ!! 再就職先は獄中でいいんじゃないですか!?」

「溢れ出るツッコミ欲がとうとう弾けてしまいましたか」


 師のなぞる指を払い除けて、サヨナが大声でツッコミを入れる。流れるようにしてタブゾマは床に転がって、内股気味な非護身の構えを完成させた。

戦戦チンチン!!! ッ」

「たった一文字変えただけなのに汚い……! はっ、そうだ!」


 何を思い付いたのか、サヨナはシコルスキの二の腕をベシっと叩いた。気持ち強めに。

 果たしてどういうつもりなのか。シコルスキは念の為弟子へと確認しておく。


「僕は別に君から殴られても一切興奮しないどころか、反逆の疑いで樹海に放置しますよ」

「えっそんなガチで怒らないで欲しいです……。ごめんなさい……」

「冗談ですよ。つまるところ、僕を攻撃することによって、彼の要望をスルーしたと」

「はい」


 頷くサヨナに対して、無言でシコルスキは豚を指差す。サヨナもちらりとそちらを見た。


「ブ、ブッヒァァァア! 放置プレイ! ガン無視! ~シェフの気まぐれ嫉妬要素~」

「む……無敵ですかこいつ!? あとそのフレンチメニュー風の言い方やめろ!!」

「恐らく君が何をしようと、マルチバッドエンドな結末しかないと思いますがねえ」


「何でわたしはこの手のやばい連中にやたら好かれるんですか!?」

「電撃文庫ヒロインの定めです」

「御坂美琴さんがこういう目に遭っている場面をわたしは見たことないですけど!?」

「彼女と君を比べると、月とスッポンどころか冥王星とハナクソぐらい差がありますので」

「弟子をハナクソ扱いはちょっと訴訟も視野に入れますよ!?」

「御坂……美琴さん……? そ、そのビリビリした方とはどうすればお会い出来るでフ……?」

「一生涯会えねーよ!! あなたも我々も!!」


 歴然たる事実を突き付けて、天上人へ触手を伸ばそうとしたタブゾマをサヨナは一刀両断した。

 タブゾマは快楽に打ち震えている。どう転んでも気持ちが良いのであった。


「ところでタブゾマ氏。一つ伺いたいのですが、この家へ来るまでに危険な樹海を抜けて来たと思います。見たところ戦闘力の無さそうな貴方が、よく無事に辿り着きましたね」

「その設定結局拾うんですか……」

「結構魔物には襲われたでフ。ただまあ、別にあの程度はどうってことないでフ」

「現状無傷でここに居る時点で、そう言うとは思いましたが。豪胆なことで」


「どうってことないって……じゃあどうやって撃退したんですか」

「相手が疲れ果てるまで攻撃を打たせ続けただけでフ」

「スタミナ勝負!? TKO狙いのボクサーみたいな戦法してますよこいつ!!」

「負傷した場合はどうされたのでしょうかね?」

「いや怪我とかすぐ治るでフ」

「ま、まさか……! 先生、この人……!」


 どれだけ酷い怪我を負っても、あっという間に治癒してしまう。それこそ次の行に移れば何事もなかったかのように振る舞う、サヨナもよく知る特殊能力の一つ。


「どうやら、タブゾマ氏は僕と同じで《行跨エンター治癒ヒール》の所有者のようですねえ」

「その能力ってやばいやつにしか宿らないんですか……!?」

「何でフ? その《鞭打ち・ロウソク・ケツ穴責め三本立てセット》とは?」

「どこをどう聞き間違えたらそんな都合良い単語に変換されるの!? 耳の穴にイカれたエキサイト翻訳でも搭載してるんですかこの人は!?」

「エキサイトしているのは君の方ですよ、サヨナくん」


 いくらでも加虐されたいタブゾマに神が与えた最高の才能、それが《行跨エンター治癒ヒール》である。この能力を持っている以上、タブゾマはどれだけ殴られようが鞭で打たれようがロウソクを垂らされようがケツ穴を責められようが、怪我してもたちまち治ってしまう。

 ドMに与えてはならない能力筆頭であるが、神はどうやら相当適当に才能をバラ撒いているのだろう。

 だが、シコルスキはこのタブゾマが持っている才能を見抜き、そして閃いた。


「分かりましたよ、タブゾマ氏。貴方の天職とも呼ぶべき職が――」





 三人がやって来たのは、《シヴァルゾの街》であった。近隣の村に比べれば栄えているものの、取り立てて目立ったものはない街である。

 サヨナはげっそりとした顔で、街の往来を歩く。


「どうしました、サヨナくん。疲れ果てたような顔をしていますが」

「疲れ果てたっていうか……何でこの人と一緒に移動したんですか……」

「そ、それはつまり、長時間一緒に居た結果、ボキに惚れそうということでフか?」

「…………」

「んァあん……❤」

(無視してもこれとかどうしようもない)


 目的地までの移動をタブゾマと共に行った結果、サヨナは心が休まる暇がなく、結果として普段の数倍消耗してしまったのである。

 変態のオスガエルから常に睨まれたメスガエル……というような状態であろう。タブゾマが蛇ではないのは確かだった。


「目的地はもうすぐですから。頑張れ❤ 頑張れ❤」

「ちょっと艶のある感じの応援やめてくれませんかね……」

「女王様……! 差し支えなければ、ボキにも手コキ応援エールを是非に……!」

「頑張って死ね」

「ブッヒョァァアア! もうイってる! もうイってるって言ってるでフよぉぉ!」


「素直に応じないと却って逆効果ですよ、サヨナくん。狙ってやったのですか?」

「何というか……この依頼が終わったら長期休暇を取っていいですか?」

「ダメです」

「そうですか……労基行こ……」


 そんなものは異世界に存在しない――

一人でビクンビクンと身も心も下半身も盛り上がるタブゾマを、道行く人々が汚物を見るかのような目で見ている。

羞恥にも耐えつつ、サヨナはとにかく早く目的地へ辿り着くよう心を無にした。


「ようやく着きましたね。ここが我々の目的地である、『冒険者ギルド・シヴァルゾ支部』です」

「冒険者ギルド……」


 そういうのマジでこの小説にあったんだ――と、サヨナが普通ではない感想を漏らした。

冒険者の知り合いがサヨナには居ないので、必然的にこのような施設とは疎遠である。これまでの依頼でも、ギルドが絡んだ覚えはない。


 冒険者と思しき者達が頻繁に出入りを繰り返しているのに混ざって、三人も建物の中へと入り込む。中は広い酒場のような作りとなっており、多くの円卓を冒険者達が囲って、ついでに酒や料理を楽しんでいる。

 酒場のような、と言うよりも酒場も兼ねているのかもしれない。

 入り口奥にあるカウンターに向かって、シコルスキはずんずんと歩いていった。


「いらっしゃい。料理の注文ならあっち。そうでないなら――……って」

「お久し振りです、《キュール》さん。お元気そうで何より」


 ウェーブがかった栗毛を後ろで一纏めにし、サバサバとした対応をしていた女性が、シコルスキの顔を見て硬直する。どうやら二人は顔見知りのようだった。


「ちょっ……来るなら連絡とかしなさいよ、シコル! まだアタシ仕事中だし! 終わるまで結構時間掛かるから、ご飯とか行くならもっと――」

「いえいえ。同窓会的なアレではなく、今回は利用者として来たまでです」

「利用者? あんたって確か、自営業的なのでしょ? 廃業して冒険者になりたいわけ?」


 訝しげにシコルスキを見るキュールだったが、シコルスキは首を横に振って、背後に控えているサヨナとタブゾマを指差した。途端にキュールの表情が歪む。


「……なに? 自分の恋人自慢でもしに来たの?」

「それは大いなる誤解ですねえ。彼女は僕の恋人ではなく、そこの太った男性の――」

「先生。もう本当にね、そういうのやめてくれません?」

「――女王です」

「話が読めないんだけど!? 一国の女王が現れたってこと!?」


「い、いや、彼女はボキだけの女王であって、国は関係ないでフよ」

「あなたの女王でもないです」

「……とりあえず話を伺うから、あっちの部屋に来てちょうだい」


 というわけで、三人はキュールに別室へと案内された。そこで改めて、シコルスキはサヨナのことを紹介する。

 すると、少し強張っていたキュールの表情が綻んだ。


「へえー、弟子ちゃんってこと。あんたもそういうの取るようになったんだね。まさかだわ」

「偶然と気まぐれのようなものですがね」

「よ、よろしくお願いします。キュールさん……ですよね?」

「ん。よろしく。確かに冷静に考えたら、あんたの好みと真逆だものね、弟子ちゃんって」


「ええ。遠目に見たら単なる女装少年に見えなくもないでしょう?」

「いや流石にそれは見る側の視力がアレ過ぎるから……。怒るわよ弟子ちゃんも……」

「先生はいつもいつもこんなことばっかり言うんですよね」

「あんまり効いてないわ……。あんたどういう精神の鍛え方してんのよこの子に……」


 多少のディスりでは、最早サヨナの精神は乱れない。シコルスキという男に対してあまりにも慣れ過ぎているので、キュールはむしろサヨナの方にドン引きした。


「あ、ちゃんとアタシの自己紹介もしておかなきゃね。アタシは《キュール・ピオ》。そこの賢勇者様の同級生で、今はこの冒険者ギルドの支部長やってんの。つまり、この施設では一番偉い人間ってこと。アタシくらいの歳で支部長になるって、結構スゴイことなんだから」


「へえー、そうなんですか! 出来る女って感じがして、素敵です!」

「……素直で良い子じゃない。何であんたなんかの弟子になったのよ」

「色々あったのですよ。詳しくは一巻を読んで下さい」

「またそんな妙なこと言う……。で、ちょっと触れたくないんだけど――そっちは?」

「ま、まだ興奮はしてないでフ! 大体まあ……37%程度でフ!」

「三分の一超えてるじゃない……。どうでもいいけど……」


 キュールは眉間を指で押さえた。サヨナはともかく、こっちの太った男はかなりヤバい。それをギルド支部長の経験則ですぐに見抜いたのである。結構な眼力である。

 聞いてもない興奮度合いを吐露したタブゾマ。この豚が自分の元へ依頼者としてやって来たことや、その依頼が職探しであることなどを、シコルスキは笑顔で語っていく。


「――要は、このタブゾマ氏をギルド所属の冒険者として雇って欲しいのですよ!」

「無理。他当たって。それじゃ」

「まあまあそう言わずに」


 離席しようとしたキュールの手首を、すかさずシコルスキが掴む。


「ちょっ、離せコラ! 気安くレディーの身体に触れるな!」

「気高く触れたので無問題です」

「やった側の心意気の問題じゃないわよ!! とんちやってんのか!?」

「先生は破門され続けた一休さんみたいな存在なので、やってると思います」

「仮に無理だとしても、その理由を聞かないと納得出来ないのでね」

「くっ……! 一理あること言うわね……!」


 シコルスキは強引にキュールを席へと戻すことに成功した。決して相手のペースに乗せられないという面は、幼少期から一切変わっていない。

キュールはそのことを思い出しながら、大きく一度だけ溜め息をつく。


「……じゃあ、タブゾマと弟子ちゃんに向けて、冒険者ギルドの意義から簡単に説明してあげる。まず、冒険者ギルドっていうのは、冒険者の支援団体みたいなものよ。冒険者を支援する代わりに、その労働力を使って色々やってるわけ。冒険者は個人でやってる連中が多いから、そいつらに向けて仕事を紹介したり、依頼を斡旋したりするの。ギルドはその仲立ちね。で、他にもアタシらは人材の登録と派遣も行ってるのよ。こっちは冒険者そのものを、ギルドが抱えて運用する形ね。必要に応じて、ある冒険者に向けてこっちの抱えてる冒険者を貸し出したり、あちこちの村や町に派遣して動いてもらうの。ここまでは良い?」

「要はリクルートサービスとかパソナとかそういう感じのアレです」

「一行で世界観をぶっ壊すな!!」


「せっかくそれっぽい要素が出てきたのに……。まあ理解は出来ましたけど……」

「これのどこに興奮すればいいでフか……? 39%……」

「微増報告しないでください」


「こっちは興奮とは無縁の話してんのよ!! 話を戻すけど! シコルはつまり、そこの男をギルドに登録冒険者として雇って欲しいって言ってるんでしょ? けどね、登録冒険者は信用問題に直結するの! 実績も何もない妙なおっさんを登録しても、こっちはどこで使えばいいか分からないし、依頼する側だってわざわざ指定しない! それでいざ出動させて失敗したら、ギルドの信用が落ちるだけ! 登録冒険者は実働がなくてもある程度俸給が出るし、だからこそ慎重に選ばないとダメなのよ! つまりいくらあんたの頼みでも聞けないってこと!」


 根拠を幾つも並べ立て、キュールがタブゾマを雇わない理由を述べる。

 いずれも正論であったので、サヨナはこりゃダメだと思った。だが、シコルスキはふむふむと頷き、口を開く。


「では、『どこで使えばいいのか』がハッキリと分かれば良いのでしょう?」

「は……?」

「そもそも、登録冒険者になるには必ず認定試験を突破しなければならないはず。それを今からタブゾマ氏に受けさせて下さい。全てはそこで分かりますから――」



 認定試験自体は誰でも受けることが出来る。シコルスキはキュールに縁故採用をしろ、というわけではなく、真正面からタブゾマを合格させようというつもりらしい。

 試験は面接と実技の二項目が行われる。まずは面接からということで、シコルスキとサヨナは部屋の隅でそれを見学することになった。


「名前とかはもういいから、得意な武器とかある?」

「鞭でフね」

「得意の意味が違いますよね……」

「これはキュールさんの聞き方が悪いですねえ」

「あ、いや、鞭以外でもオールウェポンオーケーでフよ?」

「初めて聞いたんだけど……オールウェポンオーケーって言い回し……」


「これは失礼しましたでフ。ではオールオプション希望と言い直すでフ」

「言い直す前に考え直せ!!」

「こいつさっきから何の話してんの!?」

「嬢へのオプション選択ですかね」

「そういう店じゃないわよここは!! 何でこの豚の好みを把握する必要があるわけ!?」


 何やらタブゾマ側とキュール側で齟齬が発生しているようだ。それはそれで面白いので、シコルスキはニコニコしている。

 やっぱサドっ気あるなこの人……と弟子は思った。


「ったく……じゃあ次。何か自己PRしてくれる? 中身は別に何でもいいから」

「痛風でフ」

「持病を晒せって意味じゃねえわよ!!」

「タブゾマ氏の尿酸値に注意、と」

「問診やってんですか!? 医者行けデブで終わりですよ!!」


「い、医者!? それは女王様がボキとお医者さんごっこしてくれるということでフか!? そんなの……そんなの、ぼ、ボキの一人称が図らずも勃起ボキになっちゃうでフよ!?」

「史上類を見ない最低の一人称やめろ!! 喋る度に文面が汚染される!!」

「こいつ先に頭の方を診てもらった方がいいんじゃないの……?」


「――この一人称は流行るかもしれません」

「流行りませんよ!! これ流行るぐらいならタピオカの代わりにカエルの卵飲むのが女子高生の間で流行りますから!!」

「この世の終わりみたいな流行だわ……」


 因みに痛風は痛風で痛くて気持ちいいので、タブゾマ的には治療する気はないそうである。

そこまで聞いて、キュールは露骨に溜め息をついた。本来は色々と聞くべきことがあるのだが、もう聞くだけ無駄だと思ったらしく、質問を一気に切り詰めた。


「次で最後の質問ね……。何か信念とか矜持とかってある?」

「被暴力・服従でフ」

「やる気ないガンジー!?」

「ただの弱者じゃないそれ!!」


「本当の弱者は、己が暴力を受けて服従することを口に出せません。しかし彼はあえて口に出す――それは逆に考えると強さの現れではないでしょうかね?」

「順に考えたら普通に怖いだけよこいつは!!」

「でもこの自己主張の強さは強者以外の何者でもないですけどね……」


「一般的に見て百点満点の回答をしたつもりでフ。これはもうボキの合格間違いなし!」

「舐めてんのか!?」

「マナー講師が放送禁止用語で面罵してくるレベルで0点の特殊回答ですよ!!」

「しかし僕は思いますけどね。冒険者に必要なものは面接では何も分からない、と」

「あんたどっちの味方なの?」

「この豚は冒険者とか関係なく人間として必要なものが大体失調してるんですが」


 シコルスキは基本的に依頼者の味方である。

 キュールはシコルスキに強気で対応するものの、この男の持つのらりくらりとした雰囲気に弱いらしい。「重要なのは実技ですから」という意見に対して、ぐぬぬと唸りながらも同意はしていた。


(キュールさんって何だかんだで先生と仲良いなぁ……)


 いわゆるツンデレ的な人なのだろうか。師の人間関係に首を突っ込むつもりはないが、一応年頃の少女らしく、サヨナはそんなことを考えた。

 そうして、認定試験は実技の方へと移行する――



「実技、って言ってもなまっちょろいことはしないわ。シヴァルゾの街を出てすぐにある森の中で、擬似的に冒険者として行動してもらう。指定のポイントまで行って帰ってくるだけとはいえ、道中何があっても一切責任は取らないから。覚悟はいいかしら?」


 説明をしながら、キュールはタブゾマに安物の剣を渡す。

 自前の武器を持っていないので、最低限の装備は貸し出すつもりのようだ。

 タブゾマは笑顔でそれを受け取り、キュールが見てない間にサヨナへと流した。


「女王様――ボキの背中には一切の逃げ傷しかないでフ。さあ」

「誇り低い後ろ姿と豚人生を主張するなァ!! 何がどう『さあ』なんですか!?」

「ほら、弟子ちゃんもそんな変態は放っておいていいから。もう出発するよ」

「サヨナくん。一回ぐらい彼に試し斬りしてもバチは当たらないのでは?」

「この扱いの差――すっごく先生をぶった斬りたい……!!」


 が、サヨナの運動能力でシコルスキに一太刀浴びせるのは不可能だった。

 四人はギルドを出て、街の外にある森の入り口へと移動する。


「一応、試験官及び仮想の仲間としてアタシとシコル達も同行するけど、そっちの一挙手一投足が採点対象だからね。アタシ達に頼り過ぎたらどうなるか、言わなくても分かるでしょ?」

「罵倒は口に出して言うから罵倒なんでフ!! 心の中で呟く罵倒には何の価値も無いッ!!」

(ホントきもいなぁこの人)

「んっふァ❤ じょ、女王様、今のもっと頼みまフ……❤」

「読心されたんですけど!?」

「次々とタブゾマ氏の特殊能力が発掘されていきますねえ」

「あらゆる選択肢の先にこいつが居る感じがするわね……。全方塞がりだわ……」


 ビクンビクンと身体を蠕動させるタブゾマを先頭に、四人は森の中へと入っていく。奥にあるポイントまで辿り着き、そこから改めて入り口に帰還した時点で実技試験は終了となる。

 そして先に行われた面接との点数を総合し、キュールが合否をその場で伝えるのだが――


「ねえ、シコル。もう先に言っちゃうけどさ。このままだとあいつ、不合格だから」

「結論を出すのが随分と早いですねえ。彼の真価は冒険中にこそ発揮されるというのに」

「ていうか大体何やっても合格にしたくないんだけど……。あんたの頼みじゃなかったら、そもそも試験すら受けられないような男だし……これ一応特例措置なんだからね?」

「キュールさん、先生に気を使う必要はないです。世の為に正しい判断をしてください」

「『遠隔スパンキング』!!」


 生意気なことを言う弟子に対し、突如としてシコルスキは何かを叫んで、腕を大きく振った。

 その瞬間、サヨナ達三人の尻から乾いた快音が森の中にこだまする。


「はぅあ!」

「痛っ!」

「ブヒァ!!」

「依頼人にあまりにも不利なことを言うのは感心しません。これはお仕置きです!」


「ま、またわたしの知らない魔法が出てきた……! 何ですかその魔法!?」

「離れた位置からでも対象のお尻をスパンキング出来る魔法ですよ。またの名を『教育委員会への牙』とも言います。他にも遠隔頭グリグリ、遠隔ゲンコツなどがありますよ」

「昔の野原みさえシリーズ……!?」


「ちょっと!! 弟子ちゃんへの体罰スパンキングに何でアタシも巻き込まれてるわけ!?」

「賢勇者様のお点前……結構なものでフ」

「そこにお尻があるから――」

「あんたお尻派でもないのに通るかそんな言い訳!! 次やったら本気で怒るから!!」

「『遠隔スパンキング』!!」


 キュールのケツから良い音が響いた。


「秒で怒らせに掛かった!?」

「こンのぉぉぉぉーッ!!」

「いやあ、昔はこうやってよく色んな方に追い掛け回されたものです」


 顔を真っ赤にして怒るキュールが、シコルスキをぶん殴ろうと追い掛ける。

 が、シコルスキはひらりふらりとそれを躱し続けていた。二人を眺めながら、若干の寂寥感がサヨナに渦巻く。

 ――彼女の心を察した豚が、ここぞとばかりに己の尻をサヨナへと差し出した。


「やんねーよ!!」

「必要に応じてその辺の枝を効果的に使うことを推奨するでフ――孤高の女王よ」

「何のアドバイスですか!? ていうか他人の心を踏みにじりに来るな!!」

『マモノォーッ!!』


 認定試験であることを忘れさせない為なのか、空気を読んだ魔物が現れた。

 この森は普通に魔物が棲む、それなりに危ない森である。油断するとこうやって襲われてしまうのだ。


「おっと、魔物の襲撃のようです。遊んでいる場合ではありませんねえ」

「何か既視感のある光景……!」

「え……!? ねえ、魔物ってマモノーって鳴かないよね!? 何あれ!? 新種!?」

「鳴きますよ」

「鳴きますけど……?」

「いや鳴かねえから!! 長年この森で試験やってるけど、あんなの見るの初だから!!」


 シコルスキとサヨナの常識と、キュールの常識がぶつかり合う。

 しかし今それを論じている余裕はない――シコルスキがそう言って、彼女の真っ当な疑問を正面から握り潰した。


「ああもう……! 後で調査依頼出しとこ……! 全員、武器を構えて!」

「僕は基本的に武器を使いませんので、持ってないです」

「わたしも武器とかは全く……」

「鞭希望でフ」


「分かっちゃいたけどやる気あんのかあんたら!? 特にそこの豚ァ!! 渡した剣は!?」

「とっくに我が女王へと献呈済でフよ?」

「ギルドの備品を勝手に横流すな!! 弟子ちゃん!! この豚にあの剣を下賜かしして!!」

「徐々にわたしが女王であることが固まってきてる!! あれきもいので捨てました!!」


 正直にサヨナは吐露する。「なら仕方ない……!」と、キュールも一定の理解を示した。

 しかし相手は話の通じぬ魔物である。こちらを待たずに、先制攻撃を仕掛けてきた。


「くっ……!」


 狙う相手はキュールだった。短剣を引き抜いて迎撃しようとするキュールだったが、ツッコミに気を回しすぎて初動が遅れている。

 普段の試験では見ない魔物であるのも相まって、敵の力量を見誤ったのかもしれない。このままでは攻撃が直撃してしまう――


「タブゾマ氏! 今です!」

「ブッヒョァォォォォォ!!」


 シコルスキが瞬時にキュールを抱え上げて飛び退く。

 同時に、キュールの居た地点にはスイッチするようにしてタブゾマが入り、魔物の攻撃を文字通り一身に受け止めた。


「な…………っ! お、下ろして!」

「言われなくともそのつもりですよ」

「別にあのくらい一人で捌けたし……! 無理に助けなくてもいい!」

「そうは見えなかったので手を貸したのですがね? まあいいでしょう。それよりも――」


 赤面しながら言葉を並べるキュールに対し、シコルスキはいつも通りだった。

 むしろ、キュールと自分が会話するよりも、試験官であるキュールにはもっと見て欲しいものがある。

 シコルスキが指差した先には――


「ブッヒョァアアァァァォォォオン!! あああっ!! もっともっともっと!! もっと魔物ほらもっと魔物ほら!! トゲでもツノでも針でも何でもいいから突き刺してぇ!! 何なら噛み砕いてくれてもいいでフ!! ガチ殺す気で掛かってこいやァッッッ!!!」


 ――咆哮を上げながら相手の猛攻を受け続ける豚が居た。

 無論、反撃は一切していない。


「何よあれ……」

「タブゾマ氏の特性とでも言いましょうか。氏にはあらゆる攻撃が通用しません。同時に、あらゆる攻撃を受け止めるだけの気概がある。それは即ち、命の危機が伴う魔物の襲撃において、仲間に絶対的な安全をもたらすということです」


「因みにお二人がイチャイチャしている間、わたしあの豚をじーっと見てましたけど、少なくとも致命傷を百回はもらってます」

「命の定義が問われる……!! っていうかイチャイチャしてないわよ! 誤解だってば!」

「別にどっちもでいいですけど」

「言うなれば究極のタンク職! 他の誰にも真似出来ない、タブゾマ氏の真価です!」


 普通の人間ならばとっくに肉塊にでもなっているだろう。

 しかし、タブゾマは持ち前のタフネスと再生力を活かして、ひたすら快楽を叫び求め続けている。

 ちょっと冷めていたサヨナだったが、ここでふと疑問が浮かぶ。


「先生。あの豚の利用価値は分かりましたけど、あれ絶対性癖上の理由で反撃しませんよね? このままだと戦闘が無駄に長引くだけでは?」

「そんな宗教上の理由みたいな言い方……」

「彼個人で戦うとそうでしょうねえ。しかし、基本的に冒険者というのは仲間が居るものです。今回で言うならば我々が、タブゾマ氏の作り出した隙を利用して攻撃をしなければ」

「まあ確かに、こっちは余裕しかないもんね……」


 魔物はタブゾマに掛かりっきりである。仮に魔物がシコルスキ達に攻撃を加えようとしても、タブゾマが豚らしからぬ速度でそれをインターセプトする。

 あたしだけを見て! とでも言いたげなその表情は、快楽で汁まみれである。

 キュールは短剣を突き出し、その切っ先に火球を作り出して、放つ。


「見て下さいサヨナくん。この小説始まって以来初となる、普通の攻撃魔法ですよ。まさか本作にも実存していたとは……!」

「驚くところじゃないですよ……。何でわたしも先生も普通の攻撃魔法持ってないんですか」

「別に必要ありませんし。でも僕は使おうと思えば使えますけどね。ほら……遠隔スパンキングとか、何かドラクエとかに出てるんじゃないですか? 『ペチ』みたいな名前で」

「エアプにも程がある!! 出てるわけないでしょ!!」


 魔物はタブゾマに集中しているので、キュールの撃った火球は問題なく直撃するだろう。敵の注意と攻撃を引き付けるというのは、味方の攻撃を当てやすくする副次的な効果も生む。

 そうして攻撃が当たる――が、その瞬間! タブゾマは火球の射線上に躍り出た!


「ブヒャァァアアアア!! あづァァ!! 高温ロウソク! 高温ロウソク!!」

「ちょっ……! 射線は空けなさい! 組んで戦う時の基本だから!!」


 図らずも誤射してしまったキュールだが、タブゾマには気持ちいいだけである。

 気を取り直し、キュールは再び火球を二発放つ。

 今度は当てないように、魔物の側面に回り込んでから撃ったので大丈夫だろう――という予想を当然のように覆し、タブゾマが射線へテイクオフ!


「プ、プギィィィィィアア!! 蝋でベットベトになった勃起ボキを愛して欲しいでフ!!」

「その一人称を使うな!!」

「こ、こいつ!! わざと当たってない!?」


「ふむ。どうやらタブゾマ氏は敵味方の区別なく、あらゆる攻撃に反応するようです。ちょっとした茶目っ気……と言ったところでしょうか」

「こんな迷惑な茶目っ気があるか!! 誰の味方なのよあいつは!?」

「ミニマップで見たらあの豚黄色く識別されてるんじゃないですか!?」


 無差別に攻撃を浴び続けるタブゾマ。一転して戦局は膠着状態に陥る。

 キュールも魔物も、何とかタブゾマを出し抜いて相手に攻撃出来ないかと色々試したが、マゾ特有の敏感肌が未来予知に等しい超直感を生み出し、その全てを受け止めてしまう。この豚は動けるデブだった。


『きっしょ……』


 最終的に魔物は吐き捨てるようにそう呟いて、立ち去っていった。


「え……? まだタイマー鳴ってないでフよ……!? 延長! 延長希望でフ!!」

「敵を引き留めようとするな! あの魔物の方が遥かに理性的じゃない……!」

「しかし、結果的に見れば時間は掛かったものの、双方被害なく戦闘が終了しました。恐らく魔物側も、倒せないタブゾマ氏には手を出すなと情報共有するでしょう。つまりこれこそがタブゾマ氏の持っている力をフル活用した、現代的戦闘法なのです!」

「確かに……未だかつて見たことないやり口ではあるけど」

「いや単にやり方がクッソ気持ち悪いソレスタル・ビーイングですよあんなの」


 シコルスキの読みは正しく、魔物達はやべーやつとは絡みたくないのか、それから一切姿を現すことはなかった。「彼らにも敵を選ぶ権利がある」とはシコルスキの弁である。

 こうして実技試験も全て終了し、結果発表の時が訪れた――


「ぶっちゃけ不本意なんだけどね。利用価値があると判断し、合格とします」

「おおっ! やりましたね、タブゾマ氏! おめでとうございます!」

「ええーっ! 何か薄汚い金の動きがあるんじゃないですかぁ!?」


 下衆の勘繰りを隠そうともしないサヨナだった。

 一方でシコルスキは己のことのように喜んでいる。依頼を達成したのだから、当然の反応だろう。

 しかし――タブゾマは神妙な面持ちで、一人首を横に振った。


「申し訳ないでフ、賢勇者様、女王様、ロウソク使いの方」

「ロウソク使ってねえわよ!!」

「どうかされたのですか、タブゾマ氏?」

「――今回の依頼、無かったことにして頂きたいのでフ。依頼料は全額お支払いするでフが」

「話が見えませんねえ。理由をお聞かせ願いたい」


 登録冒険者の試験合格含めて、全部無かったことにしたい。タブゾマがいきなりちゃぶ台を引っくり返すようなことを言うので、流石にシコルスキも疑問符を浮かべる。

 ゆっくりと、タブゾマはその理由を述べた。


「ぶっちゃけ魔物側の攻撃よりも、人間側の攻撃の方が気持ち良かったでフ。で、さっき考えたんでフけど、人類の敵になれば人間から攻撃され放題じゃないでフか? というわけで、ボキは今日から人類の敵として活動することにしたでフ!」


「何言ってんのよこいつ!?」

「トチ狂った上でお友達にもならないパターン!?」

「なら仕方ありませんねえ。頑張って下さいね!」

「皆さん、お世話になりましたでフ。あ、女王様、もし開業したら通うので連絡欲しいでフ」

「あらゆる面でするわけねえだろ!! さっさと消えてください!!」


 サヨナのこの罵倒にすら、流れるそよ風のような心地良さを感じ、タブゾマは森の奥深くへと去っていった。人里にはもう戻らないつもりなのかもしれない。

 その後姿には、一生涯快楽を求め続ける人類の敵豚としての覚悟が漂っていた。


「己にとって、最も快楽が得られる道を突き進む――これもまた、一つの答えなのでしょう。少々考えていた結末とは違ってしまいましたが、依頼人が満足したのならば僕も満足です。さて、では我々も帰りましょうか、サヨぐホぁ」


 爽やかに〆ようとしたシコルスキの脇腹に、キュールが思いっきり肘を入れた。

 突然の不意打ちに、シコルスキは腰をくの字に折り曲げながら対応する。


「おい」

「な、何ですかね、キュールさん?」

「あのクソ豚に費やした時間と金、あたしが今日受けた精神的な苦痛への慰謝料込みで、今ここで全部返せ……!!」

「お金は協力料としてお支払いしますけど、時間はちょっと難しいですねえ……」


「……そう。じゃああの豚に使った半日分、そこに慰謝料込みで一週間分。あんたをこき使うことで賄わせてもらうから。ちょうど山ほど仕事が溜まってたのよね~」

「一週間は相当に盛り過ぎではありませんかね? 一応、僕にも都合というものが――」

「言い訳無用!!」


 そうシャットアウトして、キュールはシコルスキを引きずっていく。

 抵抗しない辺り、師にも負い目的なものはあるのかもしれない――二人を眺めながら、ぼんやりサヨナは思った。


(何かこう、複雑な気分……)


 もやもやとしたものが、胸中に渦巻いていく。

 嫉妬というわけではないはずだが、それでも妙な寂しさをサヨナは感じた。

 言うなれば、飼い主が他の犬を可愛がるようなものだろう――と考えた時点で、自分は別にシコルスキの犬でも何でもないと思い直した。

 だが、このまま二人の後を追い掛けなかったら、果たして師は自分を迎えに来るのだろうか。

 ふと、そんな考えがサヨナの頭をよぎり――


「え? じゃ、じゃあ女王様は勃起ボキと一緒に行くということでフか!?」

「もっかい出て来るなァ!! ちゃんとフェードアウトしろ!!」


 ――出没した豚がキモいので、ダッシュで二人の後を追い掛けたのだった。


 この後、賢勇者とその弟子がギルドで一週間タダ働きしていたとか、冒険者の前に現れた魔物の中に、全裸の豚が混じっていたとか言われているが、確かなことは分かっていない――



《第?話 終》


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